王妃ネフェルティティの墓に新説、謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の墓の後ろに隠されていた。紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃
アリゾナ大学考古学者ニコラス・リーブス、王妃ネフェルティティの墓に新説
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第434回
河合望先生、近藤二郎先生とエジプト大使館で名刺交換した。2025年6月、文化参事官にエジプト航空で、大エジプト博物館に来てくださいと言われる。
【蘇る美しい王妃ネフェルティティ】失った夢だけが美しく見えるのは何故。テル・エル・アマルナ(アケトアテン)、美しい愛の記憶、思い出だけが美しい。甘い愛の記憶。
第18王朝が最盛期を迎えた紀元前14世紀初頭、強大な権力を持つアメンヘテプ3世が40年以上にわたってエジプトを支配した。彼の死後には、息子のアメンヘテプ4世が王座を継いだ。
新しい王は、伝統的に信仰の対象となってきたアメン神の寺院や像を破壊し、太陽円盤に象徴されるアテンを唯一神とする信仰を開いた。首都を西の砂漠に位置するアケトアテン(現在のアマルナ)に移し、自らの名も「アメン神は喜び給う」という意味のアメンヘテプから、「アテン神に使えし者」を意味するアクエンアテンへと変えた。彼はまた、この国の芸術に革命をもたらした。自らの姿を、若く理想的な体を持つ王ではなく、大きくふくらんだ腹の人物として描かせるなど、写実的なスタイルを推奨した。
ネフェルティティ(美しい者が訪れたの意)は、アクエンアテンの第1王妃であった。2人の間に息子がいたという記録はないが、6人の娘がいた。他の古代エジプトの王と同様に、アクエンアテンにも複数の妻がおり、そのうちのひとりは、後にツタンカーメン王となるトゥトアンクアテン(アテン神の生ける似姿の意)の母親であったと言われる。
ネフェルティティ(右)と彼女の夫アクエンアテン王が、6人の娘のうちの3人と遊んでいる図。太陽円盤から降り注ぐのはアテン神の祝福の光だ。(Phootgraph by Kenneth Garrett, National Geographic Creative)
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
ネフェルティティの墓に考古学者が期待する理由
ツタンカーメンとともに埋葬? 王家の謎が解き明かされるかもしれない
2015.12.24
https:/
ネフェルティティ(右)と彼女の夫アクエンアテン王が、6人の娘のうちの3人と遊んでいる図。太陽円盤から降り注ぐのはアテン神の祝福の光だ。(Phootgraph by Kenneth Garrett, National Geographic Creative)
[太陽から降り注ぐアテンの光線]
エジプトの王家の谷で新たな発見があるたび、関係者は色めき立つ。今度こそあの女王か? ついに見つかったのか?
噂の主はネフェルティティ、古代エジプトの伝説の女王だ。未だに見つかっていない彼女の墓を、エジプト学者たちは長い間探し続けてきた。
今、ネフェルティティの墓発見への期待はかつてないほど高まっている。ツタンカーメン王の墓をレーダースキャンしたところ、壁の奥に隠し部屋があるらしいと判明したためだ。ついにネフェルティティの墓が見つかったのではないか、壁の向こうにはいくつもの部屋が連なり、謎に包まれていた女王の豪華な副葬品で埋め尽くされているのではないかとの憶測が浮上している。(参考記事:「ツタンカーメンの隠し部屋、日本の技術者が活躍」)
財宝の発見には胸が躍るが、考古学の世界で貴重なのは黄金よりも情報だ。専門家たちは、きらびやかなお宝以上の価値がある情報の発見に期待を寄せている。
古代エジプト美術の象徴とも言える、美しく優美なネフェルティティの胸像。【1912年にアマルナの遺跡で、王宮に仕えた彫刻家の工房跡から発見された。かつてはアケトアテンと呼ばれていたアマルナは、ネフェルティティの夫、アクエンアテンが首都として建設した街だ。】(Photograph by Michael Sohn, Reuters, Corbis)
【エジプト王の変遷を解く鍵】
現在知られている歴代の古代エジプト王のリストは完璧なものではない。幾人もの学者たちが、細切れの情報を寄せ集めて作り上げたものにすぎず、今も不明点が数多く残っている。ネフェルティティの墓には、そんな王位継承の歴史を明らかにするヒントが眠っているかもしれないのだ。
――
ネフェルティティの時代についてわかっていることを追ってみよう。
第18王朝が最盛期を迎えた紀元前14世紀初頭、強大な権力を持つアメンヘテプ3世が40年以上にわたってエジプトを支配した。彼の死後には、息子のアメンヘテプ4世が王座を継いだ。
新しい王は、伝統的に信仰の対象となってきたアメン神の寺院や像を破壊し、太陽円盤に象徴されるアテンを唯一神とする信仰を開いた。首都を西の砂漠に位置するアケトアテン(現在のアマルナ)に移し、自らの名も「アメン神は喜び給う」という意味のアメンヘテプから、「アテン神に使えし者」を意味するアクエンアテンへと変えた。彼はまた、この国の芸術に革命をもたらした。自らの姿を、若く理想的な体を持つ王ではなく、大きくふくらんだ腹の人物として描かせるなど、写実的なスタイルを推奨したのだ。
ネフェルティティ(美しい者が訪れたの意)は、アクエンアテンの第1王妃であった。2人の間に息子がいたという記録はないが、6人の娘がいたことはわかっている。他の古代エジプトの王と同様に、アクエンアテンにも複数の妻がおり、そのうちのひとりは、後にツタンカーメン王となるトゥトアンクアテン(アテン神の生ける似姿の意)の母親であったとも言われる。
――
エジプト王妃ネフェルティティの墓に新説、
謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の後ろに隠されていた?アリゾナ大学の考古学者ニコラス・リーブス氏が、紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃の墓
2015.08.21
https:/
1912年に発見されたネフェルティティの胸像は、エジプト古代遺物の象徴的存在のひとつとなっている。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL SOHN, DPA/CORBIS)
[画像のクリックで拡大表示]
米アリゾナ大学の考古学者ニコラス・リーブス氏が、紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃の墓をついに発見したかもしれないという論文を発表し、注目を集めている。
リーブス氏が発表した論文によれば、伝説のエジプト王妃の墓は、少し考えればすぐ分かりそうな場所に隠れていたという。ネフェルティティの息子と考えられているツタンカーメン王の墓に隠されたドアがあり、その向こうにある大きな玄室に埋葬されているという。
歴史的な発見は、様々な憶測を呼ぶものだ。そこで、これまでの経緯を振り返ってみよう。
ネフェルティティの墓を発見という発表は、過去12年間でこれが3度目だ。
しかも、最近行われたDNA鑑定によって、1898年に発掘され現在はカイロのエジプト博物館に保管されている、数体のミイラのうちの1体がネフェルティティであるとの見方もある。
壁にあった謎の割れ目
リーブス氏は、美術品のレプリカ製造を専門とするスペインのファクトム・アルテ社が作成したツタンカーメンの墓の詳細なスキャン画像を分析していた時にそれを発見した。
少年王ツタンカーメンが眠っていた王家の墓を一目見ようと押し寄せる観光客のために、本物の墓のすぐそばにレプリカが作られており、スキャンによる高解像度画像は、これを建設するために撮影されたものだ。今年2月、スキャン画像を分析していたリーブス氏は、墓の北と西の壁に割れ目があることに気付き、それぞれ封印されたドアの輪郭ではないかと考えた。
★★★★★
エジプト、ツタンカーメン発掘100年、ツタンカーメンの王墓初公開、100年前の歴史的瞬間が蘇る ナショナルジオグラフィック
https:/
――
★★★★★
守護の女神 翼を広げて守護する女神イシス(左)とネフティス(右)と、その周囲にある神聖な文字。王家の谷でファラオ、ツタンカーメンを納めていた黄金の第3人形棺に刻まれたもの。カイロ、エジプト博物館所蔵。(KENNETH GARRETT)
参考文献
王妃ネフェルティティの墓に新説、謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の墓の後ろに隠されていた。紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃
http://
ツタンカーメンの生涯と謎・・・秘められた古代エジプトの宗教的意味
http://
ツタンカーメン発掘100年・・・古代エジプトの王と王妃と女王
https:/
ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎
https:/
守護の女神 翼を広げて守護する女神イシス(左)とネフティス(右)と、その周囲にある神聖な文字。王家の谷でファラオ、ツタンカーメンを納めていた黄金の第3人形棺に刻まれたもの。カイロ、エジプト博物館所蔵。(KENNETH GARRETT)
古代エジプトの象形文字はなぜ魔法の力が宿る「神聖な文字」に?
ヒエログリフの起源と興隆、誰にも読めない文字になるまで、数千年の歴史
https:/
2026年5月7日








































































最近のコメント