2012年5月22日 (火)

蕭白ショック!!曾我蕭白と京の画家たち・・・狂狷の画家、蕭白

Sogashouhaku_2012041001Sogashouhaku_2012041002エアポート成田に乗って千葉駅に行く。蕭白『美人図』は、女がぼろぼろになった手紙を口に銜えている。女の執念の果ての姿である。
蕭白の代表作『群仙図屏風』は日本美術史上類をみない奇想天外な絵画。右隻から、袋に薬草の枝を入れた医師董奉(扁鵲)、簫を吹く簫史、八仙の一人李鉄拐と呂洞賓。左隻に、不気味な子供を連れた林和靖、水盤から魚を取り出す左慈、美人に耳垢を取らせる蝦蟇仙人、彼らを虚ろな表情で眺めている西王母。仙人、唐子、鶴や鯉など不老長寿を願うめでたい象徴が散りばめられている。
蕭白は「狂者こそ聖人へ至る最短距離の心地であると説く芥川丹邱、服部蘇門ら京都の陽明学左派の儒教思想に影響を受けた」(狩野博幸)。
儒学は中庸を尊ぶが、それが求められなければ次善のものとして「狂」を追求する。一途に理想に走り、自分の意思を曲げないことである。「子曰く、中行を得てこれに与せずんば、必ずや狂狷か。狂者は進みて取り、狷者は為さざるところあり。」(『論語』子路篇、第十三、二十一)
曾我蕭白は、狂狷の画家である。洗練された雲谷派の山水画と狂気にみちた人物画が融合している。白井華陽『画乗要略』は雲谷派を学んだことを指摘している。蕭白の真体水墨画には流麗な描線や垂直に切り立った崖の描写など雲谷派の影響がある。蕭白自身は室町時代の画家曾我蛇足の画系に属すると自称し、落款には蛇足十世と記している。
■展示作品
「美人図」絹本着色、一幅 奈良県立美術館
「李白酔臥図屏風」六曲一双 三重県立美術館
「瀟湘八景図」八幅
「竹林七賢図」襖八面
「波濤群鶴図」襖十二面 三重県立美術館
「松鷹図」襖五面
「群仙図屏風」(文化庁)六曲一双 紙本著色 1764年(明和元年)重要文化財
「美人図」
「月夜山水図屏風」(近江神宮)六曲一双 紙本著色 重要文化財 指定名称は「楼閣山水図」
高田敬輔「山水図屏風」六曲一双、滋賀県立近代美術館「竹林七賢図屏風」「楼閣山水図」
■参考文献
狩野博幸・横尾忠則『無頼の画家 曾我蕭白』(新潮社、2009年)
辻惟雄『奇想の系譜』美術出版社1970年3月
『曾我蕭白 無頼という愉悦 円山応挙が、なんぼのもんぢゃ!』京都国立博物館2005年
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18世紀の京都を彩った個性的な画家たち 蕭白、応挙、若冲、大雅、蕪村。
江戸時代中期、西洋や中国の文化を取り入れる動きが美術にも波及し、特に京都では個性的な画家が多く活躍しました。曾我蕭白(1730~1781)もその一人です。蕭白は京都の商家に生まれ、父を早くに亡くして画業で身を立てました。室町時代の画家曾我蛇足に私淑して曾我姓を名乗ります。盛んに出版されるようになった版本の画譜を活用し、室町水墨画に学んだ復古的な作品を多く残しました。巧みな技術に裏付けられた独特の作品世界は現代人をも魅了します。
蕭白が伊勢地方(現在の三重県)で制作した作品は今も三重県内に多く伝わっています。今回の展覧会では修復を終えた、斎宮の旧家永島家伝来の障壁画(全44面、重要文化財、三重県立美術館所蔵)を中心に蕭白の画業を振り返ります。また、蕭白前史として、蕭白が師事したと思われる高田敬輔や、京都で活躍した大西酔月ら復古的な画風の画家を紹介します。円山応挙、伊藤若冲、池大雅、与謝蕪村らの作品も展示し、蕭白のいた江戸時代中期の京都画壇の豊かさを併せてご覧いただきます。首都圏では1998年以来久々の蕭白展となります。
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2012/0410/0410.html
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■蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち 千葉市美術館
4月10日(火)~5月20日(日)
☆会期中に大幅な展示替えがあります。4/10~4/30、5/8~5/20
★蕭白『群仙図屏風』

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2012年5月 8日 (火)

レオナルド派『レダ』・・・絶世の美女

Leonardo_da_vinchi_leda_i_lebed_150Leda_and_the_swan_15051510Leda_eur レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、晩年「レダ」下絵を多数製作した。1505年ころ作品を制作した。女性の受胎能力の研究と関わりがあると推定される。最晩年、アンボワーズ城の手元に残された三作品「モナ・リザ」(1503-1505)「聖アンナと聖母子」(1508-1510)「洗礼者ヨハネ」(1513-1516)には含まれていない。
■『レダと白鳥』Leda and swanの16世紀のレオナルド派による模写は、1、Leonardo,Leda,Uffizzi,1508ウフィッツィ美術館(パラッツォ・ヴェッキオ所蔵 フィレンツェ)、2、Leonardo,Leda,Wiltonhouse,1505-1510ウィルトン・ハウス(ソールズベリー、イギリス)所蔵、3、Leonardo,Leda, Borghese,1505ボルゲーゼ美術館(ローマ)の作品が有名である。
■スパルタ王妃、絶世の美女レダ
 スパルタ王テュンダレオスの王妃レダは、絶世の美女として知られていた。ゼウスがそのレダを見初めた。ゼウスは一計を案じ、愛と美の女神アプロディーテに手伝ってもらう。アフロディテの化けた鷲に白鳥に化けた大神ゼウスが追われ、レダの膝元に逃げてくる。
 迫真の演技は成功を収め、美しいレダは鷲に追い詰められた白鳥を抱き寄せて、匿った。この時、神の子を妊娠した。ゼウスの化身の白鳥が飛び去ると、レダは大きな2つの卵を生み落とした。
 2つの卵からは、それぞれ双子が生まれた。一方の卵からは、双子座のカストルとポリュデウケス(ポルクス)の男の双子が、もう一方の卵からは、トロイア戦争の原因となった美女ヘレンとクリュタイメストラという女の双子が生まれた。ヘレンとポリュデウケスはゼウスの子で不死身。カストルとクリュタイメストラはレダと人間のテュンダレオスとの子で、やがて死すべき人間の運命を持っていた。
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★「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展 ほつれ髪の女
Bunkamuraザ・ミュージアム2012年3月31日~6月10日
http://www.bunkamura.co.jp/museum/

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2012年4月23日 (月)

レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想・・・『ほつれ髪の女』

20120331001 『ほつれ髪の女』は、憂いを秘めた輝くような美貌。レオナルドらしい神秘の微笑み。伏し目がちにうつむく女は限りなく美しい。レオナルドの女性像の中でも最も美しい。乱れ髪もレオナルドによるものとする説がある。「レダ」または「マリア」像の下絵である。
レオナルド最晩年、手元に残された3作品「モナ・リザ」(1503-1505)「聖アンナと聖母子」(1508-1510)「洗礼者ヨハネ」(1513-1516)がある。これと「岩窟の聖母」(1483-1486)「レダ」。この5つの作品が、レオナルドの本質を解く鍵である。
ダヴィンチが描いたオリジナルの『レダと白鳥』は現存しておらず、フランス王室によって破棄されたと考えられる。現在はそれを模写したものが9点残っている。
『レダと白鳥』のレオナルド派による模写は、ボルゲーゼ美術館、ウフィッツィ美術館、ウィルトン・ハウス(ソールズベリー)所蔵の作品が有名である。
■レオナルド伝 ヴァザーリ『芸術家列伝』
レオナルド・ダ・ヴィンチは実に快く会話をし、人の心を惹きつけた。また、何も所有しておらず、無一物というべきで、ほとんど働かなかったが、常に従者を雇い馬を飼っていた。馬をたいへん愛し、他の動物も全てこの上なく愛し、忍耐強く飼い慣らしていた。ヴァザーリ『芸術家列伝』
この天才レオナルド・ダ・ヴィンチの内には神から賦与された非常な優美さと恐るべき表現力が煎じ詰られており、それは彼の知性や記憶力とよく結合していた。彼は自分の着想を自らの手で素描に表現する術を知っていた。またどんな精力的な才人をも議論によって屠り、理路整然と相手を打ち負かした。ヴァザーリ『芸術家列伝』
■展示作品
レオナルド・ダ・ヴィンチ『ほつれ髪の女』1506-08年頃 褐色土、緑色アンバー、鉛白、ポプラの板 パルマ国立美術館蔵 Leonardo da Vinci,La scapigliata.Parma
レオナルド派『レダ』ボルゲーゼ美術館
模作『アイルワースのモナリザ』レオナルドの1503年作説がある。
レオナルド・ダ・ヴィンチと弟子(カルロ・ペドレッティ説)『岩窟の聖母』1495-97年頃 個人蔵
■参考文献
池上英洋『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(西洋絵画の巨匠 8)小学館2007
メレシコーフスキイ『レオナルド 神々の復活』ドミートリイ・セルゲーエヴィチ・メレシコーフスキイ著 米川正夫訳河出書房新社1987
ヴァザーリ『芸術家列伝』白水社
マキァヴェッリ『フィレンツェ史(上)』『フィレンツェ史(下)』岩波文庫2012
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《モナ・リザ》や《最後の晩餐》など世界の宝と言われる名画を残したレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の誕生から、来年で560年を迎えます。ダ・ヴィンチはイタリアのヴィンチ村に生まれ、フィレンツェで修業時代を過ごし、ミラノで絶頂期を迎えました。その後、さまざまな都市を転々とし、最後はフランス国王フランソワ1世に招かれ、アンボワーズ郊外で67年の生涯を閉じました。膨大な手稿を残す一方、現存する絵画はわずか十数点と限られています。しかし、その「美の世界」は彼の生きたルネサンス期の芸術家はもとより、現代にいたるまで多くの芸術家たちに多大な影響を及ぼしてきました。
 その美はなぜルネサンス期の人々を引きつけ、現代の私たちまでも魅了するのでしょうか。本展では、ダ・ヴィンチ研究の世界的権威であるカルロ・ペドレッティ氏の名誉監修、ダ・ヴィンチ研究の第一人者であるアレッサンドロ・ヴェッツォージ氏の監修により、木島俊介氏を日本側監修に迎え、ダ・ヴィンチの創造した「美の理想」に迫ります。
 世界各地から集めた日本初公開となるダ・ヴィンチの作品、ダ・ヴィンチと弟子による共作、弟子やレオナルド派と呼ばれる画家たちの作品、ダ・ヴィンチと同時代の画家たちの作品、書籍や資料など約80点を展示し、「万能の天才」の美の系譜を、日本で初めてご紹介します。
http://davinci2012.jp/about.html
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★「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展
Bunkamuraザ・ミュージアム2012年3月31日~6月10日
http://www.bunkamura.co.jp/museum/
静岡市美術館2011年11月3日~12月25日
福岡市美術館2012年1月5日~3月4日

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2012年4月11日 (水)

ボストン美術館 日本美術の至宝、東京国立博物館・・・美の宴

2012032001 花ざかりの森は桜満開の花の宴、博物館は藝術の宴である。吉野しだれ桜が妖艶な美しさを咲き誇っている。日本美術史の至高の傑作が満ち、美に酔いしれる。
快慶「弥勒菩薩立像」は、師の運慶のような端正な顔立ち、腰のくねりが艶麗である。「平治物語絵巻」三条殿夜討巻は戦闘、騒乱の劇的な場面。尾形光琳筆「松島図屏風」は波濤と磐と松、金と緑の調和が美しい。俵屋宗達「松島図屏風」を越える傑作である。
「雲龍図」曽我蕭白筆、壮大な龍の迫力は美術史上に残る名作。失われた四曲一双の龍の下半身が偲ばれる。「風仙図屏風」曽我蕭白筆、綺想にみちた絵画。「吉備大臣入唐絵巻」は吉備真備が唐で超能力を発揮して難問を解決する奇想天外な冒険談。
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展示作品
■第一章 仏のかたち 神のすがた
「法華堂根本曼荼羅図」奈良時代・8世紀 ボストン美術館蔵
 霊鷲山で釈迦が諸尊や衆生に囲まれ法華経を説く光景。
「馬頭観音菩薩像」平安時代・12世紀中頃
 馬頭観音は、六観音のうちの一つで、畜生道におちた衆生を救済する仏。
「弥勒菩薩立像」快慶作 鎌倉時代・文治5年(1189) ボストン美術館蔵
 作者が快慶、像内に納められた経典の奥書きより、文治5年(1189)に制作されたことが判明。
「普賢延命菩薩像」平安時代・12世紀中頃
 普賢菩薩は、病を消し生命力を増す菩薩。二臂の普賢延命像は天台密教。

■第二章 海を渡った二大絵巻
「吉備大臣入唐絵巻」平安時代・12世紀後半
 遣唐使として唐へ渡った奈良時代の学者・吉備真備(695~775)が、唐人の難問に不思議な力で立ち向かうという物語を絵画化した作品。後白河法皇 (1127~1192)が制作させた絵巻コレクションの1つ、当時の絵所預であった常盤光長の筆と伝えられる。
「平治物語絵巻」三条殿夜討巻、鎌倉時代・13世紀後半
 平治元年(1159)に勃発した平治の乱は、その3年前に起きた保元の乱とともに、武士の台頭を示す大きな変革の1つであり、源平争乱の幕開けとなる戦い。「平治物語絵巻」はその約100年後に制作された絵巻、もとは十五巻近い大作。
 
■第三章 静寂と輝き-中世水墨画と初期狩野派
「山水図」祥啓筆、室町時代・15世紀末~16世紀初

■第四章 華ひらく近世絵画
「龍虎図屏風」長谷川等伯筆 江戸時代・慶長11年(1606)
 中国南宋の画家牧谿の「龍虎図」に学んで描かれた。長谷川等伯(1539~1610)晩年の作風。68歳の年記がある。
「十雪図屏風」狩野山雪 江戸時代・17世紀前半
「四季花鳥図屏風」狩野永納筆 江戸時代・17世紀後半
江戸時代に、安土桃山時代の豪壮な狩野派の画風を継承した京狩野家の三代目狩野永納 (1631~97)が、父狩野山雪の画風を継承して水平、垂直、斜めの方向性を強調して描いた金地濃彩。狩野永納は『本町画史』の著者、日本のヴァザーリである。
「松島図屏風」尾形光琳筆 江戸時代・18世紀前半
 波に洗われる荒磯に島を配した「松島図」は、俵屋宗達をはじめ琳派の主要テーマ。尾形光琳(1658~1716)は宗達にならって4度描いた。

■第五章 奇才 曽我蕭白
「雲龍図」曽我蕭白筆 江戸時代・宝暦13年(1763)
「虎渓三笑図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後
 廬山に隠棲した東晋の僧慧遠のもとを訪れた陶淵明と陸修静。話に夢中になって俗世に通ずるとして渡らぬと決めた橋を越えたことに気付いて、三人で大笑した場面。
「風仙図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後半
 一陣の風の中で剣を持つ中国の仙人陳楠が、池に潜む龍を追い出して天の水門を開かせ、旱魃を救う場面
「楼閣山水図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後半
「龐居士・霊昭女図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後半
「山水図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後半
「酔李白図屏風」曽我蕭白筆 江戸時代・18世紀後半

■第六章 アメリカ人を魅了した日本のわざ -刀剣と染織
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アメリカのボストン美術館は、"東洋美術の殿堂"と称されます。100年以上にわたる日本美術の収集は、アーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、今や10万点を超えます。海外にある日本美術コレクションとしては、世界随一の規模と質の高さを誇ります。
本展は、その中から厳選された仏像・仏画に絵巻、中世水墨画から近世絵画まで、約90点を紹介します。
修復を終え、日本初公開となる曽我蕭白(そがしょうはく)の最高傑作『雲龍図』をはじめ、長谷川等伯(はせがわとうはく)、尾形光琳(おがたこうりん)、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)などの手による、かつて海を渡った"まぼろしの国宝"とも呼べる日本美術の至宝が一堂に里帰りします。
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★ボストン美術館 日本美術の至宝、東京国立博物館
3月20日(火)~6月10日(日)
http://www.tnm.jp/

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2012年3月30日 (金)

ユベール・ロベール・・・永遠の憧憬の地イタリア

20120306_2 恋するような甘美なイタリア。永遠の憧憬の地イタリアは、藝術家たちを魅了しつづける。イタリアは美の王国、アモーレの国である。糸杉の丘、黄金色の葡萄畑、迷路に囲まれた広場。風景は思想である。
ゲーテは1786-88年にイタリア旅行をした。『イタリア紀行』(1816-17、29)、スタンダール『イタリア紀行 1817年のローマ、ナポリ、フィレンツェ』、リルケ『フィレンツェだより』『ヴェネツィアの女性への手紙』。イタリアへの憧れは、数限りない作品を生み出し続けた。
クロード・ロラン(1604/5~1682)他、画家たちは、イタリアの景観画(ヴェドゥータ)、空想的風景画(カプリッチョ)、廃墟画を描き、古代帝国の偉容のイメージを掻き立てた。古代との出会い。地下に梯子を降ろし古代遺跡に降り立つ画家。永遠の都ローマの町を歩き回る若き画家のまなざし。コンスタンティヌス帝の凱旋門。16世紀のヴィラ。クロード・ロランたちは、風景の美的基準を構築した。
クロード・ロランの初期作品「笛を吹く人物のいる牧歌的風景」1635-39は、夕暮れの水辺に三人の羊飼いが集い、笛を楽しんでいる。聳える大木の間には深い空間が開け、その深奥には橋と山々が現れる。夕暮れの静けさとやすらぎ。クロード・ロランは、フランスで生まれローマで生涯を終えた。牧歌的風景画、海港画、後世の風景画家へ絶大な影響力を残した。
18世紀の画家ユベール・ロベールは、11年間イタリアに住み、イタリアを描き廃墟の画家と呼ばれた。ベルサイユやプティ・トリアノンの庭園の庭園デザイナーとなった。
展示作品
クロード・ロラン「笛を吹く人物のいる牧歌的風景」1635-39静岡県立美術館
ジョセフ・ヴェルネ「夏の夕べ イタリア風景」1773国立西洋美術館
ユベール・ロベール「パラティーノの丘の素描家たち」1761-62年、サンギーヌ・紙、ヴァランス美術館Musée de Valence
ジャン・オノレ・フラゴナール「ティヴォリのヴィラ・デステ」素描、ヴァランス美術館
ジョバンニ・バティスタ・ピラネージ「ローマの景観」1758-59国立西洋美術館
★構成
1イタリアと画家たち
2古代ローマと教皇たちのローマ
3モティーフを求めて
4故郷の風景と18世紀のサロン文化
5奇想の風景
6庭園からアルカディアへ
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ポンペイやヘルクラネウムの遺跡発掘に沸いた18世紀、フランスの風景画家ユベール・ロベール(Hubert Robert 1733-1808)は「廃墟のロベール」として名声を築きます。イタリア留学で得た古代のモティーフと、画家の自由な想像力とを糧に描き出されたその風景では、はるかな時をこえて古代の建築や彫像が立ち現われる一方、あふれる木々の緑や流れる水、日々の生活を営む人々がコントラストを成しています。古代への新たな関心を時代と共有しつつ、独自の詩情をたたえたロベールの芸術は多くの人々をひきつけ、時の流れや自然、そして芸術の力をめぐる思索と夢想へ誘ってきました。
こうして描かれた奇想の風景は、「国王の庭園デザイナー」の称号を持つロベールが数々の名高い風景式庭園のデザインも手がけ、現実の風景のなかに古代風建築や人工の滝・洞窟などを配していたことを知れば、さらに生きた魅力を持ちはじめることでしょう。
本展では、世界有数のロベール・コレクションを誇るヴァランス美術館が所蔵する貴重なサンギーヌ(赤チョーク)素描を中心として、初期から晩年まで、ロベールの芸術を日本で初めてまとめて紹介します。ピラネージからフラゴナール、ブーシェまで師や仲間の作品もあわせ、ヴァランスの素描作品約80点を中心に約130点にのぼる油彩画・素描・版画・家具から構成されます。
自然と人工、空想と現実、あるいは想像上の未来と幸福な記憶を混淆させ、画家が絵画と庭園の中に作り上げたアルカディアの秘密に迫ります。
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★ユベール・ロベール-時間の庭-
国立西洋美術館2012年3月6日(火)~5月20日(日)
福岡市美術館2012年6月19日(火)~7月29日(日)
静岡県立美術館2012年8月9日(木)~9月30日(日)
http://www.tokyo-np.co.jp/event/bi/robert/

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2012年3月11日 (日)

大久保正雄 著作目録 3都市論、国家論編

Botticelli_magnificat 大久保正雄 著作目録 3都市論、国家論編

1 「国家は滅びても、都市は滅びない ―美しい都市の条件―」『AMENITY』第25号
  2007年
2 「国家は滅びても、都市は滅びない 第2章 地中海のほとりで考える国家の形」
  『AMENITY』第26号 2008年
3 「国家は滅びても、都市は滅びない 第3章 都市の美学」
  『AMENITY』第27号 2009年
4 「国家は滅びても、都市は滅びない 第4章 国家権力と都市」
  『AMENITY』第28号 2010年
5 「美しい都市環境の条件 地中海のほとりで考える」『AMENITY』第24号、2006年
6 「地中海のほとりで考える 都市と人間」『AMENITY』第23号、2005年
7 「地中海のほとりで静寂について考える」『AMENITY』第22号、2004年 AMENITYの会

  中島義道、加賀野井秀一、他と共著。
8 「都市環境と音」座談会
  『AMENITY』第24号、2006年
9 「理想の都市を求めて」座談会
  『AMENITY』第25号、2007年
10「都市のあるべき姿 環境と景観を考える」座談会
  『AMENITY』第26号、2008年

☆ボッティチェリ『マニフィカートの聖母』

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2012年3月10日 (土)

大久保正雄 著作目録 2地中海編

Botticelli_primavera_detail 大久保正雄 著作目録 2地中海編

『地中海紀行』
Web Magazine「サードアベニュー倶楽部」連載(2000年-)
http://homepage3.nifty.com/odyssey/00c8c001.html

1  『地中海紀行』哲学の迷宮―その光と影 第1回『魅惑の地中海』
    サードアベニュー倶楽部2000年9月27日
2  『地中海紀行』第2回『黄昏のフィレンツェ』
    サードアベニュー倶楽部2000年10月25日
3  『地中海紀行』第3回『黄昏のフィレンツェ ルネサンスの奇人変人』
    サードアベニュー倶楽部2000年11月29日
4  『地中海紀行』第4回『黄昏のフィレンツェ ルネサンスの奇人変人2』
    サードアベニュー倶楽部2000年12月27日
5  『地中海紀行』第5回『西方の眞珠 コルドバ』
    サードアベニュー倶楽部2001年1月31日
6  『地中海紀行』第6回『アンダルシアの光と影 西方の眞珠 コルドバ』
    サードアベニュー倶楽部2001年2月28日
7  『地中海紀行』第7回『アンダルシアの光と影 アンダルシアの哲學者』
    サードアベニュー倶楽部楽部 2001年3月28日
8  『地中海紀行』第8回『グラナダ アルハンブラの殘照』
    サードアベニュー倶楽部2001年4月25日
9  『地中海紀行』第9回『トレド 時が歩みを止めた町』
    サードアベニュー倶楽部2001年5月30日
10  『地中海紀行』第10回『トレド エル・グレコ終焉の地』
    サードアベニュー倶楽部2001年6月27日
11  『地中海紀行』第11回『イスタンブール 二千年の都』
    サードアベニュー倶楽部2001年7月25日
12  『地中海紀行』第12回『イスタンブール 幻影の帝國ビザンティン』
     サードアベニュー倶楽部2001年8月29日
13  『地中海紀行』第13回『地中海 魅惑の海のほとりにて』
     サードアベニュー倶楽部2001年9月26日
14  『地中海紀行』第14回『イスタンブール オスマン帝國の都』
     サードアベニュー倶楽部2001年10月25日
15  『地中海紀行』第15回『イスタンブール 時を超える旅』
    サードアベニュー倶楽部2001年11月28日
16  『地中海紀行』第16回『黄昏のエーゲ海』
    サードアベニュー倶楽部2001年12月26日
17  『地中海紀行』第17回『エーゲ海の瞑想』
    サードアベニュー倶楽部2002年1月30日
18  『地中海紀行』第18回『エーゲ海の薔薇 ロドス島』
    サードアベニュー倶楽部2002年2月27日
19  『地中海紀行』第19回『アテネ アクロポリスの光と影』
    サードアベニュー倶楽部2002年3月27日
20  『地中海紀行』第20回『アテネ アクロポリスをめぐる戰い』
    サードアベニュー倶楽部2002年4月24日
21  『地中海紀行』第21回『アテネ ギリシアの偉大と退廃』
    サードアベニュー倶楽部2002年5月22日
22  『地中海紀行』第22回『アテネ 蜜のように甘く、毒のように劇しく』
    サードアベニュー倶楽部2002年7月3日
23  『地中海紀行』第23回『アテネ 黄昏の帝国』
    サードアベニュー倶楽部2002年7月31日
24  『地中海紀行』第24回『ギリシア 哲學者の魂』
    サードアベニュー倶楽部2002年8月28日
25  『地中海紀行』第25回『デルフィ アポロンの聖域』
    サードアベニュー倶楽部2002年9月25日
26  『地中海紀行』第26回『地中海のほとり 美と知恵を求めて』
    サードアベニュー倶楽部2002年10月30日
27  『地中海紀行』第27回『愛と復讐の大地 ギリシア』
    サードアベニュー倶楽部2002年11月27日
28  『地中海紀行』第28回『アレクサンドロス大王 世界の果てへの旅』
    サードアベニュー倶楽部2002年12月25日
29  『地中海紀行』第29回『ローマ 幻の帝国』
    サードアベニュー倶楽部2003年1月29日
30  『地中海紀行』第30回『変人皇帝たちの宴 ローマ』
    サードアベニュー倶楽部2003年2月28日
31  『地中海紀行』第31回『クレオパトラの死』
    サードアベニュー倶楽部2003年3月26日

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2012年3月 8日 (木)

大久保正雄 著作目録 1哲学編

Botticellibirthofvenus_best_01 大久保正雄 著作目録 1哲学編                     
                                   
著書
  『理性の微笑み ことばによる戦いの歴史としての哲學史』
  理想社1993、4月
論文
14 「プラトン哲学と空海の密教 ―書かれざる教説(agrapha dogmata)と詩のことば―」
   詩誌『酒乱』第5号2011
13 「ギリシア悲劇とプラトン哲学の迷宮 ―ことばの迷宮―」
   詩誌『酒乱』第4号2010
12 「プラトンと詩と哲学 ―詩的直観と哲学的直観―」
   詩誌『酒乱』第3号2009
11  「闇の中にただよう香り 新古今和歌集の美學 第二章」
   大久保正雄『魂の目』無盡藏刊、所収 1997、10月
10 「斷崖の美學 美をめぐる戦い 新古今和歌集の美學」
   「法科論集」第4号、1990
9 「ことばによる戦いの歴史としての哲學史 哲學史講義第一章」
  「法科論集」第5号、1991
8 「魂の卓越性の探究 想起説の構造と難問の仕組み (Plato“Meno”81a10-86c2)」
    「法科論集」第5号、1991
7 「知と愛 (Plato“Apologia Socratis”28d10-30c1)」
    「法科論集」第4号、1990
6 「彷徨えるソクラテス 根拠の探究(Plato“Phaedo”95e7-100b3)」
    「法科論集」第3号、1989
5 「存在をめぐる論争 (Plato“Sophista”245e6-251a7)」
    「法科論集」第2号、1988
4 「理念のかたち かたちとかたちを超えるもの」
  『理想』659号、理想社、1994、12月
3 「魂の美學 プラトンの対話編に於ける美の探究」
  「上智大学哲学論集」第22号、1993、6月
2 「イデアと魂 (Plato“Phaedo”100b3-107b9)」
  北海道大学哲学会「哲学」第20・21号 1985
1 「Phaedo 100b3-107b9 イデアと魂」修士論文
  上智大学大学院博士前期課程、1983、3月

世界遺産
「イタリア・ルネサンスの美と世界遺産」「世界遺産アカデミーWHAMR 第11号」世界遺産アカデミー(WHA)2011.4月

☆ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』

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2012年2月11日 (土)

『北京故宮博物院200選』東京国立博物館・・・死の帝国

20120102001 権力と財力は美を生まない。美は金では買えない。物欲に明け暮れ、精神が腐った帝国。皇帝の権力、財力と狡猾な官僚統治による搾取と腐敗の帝国、七百年の歴史。帝国の支配システムが確立した12世紀から18世紀、精神の死の匂いがする。文化の息吹が残っていたのは南宋時代まで。北宋の皇帝徽宗の北宋絵画から、南宋絵画『出水芙蓉図冊』、明朝、永楽帝。漢民族の明朝を倒した満州族の清朝、康熙帝、雍正帝、乾隆帝に至る皇帝のコレクション。第6代皇帝、乾隆帝時代(在位1735年10月8日-1796年2月9日)、清の版図は最大規模に広がり、膨大なコレクションを蒐集した。死の帝国である。
変人皇帝、北宋の皇帝徽宗(1100年-1125年)は文人、画人としてその才能が高く評価され、宋代を代表する人物の1人。痩金体(「痩金」は徽宗の号)と称される独特の書体を創出、絵画では写実的な院体画を完成、「風流天子」と称される。徽宗の真筆は極めて貴重な文化財、日本にある桃鳩図は国宝に指定。異常な性格を感じる。
――――――――――――
『草書諸上座帖巻』黄庭堅筆 北宋時代・元符2~3年(1099~1100)頃。黄庭堅は禅学に造詣が深く、書において求道者のような精進を続け、過去の技量を否定しながら、より高い境地を目指した。この作は円熟した最晩年の作と考えられる。荒れ狂うような草書と、最後に続く行書の対比が素晴らしい。
『行書扈従帖』蔡襄筆 北宋時代・11世紀。蔡襄は、宋の四大家の中で唐時代の書法を最もよく継承した人物。文豪の蘇軾も蔡襄の書は宋時代の第一であると絶賛した。李端愿(りたんげん)という人物に宛てたこの書簡は、新茶を贈られたことに対する礼状。扈従とは天子に随行すること、蔡襄が都で天子に随行し、また新茶に言及していることから、皇祐4年(1052)春頃の揮毫と推定。
『出水芙蓉図冊』蓮は泥水から出ても泥に染まらず。社会の困難にあっても気高く生きる文人、高潔な君子の象徴である。香り立つような美しい南宋画の描写が魅力的。
『水村図巻』趙孟頫(ちょうもうふ)元時代・大徳6年(1302)。趙孟頫は南宋皇室の家に生まれたが、征服王朝の元に仕えるという苦渋の決断を迫られた人物。内面の孤高が、美しい筆墨のなかに現れている。中国絵画史が新しい文人絵画へと展開していく時期の最も重要な作品。
北京故宮博物院は、明時代の永楽帝から清時代の宣統帝溥儀まで24人の皇帝が居住とした紫禁城に由来し、壮麗な宮殿建築と180万件を超えるコレクションを誇る。
■主要展示作品
一級文物『祥龍石図巻』趙佶(徽宗)筆1巻、北宋時代・12世紀
一級文物『行書扈従帖』蔡襄(さいじょう)筆 北宋時代・11世紀
一級文物『出水芙蓉図冊』作者不明 南宋時代・13世紀
一級文物『清明上河図』(北宋時代)中国美術史上屈指の名作といわれる。張択端(ちょうたくたん)が描いた5m余りの図巻、北宋の都・開封(現在の河南省開封市)の街のにぎわいが克明に生き生きと描かれている。
一級文物『長江万里図巻』趙芾筆1巻、南宋時代・12世紀
一級文物『水村図巻』趙孟頫筆1巻、元時代・大徳6年(1302)
一級文物『桃竹錦鶏図軸』王淵筆1幅、元時代・至正9年(1349)
一級文物『雪江漁艇図巻』姚廷美筆1巻、元時代・14世紀 加山又造の水墨画を想起する。
一級文物『草書諸上座帖巻』黄庭堅(こうていけん)筆 北宋時代・元符2~3年(1099~1100)頃。
一級文物『楷書閏中秋月詩帖』趙佶(徽宗)筆1枚  北宋時代・大観4年(1110)
一級文物『行草書中流一壺帖』范成大筆1枚  南宋時代・12世紀
一級文物『行書城南唱和詩巻』朱熹筆1巻  南宋時代・12世紀
一級文物『青花唐草文杯』景徳鎮窯「永楽年製」銘、明時代・永楽年間(1403-1424)
一級文物『黄地琺瑯彩牡丹文碗』「康熙御製」銘、清時代・康熙年間(1662-1722)
一級文物『康熙帝南巡図巻』第11巻、第12巻、王翬等筆、清時代・康熙30年(1691)
『宝生仏坐像』1躯、インド・パーラ朝・10世紀
『上楽金剛(チャクラサンバラ)立像』1躯、チベット・18世紀 ヤブユム仏
一級文物『文殊菩薩坐像』1躯、元時代・大徳9年(1305)
『大威徳金剛(ヤマ-ンタカ)立像』1躯、清時代・18世紀
■展示構成
第1部 故宮博物院の至宝 -皇帝たちの名品-
第2部 清朝宮廷文化の精粋 -多文化のなかの共生-
 第1章 清朝の礼制文化 -悠久の伝統-
 第2章 清朝の文化事業 -伝統の継承と再編-
 第3章 清朝の宗教 -チベット仏教がつなぐ世界-
 第4章 清朝の国際交流 -周辺国との交流-
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中国の首都・北京市の中心部にある故宮博物院は、明朝の3代目皇帝永楽帝から、清朝のラストエンペラー宣統帝溥儀まで、500年あまりの間に24人の皇帝が暮らした壮大な宮殿「紫禁城」に由来します。広さは約72万平方メートル、無数の建築群にはおよそ8700ともいわれる部屋があった「紫禁城」は、皇帝たちの政治の中枢であり、かつ、私生活の場でもありました。とてつもない規模と、技術の粋を集めた壮麗な建築は、中国古代建築の集大成といえるもので、皇帝の世界観を反映しています。
1911年の辛亥革命ののち、紫禁城は「かつての王宮」という意味で「故宮」と名付けられ、1925年に「故宮博物院」として成立、王朝の伝統として皇帝が収集し、愛蔵してきた中国歴代王朝の至宝は一般に開放されることとなりました。収蔵されている文物の数は現在、180万件以上にのぼります。
故宮博物院はその歴史的・芸術的価値の高さから、1987年、世界遺産に登録されました。収蔵品は大切に保管・公開され、建築や至宝を一目見ようと訪れる世界中の人々でにぎわっています。
これらの貴重な文献から選りすぐりの名宝200件が出品される。門外不出とされていた宋・元時代の書画全41件のうち39件は、日本初公開。
本展は、故宮博物院の収蔵品のなかから特に優れた一級文物を中心に展覧する、同博物院の開催する海外展として質・量ともに最大規模の展覧会であり、また、東京国立博物館で初めて開催される故宮展となります。
「清明上河図」
「清明上河図」は、北宋の都・開封[かいほう](現在の河南省開封市)の光景を描いたものと言われています。作者である張択端[ちょうたくたん]は、北宋の宮廷画家であったということ以外、詳しいことがほとんど分かっていない謎の画家です。全長約5メートル、縦24センチの画面のなかに登場する人物は773人。まさに神技。
汴河[べんが]の流れに沿って、市民の生活が衣食住にいたるまで細かに描かれ、宋代の風俗を知るためにも一級の資料です。北宋文化の絶頂期・徽宗皇帝のために描かれたとされ、庶民の幸せな日常生活が画面に満ち溢れ、後世にもたくさんの模本が作られました。
ここまで精密に描かれた都市風景は、もちろん同時代の西洋にもほとんどありません。今まで北京故宮でもほとんど公開されたことがなく、上海博物館で公開された時は夜中まで行列が続いたほどの熱狂的大ブームを巻き起こしました。まさに中国が誇る至宝であるとともに、世界でも屈指の幻の名画なのです。
第Ⅰ部
第Ⅰ部では故宮博物院の豊富な収蔵品から、これまで門外不出とされていた作品を含む宋・元の書画41件の出展に加え、陶磁器・青銅器・漆工・琺瑯・染織の名品約50件を厳選して展示します。書画では、書道ファン必見の宋四大家のうち、黄庭堅[こうていけん]、蔡襄[さいじょう]、米芾[べいふつ]の名品や、元代文人たちの傑作が、器物では青銅器・玉器[ぎょっき]の傑作や、汝窯[じょよう]の名品が、漆芸では幻の巨匠である張成[ちょうせい]、楊茂[ようも]の作品が、ずらりと並びます。まさに北京故宮が誇る歴代王朝の名品が勢ぞろい。故宮博物院が開催した海外展としては、過去最大規模となります。
第Ⅱ部
第Ⅱ部では、現代の中国にもつながる、清朝300年の豊かな世界観をご紹介します。清朝は第6代皇帝であった乾隆帝[けんりゅうてい](在位1735〜1796)によって最盛期を迎えます。この展示では乾隆帝の4つの肖像画を軸に、大清帝国の夢見た多文化共生の世界観を読み解いていきます。北京故宮ならではの歴史の証人となる文物によって、清朝の宮廷世界を大規模に紹介する、日本で初めての展観となります。
http://www.kokyu200.jp/
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★『北京故宮博物院200選』展、2012年1月2日-2月19日
東京国立博物館http://www.kokyu200.jp/

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2012年2月 5日 (日)

水木しげる「幸福の七ヶ条」

20100418 『ゲゲゲの女房』で脚光を浴びる妖怪漫画家、水木しげるの不屈の人生。数々の逆境を乗り超えて、藝術家の人生を探求している。好きなものに人生をささげる達人の至言である。
水木しげるは、戦場で歩哨に立って、そこにきた美しい鸚鵡に出会い、見とれて、その間に部隊は敵の攻撃を受け全滅。死の危機から一人免れる。不思議な運命の持ち主である。
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水木さんの「幸福の七ヶ条」
「何十年にもわたって世界中の幸福な人、不幸な人を観察してきた体験から見つけ出した、幸せになるための知恵」七か条
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。
世界の奇人変人には幸せそうなひとが多いではないか。だれが何といおうとわがままに自分の幸福を追求する。それでこそ本当に幸せになれるというものだ。水木しげる
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★出典 水木しげる『水木さんの幸福論 妖怪漫画家の回想』日本経済新聞社2004

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