2019年1月11日 (金)

孫崎享『幕末史の謎、理念なき国家』孫崎享×大久保正雄『国家権力の謎』第12回

Magosaki2018_022015孫崎享×大久保正雄『国家権力の謎』第12回
秋の午後、孫崎氏の家で歓談した。孫崎享先生の新著『アーネスト・サトウと倒幕の時代』の構想について、質疑応答した。主な論点は次のことである。
1「理念なき国家、明治の嘘」尊王攘夷は権力を横領するための嘘。権力の不正な略奪。「孝明天皇は毒殺された」。2「徴兵令(1873年)は、憲法(1889年公布)と議会制度の前に成立した。理念なき国家。3「侍は権力者に仕えるシステム」奴隷のように支配者に仕えるシステムは、江戸時代に構築されていた。
1、幕末、明治の真相について
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孫崎享『アーネスト・サトウと倒幕の時代』2018/12/5刊行予定。
日本が焦土になることを危惧して、統幕から和平交渉へ転換した英国外交官。勝・西郷会談を英国外交官アーネスト・サトウは演出した。
「噂によれば、天皇陛下は天然痘にかかって死んだという事だが、数年後、その間の消息によく通じているある日本人が私 (アーネスト・サトウ)に確言したところによれば、天皇陛下は毒殺されたのだという。この天皇陛下は、外国人に対していかなる譲歩を行う事にも、断固として反対してきた。」『一外交官の見た明治維新』
【坂本龍馬暗殺】
坂本龍馬を誰が殺したのか、薩長側であったか否かは、明治政府の性格の理解に非常に重要。龍馬は天皇の下に慶喜を含むオールジャパン的なものを志向。この龍馬暗殺となれば薩長側は単に政権獲得だけを目的の性格となる。だから幕府側が殺害というバージョンを必要とした。新選組という構図が出る。(孫崎享2018年11月12日)
大政奉還の後、龍馬は天皇の下、徳川慶喜をも含めたオールジャパン構想の提唱に向かう。それを取り上げたのが山内容堂。だが山内容堂は会議で慶喜を入れることを主張するが、西郷隆盛の脅し(間接的)でこの主張を止める。こうした流れの中で龍馬は殺されている。
「理念なき国家、明治の嘘」うそつき、詐欺師集団
うそつき集団、詐欺師集団が権力を横領した。「尊王攘夷」という人々、攘夷と言いながら、英国と共謀した討幕派。薩摩、長州は英国と共謀した。
「孝明天皇は毒殺された」
「天皇の死因については、表面上疱瘡で病死ということになっているが、毒殺の疑いもあり、長い間維新史上の謎とされてきた。犯人は岩倉具視である。」佐々木克『戊辰戦争』中公新書P8-9。犯人は岩倉具視、大久保利通。幼少の明治天皇を操った。
「近年、当時孝明天皇の主治医であった伊良子光順の残した日記が一部公にされ、光順の子孫である医師伊良子光孝氏によって、孝明天皇の死は、光順日記で見る限り明らかに「急性毒物中毒の症状である」と断定された。やはり毒殺であった。
犯人について伊良子氏はなにも言及していない。しかし、当時の政治情況を考えれば、自然と犯人の姿は浮かびあがってくる。洛北に幽居中ながら、王政復古の実現を熱望して策をめぐらしている岩倉にとって、もっとも邪魔に思える眼の前にふさがっている厚い壁は、――親幕派の頂点孝明天皇その人であったはずである。―岩倉自身は朝廷に近づけなかったが――大久保は――公卿の間にもくい込み、朝廷につながるルートを持っていた。――直接手をくださずとも、孝明天皇暗殺の黒幕が誰であったか、もはや明らかであろう。」
この本は7月末脱稿。当初社長さん歴史ブームだから早く出しましょう、二、三週間で刊行と言われてましたが、伊藤博文自身の暗殺行為、孝明天皇暗殺、龍馬暗殺、江戸城引き渡しへの英国関与等論議呼ぶテーマを含み著者が著者だけに右翼が狙ってくると、一時は4人がかりで原稿チェック。(孫崎 享‏ @magosaki_ukeru 11月13日)
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2、【理念なき国家、明治】
孫崎享
明治政府は、薩長による権力の奪取であり、市民による統治の実現ではない。「徴兵令(1873年)は、憲法(1889年公布)も議会制度の前に成立した。
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大久保正雄
フランス革命では、バスティーユ牢獄襲撃1789年7月14日の1か月後に、『人権宣言』が出される。『人権宣言』1789年8月26日。『人間と市民の権利宣言』、自由、平等、圧制への抵抗権を自然権とする。その維持を統治の目的とする。国民主権、法の支配、権力分立、私有財産の不可侵、が規定された。
『1791年憲法』9月3日、「徴兵制の実施」1791年2月、3月10日、実施。
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3、【奴隷階級】
孫崎享氏は、奴隷のように支配者に仕えるシステムは、江戸時代に構築されていた。と考える。*ハーバート・ノーマン『忘れられた思想家 -安藤昌益のこと』
侍とは、権力に仕える者の意味である。
【奴隷階級】「あらゆる人間は、いかなる時代におけるのと同じく、現在でも奴隷と自由人に分かれる。自分の一日の三分の二を自己のために持っていない者は奴隷である。」 ニーチェ『人間的な、あまりに人間的な』
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4、【平安時代は暴力装置なき国家】
清盛は、後白河に泣きつかれたために「朝廷の暴力装置』としての当然の役目を果たした。『歴史に裏切られた武士 平清盛 - 第 1 巻』
暴力装置の政治権力の中での正当性を確立する道を、みずから閉ざさせものとするという、重要な課題 ・・・ 保元,平治の兵火によって生れるまで、平安時代には見られなかった、第二は、政治目的を達するのに赤裸々に暴力に依拠することがない。『明月記研究 6号(2001年11月): 記録と文学』
【西面の武士】鎌倉時代、上皇に仕え、身辺の警衛、奉仕などにあたった武家集団。1200年ごろ、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の軍事力に対抗して結成したとされる。倒幕準備のために創設したとする説の他、武芸を好んだ 貴族。
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★参考文献
★アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』(上下)(坂田精一訳、岩波文庫、1960年)
★ノーマン「徴兵令(1873年)は、憲法(1889年公布)も議員制度の前に成立。ハーバート・ノーマン『日本の兵士と農民』(岩波書店、一九五八年)
ハーバート・ノーマン『忘れられた思想家 -安藤昌益のこと』(岩波新書全2巻1950年)
★ジョセフ・ニューマン 陸海軍は国民に対しては責任を負わない。天皇にのみ忠誠。軍は自分たち以外誰に対しても責任を負わない。
ジョセフ・ニューマン『グッドバイ・ジャパン』
☆指導者層の「サムライ化」。新倫理の中心部分は、忠誠の観念を一層強調し、儒教的用語で再構築、愛国心や法の遵守。S.N.アイゼンシュタット『日本比較文明論的考察』岩波書店2004
★佐々木克『戊辰戦争』中公新書P8-9。
半藤一利『幕末史』平凡社
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孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
検察は権力の奴隷、マスコミは追及せず。独裁政権、止めるシステムなし。孫崎享
孫崎享×大久保正雄『国家権力の謎』第10回
https://t.co/UV5VZGgQ5G
日本国家、ファシズム14の兆候
孫崎享×大久保正雄『国家権力の謎』第11回
http://bit.ly/2vO4qzC
独裁政権、民主主義は崩壊。ファシズムの14の兆候。うそ、公文書改竄、隠蔽、最高権力者。権力に隷従、盲従する官僚の群れ
孫崎享×大久保正雄『国際政治の舞台裏 核の傘は存在するのか』ソフィア文化芸術ネットワーク
https://bit.ly/2uGOZcm
2018年11月8日

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2019年1月 7日 (月)

孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』

Magosaki2018_1Russia2018_4大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第169回
秋の午後、孫崎享氏の家で歓談した。孫崎先生は、竹林の七賢人のような人である。といったら、孫崎先生は微笑んでいた。抵抗派知識人。清流派知識人である。*
孫崎享氏は、孤高の藝術家を愛好する。壁面に長谷川潔の絵とウズベキスタンのイコン画がある。孫崎享氏は、ロマン派の詩を愛読している。「低く暮らし、高く思うPlain living and high thinking」ワーズワース『ロンドン』。(注4)
竹林の七賢人は、3世紀三国時代、魏の司馬炎政府の権力に阿ることを嫌悪し、河南省北東部、竹林にて清談し交遊した七人の賢人。竹林の七賢人には琅邪の王氏の一人がいる、王戎は人間の本質を見ぬく目をもっていた。反骨の知識人である。*偉大な思想家と藝術家は世界と戦い苦悩する。(注1)
【苦悩は、思想と藝術の創造の源泉である。耐え難い苦悩を通して人は自己の存在を高めることができる】織田信長の運命と酷似する。苦しみの原因は、家族、地位、仕事、愛である。(注5)
空海は理念を探求して旅した。空海の苦悩は『聾瞽指帰』に刻まれている。(注6)空海、ロレンツォ・デ・メディチ、プラトン、玄奘三蔵、李白、王羲之、嵯峨天皇、ソクラテス、理念に向かって、旅した人々。理念を追求する人々は、この世の闇の彼方に美を求める。(注6)
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1、【竹林の七賢、王戎(234-305)】琅邪の王氏。王導、王羲之(303-361)、王献之を生む一族。
東晋の王羲之は、書の名人。権謀術数の官界を嫌い会稽県に赴任、永和九年(353)三月三日に会稽山の山陰の蘭亭にて曲水流觴の宴をひらき、『蘭亭序』を書き、上司王述を避け355年、49歳で官界を引退した。自由の身となり書を書き59歳で死す。*
「上兵は謀を討つ。最高の戦略は、敵の陰謀を討つことである」『孫子』謀攻篇
権力と戦う知識人の精神史 春秋戦国奇譚
https://bit.ly/2P3rfID
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
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2、イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』の目には、涙が光る。運命に挑み、運命を呪う目である。プーシキン『吹雪』の主人公の恋人たちマリアとヴラジーミルのように、愛し合いながらも結ばれぬ運命。
*イワン・クラムスコイ(1837-1887)『忘れえぬ女』1883年
国立トレチャコフ美術館所蔵「ロマンティック・ロシア」Bunkamuraザ・ミュージアム・・・イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』『月明かりの夜』
https://bit.ly/2FSgets
*2018秋の美術展展望 フェルメール、ムンク、ルーベンス、快慶・定慶、トレチャコフ美術館「ロマンティック・ロシア」、醍醐寺展、藤田嗣治、東山魁夷。
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3、ディミトリー・セルギェーヴィチ・メレシュコフスキー。ギリシア精神の理念を探求した思想家。
『神々の死 背教者ユリアヌス』1894『神々の復活 レオナルド・ダ・ヴィンチ』1896、『ピョートル大帝 反キリスト』1902
*(1865-1941)ロシア宮廷第6代枢密顧問官を父に露都ペテルブルクに生まれる。メレシュコフスキーは、『現代ロシア文学の衰退と新思潮』(1893年)によってロシア象徴主義を公表。メレシュコフスキーとギッピウスは、1901年、宗教哲学協会を創設、ロシア正教聖務会院長官のコンスタンチン・ポベドノスツェフによって禁止された。パリで死去。
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4、ロマン派の詩人 ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)『無垢と経験の歌』1787年
ウィリアム・ブレイク「毒のある木」寿岳文章訳 William Blake, Poison Tree
私は私の敵に腹を立てた 私は黙っていた 私の怒りはつのった そして私はそれに恐怖の水をかけ 夜も昼も私の涙をそそいだ そして私はそれを微笑みの陽にあて 口あたりのよい欺瞞の肥料で育てた
「毒のある木」は、密教の呪詛調伏、怨敵調伏の真言である。
「一粒の砂の中に世界を見、一輪の花に天国を見るために。掌で無限を握り、一瞬のうちに永遠を掴め。」ウィリアム・ブレイク William Blake詩集『ピカリング草稿』『無垢の予兆』よりAuguries of Innocenceウィリアム・ブレイク
【死生学】一粒の砂の中に世界を見、一輪の花に天国を見るために。掌で無限を握り、一瞬のうちに永遠を掴め。ウィリアム・ブレイク William Blake詩集『ピカリング草稿』。
「無垢の予兆」Auguries of Innocence
To see a World in a grain of sand,And a Heaven in a wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,And Eternity in an hour.
詩人は1803年、John Schofieldという兵隊と口論になり、国家扇動罪(seditious statements)を行ったとして裁判にかけられる。勝訴するが、詩人に大きく影響した。難解な表現をすることで攻撃的な思想を隠す独自の表現技法を確立。歓喜に充ち溢れる生命を讃える「無心の歌」、無垢を喪失した悲しみの世界を描く「経験の歌」、そして呪縛からの解放を歌う「天国と地獄との結婚」。ブレイク初期の傑作三詩集。
ウィリアム・ブレイク、寿学文章訳『有心の歌、無心の歌』角川文庫
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5、織田信長、謀反に始まり、謀反に死す。壮絶な人生。天下布武、階級社会を破壊した。
【織田信長、壮絶な生涯】父信秀の葬儀で位牌に抹香を投げつける。18歳。稲生の戦い、弟信行の謀反1700人に信長700人で戦う。23歳。信行2度目の謀反、清州城天主次の間で返り討ち、24歳。本能寺の変、信長70人に光秀1万3千人。自刃。49歳。
戦国時代、織田信長の思想 
ルイス・フロイス『日本史』、太田牛一『信長公記』
和田裕弘『信長公記―戦国覇者の一級史料』中公新書
和田裕弘『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』中公新書
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・『戦う知識人の精神史』『旅する哲学者 美への旅』
https://bit.ly/2R1G0fU
――
【織田信長の価値観】1、美しい人。卓越性のある人。2、役に立つ人。3、地位、肩書き、外面だけで役立たずな人。『旅する哲学者 美への旅』
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6、【空海、波瀾の遣唐船、謎の生涯】24歳で『聾瞽指帰』を書く。57歳で『秘蔵宝鑰』を書く。
大学入学18歳から31歳、遣唐使、留学僧、入唐まで、大学中退、山林修行、謎の12年間。宝亀5年(774)6月15日生まれる。承和2年(835) 4月22日入定、62才。
24歳で『聾瞽指帰』797年を書く。57歳で『秘蔵宝鑰』830年
【空海、聖なる者は悪を滅ぼす】『理趣経』第三段。金剛手よ、もし理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとえ三界の一切の有情を害するも悪趣に堕せず。松長有慶『理趣経』
参考文献
空海の旅 旅する思想家、美への旅
https://t.co/HPPpp3e5iL
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
加藤純隆『空海 三教指帰』加藤純隆『空海 秘蔵宝鑰』角川ソフィア文庫
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7、ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』*のアンチリアリズムの実験をした夏目漱石『草枕』
(*未完の小説。全9巻1759年の末から1767年)。この18世紀小説に、20世紀文学、アンチリアリズム文学は深い影響を受けた。アンドレ・ジイド、カフカ、ジェイムズ・ジョイズ『フィネガンズ・ヴェイク』、ヴァージニア・ウルフ、マルセル・プルースト。他方、日本の明治文学は、1900年以降、やっとリアリズム文学に辿りつく。花袋『布団』藤村『破戒』。
【漱石山房記念館、開館1周年記念講演会、奥泉光『漱石の孤独』】2018年10月8日
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★参考文献
ロマン派詩人 地中海、美への旅 大久保 正雄「旅する哲学者 美への旅」第77回
https://t.co/nqAsdA8wKg
成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。努力と才能は人を裏切る。貧困と逆境ゆえに成り立つ無償の愛。
水木しげる「幸福の七ヶ条」・・・美しい守護精霊は美しい魂を守る
https://bit.ly/2Q4dny8
新古今歌人、悲恋の花、式子内親王、西行、美への旅
大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第92回新古今歌人
https://t.co/2TYuF5tpEw
王朝ピラミッド ピラミッド・クライマーの官僚たち
奈良平安時代は、すべての産業は国家事業である。あるのは国家の行政職だけで、総定員1万3千人、正規雇用といえる職員は、1千人。正一位にいたる三十階級に位置づけられる。
五位以上でなければ貴族ではない。「五位は物の数でもない」紫式部日記。
https://t.co/2TYuF5tpEw
★山口博『王朝貴族物語』第2章、講談社現代新書1994
十一面観音菩薩、怒りと争いの修羅道を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩薩、神通力をもつ天人を救う。
「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
孫崎享『幕末史の謎、理念なき国家』孫崎享×大久保正雄『国家権力の謎』第12回
https://bit.ly/2M66jzA

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2019年1月 1日 (火)

2019新春、桃之夭夭、灼灼其華・・・旅する哲学者 美への旅

Hokusai_kouboudaishiHokusai20190Boston_edonoyuuwaku_20060301大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第168回
1、時を超える不滅の魂
美しい魂は、永劫回帰の時を超える。時を超えて蘇る。北斎は、20歳で絵師となるが売れず、苦節50年、『富岳三十六景』『神奈川沖浪裏』(1831)まで雌伏。北斎は、九十歳で死ぬまで絵を描きつづける。74歳にして画狂老人卍『鳳凰図屏風』(1835)、87歳『八方睨み鳳凰図』(1848)、88歳『富士越龍図』(1849)。90歳にして「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」「画工北斎は畸人なり。年九十にして居を移すこと九十三所。」飯島虚心『葛飾北斎伝』。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に到達する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
2、理念を探求する精神
空海、ロレンツォ・デ・メディチ、プラトン、玄奘三蔵、李白、王羲之、嵯峨天皇、ソクラテス、理念に向かって、旅した人々。理念を追求する人々は、この世の闇の彼方に美を求める。
理念を追求する精神は、知性によって運命と戦い、地上に美を成就する。メディチ家のプラトン・アカデミーは1499年に滅びる。しかし、逆境の時を超え、滅亡から400年後蘇る。
3、復讐する精神 聖なる者、悪と戦い、滅ぼす
【復讐する偉大な王】アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
【復讐劇】復讐劇の傑作、『オレステス』、『ハムレット』、『モンテ・クリスト伯』、ウィリアム・ブレイク『有心の歌』「毒のある木」、『スウィーニー・トッド』。復讐する人は、絶望に立ち向かう。絶望を超えて、美の理念を成し遂げる。
【『般若理趣経』第三段】「もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず」
空海【聖なる者は悪を滅ぼす】【『理趣経』「第三段」】の教説に関して不空訳『理趣釈』において三界の衆生とは三毒の煩悩と注釈されているが、当該注釈の方向性は空海にも継承され、空海は三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならないとしている。*三毒。貪欲・瞋恚・愚痴。貪瞋痴。
『理趣経』「第三段」「金剛手よ、もし理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとえ三界の一切の有情を害するも悪趣に堕せず。」松長有慶『理趣経』
4、蘇る魂 逆境を超える
理念を探求する人は、逆境の時を超えて、蘇る。不屈の思想家、藝術家、創造の秘密は、苦悩にある。大王、藝術家、詩人は。4つの苦しみに苦悩する。家族の苦しみ、地位の苦しみ、職業の苦しみ、愛の苦しみ。フィリッポス2世の王子、アレクサンドロス3世、プトレマイオス12世の王女、クレオパトラ7世、織田信長、花巻商人の子、宮澤賢治。
【死生学】どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。他人の痛みというものがわからないから。フジ子・ヘミング『魂のことば』
5、本質を探求する
理念を探求する人は、本質を探求し、見えざる美を探求する。理念を探求する思想家、見えざる美をみる詩人、不可視のイデアをみる藝術家。本質は目で見えない。心の目でのみ見ることができる。
究極の価値は、地位と権力とカネによって手に入れられないものである。
【偉大なる王の死】アレクサンドロス3世、33歳。ダレイオス1世66歳。ダレイオス3世60歳。ラムセス2世92歳、子供100人を残す。ハトシャプスト女王49歳。アクエンアテン王29歳。ツタンカーメン18歳。アンケセナーメン27歳。美しき宗教改革者ネフェルティティ63歳。絶対権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
【死生学】富とは、お金で買えないものをどのくらい持っているかである。お金で家は買えるが家庭は買えない。お金で学校は買えるけれど学問は買えない。知性は買えない。支配階級は、お金で地位は買えるけれど人格は買えない。魂は買えない。美は買えない。
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
6、戦う知識人の精神史
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』
史上最高の指揮官、テミストクレス、アレクサンドロス大王の戦いが、アカデメイア派のプルタルコス『英雄伝』に刻まれている。孔子、孫子、思想家の運命との戦いは、怨念の歴史家、司馬遷『史記』、『孔子世家』『孫子呉起列伝』に刻まれている。織田信長、父信秀の葬儀18歳、23歳の稲生の戦い、清州城で復讐24歳から49歳の本能寺の変にいたる壮絶な人生、『信長公記』ルイス・フロイス『日本史』に刻まれている。
7、永遠を旅する哲学者、イデアへの旅
存在の彼方に、善と美のイデアがある。存在の根拠は美と善である。人間存在の秘密は、たんに生きることにあるのでなく、何のために生きるかである。
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
参考文献
大久保正雄『戦う知識人の精神史』
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・『戦う知識人の精神史』『旅する哲学者 美への旅』
https://bit.ly/2R1G0fU
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2MP00UY
織田信長、復讐する精神、卓越した情報力、壮絶な精神・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2x8ZNBm
織田信長、信長包囲網との戦い、八つの戦い、比叡山、天下一の名城、安土城・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2FkeiJX
「上兵は謀を討つ。最高の戦略は、敵の陰謀を討つことである」『孫子』謀攻篇
権力と戦う知識人の精神史 春秋戦国奇譚
https://bit.ly/2P3rfID
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若き織田信長、親は敵、兄弟は最大の敵、復讐する精神・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2lbezTP
【醍醐寺三宝院 天正元(1573)年】織田信長のために真言密教の祈祷、修法を行う。「織田信長黒印状」醍醐寺三宝院における戦勝祈願の修法への礼状を信長より返信。「天下布武」印。1573三方が原の戦い(武田信玄)、武田信玄死す。武田信玄の死と包囲網瓦解。1573年5月13日。
https://bit.ly/2NHbWso
★葛飾北斎『弘法大師修法図』1844-47

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2018年12月31日 (月)

2018美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅

Louvre2018_0Paul_delvaux_venere_dormiente_1944大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第167回
空海、ロレンツォ・デ・メディチ、プラトン、玄奘三蔵、李白、理念に向かって、旅した人々。理念を追求する人々は、この世の闇の彼方にある美を求めた。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に到達する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【闇の絵画、バロック画家の死】1610年、カラヴァッジョ38歳。1660年、ベラスケス61歳。1640年、ルーベンス62歳。1669年、レンブラント63歳。1652年、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール58歳。1675年、フェルメール43歳。
【ルネサンスの死】1492年、ロレンツォ・デ・メディチ43歳。1478年4月26日、ジュリアーノ・デ・メディチ25歳。アンジェロ・ポリツィアーノ39歳。ミランドラ31歳。フィチーノ62歳。1510年、ボッティチェリ65歳。1564年、ミケランジェロ88歳。シクストゥス4世70歳。
1499年メディチ家、プラトン・アカデミーの思想家、死す。1464年、コジモ・デ・メディチ74歳。1600年、ジョルダーノ・ブルーノ52歳。1519年、レオナルド・ダ・ヴィンチ66歳。1520年、ラファエロ37歳。11歳で孤児。1564年、ミケランジェロ88歳。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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「縄文-1万年の美の鼓動」東京国立博物館・・・狩猟人の行動様式
https://bit.ly/2mG25my
「名作誕生、つながる日本美術」東京国立博物館・・・美の系図、創造のドラマ #名作誕生 #東京国立博物館
https://bit.ly/2ri7dz5
2
「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」・・・空海『三十帖策子』
https://bit.ly/2GqyTbY
「京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-」・・・醍醐寺三宝院、織田信長のために祈祷する
https://bit.ly/2NHbWso
「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
3
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」国立新美術館・・・光の画家たちの光と影
http://bit.ly/2oiNKhb
4
「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」国立西洋美術館・・・フェリペ4世と宮廷画家ベラスケス
http://bit.ly/2Ho8bR0 
5
国立トレチャコフ美術館所蔵「ロマンティック・ロシア」Bunkamuraザ・ミュージアム・・・イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』『月明かりの夜』
https://bit.ly/2FSgets
6
「没後50年 藤田嗣治展」東京都美術館・・・乳白色の肌、苦難の道を歩いた画家
https://bit.ly/2vkauRs
7
ルーベンス展―バロックの誕生、国立西洋美術館・・・宮廷画家、バロックの荘厳華麗
https://bit.ly/2Pk1oz3
8
「ヌード NUDE-英国テート・コレクションより」横浜美術館・・・愛と美の象徴、思想表現の自由の戦い
https://bit.ly/2pJnsnZ
9
「ムンク展 共鳴する魂の叫び」東京都美術館・・・波瀾の画家、月光が輝く海と女
https://bit.ly/2Jw3pTO
10
フェルメール展、上野の森美術館・・・光の魔術師、オランダの黄金時代の光と影
https://bit.ly/2ElOb4G 
「ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか」国立新美術館・・・絶対権力者が手に入れられない秘宝
https://bit.ly/2Jc9WBY
「ミケランジェロと理想の身体」国立西洋美術館・・・孤高の藝術家、ミケランジェロ、生涯と藝術
https://bit.ly/2KFGXvc
「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」東京都美術館・・・「婚礼の踊り」
http://bit.ly/2DP0Oo5
ミラクル エッシャー展、奇想版画家の謎を解く8つの鍵、上野の森美術館・・・迷宮の旅人
https://bit.ly/2xVUDMq
「プーシキン美術館展 旅するフランス風景画」東京都美術館・・・藝術家と運命との戦い
https://bit.ly/2vCJ6As
東西美人画の名作《序の舞》への系譜・・・夢みる若い女、樹下美人
https://bit.ly/2v0X92y 
終わりのむこうへ:廃墟の美術史、渋谷区立松濤美術館、2018年12月8日(土)~2019年1月31日(木) http://www.shoto-museum.jp/

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2018年12月25日 (火)

美術館スケジュール2019年・・・旅する哲学者 美への旅

Touji2019Klimt2019大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第166回
見えざる美を探求する人。理念を探求する思想家、見えざる美をみる詩人、不可視のイデアをみる藝術家。本質は目で見えない。心の目でのみ見ることができる。
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
表面的には自由な国にみえるが、ファシズムの14の兆候が現れている。権力に抵抗する知識人はどこにいるのか。物欲に溺れ、食欲に溺れる大衆。欲望に溺れる衆愚に暴力と圧政が襲うのはいつか。思想家が弾圧される国。藝術家、音楽家にすでに兆候が現れている。上智と下愚は移らず『論語』。独裁国家が出現するのは、民主政からである(プラトン『国家』)。
【国家の陰謀、大逆事件】反逆罪によって思想家を弾圧、独裁者は己の権威を高める。真実と正義が意味なさぬ国、抵抗する知識人の死。
【思想家を弾圧する国家】大逆事件の幸徳秋1911年、24名死刑、甘粕事件の大杉栄・伊藤野枝1923年9月16日憲兵隊により殺害、治安維持法1925年、二・二六事件で北一輝処刑1936年、小林多喜二、獄中死1933年。近衛文麿失脚1941年。
【死生学】富とは、お金で買えないものをどのくらい持っているかである。お金で家は買えるが家庭は買えない。お金で学校は買えるけれど学問は買えない。知性は買えない。支配階級は、お金で地位は買えるけれど人格は買えない。魂は買えない。美は買えない。『魂のことば』
【死生学】どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。他人の痛みというものがわからないから。フジ子・ヘミング『魂のことば』
――
永遠を旅する哲学者、時を超え、黄昏の丘を超えて、美へ旅する。究極の美を探求する。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
純粋な魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
1月
「顔真卿 王羲之を超えた名筆」、東京国立博物館、1月16日(水) ~ 2月24日(日)
「新・北斎展」森アーツセンターギャラリー1月17日(木)~3月24日(日)
「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」、国立新美術館、1/18~4/1
2月
「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」、サントリー美術館、2月6日~3月31日
「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館、2月9日(土)~5月26日(日)
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」、東京都美術館、2月9日(土)~4月7日(日)
国立西洋美術館 開館60周年記念「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」、国立西洋美術館、2月19日(火)~5月19日(日)
3月
「ラファエル前派の軌跡展、三菱一号館美術館」、3月14日(木)~6月9日(日)
「トルコ文化年2019 トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美」、国立新美術館、3月20日(水)~ 5月20日(月)
「白日会、第95回」、国立新美術館、3月20日(水)~4月1日(月)
「大哺乳類展2」、国立科学博物館、3月21日(木・祝)~6月16日(日)
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」、東京国立博物館、3月26日(火)~6月2日(日)
4月
「ムーミン展 The Art of Moomin」森アーツセンターギャラリー 、4月9日~
『PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス』六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー、4月13日(土)~9月16日(月・祝)
「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」京都国立博物館、4月13日(土)から6月9日(日)
「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」、パナソニック汐留ミュージアム、4月16日~6月23日
「クリムト展 ウィーンと日本 1900」、東京都美術館、4月23日(火)~7月10日(水)
Gustav Klimt: Vienna – Japan 1900
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」、国立新美術館 4月24日(水)~8月5日(月)
印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション、Bunkamuraザ・ミュージアム、4/27(土)-6/30(日)
6月
生誕125年記念 速水御舟、山種美術館、6月 8日(土) ~ 8月 4日(日)
国立西洋美術館 開館60周年記念
「松方コレクション展」、国立西洋美術館、6月11日(火)~9月23日(月・祝)
7月
「特別展「三国志」」東京国立博物館、7月9日(火)~9月16日(月・祝)
「みんなのミュシャ展」Bunkamuraザ・ミュージアム、7月13日~9月29日
9月
コートールド・ギャラリー展、東京都美術館、9月10日(火)~12月15日(日)
マネ「フォリー=ベルジェールのバー」(1882年)
10月
「ゴッホ展」上野の森美術館(10月11日~2020年1月13日)
*兵庫県立美術館(2020年1月25日~3月29日)
日本・オーストリア友好150周年記念
ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史、国立西洋美術館、10月19日(土)~1月26日(日)
11月
特別展:ミイラ、国立科学博物館、11/2~2020/2/24
未来と芸術展、森美術館、.11.19(火)~ 2020.3.29(日)
大浮世絵展 ~五人の絵師の競演~、江戸東京博物館、11/19-2020/1/19
12月
英英紅綠 第44回 白日会会員選抜展. 2019年12月. 日本橋三越本店 本館6階 美術 特選画廊。山本大貴、木原和敏、小木曽誠
カラバッジョ展、あべのハルカス美術館
2019年12月26日~2020年2月16日
ハマスホイとデンマーク絵画、東京都美館、2020/1/21-3/26
――
三浦るり、井上達夫、藤原帰一、偽物が跳梁跋扈する。御用学者、末人の群れ。真理に仕えず、金と地位に仕える畜群(Herde)の先導者。
高貴な精神とは何か。失われた巨匠たち。悪質な詐欺師が跳梁する偽物の時代。
http://bit.ly/2CWj9KI
偽物を尊ぶ末人、畜群(Herde)の時代。目先の利益と地位を追求する末人たち。理念と正義が崩壊した時代。「われわれは幸福を発明した。末人たちはそう言ってまばたきする」『ツァラトスゥトラ』
失われた巨匠たち。悪質な詐欺師が跳梁する偽物の時代。映像の魔術師の死。
http://bit.ly/2GOTzK3
――
いい加減、目覚めなさい。日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?
今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。『女王の教室』

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2018年12月 3日 (月)

無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾。識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子

Buddha_on_first_sermon大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第165回
森林の樹下に瞑想する仏陀は月影に何を思うのか。
無我(anātman)説と輪廻転生(saṃsāra)は、根本的に矛盾する。この矛盾をどのように解決するのか。この問題は、婆羅門教のアートマンと仏教の無我説の対立に根源がある。仏教2千5百年、多彩な仏教の学派には、この問題を解く学派がある。この問題について、島薗進先生に質問したことがある。島薗先生の解答は、十二縁起説(dvādaśāṅgika-pratītyasamutpāda)により輪廻転生が説明されるという回答である。
六観音菩薩の思想は、六道輪廻の思想に基づいている(*天台智顗『摩訶止観』)。十一面観音菩薩、怒りと争いの修羅道を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩薩、神通力をもつ天人を救う。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【識體の転変、第八識】識は転変する(転識得智)。前五識は、五感(眼、耳、鼻、舌、身)による感覚作用であり、これが成所作智、不空成就如来の智恵になる。第8識、阿頼耶識(大円鏡智)が転じて、有が生じ、輪廻転生が起きる。
*注 十二縁起。無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死→(無明に繋がる)。
――
【識體の転変、種子薫習】阿頼耶識に薫じられて迷界を顕現する種子は3つある。名言種子、我執種子、有支種子。『摂大乗論』。
――
第六識、第七識、第八識、第九識
第六識は五感の感覚的情報に基づいて行動や判断する意識であり、妙観察智、阿弥陀如来の智恵に転じる。転識得智
第七識は第6識の意識下にある無意識、末那識で自我を形成する。これが平等性智、宝生如来の智恵に転じる。
第八識は意識されない潜在意識、阿騾頼耶識(ālaya-vijñāna)で、生死輪廻する業の主体である。これが大円鏡智、阿閦如来の智恵に転じる。
第九識、阿摩羅識(amala-vijñāna)唯識思想(法相宗)では、八識を説く。 すべては阿頼耶識より縁起するとし、主に迷いの世界であるが悟りも阿頼耶識より生じるとする。 一方、心は本来清浄であるとする如来蔵思想がある。 これらの思想を止揚するため、天台宗や華厳宗などの法性宗は、この阿摩羅識を加えて新たに九識を立てた。天台宗では、阿摩羅識をけがれが無い無垢識・清浄識、また真如である真我、如来蔵、心王であるとし、すべての現象はこの阿摩羅識から生れるとした。
――
■金剛界曼荼羅
中央に中心となる「成身会」があり、その下に「三昧耶会」、その左に「微細会」、その上に「供養会」、その上に「四印会」、その右に「一印会」、その右に「理趣会」、その下に「降三世会」、その下に「降三世三昧耶会」。成身会から下るのを向下門。降三世三昧耶会から上るのを向上門。金剛界曼荼羅を成身会へいかにして上るのか。
「成身会」「三昧耶会」「微細会」「供養会」「四印会」「一印会」「理趣会」『金剛頂経』金剛界品に、「降三世会」「降三世三昧耶会」が降三世品に拠る。
■金剛界曼荼羅、理趣会
即身成仏の思想が図示されている。
『理趣経』17段【深秘の法門 】五種秘密三摩地の章【五秘密尊】金剛薩埵の周りに、金剛欲明妃、金剛蝕明妃、金剛愛明妃、金剛慢明妃、4の明妃が囲む。
『理趣経』第一段、第一七段に理趣経の核心、密教の思想が集約されている。
『理趣経』1段、【大楽の法門】金剛薩埵の章、十七清浄句
『理趣経』17段、【深秘の法門】五種秘密三摩地の章【五秘密菩薩】
――
『金剛界曼荼羅』理趣会。五秘密菩薩。
金剛薩埵は、若くて美しい女、欲・触・愛・ 槾 、美しい菩薩によって囲まれている。欲金剛女菩薩、触金剛女菩薩、愛金剛女菩薩、槾金剛女菩薩。松長有慶『理趣経』P265
――
★参考文献
無着『摂大乗論』
世親『唯識三十頌』
松長有慶『理趣経』
――
金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、仏陀への旅
転識得智、種子薫習
https://t.co/MIXigqe3xH
五知如来の智慧
https://bit.ly/2O8YtbU
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学』
https://bit.ly/2AeU3Hv 
空海の旅 旅する思想家、美への旅
https://t.co/HPPpp3e5iL
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
――
「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
「京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-」・・・醍醐寺三宝院、織田信長のために祈祷する
https://bit.ly/2NHbWso 
――
★初転法輪の仏陀、Sarnath Buddha

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2018年11月27日 (火)

国立トレチャコフ美術館所蔵「ロマンティック・ロシア」・・・イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』『月明かりの夜』

Russia2018_0Ivan_kramskoy_moonlit_night_1880_0大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第164回
枯れ葉舞う、午後、美術館に行く。月光の魔法の夜、夕暮れの海、ロマンティックな詩情。ロマノフ朝末期の面影が蘇る。サンクトペテルブルクの夕暮れの海の彼方の教会。白樺、樫の木の深い森、雪に覆われた大地。ロシア革命(1917年)前、帝政末期の矛盾と格差社会。移動派の画家イワン・クラムスコイたちの抵抗の時代。イワン・クラムスコイの弟子、イリヤ・レーピン。体制に反逆した抵抗派知識人。宮廷第6代枢密顧問官の子息、象徴派の詩人、思想家、ディミトリー・セルゲーヴィッチ・メレジコフスキー。『神々の死 背教者ユリアヌス』1894『神々の復活 レオナルド・ダ・ヴィンチ』1896。古書をひも解き古人の美しい魂の香りをかぐと、魂がよみがえる。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
『忘れえぬひと』とは、いかなる人か。あなたを守る人。美貌のひと。美しい面影のひと。あなたの魂を深く理解するひと。あなたの魂を愛するひと。『忘れえぬひと』が日本で展示されるのは8回目であるが、いつまでも愛される絵画である。
今宵、日が昏れて、時は去りゆくとも、愛は変わらない。いつまでも。
名誉と地位と権力と利益を求める人々の間に在って、天人は苦しむ。如意輪観音は、天人を救う。
【イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』】1883ペテルブルクのアニチコフ橋に馬車を止めている。高慢にみえるが、運命を見すえ、挑むような、運命を呪うまなざし。彼女の瞳は彼方に何をみているのか。気高く憂いを含む潤んだ瞳、長く黒い睫毛、帽子の房飾り、漆黒のドレス、艶やかなリボン。気高い憂いをもつ美女。瞳に涙が光る。彼方を見つめ、運命を呪うまなざし。
【イワン・クラムスコイ『月明かりの夜』】1880 白いドレスをまとった若い女が古い庭園の老木の傍らのベンチに腰掛け、月明かりに照らし出されている。月光の詩情、静寂と神秘が漂う。女性と対照的に周囲は闇に包まれる。『魔法の夜』と初めは表題がつけられた。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
夕暮れ散歩 夕暮れのヴェネツィア、海景
丘の上の森に佇む、夕暮れの残照を眺める部屋で、森に黄昏の光が満ちていくとき、失われた時を思い出す。忘れえぬ人、美しい人と歩いた黄金の時間。心の痛みとともに蘇る。美しい夕暮れの思い出。夕暮れの孤島の丘に上り、女神の神殿に佇み、糸杉の森を歩く。高き嶺に躋攀し詩を読誦した日々。苦吟した日々。ロマン派の詩人は、ヴェネツィアを愛した。
敵の欺きに憤り、それを語らずに沈黙し、庭の霊木に涙を注いだ。秘密の庭の霊木に、密教の真言を唱える。日々、大日如来、観自在菩薩、大黒天に祈りをささげる。一切成就、怨敵調伏。学問成就、藝術三昧。日月が流れ、黄昏の海に潮が満ち、守護精霊が舞い降りる。真言が成就する。美貌のひとは、黄昏時に現れる。本質を観る人。人が真に見ることができるのは心によってである。本質は目で見えない。
「美は、命と引き換えに手に入れることができるものである」。美しいひとは、私の論文の言葉を愛読した。*
藝術家の魂の籠められた絵画に出逢い、秘められたドラマに辿りつくとき、記憶の迷路から美しい女が蘇る。可視界を超えて、叡智界のイデアが蘇る。生死を超えた知の旅の記憶。精神史の時間の迷宮に迷い込む。
*大久保 正雄『新古今和歌集の美学 断崖の美学』
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
――

「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』
【アンナ・カレーニナ、将校ヴロンスキー】アンナ・カレーニナは兄のオブロンスキーによばれてモスクワにやってきた、モスクワ駅でヴロンスキーと運命的な出会い。モスクワ駅へ母を迎えに行った青年ヴロンスキーは、母と同じ車室に乗り合わせたアンナの美貌に心を奪われる。アンナは典型的な俗物官僚の夫カレーニンを嫌悪した。
【死生学】「毒のある木」私は私の敵に腹を立てた。私は黙っていた。私の怒りはつのった。そして私は、それに恐怖の水をかけ、夜も昼も、私の涙をそそいだ。そして私は、それを微笑の陽にあて、口あたりのよい欺瞞の肥料で育てた。ウィリアム・ブレイク『無心の歌、有心の歌』「毒のある木」寿学文章訳
【聖なる者は悪を滅ぼす】『理趣経』第三段。「金剛手よ、もし理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとえ三界の一切の有情を害するも悪趣に堕せず。」
松長有慶『秘密の庫を開く 理趣経』1984
――
展示作品の一部
イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女(ひと)』1883 年 油彩・キャンヴァス
イワン・クラムスコイ『月明かりの夜』1880 キャンバスに油彩 
イワン・シーシキン『正午、モスクワ郊外』 1869 年 油彩・キャンヴァス
イワン・シーシキン 『雨の樫林』 1891 年 油彩・キャンヴァス
ワシーリー・バクシェーエフ『樹氷』1900 キャンバスに油彩 
イリヤ・レーピン『イワン・クラムスコイの肖像』1882
イリヤ・レーピン『ピアニスト アントン・ルビンシュテインの肖像』1881
イワン・コンスターノヴィチ・アイヴァゾフスキー『海岸、別れ』1888
グリツェンコ『イワン大帝の鐘楼からのモスクワの眺望』1896
レフ・リヴォーヴィチ・カーメネフ『サヴィノ・ストロジェフスキー修道院』1880年代
アレクセイ・ペトロヴィッチ・ボゴリューボフ『ボリシャヤ・オフタからのスモーリヌイ修道院の眺望』1851
――
参考文献
国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア・・・帝政末期、移動派の画家、クラムスコイ『忘れえぬ女』
https://bit.ly/2Mw7trF
ロマン派詩人 地中海、美への旅
大久保 正雄「旅する哲学者 美への旅」第77回
https://t.co/nqAsdA8wKg
『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』図録
――
この時代のロシアの文化は、チャイコフスキー、ムソルグスキーといった作曲家や、トルストイ、ドストエフスキーに代表される文豪は日本でよく知られていますが、美術の分野でも多くの才能を輩出しました。その美術界では19世紀後半にクラムスコイら若手画家によって組織された「移動派」グループが、制約の多い官製アカデミズムに反旗を翻し、ありのままの現実を正面から見据えて描くことをめざしていました。移動派の呼称は啓蒙的意図で美術展をロシア各地に移動巡回させたことによります。一方、モスクワ郊外アブラムツェヴォのマーモントフ邸に集まったクズネツォフ、レヴィタン、コローヴィンらの画家たちは、懐古的なロマンティシズムに溢れた作品を多く残しましたが、彼らと移動派には共に祖国に対する愛という共通点が見出せます。
――
一瞬の風景を、膨大な時間をかけて細密に描きとろうとする。そんなロシア特有の風景画の手法は、人物画にも共通します。たとえばクラムスコイの《忘れえぬ女ひと》は近づいて観ると、目に涙を浮かべ、無念の表情をたたえていることがわかります。よく娼婦と解説されるこの女性像にはモデルがおり、画家は彼女に死が迫っていることを知っていました。そんな女性の一瞬の内面のドラマを再現すべく、クラムスコイは無限の努力を傾けて、あの眼を描いたのです。ロシア文学者・亀山郁夫 Bunkamuraザ・ミュージアム
――
ロシア文学者・亀山郁夫氏による記念講演会レポート
http://krs.bz/bunkamura/c?c=101051&m=244062111&v=fc249c9c

――
★国立トレチャコフ美術館所蔵「ロマンティック・ロシア」Bunkamuraザ・ミュージアム
2018/11/23(金)-2019/1/27(日)
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_russia/
岡山県立美術館:2019年4月27日(土)~6月16日(日)
山形美術館:2019年7月19日(金)~8月25日(日)
愛媛県美術館:2019年9月7日(土)~11月4日(月・祝)

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2018年11月21日 (水)

織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・『戦う知識人の精神史』

Giuliano_de_medici_michelangeloSeikadou大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第163回
復讐する偉大な王。偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長。
【復讐する織田信長】血をもって書かれた精神史。織田信長は、織田信行の謀反を清州城天主北櫓次の間にて報復。病気の信長を襲う弟を返り討ち。弘治3年、信長24歳。「稲生の戦い」弘治2年8月24日、信長700人、織田信行勢1700人に襲いかかる。信長の所領を横領する兄弟。光輝の旅への旅立ち。輝く天の仕事を探求する冒険家。逆襲する戦略家。織田信長(1534-1582)は、包囲網と11年間対決する。アンシャン・レジーム、将軍家、天皇、寺院、貴族。血をもって書かれた精神史。
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
1、【織田信長と茶会、天下布武】
永禄10(1567)年、信長は、本拠地を小牧山城から稲葉山に移転し、古代中国、周王朝の文王が岐山によって天下を平定したのに因んで、城と町の名を「岐阜」と改めた。この頃から信長は「天下布武」の朱印を用いるようになる。
岐阜城には、山のふもとに迎賓館を作り、山上に茶室を作る。銀閣寺「漱蘚亭」にならった。*
永禄11(1568)年、10月2日、堺に矢銭を課した織田信長に抗戦しようとする町衆を今井宗久らが説得。この日、今井宗久は、織田信長に、松島茶壺、紹鴎茄子を献上。
1569年、織田信長、丹羽長秀、松井友閑らに命じて、洛中洛外の茶器の名物狩り。
1571年(元亀二年)、織田信長、東福寺にて茶会を催す。茶頭は、今井宗久。この年、比叡山焼き討ち。
天正元年(1573年)、最後の将軍、足利義昭を追放した後、妙覚寺で茶会。
1574年(天正二)年、1月1日、髑髏盃で宴。信長、飲酒せず。2月3日、岐阜城内にて茶会を催す。3月28日、蘭奢待を賜る。信長41歳。
1574年(天正二)年、4月3日、織田信長、相国寺にて茶会を催す。松井友閑、千利休、今井宗久、津田宗及らが集い、織田信長は方丈で点前を披露した。(『津田宗及茶湯日記』)。蘭奢待を千利休、山田宗及に下賜する。
*千利休は51歳の1573年、1574年(52歳)、1575年(53歳)に、織田信長主催の京都の茶会に参加。利休は、信長と48歳、1570年、出会う。
羽柴秀吉、柴田勝家、池田恒興、丹羽長秀などの織田家臣、茶の湯に励む。
1576年(天正4年) 1月、織田信長は総普請奉行に丹羽長秀を据え、六角氏の居城観音寺城の支城のあった安土山に築城を開始。1579年(天正7年)5月、完成した天主に信長が移り住む。
――
2、【信長、物欲に執着せず】
【織田信長と茶の湯】岐阜城と家督を嫡男、信忠に譲って、お気に入りの茶器だけを持って出て行った。尾張、美濃を譲る。『信長公記』。織田信忠へ初花肩衝・松花茶壷・竹子花入・藤波の釜・道三茶碗・珠徳茶杓を譲る。天正三(1575)年、11月28日、信長42歳。
【蘭奢待を下賜】1574年(天正二)年、3月28日、蘭奢待を賜る。4月3日、蘭奢待を千利休、山田宗及に下賜する。
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3、【運命の本能寺、天下三肩衝】
織田信長は、肩衝茶入「天下の三肩衝」(さんかたつき)を集めるため、本能寺にて、茶会を催す。2つは織田信長が持っていた。*
*「天下の三肩衝」といわれる「楢柴」「初花」「新田」。
博多豪商の島井宗室が「楢柴」をもっていた。
【本能寺の変、天下三肩衝、楢柴肩衝】天正十(1582)年、六月一日。織田信長は、本能寺で、茶会を開き、天下三肩衝を披露する予定だった。島井宗室が「楢柴肩衝」を信長に献上すべく訪れたのが本能寺の変の前日
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4、【武田氏、滅亡】1582年(天正十年)3月11日、武田勝頼、自害。
【信長、上洛】1582年(天正十年)5月29日、信長、上洛。
【信長5軍団】信長の5軍団のうち、明智光秀軍以外の4軍団は京都にいない。信長は70人の供の者だけであった。
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5、【織田信長 最期の茶会 本能寺の変】
【織田信長 最期の茶会】1582年(天正十年)6月1日、本能寺にて信長が茶会を催す。
利休60歳。信長49歳。1582年6月1日、本能寺にて信長が自慢のコレクションを一同に披露する盛大な茶会が催される。この夜、信長は明智光秀の謀反により、多数の名茶道具と共に炎に散った。
【織田信長 本能寺の変】天正十(1582)年6月2日、払暁。明智光秀軍1万3000人、本能寺を襲撃。信長勢70人。信長、弓矢をとって自ら戦うが「是非もない」、自刃。女たちを逃がす。光秀謀反の原因。怨恨説、野心説、黒幕説。反信長包囲網。アンシャンレジームの反撃。怨恨はあり得ない。小和田哲男、谷口克広。小和田哲男『集中講義 織田信長』P.166
――
★【織田信長】参考文献
小和田哲男『集中講義 織田信長』新潮社
小和田哲男『戦国合戦事典』PHP 文庫
小和田哲男『名城と合戦の日本史』新潮社
小和田哲男監修『芸術・美術・建築からわかる日本史』
小和田哲男「洛中洛外図 日付から読み取れた信長の恐るべき外交術」2002
小和田哲男『日本国宝物語』ベスト新書
谷口克弘『織田信長合戦全録』中公新書
泉秀樹『戦国なるほど人物事典』PHP文庫2003
泉秀樹『織田信長と戦国武将天下取りの極意』講談社+α文庫 2007
泉秀樹『戦国武将伝 織田信長』PHP2004
『図解 戦国史』成美堂出版
堺屋太一他『信長 天下一統の前に悪などなし』プレジデント社2007
黒田日出男『謎解き洛中洛外図』岩波新書1996
黒田日出男「狩野永徳《上杉本洛中洛外図屏風》金雲に輝く名画の謎を読む」
加来 耕三『戦国美女は幸せだったか』 筑摩書房
外川敦『戦国史』
――
和田裕弘『信長公記―戦国覇者の一級史料』中公新書
和田裕弘『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』中公新書
岩沢愿彦、奥野高広『信長公記』 (角川ソフィア文庫―名著コレクション) 1984
現代語訳『信長公記』(全) (ちくま学芸文庫) 2017
現代語訳『信長公記』 (新人物文庫) 角川
ルイス・フロイス『日本史』12巻、中公文庫
小和田哲男『合戦図屏風で読み解く 戦国合戦の謎』青春新書
本郷和人『戦国武将の素顔』宝島社新書
――
★大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2MP00UY
織田信長、復讐する精神、卓越した情報力、壮絶な精神・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2x8ZNBm
織田信長、信長包囲網との戦い、八つの戦い、比叡山、天下一の名城、安土城・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2FkeiJX
「上兵は謀を討つ。最高の戦略は、敵の陰謀を討つことである」『孫子』謀攻篇
権力と戦う知識人の精神史 春秋戦国奇譚
https://bit.ly/2P3rfID

Giuliano de' Medici, Michelangelo.1526
曜変天目茶碗、静嘉堂文庫美術館

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2018年11月12日 (月)

織田信長、信長包囲網との戦い、八つの戦い、比叡山、天下一の名城、安土城・・・『戦う知識人の精神史』

Himeji_cherry_blossom_0Jacques_louis_david__bonaparte_fran大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第162回
血をもって書かれた精神史。織田信長は、織田信行の謀反を清州城天主北櫓にて報復する。病気の信長を襲う弟を返り討ち。弘治3年、信長24歳。光輝の旅への旅立ち。輝く天の仕事を探求する冒険家。逆襲する戦略家。織田信長(1534-1582)は、包囲網と11年間対決する。アンシャン・レジーム、寺院、貴族、将軍。血をもって書かれた精神史。
【復讐する偉大な王】アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天下一の仕事を成し遂げる。
【勝者が敗者を裁く。勝者によって歴史は書き換えられる】「皇帝ネロは暴君ではない。スエトニウス『ローマ皇帝伝』タキトゥス『年代記』プルタルコス『英雄伝』」「織田信長、比叡山延暦寺、根本中堂、焼き討ちは無かった」「織田信長、天下布武は、武力征服を意味しない」 だまされる大衆は教養の欠片もない。
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
――
1、【天下布武】世界の旧勢力を敵にする。すべての権力に立ち向かう。
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定。
【織田信長、天下布武】1567 (永禄10) 年、信長、34歳。岐阜城にて、天下布武印を用いる。沢彦宗恩の意見による。「既存の階級社会の否定」を意味する。 武は「七徳の武」「武の七つの徳を備えた者が天下を治めるにふさわしい」『春秋左氏伝』
【織田信長、天下布武、知的で革命的】既存の階級社会、価値観を否定。ニヒリズム。知的で革命的。妙心寺派の僧、沢彦宗恩の教えによる。天下布武印、使用。岐阜と命名。永禄十(1567)年、信長34歳。
小和田哲男『集中講義 織田信長』
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2、織田信長、8つの戦い
【織田信長、8つの戦争】1560桶狭間(今川義元)、1567稲葉山城の戦い(斉藤龍興)、1570姉川の戦い(浅井・朝倉)[1571比叡山焼討、元亀4=天正元(1573)義昭追放、室町幕府滅亡]、1573三方が原の戦い(武田信玄)、武田信玄死す。1574 伊勢長島一向一揆征伐(一向宗)、1575長篠の戦((武田勝頼)、(1570-1580)石山戦争(石山本願寺)、1582本能寺の変、天正10年6月2日。
――
3、信長包囲網 信長は11年間、包囲網と戦う
【信長包囲網】戦国時代末期より安土桃山時代にかけて発生した反織田信長連合。
【織田信長の戦い、信長包囲網】信長包囲網(1570-1580)。第1次包囲網、浅井朝倉、比叡山。岐阜城にて髑髏盃の宴。1570-1573 第2次包囲網、足利義昭、挙兵。室町幕府滅亡。1573 第3次包囲網、石山戦争(1570-1580)本願寺光佐(顕如)と和睦1580
元亀元年(1570年)4月、浅井氏、三好三人衆、荒木氏、一向衆の叛旗。元亀2年(1571年)織田信長と足利義昭の対立。織田信長と足利義昭の対立。武田信玄の死と包囲網瓦解。1573年5月13日。
1576天正4年、毛利氏、上杉氏の本格介入と松永久秀の謀叛。
1580天正8年石山本願寺との戦い。石山戦争(1570-1580)
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4、信長包囲網と正親町天皇 包囲網の窮地を天皇が解決
【信長包囲網第1次】元亀元年、生涯最大の窮地、志賀の陣、正親町天皇の綸旨による勅命講和。
【信長包囲網第2次】天正元年足利義昭との戦い。天皇による勅命講和。1573 (天正元年) 室町幕府滅亡1575年 (天正3年)
天正2年(1574年)た「蘭奢待切り取り」勅許。
【信長包囲網第3次】天正8年石山本願寺との戦い。天皇による勅命講和。1580(天正8)年。
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5、延暦寺、根本中堂、焼討は無い
【比叡山焼討事件の真相】6代将軍、足利義教が行った比叡山攻撃とその後の根本中堂自焼。1435年、延暦寺の有力な僧たちを招き、その席で捕縛し斬首する。1499年、室町幕府の管領(将軍の補佐役)細川政元によって焼き討ち。元亀二(1571年)9月12日、織田信長が比叡山焼き討ち。浅井・朝倉攻めが目的である。
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6、穴太衆、野面積み、天下一の石垣
織田信長「比叡山の焼き討ち」。信長は焼き討ち後、再興の目を徹底的に潰すため、臣下の丹羽長秀に焼け残った石垣などの打ちこわしを命じる。しかし、不落の石垣。
【織田信長、安土城、穴太衆】延暦寺伽藍の石垣は、頑丈すぎてなかなか壊すことができない。それを丹羽長秀が信長に進言すると、信長は後世に城の歴史を変えた名城、安土城の築城に「穴太衆」を召し抱えた。天正4(1576)年、安土城、天主閣完成。野面積である。但馬竹田城、姫路城、伊賀上野城、大阪城、名古屋城、江戸城の石垣も穴太衆の手になる。
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★参考文献
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2MP00UY
織田信長、復讐する精神、卓越した情報力、壮絶な精神・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2x8ZNBm
「上兵は謀を討つ。最高の戦略は、敵の陰謀を討つことである」『孫子』謀攻篇
権力と戦う知識人の精神史 春秋戦国奇譚
https://bit.ly/2P3rfID
「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである」ナポレオン。
「ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか」国立新美術館・・・絶対権力者が手に入れられない秘宝
https://bit.ly/2Jc9WBY
――
【死生学】どんなに教養があって立派な人でも、人の痛みがわからない人は存在する価値がない。生きる価値がない。魂が醜い。存在の根源である心が腐っているからである。「魂のことば」『旅する哲学者 美への旅』

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2018年10月31日 (水)

「ムンク展 共鳴する魂の叫び」・・・波瀾の画家、月光が輝く海と女

Munch2018大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第161回
金木犀の香る森を歩いて、美術館に行く。薄羽蜉蝣の飛ぶ丘、銀杏並木を歩き、グリーグ『ペールギュント』ソルベーグの歌が胸に浮かぶ。放浪の旅から帰国後、ムンクが愛したオースゴールストラントの海、月光の輝く海と女たち。
「私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた」ムンク
30歳の時の作品、エドヴァルド・ムンク『叫び』。怖れおののいて耳を塞いでいる姿。血のように赤く染まったフィヨルドの夕暮れ、赤い空、暗い背景、遠近法の構図。「自然を貫く果てしない叫び」。この主人公が叫びを発しているのではない。『叫び』、4枚の絵画がある。(1893テンペラ、クレヨン、1893クレヨン、1895パステル、1910テンペラ)
*大久保 正雄『藝術家と運命との戦い』
――
【エドヴァルド・ムンク、波瀾の生涯、愛と絶望と放浪の果て帰国、2万8千点、80歳で死す】30歳の作品『叫び』(1893)で世界に名をとどろかせたムンク。26歳から46歳まで、外国を放浪。1892年29歳の時「ムンク事件」、批評家の攻撃でベルリンの個展が1週間で打ち切り。1902年39歳の時、結婚を迫る恋人トゥラ・ラーセンを拒否、破局、銃爆発事件で指を負傷。1909年46歳の時、クリスチャニアに帰国。1927年、64歳、ベルリンとオスロで回顧展。1940年77歳。全作品、2万8千点の作品をオスロ市に遺贈。1944年、80歳で死去。
【波瀾の生涯】エドヴァルド・ムンク(1863-1944)。1863年、5歳の時、母死す、1877年、姉ソフィエ、結核で死す。17歳、画学校、入学。1889年、26歳、パリ留学。父、脳卒中で死去。46歳で帰国、『地獄の自画像』(1909)。
1916年、エーケリーの丘の家ヘ移り住んだ後、多数の召使兼モデル志願の若い女たちがムンクの家を訪れた。
『すすり泣く裸婦』(1913-14)に描かれた女、女召使兼モデル、16歳のインゲボルク・カウリン、ムンク50歳と恋に陥る。インゲボルグに惹かれ合うが彼女には婚約者がいた。
「文学、音楽、藝術は生血によって制作される。藝術は生きた人間の血なのだ。作品は、魂と意志をもつ結晶であり、子供である」エドヴァルド・ムンク
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『藝術家と運命との戦い』
――
エドヴァルド・ムンク『叫び』「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」ムンク『日記』
――
展示作品の一部
エドヴァルド・ムンク《叫び》テンペラ・油彩画(1910年?)オスロ市立ムンク美術館
ムンク「絶望」1892-94 キャンバスに油彩 92×67cm ティール・ギャラリー蔵
ムンク《マドンナ》1895年 リトグラフ
ムンク《病める子Ⅰ》1896年 リトグラフ 43.2×57.1cm
ムンク《自画像》1882年 油彩、紙(厚紙
ムンク《夏の夜、人魚》1893年、オスロ市立ムンク美術館蔵
ムンク《星月夜》1922-24年 オスロ市立ムンク美術館蔵
ムンク『地獄の自画像』(1909)
ムンク『すすり泣く裸婦』(1913-14)
ムンク『緑色の服を着たインゲボルク』(1912)
ムンク『森の吸血鬼』(1916-18)
ムンク《生命のダンス》(1925)
ムンク《自画像、時計とベッドの間》(1940-43)
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参考文献
大久保 正雄『藝術家と運命との戦い、運命の女』
クロード・モネ『日傘の女』・・・カミーユの愛と死
https://bit.ly/2ncZAIR
シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
https://bit.ly/2vikIlL
「ムンク展 共鳴する魂の叫び」図録2018
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「ムンク展」(国立西洋美術館 2007年10月6日(土)—2008年1月6日(日)
「ムンク展 画家とモデルたち Edward Munch and his Models」(伊勢丹美術館1992)
「ムンク展 愛と死 The Frieze of Life」(出光美術館1993)
「ムンク展 EDWARD MUNCH」(世田谷美術館1997)
「ムンク展 生の不安―愛と死」(東京国立近代美術館1981)
「冬の国―ムンクとノルウェー絵画」(国立西洋美術館1993)
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世界で最もよく知られる名画の一つ《叫び》を描いた西洋近代絵画の巨匠、エドヴァルド・ムンク(1863-1944)。画家の故郷、ノルウェーの首都にあるオスロ市立ムンク美術館が誇る世界最大のコレクションを中心に、約60点の油彩画に版画などを加えた約100点により構成される大回顧展です。
複数描かれた《叫び》のうち、ムンク美術館が所蔵するテンペラ・油彩画の《叫び》は今回が待望の初来日となります。愛や絶望、嫉妬、孤独など人間の内面が強烈なまでに表現された代表作の数々から、ノルウェーの自然を描いた美しい風景画、明るい色に彩られた晩年の作品に至るまで、約60年にわたるムンクの画業を振り返ります。
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「ムンク展 共鳴する魂の叫び」東京都美術館、10月27日-2019年1月20日
https://www.tobikan.jp/

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