2020年1月 9日 (木)

美術館スケジュール2020年・・・旅する哲学者 美への旅

Houryuji2020
Chojugiga2020
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第204回
理念を追求する精神は、邪知暴虐な権力と戦い、闇の彼方に美を求める。理念の人は、苦難を超えて、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智、天正、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海原の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。如意輪観世音菩薩、愛染明王が、美しい魂に舞い降り、天人を救う。
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
【思想家を弾圧する国】大逆事件の幸徳秋1911年、24名死刑、甘粕事件の大杉栄・伊藤野枝1923年9月16日憲兵隊により殺害、治安維持法1925年、二・二六事件で北一輝処刑1936年、小林多喜二、獄中死1933年。近衛文麿失脚1941年。
――
【ロレンツォは16歳の時から詩作を始める。20歳で当主となる。1492年43歳で死す】青春とは何と美しいものか。だが見る間に過ぎ去ってしまう。美しい時を楽しみなさい。明日は定めなきものゆえ。ロレンツォ・デ・メディチ『謝肉祭のためのバッカスとアリアドネの勝利の歌』
【内極めて美なるものあり】あはれ、この至妙の調和より、万物皆な或一種の声を放ちつゝあるにあらずや。形の醜美を見て直ちに其醜美を決するは、未だ美を判ずるの最後にあらず。外極めて醜なるものにして、内極めて美なるものあり。外極めて美にして、内極めて醜なるものあり。北村透谷『万物の声と詩人』1826
――
永遠を旅する哲学者、美への旅、イデアへの旅。美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。純粋な魂は、輝く天の仕事を成し遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
1月
上村松園と美人画の世界、山種美術館、1月3日(金)~3月1日(日)
「開館40周年記念 太田記念美術館所蔵 肉筆浮世絵名品展―歌麿・北斎・応為」、太田記念美術館、1月11日~2月9日
日本書紀成立1300年「出雲と大和」東京国立博物館1月15日(水)~3月8日(日)
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1971
レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年記念「夢の実現」展、代官山ヒルサイド・フォーラム、2020年1月5日(日)~1月26日(日)
レオナルドのさまざまな顔 ―その多面性をひもとく、代官山ヒルサイドプラザホール2020年1月17日(金)開場12:30/開演13:00~16:00 http://leonardo500.jp/event
見えてくる光景 コレクションの現在地、アーティゾン美術館、1月18日(土)〜3月31日(火)
ハマスホイとデンマーク絵画展、東京都美術館、1月21日(火) ~3月26月(木)
2月
奇蹟の芸術都市バルセロナ、東京ステーションギャラリー、2月8日(土) ~4月5日(日)
画家が見た子ども展 ボナール、ヴュイヤール、ドニ、ヴァロットン、三菱一号館美術館、2月15日(土)~6月7日(日)
3月
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展、国立西洋美術館、3月3日火) ~6月14日(日)
閉館、国立近代美術館工芸館「所蔵作品展 パッション20」2019.12.20 - 2020.3.8
「体感! 日本の伝統芸能―歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界―」東京国立博物館、表慶館3月10日(火)~ 5月24日(日)
古典✕現代2020ー時空を超える日本のアート、国立新美術館3月11日(水)〜6月1日(月)
法隆寺金堂壁画と百済観音、東京国立博物館、3月14日(土)~5月10日(日)
桜 さくら SAKURA 2020―美術館でお花見!―、山種美術館、2020年3月14日(土) ~5月10日(日)
特別展「和食」、国立科学博物館3月14日(土)~6月14日(日)
ホキ美術館所蔵 超写実絵画の襲来、Bunkamuraザ・ミュージアム、3/18(水) ~5/11(月)
「白日会、第96回」、国立新美術館、3月18日(水)~3月30日(月)
4月
きもの KIMONO、東京国立博物館、4月14日(火) ~6月7日(日)
芸術✕力 ボストン美術館展、4月16日(木) ~7月5日(日) 、東京都美術館
おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~、森アーツセンターギャラリー、4月17日(金) ~6月7日(日)
国宝 燕子花図屏風―色彩の誘惑―、根津美術館、4月18日(土) ~5月17日(日)
5月
リニューアルオープン記念ⅠART in LIFE, LIFE and BEAUTY(仮称)、サントリー美術館、5月13日(水) ~7月5日(日)
竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス、山種美術館、5月16日(土) ~7月12日(日)
開館記念展Ⅰ珠玉のコレクションーいのちの輝き・つくる喜び、SOMPO美術館、5月28日(木) ~7月5日(日)
6月
ファッション イン ジャパン1945-2020―流行と社会、国立新美術館、6月3日(水)~8月24日(月)
印象派の女性画家たち、アーティゾン美術館6月30日(火) ~10月25日(日)
7月
三菱の至宝展、三菱一号館美術館7月8日(水)~9月22日(火)、
山種美術館所蔵 浮世絵・江戸絵画名品選―写楽・北斎から琳派まで―、山種美術館、7月18日(土)~9月10日(木)
MANGA 都市 TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020、国立新美術館、月8日(水) ~9月22日(火)
クロード・モネ ̶ 風景への問いかけ オルセー美術館・オランジュリー美術館 特別企画、アーティゾン美術館、7月11日(土) ~10月25日(日)
「国宝 鳥獣戯画のすべて」東京国立博物館、7月14日~8月30日
開館記念展Ⅱ秘蔵の東郷青児-多才な画家の創作活動に迫る、SOMPO美術館、7月18日(土)~9月4日(金)
The UKIYO-E 2020-日本三大浮世絵コレクション、東京都美術館、7月23日(木・祝)~9月13日(日)https://ukiyoe2020.exhn.jp
9月
凱旋帰国!江戸絵画の華」、出光美術館、9月中旬~12月(予定)
12月
英英紅綠 第45回 白日会会員選抜展. 2020年12月(水)~、日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊。山本大貴、木原和敏、小木曽誠
――
2019美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/368lxxe
020 謹賀新年 蘇る不滅の精神
https://bit.ly/2tj6wdx
美術館スケジュール2019年・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/2Q0QCdF
――
【藝術と魔術】藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。敵との闘争における武器なのだ。いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。パブロ・ピカソ
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
三浦るり、井上達夫、藤原帰一、偽物が跳梁跋扈する。御用学者、末人の群れ。真理に仕えず、金と地位に仕える畜群(Herde)の先導者。
高貴な精神とは何か。失われた巨匠たち。悪質な詐欺師が跳梁する偽物の時代。
http://bit.ly/2CWj9KI
偽物を尊ぶ末人、畜群(Herde)の時代。目先の利益と地位を追求する末人たち。理念と正義が崩壊した時代。「われわれは幸福を発明した。末人たちはそう言ってまばたきする」『ツァラトスゥトラ』
失われた巨匠たち。悪質な詐欺師が跳梁する偽物の時代。映像の魔術師の死。
http://bit.ly/2GOTzK3
――
「ひとたび出逢つた魂が、もういちどもつと遥かな場所で出会ふためには、どれだけの苦悩や痛みが必要とされることか。魂の経めぐるみちは荊棘(けいきよく)にみたされてゐるだらう。」魅死魔幽鬼夫『苧菟と瑪耶』1944

| | コメント (0)

2020年1月 1日 (水)

2020 謹賀新年 蘇る不滅の精神

Taisyakuten-touji-839_20200101160701
Taisyakuten-touji_20200101160701
Toji2019
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第203回
1、理念を追求する精神
理念を追求する精神は、邪知暴虐な権力と戦い、闇の彼方に美を求める。理念の人は、苦難を超えて、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智、天正、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海原の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に到達する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
2、旅する哲学者、美への旅
空海は、十二年間山林修行し、密教の意味と本質を求めて唐に航海し、805年、青龍寺、恵果阿闍梨の下で、胎蔵、金剛界、伝法阿闍梨位灌頂を受け、奥義を究める。即身成仏義、秘密曼陀羅十住心論を説く。
プラトンは、399年ソクラテスの死後、魂の本質を探求して12年間、地中海を旅する。387年アカデメイアを創設。3度シケリアに旅し独裁僭主ディオニュシオス1世2世と対峙する。348年八十歳で書物を書きながら世を去る。美の海原の彼方に美のイデア、真理の存在の彼方に善のイデアをみる(中期対話篇『饗宴』『国家』)。魂の不死不滅とイデアの不変は不二の真理である(『パイドン』)。
旅する哲学者は、逆境を越えて蘇る。旅する哲学者は、創造と美の極致、叡智を探求する。至純の魂は、輝く天の仕事をする。
3、李白 旅する詩人、不屈の魂
李白は、壮絶な苦難を超え、生涯、旅に生きた至高の詩人。李白は、世に出る道をふさがれ、10代から20代、蜀の各地を放浪した。放浪、隠遁志向を持ち、旅を続けた。天宝元年(742年)から1年半、玄宗皇帝の宮廷に仕え、都長安に留まる。しかし、皇帝の宮廷の阿諛追従の世界に倦み、再び、放浪の旅に出る。李白(701年—762年10月22日)、唐の絶頂期を生きた不屈の詩人。
4、織田信長、階級社会に挑む戦国武将
【織田信長、謀反と戦う】父信秀の葬儀で位牌に抹香を投げつける。18歳。稲生の戦い、弟信行の謀反1700人に信長700人で戦う。23歳。信行2度目の謀反、清州城天主次の間で返り討ち、24歳。本能寺の変、信長70人に光秀1万3千人。自刃。49歳。
5、復讐する精神 復讐するは我にあり
【復讐する偉大な王】アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長。偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
16世紀エリザベス朝ルネサンス復讐劇は、ストア派哲学者セネカ『テュエステス』が原典である。テュエステスと兄アトレウスの王位継承を巡る復讐劇、4世代のわたる復讐の応酬の始まり。ギリシア悲劇ソポクレス『テュエステス』エウリピデス『テュエステス』が起源であるが今は失われて存在しない。詳細なドラマが残るのはセネカ『テュエステス』だけである。ルネサンス復讐劇、シェイクスピア『ハムレット』1600、太田牛一『信長公記』1613。16世紀エリザベス朝ルネサンス復讐劇は、織田信長と同時代、イタリア・マニエリスムの時代である。
6、空海、聖なるものは悪を滅ぼす
空海は三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならないとしている。*三毒。貪欲・瞋恚・愚痴。貪瞋痴。
『理趣経』、【『般若理趣経』第三段】「金剛手よ、もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず」
7、世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
北斎、伊藤若冲、曽我蕭白、ルキノ・ヴィスコンティ。逆境の人生の果てに、美を探求する。
8、天下第一の名人を求める。孤高の城、安土城。
【織田信長の価値観】1、天下第一の名人。美しい人。卓越性のある人。2、役に立つ人。3、地位、肩書き、外面だけで役立たずな人。詐欺師。地位と権力の奴隷。4、地位、肩書、権力を悪事に使う人。
――
参考文献
大久保正雄「ルネサンス、メディチ家と織田信長」
https://t.co/J6q12oMYUX
織田信長、元亀の争乱。武田信玄の死。絶世の美女、生駒吉乃・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2oacbQH
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
旅する哲学者、ソクラテスの戦い ソクラテスの祈り
https://t.co/gW05rsb44i
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」東京国立博物館・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/2Ov53Hz
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」東京都美術館・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
2019美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/368lxxe
今谷明『信長と天皇 中世的権威に挑む覇王』
――
東寺、帝釈天、インドラ、国宝「立体曼荼羅」東寺講堂、平安時代、承和6年(839)

| | コメント (0)

2019年12月28日 (土)

2019美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅

Kisou2019-0 
Touji2019-01_20191228202401
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第202回
理念を追求する魂は、邪知暴虐な者と戦い、闇の彼方に、美を求める。理念の人は、運命と戦い、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白。即身成仏、仁義礼智、天正、武の七徳、桃花流水杳然去。

美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に到達する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
10年に1度のめぐり合わせで、10年に1度の美術展、壮観、豊饒な年。ロマン派から 19世紀世紀末のヨーロッパ美術をたどる美の旅は僥倖である。奇想の系譜、円山応挙大乗寺襖絵、北斎、大浮世絵展、東寺立体曼荼羅、東寺真言院両界曼荼羅、螺鈿紫檀五絃琵琶、正倉院蘭奢待、日本美術史の至宝をめぐる旅。
【ロマン派からラファエロ前派、象徴派、世紀末デカダン派、19世紀ヨーロッパ藝術】ロセッティ、ギュスターブ・モロー、クリムト、ミュシャ。運命の女(ファム・ファタル)の探求史。ロマン派は、地中海文化に憧れる。地中海文化の根源に傾国の美女、ヘレネー、パリスの審判、神々の饗宴がある。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【マリオ・プラーツ『ロマンティック・アゴニー』1933】ロマン派から象徴派、世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ藝術
イタリアの美術史家プラーツ(Mario Praz1896-1982)が、ロマン派から世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ19世紀藝術の「退廃の美学」「運命の女(ファム・ファタル)の美学」「腐敗と苦痛の美学」「薄明の美学」を、博引旁証のうちに論じ尽した名著。

「運命の女の美学」運命の美人姉妹、クリュタイムネストラ、ヘレネー。トロイア戦争は、神々の饗宴から始まった。
アトレウス王家、血族の抗争、エウリピデス『オレステス』・・・トロイア戦争の起源
https://bit.ly/2ssTE40 
トロイア戦争の始まり 失われた『叙事詩の円環』
https://t.co/JjeYXXOypq
――
1
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」東京国立博物館・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/2Ov53Hz
東寺『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と戦いの叙事詩、生命の根源
https://bit.ly/315UPn8
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
2、
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」東京都美術館・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
「新・北斎展」森アーツセンターギャラリー・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
「円山応挙から近代京都画壇へ」藝大美術館・・・円山応挙「松に孔雀図」大乗寺
https://bit.ly/2KEGwyj
3
「ラファエル前派の軌跡展」三菱一号館美術館・・・ロセッティ、ヴィーナスの魅惑と強烈な芳香
https://bit.ly/2Coy0jB
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」・・・藝術家と運命との戦い、ロセッティ最後の絵画
https://bit.ly/2UoqUWz
「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」パナソニック汐留美術館・・・夢を集める藝術家、パリの館の神秘家。幻の美女を求めて
https://bit.ly/2v5uxlY
4、
「正倉院の世界」東京国立博物館・・・螺鈿紫檀五絃琵琶、天平文化の香り
https://bit.ly/33VYRiy
5、
「クリムト展 ウィーンと日本 1900」東京都美術館・・・黄金の甲冑で武装した騎士、詩の女神に出会う、純粋な愛と理想
https://bit.ly/2ZM5pyR
クリムト『ベートーベン・フリーズ』・・・理念を目ざす藝術家の戦い。黄金の甲冑で武装した騎士、詩の女神に出会う
https://bit.ly/2J1azBI
ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道、国立新美術館・・・装飾に覆われた運命の女、黄金様式と象徴派
https://bit.ly/2QbsUwT
6、
「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」江戸東京博物館・・・謎の絵師写楽、画狂老人卍
https://bit.ly/35ywoAa
「大浮世絵展」・・・反骨の絵師、歌麿。不朽の名作『名所江戸百景』、奇想の絵師
https://bit.ly/34AB3Bz
7
ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史、国立西洋美術館・・・黄昏の帝国、旅の思い出
https://bit.ly/2C7rE7K
ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃
https://bit.ly/2Q14xnz
8
コートールド美術館展、魅惑の印象派、東京都美術館・・・「フォリー=ベルジェールのバー」、鏡の中の世界
https://bit.ly/2migKHP
ゴッホ、上野の森・・・ハーグ派、灰色派から印象派、糸杉への道
https://bit.ly/2WFN7ye
9
ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年、国立新美術館・・・シニェイ・メルシェ・パール『紫のドレスの女』
https://bit.ly/35U3yuu
10
顔真卿、王羲之を超えた名筆・・・顔真卿「祭姪文稿」と懐素「自叙帖」
https://bit.ly/2DzePor
「三国志」東京国立博物館・・・曹操、劉備、孫権。虚構の英雄たち
https://bit.ly/30xsHYG
「みんなのミュシャ展」Bunkamuraザ・ミュージアム・・・ミュシャ様式、線の魔術、運命の扉、波うつ長い髪の女
https://bit.ly/2SsUxTb
速水御舟『炎舞』『粧蛾舞戯』『名樹散椿』、山種美術館・・・舞う生命と炎と闇
https://bit.ly/2KCbOrW
鏑木清方≪築地明石町≫特別公開 東京国立近代美術館
「オランジュリー美術館コレクション、ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」、横浜美術館、
現代美術
「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」(国立新美術館)
「塩田千春展:魂がふるえる」(森美術館)
「クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime」展(国立国際美術館ほか)
「バスキア展メイド・イン・ジャパン」(森アーツセンターギャラリー)
奈良原一高「王国」 「窓展」東京国立近代美術館
――
美術館スケジュール2019年・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/2Q0QCdF
2018美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/2ZwF6g8

| | コメント (0)

2019年12月24日 (火)

ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年・・・シニェイ・メルシェ・パール『紫のドレスの女』

Budapest2019-0
Szinyei-merse-pal-1874
Lotz-karolylippich-ilona-portreja-tavasz
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第201回
ハンガリー絵画を見ると思い出す。ハプスブルグ帝国の旅、ドナウの薔薇、ブダペストの思い出。夏の嵐の夜のドナウ河クルーズ。ブダペストで、ドナウ河クルーズした。夏の嵐の日、雷鳴の鳴る夜。今は、美しい思い出。
ブダの丘とペストの町、鎖橋、ブダの丘から眺める、ドナウ河と国会議事堂、マーチャーシュ教会、イシュトヴァーン大聖堂。金髪のハンガリー美女が案内してくれた。ハプスブルグ帝国を旅した青春の日々。夏の離宮、シェーンブルン宮殿。
――
150年前、オーストリア=ハンガリー二重帝国と外交関係が結ばれた。1869年(明治2年)10月18日、日墺洪修好通商航海条約に調印、外交関係を樹立してから150周年。
開会式テープカットで、ハンガリー特命全権大使、パラノビチ・ノルバート氏が、ハンガリーのモナリザと呼ぶ、「紫のドレスの婦人」子供のころから家でこの絵を見ていたと語る。
シニェイ・メルシェ・パール『紫のドレスの女』1874
――
【ヨーロッパの果ての絵画】ハンガリー画家、ハンガリー秘蔵の絵画。
シニェイ・メルシェ・パール(Szinyei Merse Pál)「ひばり」1882、
シニェイ・メルシェ・パール「気球」1878
ロツ・カーロイ(Lotz Karoly)「春 リッピヒ・イロナの肖像」1894
ギュスターヴ・ドレ(Gustave Dore )「白いドレスの若い女性」1883
チョントヴァーリ・コストカ・ティヴァダル(Csontváry Kosztka Tivadar)「アテネの新月の夜、馬車での散策」1904
ベルナート・アウレール「リヴィエラ」1927
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
★展示作品の一部
ティツィアーノ《聖母子と聖パウロ》1540年頃、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
チョントヴァーリ・コストカ・ティヴァダル《アテネの新月の夜、馬車での散策》1904年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
ヴァサリ・ヤーノシュ《黄金時代》1898年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
シニェイ・メルシェ・パール《紫のドレスの婦人》1874年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
シニェイ・メルシェ・パールは、19世紀後半から20世紀初頭のハンガリー近代絵画の展開に先駆的な役割を果たし。ミュンヘンの美術アカデミーで絵画を学び、パリを訪れたことはなかったが、印象派と類似する絵画表現を独自に追求した。初期の代表作である《紫のドレスの婦人》、結婚したばかりの妻ジョーフィアをモデルとして描かれたこの絵画、「今日ハンガリーで最も魅力的な名画として愛されている」とハンガリー大使は紹介した。
制作当時は、「草木の黄緑色とドレスの紫色の強い対比」ゴッホのような補色関係が不評を招いた。斬新な表現は理解されなかった。
1870年代、パリの印象派の画家たちは、着飾った都会の男女が野外で余暇を楽しむ近代生活の様相を新たな主題として開拓した。シニェイ・メルシェ・パールは独自に同じ試みに取り組んだと解説される。
不釣り合いなカップル 老人と若い女
ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い女》1522年、油彩/ブナ材、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い男》1520-22頃
ルカス・クラーナハ(父)、ザクセン選帝侯の宮廷画家として名声を博し、大工房を率いた。クラーナハが描いた年齢差のある男女の組合せ―「不釣り合いなカップル」は、16世紀の北方ヨーロッパの風刺文学や絵画で愛好された主題。年老いた男は、着飾った美しい娘の体に嬉しそうに手を回しているが、女が自分の財布に手を入れていることには気づいておらず、女の誘惑の力を強調する。「老女と若い男」を描いた。2点の《不釣り合いなカップル》。
エル・グレコ《聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)》
1600年頃、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
エーゲ海のクレタ島出身、スペインのトレドで活動したエル・グレコは、神秘的な宗教画のほか、肖像画でも名声を博した。この作品は、尖った耳や窪んだ目元、顔立ちの細部が刻銘に描写されている、画家の自画像とみなされたこともあった。
クロード・モネ《トゥルーヴィルの防波堤、干潮》
1870年、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
《トゥルーヴィルの防波堤、干潮》は、印象派の描き方を模索し始めた頃のモネの様式をよく伝える重要な作品です。1870年6月にカミーユ・ドンシューと結婚したモネは、ハネムーンで訪れたノルマンディーの海岸の街トゥルーヴィルで夏の数か月を過ごし、浜辺の風景を数多く描いた。
フランツ・リストの肖像
ムンカーチ・ミハーイ《フランツ・リストの肖像》1886年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
ハンガリー近代絵画の巨匠ムンカーチ、1872年からパリで活躍し、大成功を収めた。当初は冷徹なレアリスムの風俗画を描いていたが、1874年に貴族階級の女性と結婚して後、華麗な社交生活を送り、富裕なブルジョワ婦人の生活情景や肖像画も描く。ムンカーチ夫妻は政治家や芸術家を自邸に招き、社交を楽しむのを常とした。客人には、ハンガリー出身の高名な作曲家、ピアニストのフランツ・リストも含まれていた。リストは1886年3月にパリに滞在した際、ムンカーチ邸で開かれた歓迎の祝宴でピアノを演奏した。この4カ月後、リストは74歳でその生涯を閉じた。
リップル=ローナイ・ヨージェフ《赤ワインを飲む私の父とピアチェク伯父さん》
1907年、油彩/厚紙、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
国立新美術館
https://www.nact.jp/exhibition_special/2019/budapest2019/
――
参考文献
ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃
https://bit.ly/2Q14xnz
ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国
https://bit.ly/2C7rE7K
クラーナハ展、500年後の誘惑・・・透明なヴェールの女、女の策略
https://bit.ly/38PptVl
THEハプスブルク 華麗なる王家と美の巨匠たち・・・黄昏のウィーンの思い出
https://bit.ly/2obtPA4
『ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年』図録2019
――
日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念、ブダペスト国立西洋美術館 & ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵
ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年、国立新美術館、12月4日(水)~2020年3月16日(月)

| | コメント (0)

2019年11月27日 (水)

「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」・・・反骨の絵師、歌麿。不朽の名作『名所江戸百景』、奇想の絵師

Utamaro1793-okada
Hiroshige1857
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第200回
黄葉の舞う午後、江戸東京博物館に行く。「肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」における北斎『鳳凰図屏風』天保6年(1835)を思い出す。
【浮世絵と美人画】菱川師宣から始まる浮世絵は、錦絵創始期の第一人者鈴木春信、「春章一幅値千金」と謳われた勝川春章の肉筆画、八頭身美人の江戸のヴィーナスと呼ばれる鳥居清長、青楼の絵師と謳われた喜多川歌麿へと展開した、美人画の歴史である。
【浮世絵の黄金時代】18世紀末、19世紀、浮世絵は黄金時代を極める。熾烈な競争と幕府の弾圧と我身の運命と戦う浮世絵師。歌麿、写楽、北斎、広重、国芳、5人の絵師は、波瀾のなかで偉大な作品を残した。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【喜多川歌麿、40代で開花、美人大首絵】歌麿の努力は40代で一気に開花。狂歌絵本と春画で得た人気、蔦重のプロデュースで、酷評された美人画において実験的な作品を発表。
役者絵の大首絵の構図を美人画に応用した美人大首絵。斬新な発想、意匠によって創作。「ポペンを吹く女」、『婦人相学十躰』『婦女人相十品』『歌撰恋之部』等のシリーズが大流行。
【喜多川歌麿、狂歌絵本『画本虫撰』(むしえらみ)】驚嘆する歌麿の画力。円山応挙とおよそ同時代の十八世紀末の天明八年(1788)に刊行された。木版色摺の美本。(『江戸博物学集成』平凡社1994)
【歌麿、寛政の改革】幕府は浮世絵が風紀を乱すものと判断し、老中、松平定信による寛政の改革により美人画に遊女以外の名を記すことを禁止、これに対して句を添え絵の中に名前を暗示する象徴を描いて対抗する。これも禁止。
寛政12(1800)年、美人大首絵の制作が禁止。半身像、3人組を描き、弾圧の裏をかく工夫を次々と発案。歌麿は、幕府の規制の盲点を突いて、新しい分野を開拓、意欲作を発表し続ける。
【反骨の絵師、喜多川歌麿、54歳で死す】反骨の絵師を幕府は黙って見逃がさず。52歳の時、美人画ではない「絵本太閤記」に取材した作品の筆禍事件により、手鎖50日。2年後復活するが、画力が衰え意欲も喪失した歌麿は54歳で、寂しい最期である。大人気を博した絵師とは思えぬ最期。
――
【歌川広重と円山応挙】広重は火消同心、安藤家に生まれる。13歳で両親を亡くし広重は家計を助けるため、浮世絵師を志し歌川豊広に弟子入り、16歳で広重の画号。歌川派は美人画や役者絵を得意としたにもかかわらず、広重は円山応挙の影響を受けて写生を追求。独自に腕を磨く。広重が自信を持って世に出した風景画『東都名所』。評判は今一つ冴えず。原因は、同年、北斎『冨嶽三十六景』が発表されたからである。72歳の老人北斎が描いた富士山は、35歳の広重から見ても斬新で革新的、衝撃を受ける。2年後、有名版元「保永堂」に依頼を受けて世に送り出す『東海道五拾三次』シリーズ。
【北斎と広重の対決、72歳と37歳】東海道の53宿場を取材し写生して描き上げた広重の風景画が大ウケ。『東海道五拾三次』に対して、北斎は『諸国瀧廻り』『諸国名橋奇覧』『富嶽百景』を発表して対抗する。花鳥画でも競合、北斎はテクニックを駆使し、広重は抒情的、感傷的な画風を追求。
【広重、安政の大地震】広重は、60歳になる前に隠居を決心したが、安政の大地震に遭う。江戸市中は火の海となる、7000人を超える死者を出した大災害。生家が火消同心の広重は落胆、江戸の町の無残な景色に心を痛める。還暦を機に髪を剃る。江戸の風景を絵に残すことを決意する。
【不朽の名作『名所江戸百景』、61歳で死す】広重は各地を鮮烈に表現するために、アイコンを大きく目前に配置する大胆な構図の手法を用いる。中国、南宋の画法に学んだ手法。
歌川広重「名所江戸百景 浅草金龍山」大判錦絵 安政3(1856)、歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」大判錦絵 安政4(1857)年、「名所江戸百景 亀戸梅屋鋪」安政4年(1857)年木版多色刷 大判錦絵、36.8×25.0cm。1858年、この作品の翌年、没す。61歳。
――
【歌川国芳、夢と冒険とロマンの世界】物語の夢と冒険とロマンの世界。江戸、神田の染物屋、柳屋吉右衛門の子として生まれる。幼少期から絵を学び、12歳の時に描いた絵が幕末の浮世絵界で隆盛を誇る歌川派の初代、歌川豊国の目にとまり15歳で歌川派に入門。武者絵を展開、夢と冒険とロマンの世界を構築。「源為朝弓勢之図」「水滸伝」。63歳で没。
――
展示作品の一部
喜多川歌麿(1753頃~1806)
喜多川歌麿「婦女人相十品 ポペンを吹く娘」江戸時代/寛政4-5年(1792-3)頃、大判錦絵、メトロポリタン美術館蔵
喜多川歌麿「当時三美人」江戸時代/寛政5年(1793)頃、大判錦絵、ギメ東洋美術館蔵
東洲斎写楽(生没年不詳)1794年(寛政6)5月に役者の大首絵で鮮烈なデビュー
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」江戸時代/寛政6年(1794)、大判錦絵、ベルギー王立美術歴史博物館蔵
東洲斎写楽「市村鰕蔵の竹村定之進」江戸時代/寛政6年(1794)、大判錦絵、ボストン美術館蔵
葛飾北斎(1760~1849)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」江戸時代/天保2-4年(1831-33)頃、横大判錦絵、ミネアポリス美術館蔵
葛飾北斎「諸国瀧廻り「下野黒髪山きりふりの滝」江戸時代/天保4年(1833)頃、大判錦絵
葛飾北斎「諸国瀧廻り「木曽路の奥阿弥陀ケ瀧」1830
歌川広重(1797~1858)
「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」江戸時代/天保5-7年(1834-36)、横大判錦絵、ミネアポリス美術館蔵
「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」江戸時代/安政4年(1857)、大判錦絵、東京都江戸東京博物館蔵
歌川国芳(1797~1861)
歌川国芳「相馬の古内裏」江戸時代/弘化2-3年(1845-46)、大判錦絵3枚続
歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」江戸時代/弘化4年(1847)、大判錦絵3枚続
――
参考文献
「新・北斎展」・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
特別展「写楽」東京国立博物館2011
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=706
歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎 サントリー美術館
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2010_05/index.html
原安三郎コレクション 広重ビビッド サントリー美術館
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_2/
ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑(2006)
http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/museum/tokuten/2006_01_boston.html
「大浮世絵展」国際浮世絵学会創立50周年記念・江戸東京博物館開館20周年記念特別展
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/past/special/
特別展「北斎」東京国立博物館2005
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=476
――
大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演
江戸東京博物館、11月19日-2020年1月19日
福岡市美術館、2020年1月28日(火)~3月22日(日)
愛知県美術館、2020年4月3日(金)~5月31日(日)

| | コメント (0)

2019年11月25日 (月)

「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」・・・謎の絵師写楽、画狂老人卍

Ukiyoe2019
Phoenix
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第199回
黄葉の舞う午後、江戸東京博物館に行く。「肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」における北斎『鳳凰図屏風』天保6年(1835)を思い出す。
葛飾北斎、苦節四十年、波瀾の人生を生きて、72歳で『富嶽三十六景』、75歳『鳳凰図屏風』、90歳『富士越龍図』、画狂老人卍、絵画藝術を追求して天に昇る。
反骨の絵師、喜多川歌麿、「婦人相学十躰」「婦女人相十品」で女性の魅力を追求して54歳で死す。謎多き絵師、写楽、28枚の大首絵で衝撃のデビュー、10ヵ月で140点をこえる浮世絵版画を制作して姿を消す。歌川国芳、奇想の絵師、物語の夢と冒険とロマンの世界の武者絵を必殺技とする、63歳で死す。広重『名所江戸百景 亀戸梅屋鋪』の翌年、死す、61歳。
――
葛飾北斎、不屈の画狂老人卍。6期90歳。
【春朗期(20~35歳) 】最初期、勝川派の絵師として活動した。
【宗理期(36~44歳) 】勝川派を離れて浮世絵画派とは一線を画した作画活動を行った。琳派。
【葛飾北斎期(46~50歳) 】読本の挿絵に傾注した。
【戴斗期(51~60歳) 】多彩な絵手本を手掛けた。
【為一期(61~74歳) 】錦絵の揃物を多く制作した。『富嶽三十六景』。
【画狂老人卍期(75~90歳) 】自由な発想と表現による肉筆画に専念した。『鳳凰図屏風』、『富士越龍』
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【葛飾北斎、苦節四十年、不死鳥の画狂老人卍】葛飾北斎、十九歳で勝川春章に弟子入り、二十歳で浮世絵師になるが三十歳でも売れず。苦節四十年。72歳で『富嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」を描く。追い求めていたのは唯一つ。画業を極めること。75歳『鳳凰図屏風』。90歳で『富士越龍』、画狂老人卍、90歳で死す。
【北斎と広重の対決、72歳と37歳】東海道の53の宿場を取材し写生して描き上げた広重の風景画が大ウケ。広重『東海道五拾三次』に対して北斎は『諸国瀧廻り』『諸国名橋奇覧』『富嶽百景』を発表して対抗する。花鳥画でも競合、北斎はテクニックを駆使し、広重は抒情的、感傷的な画風を追求。
【画狂老人卍、90歳】北斎は自ら独創した風景画に執着することなく肉筆画へ沈潜。90歳になっても画業に対する情熱は衰えることなく、死ぬ間際まで絵筆を執り続ける。『富士越龍』『雨中の虎』嘉永2年(1849)。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【謎多き絵師、写楽】寛政6年(1794)5月、豪華な黒雲母摺りの役者大首絵28枚を出版して浮世絵界に突然姿をあらわし、翌年1月までに140点をこえる浮世絵版画を制作しながら、その筆を断って忽然と姿を消した東洲斎写楽。寛政6年(1794)5月、江戸三座の役者を個性豊かに描いた大判雲母摺りの豪華な作品28図を一度に出版するという華やかなデビューを果たした東洲斎写楽は、翌年正月忽然と姿を消しました。その間10ヵ月(寛政6年(1794)は、閏11月が含まれる)に残した146図の作品は、題材となった歌舞伎が上演された時期によって研究者により4期に分けられている。
【写楽、何者か。斎藤十郎兵衛】「写楽 俗称は斎藤十郎兵衛。八丁堀に住む。阿波の能役者。号は東洲斎」出典『増補浮世絵類考』天保年間(1830~44年)。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
展示作品の一部
喜多川歌麿(1753頃~1806)
喜多川歌麿「婦女人相十品 ポペンを吹く娘」江戸時代/寛政4-5年(1792-3)頃、大判錦絵、メトロポリタン美術館蔵
喜多川歌麿「当時三美人」江戸時代/寛政5年(1793)頃、大判錦絵、ギメ東洋美術館蔵
東洲斎写楽(生没年不詳)1794年(寛政6)5月に役者の大首絵で鮮烈なデビュー
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」江戸時代/寛政6年(1794)、大判錦絵、ベルギー王立美術歴史博物館蔵
東洲斎写楽「市村鰕蔵の竹村定之進」江戸時代/寛政6年(1794)、大判錦絵、ボストン美術館蔵
葛飾北斎(1760~1849)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」江戸時代/天保2-4年(1831-33)頃、横大判錦絵、ミネアポリス美術館蔵
葛飾北斎「諸国瀧廻り「下野黒髪山きりふりの滝」江戸時代/天保4年(1833)頃、大判錦絵
葛飾北斎「諸国瀧廻り「木曽路の奥阿弥陀ケ瀧」1830
歌川広重(1797~1858)
「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」江戸時代/天保5-7年(1834-36)、横大判錦絵、ミネアポリス美術館蔵
「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」江戸時代/安政4年(1857)、大判錦絵、東京都江戸東京博物館蔵
歌川国芳(1797~1861)
歌川国芳「相馬の古内裏」江戸時代/弘化2-3年(1845-46)、大判錦絵3枚続
歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」江戸時代/弘化4年(1847)、大判錦絵3枚続
――
参考文献
「新・北斎展」・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」・・・世に背を向け道を探求する、孤高の藝術家
https://bit.ly/2BUy4rl
特別展「写楽」東京国立博物館2011
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=706
歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎 サントリー美術館
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2010_05/index.html
原安三郎コレクション 広重ビビッド サントリー美術館
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_2/
ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑(2006)
http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/museum/tokuten/2006_01_boston.html
「大浮世絵展」国際浮世絵学会創立50周年記念・江戸東京博物館開館20周年記念特別展
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/past/special/
特別展「北斎」東京国立博物館2005
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=476
――
大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演
江戸東京博物館、11月19日-2020年1月19日
福岡市美術館、2020年1月28日(火)~3月22日(日)
愛知県美術館、2020年4月3日(金)~5月31日(日)

| | コメント (0)

2019年11月10日 (日)

ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃

Margarita-teresa-in-white-dress-1656
Habsburg2019-2
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第198回
【ハプスブルク帝国の旅】ベラスケス『白いドレスの王女マルガリータ』(1656)をみると、哀愁のヨーロッパ、ハプスブルク帝国の旅を思い出す。ドナウの薔薇ブダペスト、嵐のドナウ川クルーズ。ハンガリーの黄金の髪の美女。帝国を旅した青春の日々。初夏の東欧、ウィーン、ザンクトヴォルフガング湖、プラハ城、ブルタヴァ川の中のチェスキー・クルムロフ城、ブダの丘とペストの迷路。早春の南欧、リスボン、ケルーシュ宮殿、黄金海岸、アルハンブラ宮殿、タホ川に聳えるトレド、マドリッド、バルセロナ、モンセラート。ベラスケスは、王女マルガリータを3歳の時から5枚以上描いた。ベラスケス『薔薇色のドレスの王女マルガリータ』『白いドレスの王女マルガリータ』『青いドレスの王女マルガリータ』が、ウィーン美術史美術館に並べられている。
【旅する思想家】旅する思想家は、美と真実を求めて、大帝国の都市から都市へ、路から路へ、修行僧のように、彷徨い歩く。旅する思想家は、美しい魂と真の言葉と智恵を求めて、果てしない旅をつづける。現象の表層ではなく本質の美を探求する。
【心は思考となり、思考は言葉となり】詩は志のゆくところなり。魂は心を震わせる、心は思考となり、思考は言葉となり、言葉は行動となり、行動は愛を生み、あるときは敵と対峙し、敵対は戦いとなる。愛と戦いの廃墟に残る墓標と彫像。遺恨の血となり、土中の宝庫となる。恨血千年、土中の碧。上智と下愚は移らず。知性ある天人、修羅は、餓鬼と戦う。
【ハプスブルク、憂愁の王妃】ハプスブルク家は、政略結婚による領土拡大、富と権力を集中、美術蒐集で名高い。夭折した美しき王妃マリー・ド・ブルゴーニュ25歳で死す、カスティーリャ女王イサベル1世の娘、75歳まで籠城したカスティーリャ女王狂女フアナ、非業の死を遂げた王妃、王女たち、変死した皇妃。ハプスブルク家に秘められた真実は何か。
【ハプスブルグ家の美術蒐集家】デューラーを庇護したマクシミリアン1世、フィリップ美公はヒエロニムス・ボスを愛好、ティツィアーノを召し抱えたカール5世とフェリペ2世、フェリペ2世はヒエロニムス・ボスを愛好蒐集。フェリペ4世は、ベラスケスを宮廷画家、宮廷配室長。ルーベンスを庇護した。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
1【【ハプスブルク家、憂愁の王妃】】
【王妃マリー・ド・ブルゴーニュ、美しき姫】ブルゴーニュ公女、美しき姫君、文化と藝術を愛する知性をもつ、25歳で死す。
【フェリペ4世の娘、王女マルガリータ・テレサ】14歳でレオポルト1世に嫁ぎ、21歳で死去する。マルガリータは5人の子を産んだが、一人を除いて次々と死んだ。長女マリア・アントニアのみが成人した。
【カスティーリア女王フアナ】フィリップ美公(Belle Philippe)端麗王と結婚。フィリップ美公28歳で死去の後、75歳まで生きる。
【マリア・テレジア、多産な女帝】1740年父カール6世、死去。男子がいないため相続問題が発生。1740年—1748年オーストリア継承戦争。マリア・テレジアは、16人の子を産み、その6人が亡くなった。その第15子が、マリー・アントワネットである。
【マリー・アントワネット、断頭台に死す】政略結婚のため、泣きながライン河を航行、ストラスブールで引き渡し式、14歳でフランス王家のオーギュスト皇子に嫁ぎ、ルイ16世王妃となる。1778年スウェーデン貴族フェルセン伯爵と恋に落ちる。1789年フランス革命。1793年1月21日ルイ16世、処刑。10月16日マリー・アントワネット処刑。37歳。
【皇妃エリーザベト、レマン湖で変死】17歳で1854年フランツ・ヨーゼフ1世と結婚。嫡男、皇太子ルドルフ心中による死。ジュネーヴ・レマン湖のほとりで、暗殺されて死す。60歳。
【バイエルン王国、ヴィッテルスバッハ家】尊大、傲慢、狭量かつ権威主義的、浪費を好む。エリーザベト、皇后としての莫大な資産によって旅する。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
2【【ハプスブルク家の容貌】】
【神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世】マリー・ド・ブルゴーニュと結婚、ハプスブルク帝国繁栄の基礎を築いた。子、フィリップ美公が、カスティーリア王女と結婚。ハプスブルク家の政略結婚が始まる。
【カール5世=カルロス1世、世界最大の帝国、旅する皇帝、借金王】神聖ローマ皇帝、借金王、ハプスブルク帝国最大の版図、絶頂期、スペインとオーストリアを支配。
【フェリペ1世、フィリップ美公 (Belle Philippe) 、端麗王】カスティーリャ女王フアナと結婚。フィリップ美公は、28歳で死す。フアナは狂女となり、75歳まで生きる。
【フェリペ2世、書類王、スペイン黄金世紀】カール5世の借金を受け継ぐ。スペイン王、最盛期に君臨した偉大なる王、絶対主義の代表的君主。地中海の覇権を巡って争うオスマン帝国を破る。若き日の旅、王になったらスペインを出ず、書類王。エルエスコリアル宮殿に閉じ籠る。フェリペ2世が作り上げた官僚主義的な書類決裁システムは、ヨーロッパで先進。レパントの海戦、「太陽の沈まぬ帝国」と無敵艦隊の敗北。1557年に最初の破産宣告(国庫支払い停止宣言=バンカロータ)。ティツィアーノを召し抱える。
フェリペ2世、1556年1月16日、父の退位により、ハプスブルク家は、スペイン・ハプスブルク家とオーストリア・ハプスブルク家に分化。
4人の妃と結婚、フェリペ2世が妻エリザベートと息子ドン・カルロスを毒殺したとして非難されている。家庭的には不幸であった。フェリペ二世はサンバルテルミの虐殺の報告を受けた時に生まれて初めて笑った(その後一生笑うことは無かった)。
【スペイン王フェリペ3世、怠惰王】オーストリア・ハプスブルク家との間の3親等クラスの近親婚(叔姪婚)による出生、この王から始まる。
【スペイン王フェリペ4世、無能王】ヨーロッパ最高の美術コレクションを築く。近親婚が蜿蜒と繰り返されていくハプスブルク家。外交官ルーベンスが訪れ、ベラスケスが37年間、宮廷画家として仕える。フェリペ4世の子女は14人がいるが、殆ど死ぬ。60歳で死す。
【5代目カルロス2世、血の呪い】フェリペ4世の皇子。先端巨大症のため、咀嚼に影響があり、常によだれを垂れ流した。スペイン・ハプスブルク家、5代で断絶。血の呪い。200年、近親婚による遺伝性疾患が原因で断絶した。38歳で死す。1661—1700。
【神聖ローマ皇帝ルドルフ2世、奇人皇帝】反宗教改革政策を推し進め、新旧両派諸侯の対立を激化させ三十年戦争の禍根を作る。31歳で都をプラハに移す。ルドルフ2世はプラハ城、南翼と北翼をつなぐ廊下にクンストカンマー設立。学者を庇護して、プラハをマニエリスムの一大拠点となす。59歳で死す。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
参考文献
THEハプスブルク 華麗なる王家と美の巨匠たち・・・黄昏のウィーンの思い出
https://bit.ly/2obtPA4
「プラド美術館 ベラスケスと絵画の栄光」・・・フェリペ4世と宮廷画家ベラスケス
http://bit.ly/2Ho8bR0 
美しき女相続人、マリー、ベルギー、奇想の系譜・・・怪奇と幻想うごめくフランドル
https://bit.ly/349ffME
ハプスブルク帝国年代記 王女マルガリータ、帝国の美と花
https://t.co/T2it2d8Zb1
ハプスブルク帝国、ヴェラスケス、黄昏の光芒
http://bit.ly/2zGK4N2
スペイン・ハプスブルグ家、太陽の沈まぬ帝国、黄金の世紀
https://bit.ly/31UvEmm
ハプスブルク家 皇妃エリザベート、バイエルンの薔薇
https://bit.ly/2PqaVUV
ハプスブルク家 マリー・アントワネット 革命に散る
https://bit.ly/2opYnlB
「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界」・・・ハプスブルグ家の悪趣味の館
https://bit.ly/2JtpinR
――
ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国、旅の思い出
https://bit.ly/2C7rE7K
マクシミリアン1世(1459-1519)からオーストリア・ハンガリー二重帝国「最後の皇帝」フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916)まで
――
★日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史
10月19日(土)~2020年1月26日(日)国立西洋美術館
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2019haus_habsburg.html

| | コメント (0)

2019年11月 4日 (月)

ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国、旅の思い出

Habsburg2019-1
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第197回
ベラスケス『白いドレスの王女マルガリータ』をみると、ハプスブルク帝国の旅を思い出す。哀愁のヨーロッパ、スペインの大地。嵐のドナウ川クルーズ。ハンガリーの黄金の髪の美女。
【旅する思想家】旅する思想家は、美と真実を求めて、大帝国の都市から都市へ、路から路へ、修行僧のように、彷徨い歩く。現象の表層ではなく本質の美を探求する。旅する思想家は、美しい魂と真の言葉と智恵を求めて、果てしない旅をつづける。ハプスブルグ帝国、美しいものは死に、魂醜いものは復讐される。
帝国を旅した青春の日々。黄昏のトレド、黄昏のウィーン。初夏の東欧、ウィーン、ザルツカンマーグート、プラハ、チェスキー・クルムロフ、ブダペスト。早春の南欧、リスボン、ケルーシュ、太陽海岸、グラナダ、トレド、マドリッド、バルセロナ、モンセラート。ウィーン美術史美術館、プラド美術館、ブダペスト国立西洋美術館。
――
【権力至上のハプスブルグ帝国、青い血の血族結婚】旅する皇帝、借金王、書類王、奇怪な王、憂愁の王妃、美しく若くして死んだ王妃、薄倖な王妃、長命の狂女王。16人の子を産んだ女帝、奇人王、病弱な王。
【ハプスブルグ家の偉大な美術蒐集家】ハプスブルグ家には、偉大な美術蒐集がいる。デューラーを庇護したマクシミリアン1世、フィリップ美公(Belle Philippe)端麗王はヒエロニムス・ボスを愛好、ティツィアーノを召し抱えたカール5世とフェリペ2世、スペイン王フェリペ2世はヒエロニムス・ボスを愛好蒐集。フェリペ4世は、ベラスケスを宮廷画家、宮廷配室長にした。女帝マリア・テレジアの嫡男ヨーゼフ2世はコレクション公開。神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は、プラハ城の廊下にクンストカンマーを作りアルチンボルド、ヤン・ブリューゲルを蒐集。
ティツィアーノは、1550年から死去する1576年まで16年間、肖像画家としてフェリペ2世と交流。ティツィアーノ『鎧を着けたフェリペ二世の肖像』1550-51年プラド美術館。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
参考文献
THEハプスブルク 華麗なる王家と美の巨匠たち・・・黄昏のウィーンの思い出
https://bit.ly/2obtPA4
「プラド美術館 ベラスケスと絵画の栄光」・・・フェリペ4世と宮廷画家ベラスケス
http://bit.ly/2Ho8bR0 
美しき女相続人、マリー、ベルギー、奇想の系譜・・・怪奇と幻想うごめくフランドル
https://bit.ly/349ffME
ハプスブルク帝国年代記 王女マルガリータ、帝国の美と花
https://t.co/T2it2d8Zb1
ハプスブルク帝国、ヴェラスケス、黄昏の光芒
http://bit.ly/2zGK4N2
スペイン・ハプスブルグ家、太陽の沈まぬ帝国、黄金の世紀
https://bit.ly/31UvEmm
ハプスブルク家 皇妃エリザベート、バイエルンの薔薇
https://bit.ly/2PqaVUV
ハプスブルク家 マリー・アントワネット 革命に散る
https://bit.ly/2opYnlB
「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界」・・・ハプスブルグ家の悪趣味の館
https://bit.ly/2JtpinR
――
ハプスブルク展、600年にわたる帝国コレクションの歴史 展示作品の一部
ディエゴ・ベラスケス《青いドレスの王女マルガリータ・テレサ》1659年、油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館Kunsthistorisches Museum, Wien
ディエゴ・ベラスケス《スペイン国王フェリペ4世の肖像》1631-1632年 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ディエゴ・ベラスケス 《スペイン王妃イサベルの肖像》 1631-32年 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ディエゴ・ベラスケス《宿屋のふたりの男と少女》 1618-19年頃 油彩/カンヴァス ブダペスト国立西洋美術館 Szépművészeti Múzeum/ Museum of FineArts, Budapest
ベルンハルト・シュトリーゲルとその工房、あるいは工房作《ローマ王としてのマクシミリアン1世》1507/08年頃 油彩/板 ウィーン美術史美術館
マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン《フランス王妃マリー・アントワネットの肖像》 1778年、油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ヨーゼフ・ハインツ(父)《神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の肖像》1592年頃 油彩/銅板 ウィーン美術史美術館
ヤン・ファン・デン・フーケ 《甲冑をつけたオーストリア大公レオポルト・ヴィルヘルム》 1642年頃 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ベネデット・ヴァルキの肖像》 1540年頃 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ヴェロネーゼ《ホロフェルネスの首を持つユディト》 1580年頃 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
ヤン・ブリューゲル(父)《堕罪の場面のある楽園の風景》 1612-13年頃 油彩/板 ブダペスト国立西洋美術館 Szépművészeti Múzeum/ Museum of FineArts, Budapest
ヴィクトール・シュタウファー《オーストリア・ハンガリー二重帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の肖像》 1916年頃 油彩/カンヴァス ウィーン美術史美術館
――
13世紀末にオーストリアへ進出後、同地を拠点に勢力を拡大し、広大な帝国を築き上げたハプスブルク家。15世紀以降、神聖ローマ皇帝の位を世襲し、ナポレオン戦争を引き金に同帝国が解体したのちは、後継のオーストリア帝国(1867年にオーストリア・ハンガリーニ重帝国に改組)を統治しました。数世紀にわたって広い領土と多様な民族を支配し、ヨーロッパの中心に君臨し続けた同家は、まさに欧州随一の名門と言えるでしょう。
ハプスブルク家の人々はまた、豊かな財とネットワークを生かして、質量ともに世界屈指のコレクションを築いたことでも知られています。そのうちオーストリアを拠点とし続けた同家本流による蒐集品の主要部分は、今日のウィーン美術史美術館における収蔵品の核となっています。
オーストリアと日本の国交樹立150周年を記念する本展では、同館の協力のもと、絵画、版画、工芸 品、タペストリー、武具など約100点、5章7セクショソから、そのコレクションの歴史をみていきます。ハプスブルク家のコレクションの礎を築いた神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世(1459-1519)から、美術史美術館の建設者でもあるオーストリア・ハンガリー二重帝国「最後の皇帝」ことフランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916)まで、同家の人々の紹介も兼ねつつ、時代ごとに蒐集の特色やコレクションに向けられたまなざしを浮き彫りにしていきます。
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2019haus_habsburg.html
――
★日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史
10月19日(土)~2020年1月26日(日)国立西洋美術館

| | コメント (0)

2019年10月29日 (火)

ゴッホ、上野の森・・・ハーグ派、灰色派から印象派、糸杉への道

Gogh2019
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第196回
嵐の予兆の午後、森を歩いて美術館に行く。嵐の前の静かな森。その後、台風19号が吹き荒れ、日曜日は快晴となり、銀杏散る荒れた森を歩いて正倉院の世界展に行く。
ゴッホは、破天荒な無頼放浪派であり、官僚型事務官のベラスケスとは天と地の差がある。
ゴッホは、孤立の道を極めた。ゴッホは、人間関係を構築できない。父と死別、仕事を辞める。画家になる決意をするが作品は売れず、弟テオだけが彼を援助した。ゴッホは、ゴーガンに剃刀をもって襲いかかる。アルルにて耳切り事件、オーベール・シュル・オワーズにて拳銃自殺、37歳で死す。油絵約850点を残す。4か月後、弟テオ、死す。宮澤賢治がゴッホ『糸杉』を愛好したのは、奇しき因縁か。修羅を救う守護精霊は、十一面観音である。修羅の道を歩く苦難の藝術家に、守護精霊、十一面観音が舞い降りる。
十一面観音は、怒りと争いの修羅道を救う。不空羂索観音は、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩は、神通力をもつ天人を救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
【ゴッホ、画家活動10年、27歳から37歳】
【ゴッホ、ハーグ派、灰色派】ハーグ時代、ハーグ派、灰色派、第二のレンブラント、ヨゼフ・イスラエルス「貧しい人々の暮らし」、バルビゾン派、ミレイ「種をまく人」を尊敬、影響を受ける。ゴッホの師、アントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群れ」。ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」1885。1886年、パリに行く。パリ以後、「自画像」を40枚描く。「パリの屋根」1886。印象派の父、カミーユ・ピサロ。
【ゴッホ、アルルへ】1888(35歳)、ゴッホ、35歳でアルルに移住する。10月、「黄色い家」でのゴーガンとの共同生活が始まる。1888年12月、(35歳)「耳切り事件」、ゴーガンは2か月でアルルを去る。ゴッホ「麦畑」アルル1888。
【ゴッホ、サン・レミ時代】独自の境地に到達する、ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889。ゴッホ「薔薇」サン・レミ。【オーベール時代】ゴッホ最後の2か月。ゴッホ「カラスの群れ飛ぶ麦畑」オーベール・シュル・オワーズ1890。ゴッホ「星月夜」オーベール・シュル・オワーズ。27歳から37歳、1880年から1890年まで。
【ゴッホ、最後の境地】ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889。ゴッホ「薔薇」サン・レミ。オーベールシュル・オワーズ時代、ゴッホ最後の2か月。ゴッホ「カラスの群れ飛ぶ麦畑」オーベール・シュル・オワーズ1890。ゴッホ「星月夜」オーベール・シュル・オワーズ。27歳から37歳、1880年から1890年まで。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい思想家と藝術家の運命を、守護精霊、観世音菩薩が救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
――
展示作品の一部
ヨゼフ・イスラエルス「貧しい人々の暮らし」1903、ハーグ美術館
ヨゼフ・イスラエルス「縫い物をする若い女」1880、ハーグ美術館
アントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群れ」1887、ハーグ美術館館
ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」1885、ハーグ美術館
カミーユ・ピサロ「ライ麦畑 グラット・コックの丘、ポントワーズ」1877静岡県立美術館
クロード・モネ「クールブヴォワのセーヌ河岸」1878年モナコ王宮 コレクション
ゴッホ「麦畑」アルル1888、P. & N. デ・ブール財団
ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889、メトロポリタン美術館
ゴッホ「薔薇」サン・レミ1890、ワシントン・ナショナルギャラリー
――
参考文献
「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」東京都美術館
http://bit.ly/2zluV3g
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」国立新美術館・・・光の画家たちの光と影
http://bit.ly/2oiNKhb
印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで・・・枯葉舞う秋の夕暮れ
https://bit.ly/2Mwg63Z
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
「没後120年  ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」国立新美術館2010年10月1日〜12月20日
「ゴッホ展   孤高の画家の原風景」東京国立近代美術館2005年3月23日~5月22日
六道輪廻と観音菩薩「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館・・・純粋な美しい魂
https://bit.ly/2C0ZL2f
――
監修、ハーグ美術館館長、ベンノ・テンペル
鮮やかな色彩と勢いのある筆づかいで今も世界中から愛されているフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。37年の生涯のうち画家として活動したのはたった10年に過ぎず、代表作のほとんどは晩年のわずか数年間で描かれたものでした。
 27歳の頃に画家を志した当初は、オランダで「ハーグ派」と交流しながら、暗い色彩で農村風景や静物などを描いていたファン・ゴッホ。目にした風景や事物をデッサンし、それを元に抒情的な光景を描いたハーグ派との邂逅によって、画家としての基礎を身につけました。その後、弟テオの勧めで移り住んだパリで「印象派」と出会い、鮮やかな色づかいが生む効果に驚き、独自の作風を確立していきます。
 世界各国からファン・ゴッホの作品約40点が集結する本展では、《糸杉》など晩年の代表作に加え、貴重な初期作品も来日。さらに、「ハーグ派」のマウフェやラッパルト、「印象派」のモネ、ルノワール、ピサロなど、彼に大きな影響を与えた画家による作品約20点も展示。画家としての原点を示す初期の画業から始まり、ポスト印象派を代表する画家になるまでの劇的な成長過程を辿ります。
ゴッホは、いかにしてゴッホになったのか。ハーグ派と印象派…“ふたつの出会い”によって導かれたファン・ゴッホの、短くも濃密な画業を堪能できます。
オランダで交流した「ハーグ派」、フランスで目にした「印象派」という“ふたつの出会い”に焦点を当て、ゴッホ独自の画風がどのようにして生まれたのかを明らかにします。
第1章、ハーグ派に導かれて
第2章、印象派に学ぶ
プレスリリースより
https://www.sankei.jp/pressreleases/2019/04/137940
――
★「ゴッホ展」上野の森美術館(10月11日~2020年1月13日)
上野の森美術館(2019年10月11日~20年1月13日)
兵庫県立美術館(2020年1月25日~3月29日)大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第146回
嵐の予兆の午後、森を歩いて美術館に行く。嵐の前の静かな森。その後、台風19号が吹き荒れ、日曜日は快晴となり、荒れた森を歩いて正倉院展に行く。
ゴッホは、破天荒な無頼放浪派であり、官僚型事務官のベラスケスとは雲泥の差がある。
ゴッホは、孤立の道を極めた。ゴッホは、人間関係を構築できない。父と死別、仕事を辞める。画家になる決意をするが作品は売れず、弟テオだけが彼を援助した。ゴッホは、ゴーガンに剃刀をもって襲いかかる。アルルにて耳切り事件、オーベール・シュル・オワーズにて拳銃自殺、37歳で死す。油絵850点を残す。4か月後、弟テオ、死す。宮澤賢治がゴッホ『糸杉』を愛好したのは、奇しき因縁か。修羅を救う守護精霊は、十一面観音である。修羅の道を歩く苦難の藝術家に、守護精霊、十一面観音が舞い降りる。
十一面観音は、怒りと争いの修羅道を救う。不空羂索観音は、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩は、神通力をもつ天人を救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
【ゴッホ、画家活動10年、27歳から37歳】
【ゴッホ、ハーグ派、灰色派】ハーグ時代、ハーグ派、灰色派、第二のレンブラント、ヨゼフ・イスラエルス「貧しい人々の暮らし」、バルビゾン派、ミレイ「種をまく人」を尊敬、影響を受ける。ゴッホの師、アントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群れ」。ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」1885。1886年、パリに行く。パリ以後、「自画像」を40枚描く。「パリの屋根」1886。印象派の父、カミーユ・ピサロ。
【ゴッホ、アルルへ】1888(35歳)、ゴッホ、35歳でアルルに移住する。10月、「黄色い家」でのゴーガンとの共同生活が始まる。1888年12月、(35歳)「耳切り事件」、ゴーガンは2か月でアルルを去る。ゴッホ「麦畑」アルル1888。
【ゴッホ、サン・レミ時代】独自の境地に到達する、ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889。ゴッホ「薔薇」サン・レミ。【オーベール時代】ゴッホ最後の2か月。ゴッホ「カラスの群れ飛ぶ麦畑」オーベール・シュル・オワーズ1890。ゴッホ「星月夜」オーベール・シュル・オワーズ。27歳から37歳、1880年から1890年まで。
【ゴッホ、最後の境地】ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889。ゴッホ「薔薇」サン・レミ。オーベールシュル・オワーズ時代、ゴッホ最後の2か月。ゴッホ「カラスの群れ飛ぶ麦畑」オーベール・シュル・オワーズ1890。ゴッホ「星月夜」オーベール・シュル・オワーズ。27歳から37歳、1880年から1890年まで。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい思想家と藝術家の運命を、守護精霊、観世音菩薩が救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
――
展示作品の一部
ヨゼフ・イスラエルス「貧しい人々の暮らし」1903、ハーグ美術館
ヨゼフ・イスラエルス「縫い物をする若い女」1880、ハーグ美術館
アントン・マウフェ「雪の中の羊飼いと羊の群れ」1887、ハーグ美術館館
ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」1885、ハーグ美術館
カミーユ・ピサロ「ライ麦畑 グラット・コックの丘、ポントワーズ」1877静岡県立美術館
クロード・モネ「クールブヴォワのセーヌ河岸」1878年モナコ王宮 コレクション
ゴッホ「麦畑」アルル1888、P. & N. デ・ブール財団
ゴッホ「糸杉」サン・レミ1889、メトロポリタン美術館
ゴッホ「薔薇」サン・レミ1890、ワシントン・ナショナルギャラリー
――
参考文献
「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」東京都美術館
http://bit.ly/2zluV3g
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」国立新美術館・・・光の画家たちの光と影
http://bit.ly/2oiNKhb
印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで・・・枯葉舞う秋の夕暮れ
https://bit.ly/2Mwg63Z
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
「没後120年  ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」国立新美術館2010年10月1日〜12月20日
「ゴッホ展   孤高の画家の原風景」東京国立近代美術館2005年3月23日~5月22日
六道輪廻と観音菩薩「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館・・・純粋な美しい魂
https://bit.ly/2C0ZL2f
――
監修、ハーグ美術館館長、ベンノ・テンペル
鮮やかな色彩と勢いのある筆づかいで今も世界中から愛されているフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。37年の生涯のうち画家として活動したのはたった10年に過ぎず、代表作のほとんどは晩年のわずか数年間で描かれたものでした。
 27歳の頃に画家を志した当初は、オランダで「ハーグ派」と交流しながら、暗い色彩で農村風景や静物などを描いていたファン・ゴッホ。目にした風景や事物をデッサンし、それを元に抒情的な光景を描いたハーグ派との邂逅によって、画家としての基礎を身につけました。その後、弟テオの勧めで移り住んだパリで「印象派」と出会い、鮮やかな色づかいが生む効果に驚き、独自の作風を確立していきます。
 世界各国からファン・ゴッホの作品約40点が集結する本展では、《糸杉》など晩年の代表作に加え、貴重な初期作品も来日。さらに、「ハーグ派」のマウフェやラッパルト、「印象派」のモネ、ルノワール、ピサロなど、彼に大きな影響を与えた画家による作品約20点も展示。画家としての原点を示す初期の画業から始まり、ポスト印象派を代表する画家になるまでの劇的な成長過程を辿ります。
ゴッホは、いかにしてゴッホになったのか。ハーグ派と印象派…“ふたつの出会い”によって導かれたファン・ゴッホの、短くも濃密な画業を堪能できます。
オランダで交流した「ハーグ派」、フランスで目にした「印象派」という“ふたつの出会い”に焦点を当て、ゴッホ独自の画風がどのようにして生まれたのかを明らかにします。
第1章、ハーグ派に導かれて
第2章、印象派に学ぶ
プレスリリースより
https://www.sankei.jp/pressreleases/2019/04/137940
――
★「ゴッホ展」上野の森美術館(10月11日~2020年1月13日)
上野の森美術館(2019年10月11日~20年1月13日)
兵庫県立美術館(2020年1月25日~3月29日)


| | コメント (0)

2019年10月22日 (火)

「正倉院の世界」・・・螺鈿紫檀五絃琵琶、天平文化の香り

Shosoin2019-2
Shosouin-raden-biwa2019
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』195回
大風が吹き荒れた嵐の秋の午後、多摩川を渡って、銀杏の実が落下して散り敷いた広場にて友人と会い、黄葉の森を歩いて博物館の西門に行く。
【螺鈿紫檀五絃琵琶、千二百年前からきた旅人】沙漠を超えて、千二百年前からきた旅人。駱駝に乗って琵琶を演奏する波斯人。裏面に散り乱れる宝相華文。琵琶を奏でる、千二百年の旅人。天平の音色が漂う。56歳で亡くなった聖武の遺愛の品、五絃琵琶を光明皇后が盧遮那仏に献じた。苦悩から生まれた盧遮那仏の蓮華蔵世界。天平文化の偉大と頽廃。
【蘭奢待】天正二(1574)年3月27日、織田信長は正親町天皇の勅許をえて切らせ、四月三日畫相國寺にて蘭奢待を千宗易に下賜した(『天王寺屋会記』)。寛正6(1465)年、足利義政が蘭奢待を截り取り。天下の名香、天平の香りが立ち昇る。天平勝宝8(756)年、光明皇后が盧遮那仏に献じた黄熟香。『国家珍宝帳』記載。
【天平文化の偉大と頽廃】聖武朝は、長屋王の変、藤原四子の死、藤原広嗣の乱を経験、740恭仁京、742紫香楽宮、745難波京、3回にわたり遷都、天平17(745)年、平城京に戻り、盧遮那仏を造立、天平勝宝4(752)年開眼。天皇は56歳で死に、光明子は60歳で死す。王の栄光と苦悩。苦悩を癒すため、華厳経の教主、盧遮那仏に祈った。光明子の偉大と頽廃。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
――
【天平時代 血に塗れた天平時代(729-749年) 】
729年、長屋王の変。737年、藤原四子の死(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)藤原四子が姉妹の光明子を聖武天皇と政略結婚させようとしたが、長屋王が反対した。そこで彼らは長屋王を謀殺。長屋王の変である。ところが新羅からやって来た天然痘で藤原四子は次から次へと死亡。聖武天皇は崇りを恐れた。その後、740年、藤原広嗣の乱が起り、聖武天皇の恐れは増大。天平勝宝元(749)年、孝謙天皇に譲位。 重祚した称徳天皇は道鏡に太政大臣禅師と法王の位を与えた。 
【天平文化】東大寺、盧遮那仏、天平勝宝4年(752年)開眼供養。東大寺を建立し、金光明最勝王経と妙法蓮華経を崇拝し配置、東大寺盧遮那仏、東大寺法華堂、転害門、薬師寺東塔、法隆寺東院夢殿が建立された。天平文化は、周(武周)の武則天や唐の玄宗皇帝の文化、爛熟した盛唐の文化の影響を受けた仏教文化である。
【阿修羅像】阿修羅像は、三面六臂、734年(天平六年)、脱活乾漆造。天平彫刻の最高傑作。憂いを秘めた顔貌。聖武天皇の后、光明皇后が母、県犬養橘三千代の冥福を祈って、天平六年に建立された西金堂に造立安置された八部衆のうちの一躯。
【阿修羅像の謎】女性か男性か、モデルはだれか。実在のモデルが存在する。光明子の娘、15才の少女、阿倍内親王(孝謙天皇)であるとする説あり。阿修羅像の三面、中央は、憂い、左は怒り、右は困惑を表す。749年孝謙天皇、即位。
【絶世の美女、美しき王妃、美女の悲劇】聖武天皇后、光明子。嵯峨天皇皇后、橘嘉智子。織田信長の最愛の妻、生駒吉乃、信長の娘、徳姫。信長の妹、お市の方、お市の娘、浅井三姉妹、茶々、初、江。*嵯峨天皇の后、橘嘉智子(檀林皇后嘉智子)は「法華寺十一面観音立像」(9世紀)のモデル。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
―――
【正倉院】756年に営まれた聖武天皇の七七忌(四十九日)に、光明皇后が大仏にささげた天皇の遺愛品六百数十点が起源。東大寺の正倉院宝庫に納められたが、薬物が治療用に使われたり、大量の武器が藤原仲麻呂(恵美押硝の乱(764年)で持ち出された。庫内に現存する宝物は約9千点。
【光明皇后】(701-760)。光り輝く美しさから光明子という。大宝元年生まれ。藤原不比等と県犬養美千代の娘。孝謙天皇の母。長屋王の変の後、天平元年(729)臣下からはじめて皇后となり、藤原氏の勢力拡大に寄与。仏教に帰依し、国分寺の建立、東大寺大仏の造営をすすめ、施薬院、悲田院をもうけて病人や孤児をたすけた。天平勝宝6年、聖武、孝謙と共に大仏殿前で唐僧鑑真より受戒。天平宝字4年6月7日死去。60歳。名は安宿媛(あすかべひめ)光明子。王羲之の書「楽毅論」を臨書した巻物は名筆として著名。
【盧舎那仏像】東大寺大仏殿(金堂)の本尊である仏像。聖武天皇の発願で天平17年(745年)紫香楽宮にて制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会。
【聖武天皇】701-756。在位724-749。大宝元年生まれ。文武天皇の皇子。母は藤原不比等の娘宮子。元正天皇の譲位をうけ即位。蝦夷の反乱、長屋王の変、天然痘の大流行、藤原広嗣の乱、政情・世情が安定せず、たびたび都を遷した。仏教に帰依して諸国に国分寺、国分尼寺、,東大寺の大仏造立。天平勝宝(756)8年5月2日死去。56歳。
――
【聖武と天平文化】遣唐使を2回送って唐の文化をとり入れ、その治世に天平文化が頂点に達した。仏教に深く帰依。国分寺・国分尼寺、東大寺を建て、東大寺の盧遮那仏を造立。その造営事業は740恭仁京、742紫香楽宮、745難波京と3回にわたる遷都とともに膨大な費用を要し、国家財政は乱れた。749年孝謙天皇に譲位。
――
★展示作品の一部
『国家珍宝帳』東大寺献物帳、奈良時代・天平勝宝8歳(756)正倉院宝物[前期展示]
「宝物はみな聖武天皇の御遺愛品などです。昔のことを思い出し、目を触れるたび悲しみでくずれそうになります。謹んで盧遮那仏に奉納します」光明皇后は天皇が早く盧遮那仏の世界「花蔵の宝刹」に安住されることを願って、東大寺の盧遮那仏に天皇ご遺愛の品々をはじめとする、六百数十点の宝物を献納。
平螺鈿背八角鏡、中国 唐時代・8世紀 正倉院宝物[後期展示]
黄熟香、東南アジア 正倉院宝物[通期展示]
【「蘭奢待」】天下の名香。この雅名の中には「東」「大」「寺」の三文字が組み込まれている。足利義政や織田信長らがこの香木を得たいと熱望し、一部を切り取った出来事は有名、近代になっても明治天皇が行幸した折に切り取られている。沈丁花科のジンコウ属植物に樹脂が沈着することで出来た沈香(じんこう)であり、いまだに高い香りを放っている。『国家珍宝帳』記載
螺鈿紫檀五絃琵琶、中国 唐時代・8世紀 正倉院宝物 [前期展示]
【螺鈿紫檀五絃琵琶】古代インドに起源を持つ五絃琵琶。その唯一の作例として著名な本作は、紫檀を刳り抜いた本体に別材の腹板をあて、全体に玳瑁(たいまい、ウミガメの甲羅)と螺鈿で装飾を施している。背面に表わされた宝相華文は圧巻の造形美。撥を受ける部分にはラクダに乗って琵琶を演奏する人物が表され、シルクロードを通じて遠い異国の音楽が伝えられたことを象徴する。『国家珍宝帳』記載の品、古代東洋の工芸史上、最高の傑作と言うべき至宝。
紫檀木画槽琵琶したんもくがのそうのびわ中国 唐または奈良時代・8世紀 正倉院宝物 [後期展示]
伎楽面 酔胡王、奈良時代・8世紀 正倉院宝物 [前期展示]
漆胡瓶、中国 唐または奈良時代・8世紀 正倉院宝物 [後期展示]
白瑠璃碗 6世紀頃 ササン朝ペルシア、正倉院
――
★参考文献
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
東大寺大仏-天平の至宝・・・蓮華蔵世界、蓮の花弁に香る天平文化.
https://bit.ly/2xC6IE4
「国宝 阿修羅展」・・・阿修羅像の謎、光明皇后、天平文化の香り
https://bit.ly/2zKYquU
「国宝 薬師寺展」・・・月光菩薩、日光菩薩、白鳳文化の美の香り
https://bit.ly/2Ovw4gs
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2CQlxoY
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
林陸朗著『光明皇后』1961
『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』
――
★「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-」東京国立博物館、10月14日(月)~ 11月24日(日)
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1968

| | コメント (0)

«絶世の美女、中国奇譚、地中海奇譚、運命と戦う美女・・・『美と復讐の精神史』第2巻