2021年1月11日 (月)

美術館スケジュール2021年・・・旅する哲学者、美への旅

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Chojugoga2021
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』233回

思想家は、知恵と愛を探求し、美を探求する。絶望を超えて、地上の悪と戦い、天の仕事を成し遂げる。この世は天界と地上の悪との戦いである。如意輪観音は、天人を救う。
魂の果てを歩き、世界の果てを探検する。生涯の仕事をつづける。
叡智と愛の探求の歴史。悪と戦う7人の勇者、愛と復讐の叙事詩、東西文化交渉史4千年、理念を探求する魂の精神史。 
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に屹立する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
思想家は理念を探求して、理念の現実化を夢想し運命と戦う。プラトンは、知恵を探求し邪知暴虐な王と対峙、空海は即身成仏を追求し金剛峯寺と東寺を形作る。孔子は仁義礼智信を追求し遍歴の果て74歳で果てる。嵯峨天皇は坂上田村麻呂を大納言に任じて平城上皇と戦い乱を鎮圧、弘仁文化を築いた。
――
哲学者は、知恵と愛の探求の旅を続ける。藝術家は、果てしない創造の旅に出る。藝術家は創造力を磨き、世界を創る。創造の秘密は何か。理念を失った世界で判断基準は何か。美の基準は何か。哲学者は、知恵と愛と美を探求して、魂を磨き、魂の美を探求する。藝術家は「時を超える、独創性、革命的、神秘、出会い」5つの語をマントラのごとく唱える。
【愛と復讐の叙事詩】アレクサンドロス大王、父フィリッポス2世を暗殺。クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
【理念を探求する精神史】ソクラテス、紀元前399年70歳。プラトン紀元前347年80歳。空海835年61歳。李白 762年61歳。孔子紀元前479年74歳。織田信長1582年49歳。アレクサンドロス大王紀元前323年33歳。嵯峨天皇842年56歳
【葛飾北斎】20歳で絵師となるが売れず、苦節50年、『富岳三十六景』まで雌伏。九十歳で死ぬまで絵を描きつづける。74歳で画狂老人卍『鳳凰図屏風』、87歳『八方睨み鳳凰図』88歳『富士越龍図』。90歳「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」
【六観音菩薩】如意輪観音菩薩は、神通力をもつ天人を救う。天から降りてきた天人は、この世で苛めに遭い苦難を受ける。十一面観音菩薩は、怒りと争いの修羅道を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)は、四苦八苦の人道を救う。
宮澤賢治、織田信長は、修羅の道を歩いた。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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1月
「日本のたてもの」東京国立博物館 表慶館2020年12月24日(木)~ 2021年2月21日(日)
吉田博展、東京都美術館 2021年1月26日(火)~3月28日(日)
舟越 桂 私の中にある泉、松濤美術館、2020年12月5日(土)~ 2021年1月31日(日)
2月
佐藤可士和展、国立新美術館、2月3日(水)~5月10日(月)
川合玉堂 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠―、山種美術館、2021年2月6日(土)~4月4日(日)
テート美術館所蔵 コンスタブル展、三菱一号館美術館、2021年2月20日(土)~5月30日(日)
3月
「大地のハンター展 ~陸の上にも4億年~」国立科学博物館、3月9日(火)から6月13日(日)
「あやしい絵展」東京国立近代美術館、2021年3月23日(火)~5月16日(日)
カラヴァッジョ展、国立新美術館、3月24日(水)~5月10日(月)
渡辺省亭 欧米を魅了した花鳥画、東京藝大美術館、3月27日(土)~5月23日(日)
4月
百花繚乱 ―華麗なる花の世界―、山種美術館、4月10日(土)~6月27日(日)
特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」東京国立博物館、4月13日~5月30日
「ライデン国立古代博 物館所蔵 古代エジプト展」Bunkamura ザ・ミュージアム、4月16日(金) ~ 6月27日(日)
イサム・ノグチ展、東京都美術館、4月24日(土)~8月29日(日)
北斎「冨嶽三十六景」と広重、江戸東京博物館、4月24日(土)-6月20日(日)
5月
クロード・モネ —風景への問いかけ オルセー美術館・オランジュリー美術館特別企画、アーティゾン美術館、5月29日(土) ~9月10日(金)
6月
ファッション イン ジャパン1945-2020―流行と社会、国立新美術館、6月9日(水)~9月6日(月)
隈研吾展、東京国立近代美術館、6月18日(金)-9月26日(日)
「国宝聖林寺十一面観音」東京国立博物館6月22日(火)~9月12日
三菱創業150周年記念 三菱の至宝展、三菱一号館美術館、6月30日(木)-9月12日(日)
7月
「大江戸の華―武家の儀礼と商家の祭―」江戸東京博物館、7月10日~9月20日
「聖徳太子と法隆寺」東京国立博物館7月13日~9月5日
Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる、東京都美術館 2021年7月22日(木)~10月9日(土)
京の国宝、京都国立博物館、7月24日~9月12日
「マティス 自由なフォルム」国立新美術館、9月15日~12月13日
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント、東京都美術館、9月18日(土)-12月12日(日)
10月
「最澄と天台宗のすべて」東京国立博物館10月12日~11月21日
ーー
【空海、聖なるものは悪を滅ぼす】空海は三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならないとしている。*三毒。貪欲・瞋恚・愚痴。貪瞋痴。
不空『理趣釈経』【『般若理趣経』第三段】「金剛手よ、もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず」天人は三悪趣と戦う。*三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)
――
参考文献
大久保正雄「ルネサンス、メディチ家と織田信長」
https://t.co/J6q12oMYUX
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
旅する哲学者、ソクラテスの戦い ソクラテスの祈り
https://t.co/gW05rsb44i「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
――
2020美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/34YoO3Q
2020 謹賀新年 蘇る不滅の精神
https://bit.ly/2tj6wdx

美術館スケジュール2021年・・・旅する哲学者、美への旅


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2021年1月 1日 (金)

2021 長楽萬年 蘇る不滅の精神

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』232回

絶望の時を超える。思想家は理念を探求して、理念の現実化を夢想し運命と戦う。プラトンは、知恵を探求し邪知暴虐な王と対峙、空海は即身成仏を追求し金剛峯寺と東寺を形作る。孔子は仁義礼智信を追求し遍歴の果て74歳で果てる。嵯峨天皇は坂上田村麻呂を大納言に任じて平城上皇と戦い乱を鎮圧、弘仁文化を築いた。
藝術家は、果てしない創造の旅に出る。藝術家は創造力を磨き、世界を創る。創造の秘密は何か。理念を失った世界で判断基準は何か。美の基準は何か。哲学者は、知恵と愛と美を探求して、魂を磨き、魂の美を探求する。藝術家は「時を超える、独創性、革命的、神秘、出会い」5つの語をマントラのごとく唱える。
1、理念を追求する精神
理念を追求する精神は、邪知暴虐な権力と戦い、闇の彼方に美を求める。理念の人は、苦難を超えて、輝く天の仕事を成就する。空海、孔子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智、天正、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海原の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に到達する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
2、【理念と現実の一致】思想家は、理念を現実において成就することを追求する。プラトン哲学は、国家において知恵が実現することを追求する。空海は、即身成仏を追求する。
3、【天人と鬼畜との戦い】空海、聖なるものは悪を滅ぼす。空海は三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならないとしている。*三毒。貪欲・瞋恚・愚痴。貪瞋痴。
不空『理趣釈経』【『般若理趣経』第三段】「金剛手よ、もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず」天人は三悪趣と戦う。*三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)
4、【愛と復讐の叙事詩】アレクサンドロス大王、父フィリッポス2世を暗殺。クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
【偉大なる王の死】アレクサンドロス3世、33歳。ダレイオス1世66歳。ダレイオス3世60歳。ラムセス2世92歳、子供100人を残す。ハトシャプスト女王49歳。アクエンアテン王29歳。ツタンカーメン18歳。アンケセナーメン27歳。美しきネフェルティティ63歳。絶対権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
5、【理念を探求する精神、美と復讐の精神史】ソクラテス、紀元前399年70歳。プラトン紀元前347年80歳。空海835年61歳。李白 762年61歳。孔子紀元前479年74歳。織田信長1582年49歳。アレクサンドロス大王紀元前323年33歳。嵯峨天皇842年56歳
【思想家の死、詩人の死、藝術家の死】ソクラテス、紀元前399年70歳。プラトン紀元前347年80歳。アリストテレス紀元前322年62歳。孔子紀元前479年74歳。空海835年61歳。藤原定家1241年79歳。李白 762年61歳。北斎1849年90歳。
6、【東西文化交渉史】ギリシア美術、紀元前5ー4世紀、最盛期、BC334アレクサンドロス大王の遠征、ペルシア帝国征服、インド遠征、ガンダーラ美術、ペルガモン王国誕生、シルクロード経由、北魏南梁から飛鳥彫刻、天平彫刻、9世紀、弘仁貞観、密教美術、12世紀、運慶彫刻
7、【六道輪廻と六観音菩薩】聖観音菩薩、地獄道の者を救う。千手観音菩薩、飢えと渇きの餓鬼道の者を救う。馬頭観音菩薩、動物の弱肉強食の畜生道の者を救う。十一面観音菩薩、怒りと争いの修羅道の者を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、人道の者を救う。如意輪観音菩薩、天道を救う。
――
参考文献
大久保正雄「ルネサンス、メディチ家と織田信長」
https://t.co/J6q12oMYUX
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
旅する哲学者、ソクラテスの戦い ソクラテスの祈り
https://t.co/gW05rsb44i
――
2020美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/34YoO3Q
2020 謹賀新年 蘇る不滅の精神
https://bit.ly/2tj6wdx
2021 長楽萬年 蘇る不滅の精神
https://bit.ly/2LctVpS

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2020年12月31日 (木)

2020美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』231回

1918年スペイン風邪ウィルス後、100年ぶりの感染爆発で、世界の動きが止まった2020年。世界の時の関節が外れた。
思想家は、知恵と愛を探求し、美を探求する。絶望を超えて、地上の悪と戦い、天の仕事を成し遂げる。この世は天界と地上の悪との戦いである。如意輪観音は、天人を救う。
魂の果てを歩き、世界の果てを探検する。生涯の仕事と執筆をつづける。
叡智と愛の探求の歴史。悪と戦う7人の勇者、愛と復讐の叙事詩、東西文化交渉史4千年の歴史、理念を探求する魂の精神史。 
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。永遠を旅する哲学者は、時を超えて、理念を追求する。黄昏の丘に降り立ち、不滅の魂の神殿に屹立する。美のイデアへの旅。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【神の怒り】人類史からみると人の密集した都市文明は異常である。神々は、カネと地位に執着する人間たちに天罰を下す。ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。
美を探究する思想家、藝術家は、果てしない創造の旅に出る。藝術家は創造力を磨き、世界を創る。創造の秘密は何か。理念を失った世界で判断基準は何か。美の基準は何か。哲学者は、知恵と愛と美を探求して、魂を磨き、魂の美を探求する。
藝術家は「時を超える、独創性、革命的、神秘、出会い」5つの語をマントラのごとく唱える。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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美術展ベストテン、2020年12月31日
1、 「桃山―天下人の100年」、東京国立博物館、
「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ
https://bit.ly/3lDIoIq
「桃山―天下人の100年」2・・・金碧障壁画、織田信長と狩野永徳、秀吉と長谷川等伯
https://bit.ly/31DlCc0
「桃山―天下人の100年」3・・・茶の湯、足利義政、織田信長、今井宗久、千宗易、豊臣秀吉、楽長次郎
https://bit.ly/35ZPK2F
2、「出雲と大和」東京国立博物館、日本書紀成立1300年
「出雲と大和」東京国立博物館・・・大海人皇子、大王から天皇へ
https://bit.ly/2ReO0wz 
特別展「きもの KIMONO」国立東京博物館・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城
https://bit.ly/2NRghXr

3、法隆寺金堂壁画と百済観音、東京国立博物館
「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・法隆寺と百済観音の謎
https://bit.ly/2J66OZZ
「法隆寺金堂壁画と百済観音」・・・若草伽藍と聖徳太子の謎
https://bit.ly/2R8JNtG 
4、ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」江戸東京博物館
・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎
https://bit.ly/39mttQ1
5、石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか・・・果てしなき創造の旅
https://bit.ly/2J9fhiJ
6、ハマスホイとデンマーク絵画展・・・背を向けて佇む女、憂いを帯びる世界、だれもいない部屋
https://bit.ly/2RNIUq8
7、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展・・・ルネサンス、ヴェネツィアの放浪画家、マニエリスムの放浪画家
https://bit.ly/3g2iknx
8、特別展「きもの KIMONO」国立東京博物館・・・織田信長の陣羽織「黒鳥毛揚羽蝶模様」、戦国一の美女と落城
https://bit.ly/2NRghXr
9、「工藝2020-自然と美のかたち-」東京国立博物館
「工藝2020-自然と美のかたち-」東京国立博物館・・・道を極める名人の世界
https://bit.ly/3i6wTHe
10、
STARS展、現代美術のスターたち、森美術館 ・・・資本主義史上最大の感染爆発、混迷する人類、救済する智慧はどこにあるか
https://bit.ly/30g3TY4
「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」東京都美術館・・・浮き世の遊宴と享楽と美女
https://bit.ly/30JCdd2
「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」・・・江戸人の味覚
https://bit.ly/3kwMEK0
上村松園と美人画の世界・・・肉体の美と叡智
https://bit.ly/2GXmVru
「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」山種美術館・・・花の宴
https://bit.ly/2UUizJw
「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」・・・生きとし生けるもの、一切衆生悉有仏性
https://bit.ly/2G8mPkd
レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年記念「夢の実現」展・・・レオナルドの夢、ルネサンスの夢
https://bit.ly/38VLGjZ

「1894 Visions ルドン、ロートレック展」・・・世紀末の印象派と象徴派、ロマン主義の苦悶

2020美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
https://bit.ly/34YoO3Q
「日本のたてもの展」東京国立博物館

「MANGA都市TOKYO」国立新美術館
――
参考文献
【人口削減計画】ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミスと試案を重ね、大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意をした。
https://bit.ly/2XoaNcd
感染爆発、帝国と都市国家の戦い。この世の果てを超えて、旅する詩人・・・「時の関節が外れた」シェイクスピア
https://bit.ly/2XoaNcd
世界の果てへの旅:The World's End ・・・理念を探求する旅人
https://bit.ly/2WylxmE
ウィルスと人類の戦い・・・感染爆発の歴史、アテネのペリクレス、ルネサンス、厩戸皇子 、盧舎那仏
https://bit.ly/2z32Orl
「愛染明王像」康円作、鎌倉時代13世紀。京都神護寺から東京国立博物館に寄託。
「大日如来坐像」運慶作、鎌倉時代12世紀、栃木、光得寺
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt

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2020年12月21日 (月)

石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか・・・果てしなき創造の旅

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』230回

藝術家は、果てしない創造の旅に出る。藝術家は創造力を磨き、新世界を創る。創造の秘密は何か。理念を失った世界で判断基準は何か。美の基準は何か。哲学者は、知恵と愛と美を探求して、魂を磨き、魂の美を探求する。
石岡瑛子は「時のない、独創性、革命的、神秘、出会い」。Tameless,Originality,Revolutinally、この言葉をマントラのごとく唱える。Mystery。Collaboration、石岡瑛子の創造と行動の指針である。ターセム・シン監督『落下の王国』は、壮大な愛と復讐の叙事詩が華麗に展開する。石岡瑛子が到達した最高の作品である。フェデリコ・フェリーニFederico Fellini:Satylicon,Amarcorcoが到達した至高の境地である。
藝術家は、創造力を磨き、世界を創る。哲学者は、知恵と愛と美を探求して魂を磨き、魂の美を探求する。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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石岡瑛子 代表作、デザイン、衣装デザイン
石岡瑛子(1938-2012)。東京藝術大学卒業後、資生堂に入社。1966年に前田美波里を起用した「BEAUTY CAKE」のポスターで一躍注目を集め活躍を始める。
ポスター『西洋は東洋を着こなせるか』(パルコ、1979年)アートディレクション
映画『ミシマ―ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(ポール・シュレイダー監督、1985年)プロダクションデザイン Mishima コピーライトZoetrope Corp. 2000. All Rights Reserved. / コピーライトSukita
フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが総指揮を執った三島由紀夫をモチーフにした作品『ミシマ─ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(コッポラ作品は「地獄の黙示録」の日本版ポスター)でカンヌ国際映画祭芸術貢献賞を受賞する。
映画『ドラキュラ』(フランシス・F・コッポラ監督、1992年)衣装デザイン。コピーライトDavid Seidner / International Center of Photography
フランシス・F・コッポラ監督『ドラキュラ』1992の衣装デザインで、石岡はアカデミー賞に輝く。
『石岡瑛子 風姿花伝 EIKO by EIKO』初版1983年。この本を愛読するターセム・シン監督が、石岡瑛子に衣装デザインを依頼する。『ザ・セル』The Cell (2000)
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愛と復讐の叙事詩
映画『落下の王国』(ターセム・シン監督、2006年)衣装デザイン。コピーライト2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.
Tarsem Singh,The fall.2006
左腕を骨折して入院中の5歳の少女アレクサンドリアは、脚を骨折してベッドに横たわる青年ロイと出会う。彼は彼女にアレキサンダー大王の物語を聞かせ、翌日も病室に来るようささやく。再びアレクサンドリアがロイのもとを訪れると、彼は総督と6人の男たちが織り成す壮大な叙事詩を語り始める。世界各地の世界遺産で撮影、構想24年撮影4年、CGを一切使わない映像美を追求、世界的CMディレクター、ターセム・シン監督、映画『落下の王国』に遺憾なく表現されている。
『落下の王国』は、オレンジの木から落下した少女と自殺志願のスタントマンが病院で出会い語る、アレクサンドロス大王の冒険と総督と戦う6人の勇者の物語。壮大な愛と復讐の叙事詩が、美しく華麗な世界で、華やかに展開する。
映画『白雪姫と鏡の女王』(ターセム・シン監督、2012年)衣装デザイン、コピーライト2012-2020 UV RML NL Assets LLC. All Rights Reserved.
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私の夢が叶いますように 長い創造の旅を続けている感覚
高校生の頃に制作された絵本には、「えこ」という女の子が世界に羽ばたいていく物語が描かれている。──世界中を旅して、美味しいものを食べて。私の夢が叶いますように!」
石岡瑛子は亡くなる前年のインタビューにて「仕事をしているというよりは、ずっと長い創造の旅を続けている感覚」と答えている。
【石岡瑛子】Tameless,Originality,Revolutinally。マントラのごとく唱える。Mystery。Collaborationもキーワード。石岡瑛子は、鏡であり、Mystery。自己と他が一体化する傾向がある。河尻亨一。
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参考文献
河尻亨一×藪前知子、対談、東京都現代美術館
河尻亨一『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』(朝日新聞出版)2020
ターセム・シン監督『落下の王国』2006 THE FALL

石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか・・・果てしなき創造の旅

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石岡瑛子 1983年/ポートレート 撮影:ロバート・メイプルソープ
Eiko Ishioka Photo by Robert Mapplethorpe, 1983 コピーライトRobert Mapplethorpe Foundation
Tarsem Singh,The fall.2006 コピーライト2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.
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★石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか、東京都現代美術館(企画展示室1F、B1F)
2020年11月14日(土)~2021年2月14日(日)
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

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2020年11月28日 (土)

ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』230回

東欧の世界遺産をめぐる旅に行った時、ベルリン博物館を訪れた夏の日を思い出す。
近藤二郎先生の案内で、エジプト博物館の作品をみる。エジプトの謎が蘇る。なぜハトシェプスト (トトメス2世王妃) は、ひげをつけ男装して女王となったのか。【アマルナ美術の謎】アクエンアテン王の異様な容貌と姿は何故か。ネフェルティティ王妃はどこからきたのか。ツタンカーメンの母はだれか。ツタンカーメンはなぜ18歳で死んだのか。なぜアメンホテプ4世はアテン神を導入したのか。アメン神もアテン神も太陽神、どう違うのか。『死者の書』30章の呪文はどう導くのか。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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エジプトの宗教センターは、4か所、ヘリオポリス、メンフィス、ヘルモポリス、テーベ。ヘルモポリスとヘルモポリスは2大宗教都市。
【神々の系譜 9柱神】ヘリオポリスの創生神話
混沌ヌンから創造神アトゥムが生まれ、アトゥムから大気神シュウと湿気女神テフヌウトが生まれ、シュウとテフヌウトから大地ゲブと天空女神ヌフトが生まれ、ゲブとヌフトからオシリスとイシスとセトとネフティスが生まれ、オシリスとイシスからホルスが生まれ、オシリスとネフティスからアヌビスが生まれた。冥界王オシリスと母なる女神イシスから生まれたホルスはファラオとなる。
【冥界王オシリス神】オシリスは、弟セトに殺されバラバラにされるが、妻イシスの呪力によって復活を果たす。息子ホルスがセトに勝利し、地上の王として君臨する。
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【エジプト王朝、3大美女】ネフェルティティ、アメンホテプ4世の王妃。第18王朝。「美しき者来りぬ」。ネフェルタリ、ラムセス2世の第一王妃、8人の妃の中で最も美貌、若くして死す。第19王朝。クレオパトラ7世39歳。紀元前30年。権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
【エジプトの謎、ネフェルティティ(NeFeRTiTi)】【アマルナ革命、アメンからアテンへ】アクエンアテン(aKH-eN-aToN)王=アメンホテプ4世。王妃ネフェルティティ、アケトアテン(テル・エル・アマルナ)へ遷都。アメン神官、官僚たちが反撥。革命挫折。ツタンカーメン=トゥト・アンク・アメン(Tut-ankh-amen) (アメン神の生きた似姿)、再びテーベへ復帰。
【ツタンカーメン(Tut-ankh-amen)】紀元前1356年頃、生まれ1324年死す。古代エジプト文明、最盛期といわれる第18王朝、第11代の王。9才にして王となったが18才の若さにして亡くなった。ネフェルテイティ王妃が自身の3女をツタンカーメンと結婚させたのは、ツタンカーメンが王アクエンアテンの血を引く息子だからである。ネフェルティティ は、エジプト新王国時代の第18王朝のファラオであったアクエンアテンの正妃であり、ファラオ、トゥト・アンク・アメン(Tut-ankh-amen)の義母。
【ネフェルティティの娘、アンケセナーメン(Ankhesenamen)】ツタンカーメンと婚姻。*ファラオ・アクエンアテンと正妃ネフェルティティの三女であり、ファラオ・ツタンカーメンの妻。ツタンカーメンの母はだれか。
【ラムセス2世】生涯に8人の正妃、及び多くの側室を娶り、100人以上の子をもうけた。67年間王位につく。第19王朝。ネフェルタリ、ラムセス2世の第一王妃、8人の妃の中で最も美貌、若くして死す。在位、前1279-1213年。治世62年目、92歳薨去。絶対権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
【古代エジプトの4大美女】ハトシェプスト女王(トトメス2世王妃)、ネフェルティティ(アクエンアテン王妃)、ネフェルタリ(ラムセス2世王妃)、クレオパトラ7世(プトレマイオス15世、カエサリオン母)。エジプト文化の最高の瞬間に立つ。
【ハトシャプスト女王、夫はトトメス2世】ハトシェプストの意味は「最も高貴なる女性」。ハトシェプスト女王(トトメス2世王妃)は、二重統治、禁じ手の女王となった。付け髭をつけて男装。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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アマルナ改革
【アメンホテプ4世(Amenhotep IV、紀元前1362年? - 紀元前1333年?) 】彼の行った改革は、アマルナ改革として有名である。アテン神(Aten)を崇拝し、治世5年目(前1367年ごろ)にアテン信仰の導入を始めたが、まだ伝統的な神々への崇拝を禁止しなかった。
即位5年目に名前をアクエンアテン(Akhenaten)に改名、即位7年目に首都をテーベから、アトン神へ捧げる首都アケトアテン(Achetaten)(アマルナ)を建設。王朝発祥の地テーベ(Θῆβαι, Thēbai)を放棄し、遷都した。
即位9年目に入ると、アメンホテプⅣ世は旧来のエジプトの神々を排斥し、アテンが唯一の神であると宗教改革を推し進めた。アメン・ラーの力に対抗する王の試みの一つであった。
アメン(Amen、アモン(Ammon)、アムン(Amun)(テーベの町の守護神)を祭る神官勢力が王を抑えるほどの強い勢力になったことをアメンホテプ4世が嫌い、宗教的権力を王権と一本化することを狙った。アメンホテプ4世自身がアトンを称える詩を執筆している。
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展示作品の一部
「ネフェルティティ王妃」ベルリン博物館、BC1351‐1334
「アクエンアテン王頭部、レリーフ断片」ベルリン博物館、BC1351‐1334
「アクエンアテン王とネフェルティティ王妃、ステラ断片」ベルリン博物館、BC1351‐1334
「ハトシェプスト女王(トトメス2世王妃)のスフィンクス像」ベルリン博物館、BC1479‐1458
「ホルス神に授乳する女神イシス」BC664‐525
「セクメト女神座像」BC1388‐1351
「タレメチェンバステトの『死者の書』」BC332‐246
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ベルリン国立博物館群のエジプト博物館
ベルリン国立博物館群は、ドイツの首都・ベルリンに流れるシュプレー川に浮かぶ「博物館島」にある5つの博物館を中核とする総合博物館群です。プロイセン王国歴代のコレクションを礎とし、先史時代から現代にいたるまで、世界的な規模と質を誇るコレクションを擁しています。
さらに、第二次世界大戦や東西ドイツ分裂の時期を経て、1999年には「博物館島」全体がユネスコの世界文化遺産に登録され、2000年代からは各博物館の改築やコレクションの整理が急ピッチで進められています。
エジプト博物館は、「博物館島」にある5つの博物館のうち、2009年に改修を終えた「新博物館」内にあり、世界で最も有名な女性像の一つとして知られる「ネフェルトイティ(ネフェルティティ)の胸像」を所蔵している博物館として有名です。
紀元前3000年頃の動物の彫像から、古代エジプトに終焉を告げたローマ皇帝の肖像まで、壮大なエジプト史を網羅する同館のコレクションは、17世紀のブランデンブルク選帝侯の所蔵品を発端とし、その後のプロイセン王が主導した発掘や購入により、世界有数のエジプトコレクションとなりました。とりわけ、宗教改革によって個性的な芸術が生まれたアマルナ時代の充実した所蔵品と6万点にものぼるパピルス・コレクションは必見です。
展示構成
第1章 天地創造と神々の世界
「天地創造と終焉の物語」世界の始まりは混沌とした原初の海「ヌン」であった。
その海から、すべてのものが生まれ、育まれた。しかし、世界の終わりがやってくると、すべてのものは再び原初の海へ飲み込まれていく。
古代エジプト社会においては、全知全能の神々の力によって、空や雲、砂漠、風などの自然や、人間や獣、昆虫などの生物、太陽や月、星ぼしに至るまで、この世の全てが創造されたと考えられていました。原初の海「ヌン」と呼ばれる暗闇が支配する混沌とした状態から神々の意思により秩序ある世界が創造されたのです。古代エジプト人は、この秩序をマアトと呼びました。この章では、神々の姿や、神々が創った森羅万象を見ていきます。
第2章 ファラオと宇宙の秩序
宇宙の全体を支配する秩序・摂理(マアト)は、絶対であり、個々の人間が遵守すべき最も重要な規範・道徳としても考えられていました。人間社会のリーダーであるファラオは、社会の中でマアトを守り、実行する最高責任者でした。異民族の侵入やファラオに対する謀反といったようなマアトを揺るがす大きな事件に対しては、「善き神」であるファラオ自身が、強いリーダーシップをもってマアトを実践していくことが必要とされていたのです。
第3章 死後の審判
死者は、墓地の守護神でミイラ作りの神でもあるジャッカルの頭をしたアヌビスにより、「二つのマアト(正義)の広間」に導かれます。ここで死者の審判が行われ、死者の心臓は天秤ばかりにかけられ、マアトを象徴する羽根と釣り合うか計られます。古代エジプト人は考えたり思ったりする器官は脳ではなく心臓だと考えていました。 江戸東京博物館
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参考文献
近藤二郎「エジプト美術、世界一周 芸術新潮2009年9」
「国立ベルリン・エジプト博物館 古代エジプト展 天地創造の神話」図録
ツタンカーメン、黄金の秘宝と少年王の真実・・・少年王の愛と苦悩
https://bit.ly/2zLyazA
クレオパトラとエジプトの王妃展・・・生と死の秘密、時の迷宮への旅
https://bit.ly/2Uve73e
石浦章一「ツタンカーメンの謎に新説!正体不明のミイラが彼の母親だった!?、「王家のDNA」解析からわかったこと

ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎

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「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」、江戸東京博物館、2020年11月21日(土) ~2021年4月4日(日)
京都市京セラ美術館(2021年4月17日[土]~6月27日[日])、静岡市の静岡県立美術館(7月10日[土]~9月5日[日])、東京・八王子市の東京富士美術館(秋開幕予定)へ巡回

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2020年11月16日 (月)

「1894 Visions ルドン、ロートレック展」・・・世紀末の印象派と象徴派、ロマン主義の苦悶

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』229回

19世紀はリアリズムの世紀であり、20世紀はアンチリアリズムの世紀である。(奥泉光『漱石の孤独』)。その境界に、印象派と幻想派、象徴派の藝術家が活躍した。ロマン主義の苦悶の時代である。
【ファムファタール、運命の女】ギュスターヴ・モロー、クリムト、ロセッティ、ラファエロ前派、アルフォンス・ミュシャ、幻想の藝術家たち。印象派の時代に反旗を翻した、ロマン主義、象徴派、幻想派の画家たちは運命の女を探求した。
オディロン・ルドンは、20世紀のシュールレアリスムを予言する幻想派である。《神秘的な対話》(1896)は、薔薇色の雲が飛ぶ蒼穹の古代神殿で美女が対話する。魂は果てしなく蒼穹を飛翔する。眼は奇妙な気球のように無限に向かう。ルドンは、ジョルジョ・デ・キリコ、サルヴァドール・ダリ、ポール・デルヴォー、超現実主義の先駆者である。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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主な展示作品
三菱一号館美術館はロートレック作品約260点を所蔵しており、岐阜県美術館はルドン作品約250点からなる世界有数のルドン・コレクションを所蔵している。
【「NOIR—ルドンの黒」】ルドンが木炭を使って制作した作品群。1840年にフランスの南西部の町ボルドーで生まれたルドンは、79年にリトグラフの作品集『夢のなかで』を刊行、版画家としてデビュー。動物と植物、夢と現実、意識と無意識が交錯する奇怪な形態、木炭画作品は、ルドンの独自の幻想世界を構築した。
【画家、版画家 トゥールーズ・ロートレック】後期印象派の画家とされる。パリの逸楽と憂鬱。トゥールーズ・ロートレック《アリスティド・ブリュアン》1895
【ゴーギャン「ノア ノア」(1893-94)。木版画シリーズ】「楽園」を求めてタヒチに滞在していたゴーギャンは、1893年にパリに一度戻り、タヒチの作品を披露した。しかし、人々の反応は期待を裏切った。ゴーギャンは、再びタヒチに旅立つ。作品をより良く理解してもらうため、ゴーギャンは木版画集『ノア ノア』を刊行。
ポール・ゴーギャン《『ノアノア』ナヴェナヴェ・フェヌア(かぐわしき大地)》《『ノアノア』ナヴェナヴェ・フェヌア(かぐわしき大地)》(1893-94)
【山本芳翠】1878年パリ万博のためにパリを訪れた山本芳翠は、博覧会終了後、ルドンが学んだ国立美術学校教授ジャン=レオン・ジェロームに師事。約10年間に滞在していた。その時期に制作した作品のほとんどは航海中に失われた。
山本芳翠《裸婦》(1880)重要美術品、現存する数少ない作例。
山本芳翠《浦島》1895
【ルドンの色彩画】「近代—彼方の白光」では、ルドンの色彩作品。20世紀の幕開け目前に、ルドンは黒の世界から色彩の世界へと完全に移行。当時、ルドン最大の支援者であり収蔵家のロベール・ド・ドムシー男爵は、1900年に城館の大食堂全体の装飾をルドンに委ねた。16点におよぶ巨大な壁画は、15点が1978年に取り外され、最終的にオルセー美術館に所蔵。
ルドン《グラン・ブーケ(大きな花束)》(1901)は2010年に当初の設置場所から外され、後に三菱一号館美術館に収蔵された。高さ2.5メートルにおよぶ色鮮やかに際立つ作品は、ルドンの装飾絵画のなかで最も突出した規模を誇る。
ルドンがパステルを用いて制作した作品ルドン《神秘的な対話》(1896頃)、ルドン《翼のある横向きの胸像(スフィンクス)》(1898-1900頃)、ルドン《オフィーリア》(1901-02頃)、
そして亡くなったルドンの追悼作品。ポール・セリュジエ《消えゆく仏陀—オディロン・ルドンに捧ぐ》(1916)1916年にポール・セリュジエが哀悼の意を示して制作した
人間の精神と夢を表現したルドンと人間の本質を突いたロートレックの世界を、同時代の画家たちの作品とともに展示する。
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三菱一号館美術館の開館10周年の最後を飾る本展覧会は、丸の内初のオフィスビルとして三菱一号館が竣工した年、「1894年」を軸に、同館のコレクションの中核をなす画家である、ルドンとトゥールーズ=ロートレックの時代に焦点を当てる。
1894年はルドンが色彩の作品を初めて発表した年であり、ロートレック、ルドン、ゴーガンが参加した『レスタンプ・オリジナル』の刊行年(1893-95)とも重なる。一方、同時代の日本では、フランスへ留学し、ルドンと同じ師のもとで学んだ山本芳翠が、代表作《浦島》を制作した時代でもあった。日本の洋画家と欧州の美術史の関係にも着目する。
本展は岐阜県美術館との共同企画であり、同館が誇る世界有数のルドン・コレクションから貴重な木炭とパステル画、ゴーガンの多色刷りの木版画を中心とした作品群、山本芳翠をはじめとする明治洋画の旗手たちの作品を出品。国内外あわせて140点を超える作品で構成する。
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参考文献
マリオ・プラーツ『ロマンティック・アゴニー』Mario Ptaz:RomanticAgony(ロマン主義の苦悶)。
オディロン・ルドン 夢の起源・・・「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」
https://bit.ly/3lCXLAQ
奥泉光『漱石の孤独』

「1894 Visions ルドン、ロートレック展」・・・世紀末の印象派と象徴派、ロマン主義の苦悶

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「ルドン、ロートレック 1894Vision展」、三菱一号館美術館、10月24日~1月17日

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2020年11月 3日 (火)

「桃山―天下人の100年」3・・・茶の湯、足利義政、織田信長、今井宗久、千宗易、豊臣秀吉、楽長次郎

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』228回
【失われた美】織田信長は、足利義政が所持した耀変天目茶碗(『君台観左右帖記』記載)を手に入れていたが、本能寺の変で消失した。天正10(1582)年6月2日。耀変天目茶碗は、天下に3碗伝わるのみ。

【織田信長と千宗易(利休)】永禄11(1568)年、織田信長が上洛、茶の湯に対して異常なほどの興味を示して名物狩りをくりかえした。松永久秀から九十九茄子茶壺が献上される。信長の茶頭として津田宗及、今井宗久と共にとりたてられ、天下一の茶頭の地位を築く。
【織田信長と耀変天目茶碗】永禄11(1568)年、織田信長が上洛。天王寺屋、津田宗及の屋敷で、会合衆の集まり。永禄12年(1569)信長の家臣・柴田勝家と佐久間信盛など百人余りが終日宴を張った。本能寺の茶会、天正10(1582)年6月2日、信長は足利義政所伝の耀変天目茶碗を所持していたが本能寺の変で焼失した。
【織田信長と津田宗及】天正元年(1573)11月23日、妙覚寺の信長の茶会、津田宗及、塩屋宗悦、松江隆仙の3人の商人が招かれ、信長から手厚いもてなしを受ける(宗及『他会記』)。天正2年(1574)2月3日、信長岐阜城の茶会に宗及一人出席、大歓待を受ける(宗及『他会記』)。
【織田信長と蘭奢待、津田宗及】天正2年(1574)4月3日、信長の相國寺茶会、梅雪の手前のあと正倉院から切り取った蘭奢待を扇子にのせて楽しみ、津田宗及と利休に分け与えた。これについて宗及は自慢げに書き遺している(宗及『他会記』)。
【大徳寺龍光院、耀変天目茶碗、津田宗及】龍光院秘蔵の「耀変天目茶碗」は津田宗及所蔵の茶道具の名品の一つ、慶長17年(1612)、堺の天王寺屋が断絶したため宗及の次男で龍光院の開祖・江月宗玩に渡った。以来400年の眠りについた。
参考文献 (『なにわ大阪を作った100人』中村修也『戦国茶の湯倶楽部』大修館書店、永島福太郎編『天王寺屋会記』影印本 淡交社)
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【東山文化、わび・さび・幽玄】室町時代中期、8代将軍足利義政(在位1443~73)の時代に義政が営んだ東山山荘(慈照寺銀閣)を中心にして生み出された文化。書院造り、茶の湯・華道・水墨画・能・連歌など新しい芸術が興り、わび・さび・幽玄の境地が重んじられた。連歌に飯尾宗祇が出た。水墨画が禅僧の間に行われ、相阿弥、雪舟によって完成の域に達し、また大和絵(土佐光信)に漢画の技法をとり入れた狩野派、狩野正信が生まれた。金工では後藤祐乗、蒔絵では幸阿弥が有名。建築には唐(から)様と和様をあわせた新和様も発達,住宅に書院造が作られた。公家文化と武家文化の融合、後世の日本文化の源流となる。
【能阿弥著『君台観左右帖記』秘伝書】書名の君台は将軍の御座所で、その飾り方についての左右の侍者の帳記(記録)という意味。原本はなく写本として残る。能阿弥本系には数種あり、文明8年(1476)3月12日の日付があり、大内左京大夫にあてて書かれたとする『群書類従』巻361に所収された。内容は1.六朝~明の中国画家を上中下に品等別して画題,画体,姓氏号等を注記した部分、2.座敷飾の方法を図入りで説明(いわゆる御飾記)、3.茶器・諸道具の種類・性質を解説。足利義政の同朋衆、能阿弥の著と伝えられる。
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千利休と豊臣秀吉の確執
【千宗易(利休)】本名は田中与四郎、号は宗易。1522年大阪堺の魚問屋、田中与兵衛の子に生まれた。父は堺で高名な商人、宗易は店の跡取りとして品位や教養を身につける為に、16歳で茶の道に入る。18歳の時に当時の茶の湯の第一人者・武野紹鴎の門を叩き23歳で最初の茶会を開いた。
【堺、地下の茶】今井宗久、千宗易、16世紀。【侘茶の完成、楽焼、美濃焼、高麗茶碗】千宗易、楽長次郎、古田織部
【正親町天皇】天正13(1585)年(63歳)秀吉が関白就任の返礼で正親町天皇に自ら茶をたてた禁裏茶会を利休は取り仕切り、天皇から「利休」の号を勅賜される。(それまで宗易)。
その名は天下一の茶人として全国に知れ渡る。
【山上宗二、処刑】天正18 (1590)年利休(68歳)、秀吉が小田原で北条氏を攻略した際、利休の愛弟子・山上宗二が、秀吉への口の利き方が悪いとされ、その日のうちに処刑。
【黒楽茶碗】天正19(1591)年1月13日の茶会で、派手好みの秀吉が黒を嫌うことを知りながら、「黒は古き心なり」と平然と黒楽茶碗に茶をたて秀吉に出した。(69歳)2月23日、利休は突然秀吉から「京都を出て堺にて自宅謹慎せよ」と命令を受ける。利休が参禅している京都大徳寺の山門を2年前に私費で修復した際、門の上に木像の利休像を置いたことが罪に問われる。
天正19(1591)年2月28日、(69歳)秀吉から切腹を命じられる。
天正19(1591)年、利休は突然秀吉の逆鱗に触れ、堺に蟄居を命じられる。前田利家や、利休七哲のうち古田織部、細川忠興ら大名である弟子たちが奔走したが助命は適わず、
【利休切腹】天正19(1591)年京都に呼び戻された利休は聚楽屋敷内で切腹を命じられる。享年69。切腹に際しては、弟子の大名たちが利休奪還を図るおそれがあり、秀吉の命令を受けた上杉景勝の軍勢が屋敷を取り囲んだ。死後、利休の首は一条戻橋で梟首された。首は賜死の一因ともされる大徳寺三門上の木像に踏ませる形で晒された。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
志野茶碗、卯花墻「国宝」16-17世紀、三井記念美術館
 安土桃山時代に美濃で焼かれた茶碗。国宝指定された茶碗の内、国内産は2碗、その1つ。志野釉と呼ばれる、意外にも人工的に金属を使用しない(原料は長石という天然石のみ)釉薬を使った白色が特徴。
志野茶碗 銘 振袖 美濃 安土桃山~江戸時代・16-17世紀、東京国立博物館蔵
 白色の釉薬を掛けた志野の茶碗。白肌を透かしてすすきの文様が見え隠れ。美濃(岐阜県)では、16世紀後半、白い釉薬の下に鉄絵具で日本初の下絵付けを行う志野を作り出した。
重要文化財「油滴天目」南宋、12-13世紀、九州国立博物館
古田織部 が所持したと伝わる。黒い釉に浮かぶ銀色の粒子状の模様が幻想的、油滴天目のなかでも名椀。
重要文化財「泰西王侯騎馬図」神戸市美術館、17世紀に描かれた洋風画、神聖ローマ皇帝、トルコ皇帝、モスクワ大公、タタール王が描かれている。
花鳥蒔絵螺鈿聖龕、16-17世紀、九州国立博物館
重要文化財「織田信長像」(狩野宗秀筆 長興寺蔵)。 信長一周忌の天正11年(1583)6月2日に、信長家臣与語久三郎正勝が報恩のために狩野宗秀に肖像画を描かせて、兵火で焼けたのち再建に手を貸した長興寺に寄進した 。狩野松栄の次男で、狩野永徳の弟。
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参考文献
「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ
https://bit.ly/3lDIoIq
「桃山―天下人の100年」2・・・金碧障壁画、織田信長と狩野永徳、秀吉と長谷川等伯
https://bit.ly/31DlCc0

「桃山―天下人の100年」3・・・茶の湯、足利義政、織田信長、今井宗久、千宗易、豊臣秀吉、楽長次郎

織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
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特別展「桃山―天下人の100年」東京国立博物館 平成館 特別展示室
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2043
2020年10月6日(火) ~ 2020年11月29日

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2020年10月25日 (日)

「桃山―天下人の100年」2・・・金碧障壁画、織田信長と狩野永徳、秀吉と長谷川等伯

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Momoyama-2020
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』227回

織田信長の築いた城、麒麟の城 小牧山城。天下布武の城、岐阜城。第六天魔王、幻の安土城。「理想に近づこうと努力すればするほど、理想は遠ざかっていくものだ。しかし、理想の実現よりも、はるかに価値あることは、熱い思いをもって前に進み続けることである」『魂の言葉』
【天下一の優れた才能を集める織田信長、鸞翔鳳集】信長のもとに集まった才能。千宗易、狩野永徳、軍師、沢彦宗恩、祐筆、武井夕庵、野面積み、穴太衆、本因坊算砂、阿弥陀寺、清玉上人、弓衆、太田牛一。【天下布武】武の七徳を備えたものが天下を治める。七徳は、暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにする。
織田信長の弓衆、太田牛一が信長の上洛(1568)から本能寺の変(1582)までを記録した。
【安土城】『信長公記』巻九「安土山御天主の次第」天正4(1576)年
「上七重め、三間四方、御座敷の内、皆金なり。そとがは、是れ又、金なり。四方の内柱には、上り龍、下り龍、天井には天人御影向の所、御座敷の内には、三皇、五帝、孔門十哲、商山四皓、七賢などをかかせられ、ひうち、ほうちゃく、数十二つかせられ、狭間戸鉄なり。数六十余あり、皆、黒漆なり。御座敷の内外柱、惣々、漆にて、布を着せさせられ、その上、皆黒漆なり」
――
【狩野永徳、金碧障壁画】狩野永徳(1543‐1590(天文12‐天正18)が金碧濃彩、金箔の上に描いた金碧障壁画はほとんど消滅した。琵琶湖湖畔に構築した安土城天主閣、天正4(1576)年竣工、天正10(1582)年本能寺の変の10日後、焼失。安土城と聚楽第は、1582年本能寺の変、1595年秀次自刃で灰燼に帰す。狩野永徳は、悲劇の絵師である。
狩野永徳は、現存する作品は約10点。「洛中洛外図屏風」「唐獅子図屛風」「檜図屛風」「花鳥図襖」(聚光院)、「許由巣父図」(東京国立博物館蔵)「伯夷叔斉図」。
【狩野永徳、怪々奇々】狩野永徳は1543(天文12)年、狩野派三代目棟梁・狩野松栄の長男源四郎として生まれる。幼少時から画才を発揮し、天文21(1552)年10歳のとき祖父・元信に伴われ、将軍・足利義輝に謁見(『言継卿記』)。20代前半で《洛中洛外図屏風 上杉本》(1565)、父松栄とともに三好長慶の菩提を弔って永禄9(1566)年に創建された「四季花鳥図」大徳寺聚光院の「花鳥図襖」を制作した。34歳(天正4、1576)のとき織田信長の絵師となる。秀吉の聚楽第、大阪城に携わる。京狩野二代目・狩野山雪とその子・永納『本朝画史』(1693)は、永徳を「恠恠奇奇(怪々奇々)、自ずから前輩不伝の妙を得て、もって一時に独歩す」と評し、国宝「檜図屏風」はこの一節を象徴する永徳最晩年の作と考えられている。天正18 (1590) 年歿、48才。
【長谷川等伯と秀吉】長谷川等伯は、大徳寺「山水図襖」(天正17(1569)年)を描き、秀吉の命で、秀吉の子鶴松が3歳にして亡くなった菩提寺、祥雲寺「楓図壁貼付」文禄元年(1592)を描く。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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<参考文献>「朝日日本歴史人物事典」『障壁画全集 大徳寺真珠庵・聚光院』、土居次義『永徳と山楽』、武田恒夫『日本の美術94号 狩野永徳』(至文堂)
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展示作品の一部、狩野永徳、長谷川等伯
狩野永徳 国宝「檜図屏風」安土桃山時代・天正18年(1590)東京国立博物館蔵
狩野宗秀「織田信長像」天正11年(1583) 愛知・長興寺 重要文化財 11月3日
 信長の一周忌に信長の家臣、与語久三郎正勝が狩野永徳の弟、狩野宗秀に描かせたもの。
長谷川等伯 国宝「楓図壁貼付」安土桃山時代・文禄元年(1592)頃 京都・智積院蔵
長谷川等伯 国宝「松林図屏風」安土桃山時代。六曲一双 16世紀 東京国立博物館蔵
草稿ともいわれる。靄に包まれて見え隠れする松林のなにげない風情を、粗速の筆で大胆に描きながら、観る者にとって禅の境地とも、わびの境地とも受けとれる閑静で奥深い表現をなし得た。等伯(1539-1610)の画技には測り知れないものがある。彼が私淑した南宋時代の画僧牧谿の、自然に忠実たろうとする態度が、日本において反映された希有の例であり、近世水墨画の最高傑作。東京国立博物館
狩野山雪 重要文化財「籬に草花図襖」江戸時代(1631)京都・天球院蔵
紺糸威五枚胴具足 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 宮城・仙台市博物館蔵
曽我直庵筆「龍虎図屛風」安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館蔵
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重要文化財「泰西王侯騎馬図」神戸市美術館、17世紀に描かれた洋風画、
神聖ローマ皇帝、トルコ皇帝、モスクワ大公、タタール王が描かれている。
重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻、(書)本阿弥光悦筆、(絵)俵屋宗達筆、江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵
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狩野永徳の作品
松に叭々鳥・柳に白鷺図屏風 六曲一双 紙本墨画 - 九州国立博物館蔵
瀟湘八景図 一幅 紙本墨画 - 個人蔵(九州国立博物館寄託、黒田侯爵家旧蔵
現存しない作品
安土城障壁画 - 天正4年(1576年)
大坂城障壁画 - 天正13年(1585年)
聚楽第障壁画 - 天正15年(1587年)
天瑞寺障壁画 - 天正16年(1588年)天瑞寺は大徳寺内に秀吉が創建したものだが明治7年(1874年)、廃寺になった際、建物とともに障壁画も失われたとされる。
所在不明の作品
安土城之図 - 天正9年(1581年)以前
天正9年(1581年)、織田信長が安土を訪れた宣教師・ヴァリニャーノに贈った安土城之図屏風は、「日本で最も優れた職人」「画筆を動かすのに最も巧なる画工」といた史料の記述から永徳筆と考えられている
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参考文献
「桃山―天下人の100年」2・・・金碧障壁画、織田信長と狩野永徳、秀吉と長谷川等伯
https://bit.ly/31DlCc0

「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ
https://bit.ly/3lDIoIq
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
林進「宗達を検証する」(10)風神雷神図屏風と伊勢物語図色紙の成立
http://atelierrusses.jugem.jp/?cid=22
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特別展「桃山―天下人の100年」東京国立博物館 平成館 特別展示室
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2043
2020年10月6日(火) ~ 2020年11月29日

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2020年10月14日 (水)

「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』226回

金木犀の香り漂う森を歩いて博物館に行く。戦国時代は、愛と復讐の壮大なドラマが展開した。エリザベス朝悲劇と同時代である。
【戦国武将の死】将軍足利義輝、三好三人衆が暗殺(永禄の変)、足利義昭、遺志を継ぐ。元亀4年(1573)、幕府滅亡。戦国最強の武将、上杉謙信は川中島の戦いで武田信玄に勝つ。武田信玄は人望あり「人は石垣、人は城」、52歳で病死。1578年、上杉謙信は49歳で飲酒死。明晰透徹な織田信長は、1579年、藝術の極致、安土城建築、1582年、光秀の謀反で、49歳で死ぬ。
【藝術を愛好した信長】織田信長は、千宗易を登用、狩野永徳を重用し、茶の湯の天下の名器を集め、穴太衆を採用、天下の名人を発掘、名城安土城を築き、志半ばで世を去る。正親町天皇は、戦乱をくぐりぬけ天正14年69歳まで生きる。
【バロックと戦国】織田信長は、揚羽蝶模様の陣羽織を纏って指揮。信長は西洋甲冑を着て、世界制覇を狙うイエズス会士フランシスコ・カブラルと対峙。宣教師から武器調達、タイ製弾丸で長篠の戦いに勝つ。
1563年ルイス・フロイス来日、1571年レパントの海戦、1575年長篠の戦、石山本願寺戦争1570-80、「宣教師の征服計画」秀吉、グネツキ・オルガンティノ、高山右近説得(聖イグナシオ洞窟教会)、国友火縄銃、石山戦争終結。「われは神である」信長、1582年6月2日、本能寺の変で自刃。
1598年9月13日、ハプスブルグ帝国フェリペ2世の死後、5日後に、秀吉は61歳で死ぬ。
【織田信長、安土城、狩野派】この世から消滅した狩野派絵画、安土城。天主、7層5階。地上5階地下2階。7階、信長の部屋、6階は儒教、「孔門十哲」「三皇五帝」、5階は仏教、「釈迦十大弟子」「釈迦説法」、3階は花鳥図、「岩の間」「竹の間」「松の間」。2階は道教、「呂洞賓図」「西王母」。天正四~七年、安土城天主完成。天正十年6月2日、本能寺の変の10日後、炎上する。太田牛一『安土日記』『信長公記』
【利休切腹】天正19(1591)年京都に呼び戻された利休は聚楽屋敷内で切腹を命じられる。享年69。切腹に際しては、弟子の大名たちが利休奪還を図るおそれがあり、秀吉の命令を受けた上杉景勝の軍勢が屋敷を取り囲んだ。死後、利休の首は一条戻橋で梟首された。首は賜死の一因ともされる大徳寺三門上の木像に踏ませる形で晒された。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
織田信長像、狩野宗秀、天正11年、1583、愛知、長興寺、重文
唐獅子図屛風、狩野永徳筆 安土桃山時代・16世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
国宝 洛中洛外図屛風(上杉家本)狩野永徳筆 室町時代・永禄8年(1565)山形・米沢市上杉博物館蔵
織田信長が、上杉謙信に贈った。京の都を描いた屛風。狩野永徳が23歳で描いた。天を突くように聳える相国寺の七重の搭、金雲の間に見え隠れする色鮮やかな景物が、都の雰囲気を伝える。
国宝 檜図屛風 狩野永徳筆 安土桃山時代・天正18年(1590) 東京国立博物館蔵
天正18年(1590)、秀吉の命により建てられた八条宮(後の桂宮家)邸を飾った襖絵。信長、秀吉に好まれ桃山画壇を牽引した狩野永徳の力強い描写が辺りを威圧する生命感。
国宝 楓図壁貼付、長谷川等伯筆 安土桃山時代・文禄元年(1592)頃 京都・智積院蔵
秀吉が、3歳で夭折した長男鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲寺(現在の智積院)の襖絵。狩野永徳の大画様式にもとづきながら叙情性が加えられている。
重要文化財 四季花鳥図屛風、狩野元信筆 室町時代・天文19年(1550)兵庫・白鶴美術館蔵
狩野派による金屛風のうち、制作年が明らかな最古例の一つ。画中に作者の狩野元信(1477~1559)自身による生年入りの落款があり。
重要文化財  豊国祭礼図屛風、岩佐又兵衛筆、江戸時代・17世紀 愛知・徳川美術館蔵
慶長9年(1604)8月に行われた秀吉7回忌の臨時祭礼の情景を描いたもの。豊国神社と方広寺大仏殿を背景として、秀吉を追慕し、祭りを楽しみ熱狂する人々の様子が描かれる。
重要文化財 鶴下絵三十六歌仙和歌巻、(書)本阿弥光悦筆、(絵)俵屋宗達筆、江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵
大胆に描かれた鶴の群れ。そこに和歌を配置するの、光悦の腕の見せどころ。桃山美術の到達点を示す、光悦と宗達の合作。
重要文化財 銀伊予札白糸威胴丸具足、安土桃山時代・16世紀 宮城・仙台市博物館蔵
伊達政宗が豊臣秀吉より拝領した甲冑で、全身の防具を揃いの仕立てに誂える「当世具足」の形式が整いつつあったころの名品。
重要文化財 紺糸威南蛮胴具足、安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館蔵
関ヶ原の合戦の直前、徳川四天王のひとり榊原康政(さかきばらやすまさ)が家康から拝領した甲冑です。兜と胴はヨーロッパの甲冑を参考にしたもの。
本庄正宗、長船長光、徳川将軍家ゆかりの名刀を収めた刀装「黒漆打刀」2口が初公開。伝家の宝刀 #本庄正宗 と、家康から紀州徳川家・頼宣に伝わった太刀 #長船長光 の刀装で、残念ながら刀身は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に供出され、行方不明
重要文化財 聖フランシスコ・ザビエル像、神戸市立博物館
国宝 檜図屏風 狩野永徳筆、東京国立博物館
国宝 松林図屏風 長谷川等伯筆、東京国立博物館
重要文化財 花鳥蒔絵螺鈿聖龕、九州国立博物館
重要文化財 泰西王侯騎馬図屏風、神戸市立博物館
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参考文献
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
織田信長の苦悩、信長と道三、復讐の嵐。連動する美濃と尾張、帰蝶と絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2ZvHEwX
「京都―洛中洛外図と障壁画の美」・・・幻の花の都
https://bit.ly/2GDWgUp
長谷川等伯展・・・荒寥たる自然と生命の美
https://bit.ly/3mZhoEI

「桃山―天下人の100年」東京国立博物館・・・室町幕府崩壊、戦国武将、愛と復讐の壮大なドラマ

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政治史における安土桃山時代は、1573年の室町幕府の滅亡から1603年の江戸幕府開府までの30年間をさします。この30年間に花開いた、日本美術史上もっとも豪壮で華麗な「桃山美術」を中心に、室町時代末期から江戸時代初期にかけて移り変わる日本人の美意識を数々の名品によってご紹介します。
戦国の幕開けを象徴する鉄砲伝来が1543年、島原の乱鎮圧の翌年、ポルトガル船の入国を禁止し、鎖国が行われたのが1639年。豊臣秀吉が北条氏を滅ぼし天下統一を果たした1590年が、その100年間のほぼ中間地点といえます。安土桃山時代を中心として、日本は中世から近世へ、戦国武将が争う下剋上の時代から、江戸幕府による平和な治世へと移り変わります。本展は、室町時代末期から江戸時代初期にかけての激動の時代に生まれた美術を概観し、美術史上「桃山時代」として語られるその美術の特質を、約230件の優品によってご覧いただこうというものです。
激動の時代に、「日本人」がどう生き、どのように文化が形作られていったのか、約100年間の美術作品を一堂に集め概観することで、日本美術史のなかでも特筆される変革の時代の「心と形」を考える展覧会です。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2043
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特別展「桃山―天下人の100年」 東京国立博物館 平成館 特別展示室
2020年10月6日(火) ~ 2020年11月29日

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2020年9月29日 (火)

「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」・・・生きとし生けるもの、一切衆生悉有仏性

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』225回
京都画壇最高峰の画家、竹内栖鳳(1864‐1942)は、四条派・円山派の幸野楳嶺に師事し、狩野派、日本画すべての手法を身につけ、鵺派と呼ばれる。1900年36歳の時、7ヶ月ヨーロッパを旅した。ヨーロッパ美術に衝撃を受け西洋美術の写実技法を身につけ、外形の写実ではなく、本質を捉えることを追求した。77歳で没する。東の横山大観の朦朧派、西の竹内栖鳳の鵺派と並び称される。
【生きとし生けるもの、一切衆生悉有仏性】
日本美術が前提とする世界観とは何か。
生きとし生けるもの、歌を詠まないものはあるか。だが、諸法無我、天地万物あらゆるものには不滅の実体はない。諸法無我と一切衆生悉有仏性(『涅槃経』『如来蔵経』『勝鬘経』)は矛盾する。「龍樹の空思想と如来蔵思想は対立する」立川武蔵『日本仏教の思想 受容と変容の千五百年史』P96『空の思想史』。一切衆生悉有仏性(『涅槃経』『如来蔵経』『勝鬘経』)。
やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。
花に鳴く鶯、水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。
力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。『古今和歌集』紀貫之「仮名序」
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【世界観の研究】教養課程の時「ギリシア神話の世界観」という授業があった。イタリア人の哲学教授、ハンニバル先生の講義。先生は「世界観の研究」を研究していた。「ギリシア神話の世界観」。「キリスト教の世界観」。「量子物理学の世界観」とは何か。イタリア人教授は大学を去り、祖国に帰った。私は、博士課程でプラトン哲学を研究した。その後、空海密教の世界観を研究した。
日本美術が前提とする世界観とは何か。
【初転法輪の仏陀、四諦、原始仏教】仏陀は、人生を苦とみた。四諦は仏陀が最初の説法で説いた。『阿含経』四諦、苦諦と集諦は、迷妄の世界の果と因とを示し、滅諦と道諦は、証悟の世界の果と因とを示す。苦諦【四苦八苦。生老病死、怨憎会苦、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦】集諦、貪欲や瞋恚、愚痴などの心の汚れその根本である渇愛【十二縁起。十二因縁の支分は、無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死】滅諦【苦しみの消滅の真理】道諦【八正道、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定】『阿含経』
――
【逆境と戦う藝術家、運命と戦う思想家】売れない藝術家は、どう逆境を超えるか。運命と戦う思想家は、どう運命を変えるのか。
【上智と下愚とは移らず】最上の知者は悪い境遇にあっても下落せず、最下の愚者は 、どんなによい境遇にあっても向上しない。どんなに地位と肩書が高くて富裕でも、知性の貧困は隠せない。地位と肩書が高く高度な職業でも、魂の貧困は隠せない。「論語」陽貨篇。
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
竹内栖鳳《班猫》1924(大正13)年《みゝづく》1933(昭和8)年頃 絹本《蛙と蜻蛉》1934(昭和9)年 紙本《鴨雛》《憩える車》、柴田是真《墨林筆哥》、西村五雲《白熊》、西山翠嶂《狗子》、小林古径《猫》1946(昭和21)年、橋本関雪《霜の朝》、奥村土牛《兎》、速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯》1926(大正15)年、山口華楊《生》、守屋多々志《西教伝来絵巻》試作、守屋多々志『慶長使節支倉常長』1981(昭和56)年 紙本・彩色 西山翠嶂《狗子》1957(昭和32)年 絹本
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参考文献
竹内栖鳳展 近代日本画の巨人・・・哀愁のイタリア、『ベニスの月』
https://bit.ly/2Fjzgcx
「円山応挙から近代京都画壇へ」藝大美術館・・・円山応挙「松に孔雀図」大乗寺
https://bit.ly/2KEGwyj
『班猫』(重要文化財)大正13(1924)年 山種美術館 展示期間:9/25~10/14(東京展)、11/12-12/1(京都展)
速水御舟『炎舞』『粧蛾舞戯』『名樹散椿』、山種美術館・・・舞う生命と炎と闇
https://bit.ly/2KCbOrW
細川家の至宝、珠玉の永青文庫コレクション・・・織田信長「天下布武」と菱田春草「黒き猫」
https://bit.ly/2Pjv8Kx
上村松園と美人画の世界・・・肉体の美と叡智
https://bit.ly/2GXmVru
「桜 さくら SAKURA 2020 ―美術館でお花見 ! ―」山種美術館・・・花の宴
https://bit.ly/2UUizJw

「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」・・・生きとし生けるもの、一切衆生悉有仏性

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「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」山種美術館、2020年9月19日(土)から11月15日(日)まで
https://www.yamatane-museum.jp/index.html

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