2012年1月 5日 (木)

2011年展覧会ベスト10

20110720052 東日本大震災(3.11)、大津波は、貞観地震(平安時代、貞観11年5月26日ユリウス暦869年7月9日)以来の規模、日本国家システムを覆す災害であった。「空海と密教美術展」、「大英博物館 古代ギリシャ展-究極の身体、完全なる美」は最高だった。「空海と密教美術展」は、日本美術史至高の作品群、記録に残る美術展である。「空海と高野山展」2005に匹敵する。大英博物館から旅してきた古代ギリシャ美術との夏のめぐり会いは奇しき因縁である。
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1、「空海と密教美術展」東京国立博物館
2、「大英博物館 古代ギリシャ展-究極の身体、完全なる美」国立西洋美術館
3、「ボストン美術館 浮世絵名品展 錦絵の黄金時代―清長、歌麿、写楽―」山種美術館、千葉市美術館
4、「写楽展」東京国立博物館
5、「酒井抱一と江戸琳派の全貌」千葉市美術館
6、「運慶―中世密教と鎌倉幕府」神奈川県立金沢文庫
7、「フェルメールからのラブレター展」Bunkamuraザ・ミュージアム
8、「シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による」新国立美術館
9、「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」東京都写真美術館
10、「シュテーデル美術館所蔵フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」Bunkamuraザ・ミュージアム
「ゴヤ展」国立西洋美術館
「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」国立西洋美術館
「五百羅漢―増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」江戸東京博物館
「磯江毅=グスタボ・イソエ」練馬区立美術館
「法然と親鸞」東京国立博物館
「歌川国芳 幕末の奇才浮世絵師」森アーツセンター・ギャラリー
「松井冬子展 世界の子どもたちと友達になれる」 横浜美術館
「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」東京国立近代美術館
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」国立新美術館
「山種美術館創立45周年記念特別展 ザ・ベスト・オブ・山種コレクション」前期、山種美術館 
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【美について】

美術館を歩いて作品を見ることは、美について考えることへと通路を開く。大久保正雄
美について考えると、魂と肉体のつながりに考えが及ぶ。大久保正雄
十六歳で美しいのは自慢にはならない。でも六十歳で美しければ、それは魂の美しさだ。(M.ストープス)
僕は二十歳だった。それが人生で一番美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。(ポール・二ザン)
すぐれた人間の大きな特徴は、不幸で、苦しい境遇にじっと耐え忍ぶことだ。ベートーヴェン
若い者も美しい。しかし、老いたる者は若い者よりさらに美しい。W・ホイットマン
★大久保正雄『美の名言集』より

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年・・・蘇る魂

2011123020080214000423謹賀新年・・・蘇る魂
蘇る魂・・・死と再生
不屈の魂がある。苦難の茨を越えて、生きよう。春に蘇る生命、宇宙は回帰するように。北斎は鳳凰を好んだ。死の灰の中から蘇る不死鳥(火の鳥、鳳凰)は、死と再生の象徴である。「肉体が滅びようとも精神は滅びない」とソクラテスは語った。人は死んでも、言葉は生き残る。
■不屈の精神
逆境を超えて生きる魂。真実を追求する不屈の精神は美しい。
90歳の死まで藝術を追求した北斎。80歳で書物を書きながら死んだプラトン。70歳まで生きて「魂の不滅」を説きながら死んだソクラテス。逆境の時代を生きたソクラテス、プラトン。絶望の中を生きて蘇る不屈の魂がある。不屈の美しい魂のように、知恵と真実を愛して、逆境の時代を生き、奇跡を生み出そう。
■秘密の知恵と美
隠された真実、秘密の知恵と美が存在する。吹き荒ぶ逆境の嵐を、体系的な戦略を構築して、生きなければならない。
逆境の時代ですが、知恵と美と真実を愛して、私は学問と藝術を探求して行きたいと思います。100歳まで生きて、奥義書をこの世に残したいと思います。そのために強靭な身体をもちたいと思います。
2012年がみなさまにとって素敵な年になりますように。幸運の女神が舞い降りてきますように。
新しい年が、幸福な年でありますように、祈ります。
■「世界のどこかで誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが革命家として、最も美しい資質なのだから。」Ernesto Che Guevara『娘に遺書として残した手紙』
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★榎俊幸「越冬」2000「茨と帛」1997 Copyright榎俊幸 画家の許可を得て掲載しています。
★北斎「鳳凰図屏風」ボストン美術館肉筆浮世絵展 江戸の誘惑2006
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2011年12月30日 (金)

フェルメールからのラブレター展・・・禁じられた恋の匂い

Vermeerjohanneswomanreadingaletter1 ラブレター(恋文)は、女が意中の男に秘かに書く手紙である。禁断の恋、背徳の匂いがするところに意味がある。女と男を結ぶラブレターを運ぶ女召使いがいる。忍ぶ恋と色に出る恋の間に恋文がある。「しのぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」(平兼盛)。「戀の極意は忍戀と見立候。一生忍んで思ひ死する事こそ戀の本意なれ」(『葉隠』)三島由紀夫は、忍ぶ恋こそ恋の極意、恋の本質であると考えた。
フェルメール「恋文」(1670アムステルダム国立美術館)は、壁面の海の絵画は堕罪と許されざる愛を暗示し、開かれた窓は外界への憧れを暗示していると解釈される。フェルメールの白と黒の床面がある。恋文は堕落と淫蕩の象徴である。
<手紙を読み書き受け取る女性>は、フェルメールの得意の主題の一つである。「手紙を書く女と召使い」の床に転がる書き損じた手紙とろうそくと赤い蜜蝋と壁の絵画、「手紙を読む青衣の女」のウルトラマリンブルーと壁面の世界地図、「手紙を書く女」のサテンのリボンと真珠の首飾りと白甜の毛皮で縁取られた黄色い上着と壁面の絵画、フェルメールの絵画は記号を解読する世界に誘う。<手紙の女>を描いたフェルメール作品は6点ある。フェルメールの淡い光と静謐な空間のなかで、女の禁断の情念が展開する。
■主要展示作品
■ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer
「手紙を書く女と召使い」"A Lady Writing a Letter with her Maid"
1670年頃  油彩・キャンヴァス
アイルランド・ナショナル・ギャラリー、ダブリン National Gallery of Ireland, Dublin, Sir Alfred and Lady Beit Gift, 1987(Beit Collection)
■ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer
「手紙を読む青衣の女」"Girl Reading a Letter"
1663-64年頃  油彩・キャンヴァス
アムステルダム国立美術館、アムステルダム市寄託 Rijksmuseum, Amsterdam. On loan from the City of Amsterdam (A. van der Hoop Bequest)
■ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer
「手紙を書く女」"A Lady Writing"
1665年頃  油彩・キャンヴァス
ワシントン・ナショナル・ギャラリーNational Gallery of Art, Washington, Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, Jr. , in memory of their father, Horace Havemeyer.
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「フェルメールからのラブレター展」
コミュニケーション:17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ
オランダ黄金期の巨匠、ヨハネス・フェルメール。精緻な空間構成と独特な光の質感をあわせもつ作品群は、今なお人々を魅了してやみません。現存する30数点のフェルメール作品のなかでも、日常生活に密やかなドラマをもたらす手紙のテーマは、重要な位置を占めています。本展は日本初公開となる《手紙を読む青衣の女》をはじめ、《手紙を書く女》、《手紙を書く女と召使い》の3作品が一堂に会するまたとない機会です。さらに、同時代に描かれた、人々の絆をテーマにした秀作も併せて紹介し、人物のしぐさや表情、感情の動きに注目することで、17世紀オランダ社会における様々なコミュニケーションのあり方を展観していきます。Bunkamuraザ・ミュージアム
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2011年から2012年、4つのフェルメール展が開かれている。
■「フェルメールからのラブレター展」コミュニケーション:17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ
Bunkamuraザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/
2011年3月3日(木)~5月14日(水)
*1月1日のみ休館 開館時間:10:00-19:00(入館は18:30まで)
毎週金・土曜日21:00まで(入館は20:30まで) *12月30、31日を除く
公式サイト 
http://vermeer-message.com
■「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」
国立西洋美術館
http://www.nmwa.go.jp/
2012年6月13日(水)~9月17日(月・祝日)
九州国立博物館(福岡・太宰府)2012年10月9日(火)~12月2日(日)
公式サイト 
http://www.berlin2012.jp/
■「マウリッツハイス美術館展」オランダ・フランドル絵画の至宝
2012年6月30日(土)~9月17日(月・祝)
東京都美術館 企画展示室(東京・上野公園)
※2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)神戸市立博物館にも巡回します。
公式サイト
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/
■「フェルメール≪地理学者≫とオランダ絵画展、シュテーデル美術館所蔵」
Bunkamuraザ・ミュージアム、2011年12月23日(金・祝)~2012年3月22日(日)

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2011年11月28日 (月)

「法然と親鸞 ゆかりの名宝」東京国立博物館・・・宗教は麻薬

20111025 「二河白道」(火の河=瞋憎と水の河=貪愛は、清浄な信心を現世と極楽浄土をつなぐ白い道)、「来迎図」ににおける全身を金色に輝かせた阿弥陀聖衆が雲に乗って経巻を前に合掌する往生者を迎える姿は、イメージによる幻術である。
現在では鎌倉新仏教は異端であり、中世の主流は南都北嶺の顯密勢力であった(顯密体制論、黒田俊男『日本中世の国家と宗教』「中世における顕密体制の展開」岩波書店1975)と解釈さている。
奈良仏教(南都六宗)と平安仏教(空海と最澄)は、最高度の学問思想を構築し華麗な仏教美術を生み出した。
鎌倉新仏教の開祖といわれる、法然・親鸞、栄西、道元、一遍、日蓮は、崇高な目的を忘却して、部分的思考に歪曲した。鎌倉仏教は仏教の堕落である。宗教は阿片である。
法然の絶対他力、専修念仏。親鸞の一向専修、一念発起、悪人正機。栄西の坐禅、公案。道元の修証一如、只管打坐。鎌倉仏教は、空海の三密(意密、口密、身密)の一部分を、この世を滅却する手段として専修した。
■法然と親鸞
法然は、9歳の時、夜襲で父を殺された。「敵人をうらむる事なかれ」という父の遺言に従って13歳で比叡山に上り出家。法然『選択本願念仏集』の趣旨は「阿弥陀如来はすべての人々を平等に救うために念仏だけを選択して本願の行とする」である。法然は、興福寺からの奏上で念仏禁止を訴えられ、建永元年(1206)後鳥羽上皇の寵愛していた二人の女官が無断で出家するという住蓮・安楽事件が起き、後鳥羽上皇の院宣によって追放される。この事件によって翌2年、門弟4名が死罪。専修念仏は禁止され、法然は四国へ流罪。
親鸞は、9歳のとき出家し、比叡山で20年の修行を積むが、悟りを得ることができず京都六角堂に参籠。法然に師事する。承元元年(1207)越後へ流罪となり、赦免後、関東の各地において20年にわたる布教活動を行った。
■主な展示
重要文化財 「選択本願念仏集」(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)鎌倉時代・12~13世紀 京都・廬山寺蔵
国宝 「教行信証」(坂東本) 第1冊~第6冊 親鸞筆 鎌倉時代・13世紀 京都・東本願寺(京都市烏丸七条)蔵
重要文化財 「二河白道図」(にがびゃくどうず)鎌倉時代・13世紀 京都・光明寺蔵
重要文化財 歎異抄(たんにしょう) 蓮如筆 室町時代・15世紀 京都・西本願寺蔵
重要文化財 「阿弥陀如来立像」鎌倉時代・建暦2年(1212) 浄土宗蔵
重要文化財 「恵信尼自筆書状類」 恵信尼筆鎌倉時代・13世紀 京都・西本願寺蔵
国宝 「阿弥陀二十五菩薩来迎図」(早来迎)鎌倉時代・14世紀 京都・知恩院蔵
重要文化財 「地獄極楽図屏風」鎌倉時代・13~14世紀 京都・金戒光明寺蔵
重要文化財 「法然上人像」(隆信御影) 南北朝時代・14世紀 京都・知恩院蔵
重要文化財 「親鸞聖人影像」(熊皮御影) 室町時代・15世紀 奈良国立博物館蔵
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保元・平治の乱などの戦乱や地震などの天変地異が続き、政治・社会が混迷した平安末期。来世の往生を願った富者は財を尽くして功徳を積み、僧侶は教義論争に明け暮れるなか、鎌倉仏教の先駆者・法然(1133~1212)は現れました。民衆を含む万人の救済を考えた法然は、「念仏をとなえれば誰もが救われる」と阿弥陀如来の名号をとなえることを説き、浄土宗の宗祖となりました。
その教えを受けたのが、40歳年下で、のちに浄土真宗の宗祖となる親鸞(1173~1262)です。法然と同じく比叡山での修行を積んだ後、29歳のとき法然に出会い、たとえ地獄におちようとも、その教えを信じて念仏をすると決断しました。しかし専修念仏の教えは既成教団から弾圧を受け、法然は四国へ、親鸞は越後へ流罪となります。その後、二人が再会することはかないませんでしたが、親鸞は越後への配流後、関東などでの布教活動を経て、京都に戻り、真摯な研鑽を続けて思索を深めました。
この特別展は、法然没後800回忌、親鸞没後750回忌を機に、両宗派からの全面的な協力を得て、法然と親鸞ゆかりの名宝を一堂にあつめ、その全体像をご紹介する、史上初の展覧会です。国宝・重要文化財が半数を占める第一級の美術品およそ190件をとおして、二人の生き方やその魅力をご紹介します。大震災に見舞われ、社会の転換期を迎える今日、二人の教えと生き方は現代人にも大きな示唆を与えるに違いありません。
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★「法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌 特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」東京国立博物館
2011年10月25日~ 2011年12月4日

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2011年10月20日 (木)

ヴェネツィアの黄昏

Venezia201110 初めてヴェネツィアを旅したのは、トスカーナの葡萄の葉が黄金色に色づく秋である。カナル・グランデからサンマルコ広場に上陸すると、黄昏のサンマルコ寺院が、夕日に煌めいていたのを思い出す。迷宮都市ヴェネツィアは、夢のように、美しく儚い国である。黄昏のヴェネツィアにたたずみ、波光きらめく海をみると、マーラー「アダージェット」を思い出す。二度目にヴェネツィアに訪れたのは、春だった。地中海航路の豪華客船がヴェネツィアに寄港するために往来している。エーゲ海に航海する船影に、ギリシアの面影が蘇る。
水上の迷宮都市ヴェネツィア。迷路のような道を歩くと、儚さの美に陶酔を感じる。藝術家たちはヴェネツィアを愛し旅した。詩人ワーズワース、詩人バイロンが詩に歌い、ヴィスコンティが映像に残したヴェネツィアの滅びの美。バイロンは36歳の若さでギリシアでこの世を去った。ヴェネツィア共和国は、千年栄え、1797年滅亡した。春のヴェネツィアを旅してから10年の時が流れた。いま、ギリシア財政破綻に始まる、欧州危機、イタリア財政危機、米国国債デフォルト危機に世界は揺れている。大国の滅亡の兆し、『大国の興亡』の時代である。国家は滅び、藝術は滅びても、美しい精神は滅びない。
■ヴィスコンティ『ベニスに死す』Morte a Venezia (1971)
黄昏のヴェネツィアにたたずみ、波光きらめく海をみると、「アダージェット」を思い出す。ヴィスコンティ『ベニスに死す』に流れるマーラー『交響曲第5番』第4楽章「アダージェット」である。この曲は、作曲家マーラーが恋愛関係にあったアルマにあてた音楽によるラブ・レターだといわれる。ヴィスコンティは、映画の中でマーラーとアルノルト・シェーンベルクを登場させ二人の間に「美についての論争」を作品化している。ヴィスコンティ監督作品は『地獄に堕ちた勇者ども』La caduta degli dei (1969)が最も美しい。彼の作品はつねに、滅び行くものと若き生きものとの対比が構築されている。
■ヴェネツィア共和国Repubblica di Venezia
ビザンティン時代、東ローマ帝国に属したが、実質的に自治権を持っていた。697年、ヴェネツィア人は初代総督を選出して独自の共和制統治を始めた。これがヴェネツィア共和国の始まりである。外敵の脅威に対して結束し、836年にはイスラムの侵略を、900年にはマジャール人の侵略を撃退した。
「外敵の脅威に対する結束」が≪コムーネ(共同体)≫である。
1797年、ナポレオンはヴェネツィアに最後通告を突きつけ、議会を解散させた。これによりヴェネツィア共和国は滅亡した。地中海に君臨した海の帝国の終焉である。歴史上、最も長く存続した共和国である。
■バイロン「ヴェニス」
魔術師のふる杖(つえ)にこたえるかに
浪間から、その楼閣は眼のまえに浮かびあがる
千年、――そのおぼろげな翼は私のまわりにひろがり
滅びゆく栄光は、はるかな昔に微笑(ほほえ)みかえす
その昔、属領はみなその翼ある大理石(なめいし)の獅子像(ししぞう)にひれ伏し
ヴェニスは荘厳にも百の島の王座に坐した。
―――――
いまは、耳にひびく音楽もまれとなり
かのよき日は去ったが、――美の面影はなおただよい
国々はほろび、芸術は消えたが、――自然は滅びぬ
思い出すのは、そのかみの日のヴェニスの懐かしさ。
祝祭に満ちあふれた、歓びの宮
地上の楽園、イタリアの仮面。
『チャイルド・ハロルド』第四巻より 阿部知二訳『バイロン詩集』
■ワーズワース「ヴェニス共和国の滅亡」(William Wordsworth,On the Extinstion of the Venetian Republic)
彼女はかつて華やかなる東洋を領有し、
そしてまた、西方の防衛なりき。
ああヴェニス、初めて生まれし自由の子、
その価値は誕生を辱めることなかりき。
かつて征服されたることなき輝かしき自由の市、
いかなる狡計も篭絡(ろうらく)することなく、いかなる暴力も犯すことなかりき。
ヴェニスがその配偶を娶らんときは、
永劫の海原を彼女は選ぶべかりき。
かかる栄光あせ、光栄ある称号消え失せ、
その力衰うるを見るも何をかせん。
それど追惜(ついせき)の貢物は
その永き歴史の終わる日にぞ払わるべき。
われらは人間、かつて華やかなりしものの影、
消えて跡なきに至るとき、悲しむべきものなり。
(田部重治訳)
■参考文献
John Julius Norwich. , A History of Venice. Vintage Books. New York, 1989.
阿部知二訳『バイロン詩集』小沢書店、1996
阿部知二訳『バイロン詩集』新潮文庫1967
田部重治訳『ワーズワース詩集』岩波文庫1957
山内久明訳『対訳ワーズワース詩集』岩波文庫1998
『ヴィスコンティ集成 退廃の美しさに彩られた孤独の肖像』フィルムアート社1981
(cf.欧州危機で死屍累々『ZAKZAK』2011.09.15)
■世界遺産「ヴェネツィア展」魅惑の芸術-千年の都
江戸東京博物館2011年9月23日(金)~12月11日(日)
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp

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2011年10月 1日 (土)

「大日如来」・・・ギリシア美術から密教美術へ

2011 せみ時雨の真夏の午後、森を歩いて友人と、国立西洋美術館と東京国立博物館に行く。
ギリシア美術から、平安初期の密教美術、十三世紀の運慶まで、同時に見ることができるのは類まれなる邂逅である。ギリシア彫刻に刻まれた不滅の光輝、密教彫刻に刻まれた不屈の精神が輝いている。悪の嵐が吹き荒ぶとき、疾風怒濤の時代を生きて耐えぬいた、不羈奔放の精神が存在する。悪と戦い、正義を追求する不屈の精神が時を超えて蘇る。
金剛界の大日如来が智拳印を結んで、闇のなかで瞑想している。
■ギリシア美術から「空海と密教美術」への旅
ギリシア彫刻をみてから、浄瑠璃寺「広目天」、運慶「大日如来坐像」をみる。古代ギリシアから『空海と密教美術』へ、時を超える旅である。激震と動乱の大地にあって、人類史の風雪を耐えた美との僥倖の邂逅である。九世紀の密教彫刻には、白鳳美術、天平美術の精華が凝縮されている。ヘレニズム時代のギリシア美術から、紀元前1世紀ガンダーラ彫刻、アジャンタ石窟(ヴィハーラ窟、グプタ様式)、北魏様式、南梁様式(6世紀)、白鳳美術、天平美術、仏教美術の歴史を、一瞬のうちに回想する。
■失われた美の幻影
この世に残されたローマ時代のコピーをみると、時の彼方から、失われたプラクシテレス「クニドスのアプロディーテ」(BC360)が浮かび上がる。運慶の大日如来をみると、東寺講堂の失われた「大日如来」(承和6(839)年)の面影が蘇る。
東寺の失われた「大日如来」(承和6(839)年)は、空海入滅の年完成された「五智如来」の一つである。運慶「大日如来」をみると、幻の大日如来の彫刻が蘇る。運慶は、建久8年(1197)東寺講堂の仏像の大規模な修復を行った。東寺の大日如来坐像は、七頭の獅子の台座の上に乗っていたと推定される。≪注「中心毘瑠遮那如来。頭載五智宝冠、坐七獅子座上結跏趺坐、結界法印」(善無畏訳『尊勝仏頂修瑜伽法儀軌』巻上)≫
■「大日如来坐像 厨子入」(鎌倉時代初期、栃木、光得寺所蔵)、「大日如来坐像」(鎌倉時代初期、真如苑所蔵)は、運慶「大日如来坐像」(奈良、円城寺、1176年作)に似ている。「大日如来坐像 厨子入」は四頭の獅子の上に乗っている。台座の七頭の獅子に乗っていたと推定される。密教仏は、動物の上に乗った如来、菩薩が多い。
■「大英博物館 古代ギリシャ展-究極の身体、完全なる美」国立西洋美術館、2011年7月5日(火)~9月25日(日)http://t.co/2V6tVM4
「空海と密教美術展」東京国立博物館、2011年7月20日(水)-9月25日(日) http://t.co/afSbLQQ
「運慶とその周辺の仏像」東京国立博物館本館2階14室、2011年7月12日(火)-2011年10月2日(日)

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2011年9月13日 (火)

ギリシア美術・・・美と復讐

Athens_temple_of_olympian_zeus2011 夏の午後、せみ時雨の中、「古代ギリシャ展」国立西洋美術館に行く。紺碧のエーゲ海、輝くギリシア彫刻の美、夏のギリシアの海の色を思い出す。
失われたプラクシテレス「クニドスのアプロディーテ」(BC360)、至高の美神の幻影がローマ時代の複製彫刻から蘇る。
ギリシア文化の極致に、美と復讐の美学がある。ギリシアの哲学者は精神の美を探究した。ギリシア悲劇は正義の実現と復讐の成就のドラマを構築した。アイスキュロス「オレステイア3部作」、エウリピデス『オレステス』、ソポクレス『エレクトラ』には、「復讐の達成による正義の実現」が、人類の歴史に永遠に刻まれている。ギリシア文明が腐敗し爛熟した時代、権力と大衆の無知、虚偽と悪が顕現した。
ギリシアの美術館、イタリアの美術館でみた、ギリシアの神々が美しく蘇る。アルテミシオンのポセイドン、ヴェルベデーレのアポロン、ラオコーンは輝くように美しい。
■神々の復讐
ギリシアの神々は、苦難と復活の物語に彩られている。
ディオニュソスは、ゼウスとセメレの子である。幼子ディオニュソスは、嫉妬する女神ヘラの迫害を受けて彷徨い、葡萄の樹を発見し、女神レアによって狂気から癒され秘儀を伝授される。秘儀と葡萄を世界中を遍歴する。そして故国テーバイで母セメレの復讐を信女たちによって遂げる。(注1)
アポロンは、ゼウスとレトの子である。レトは、女神ヘラの嫉妬を受け迫害され地を追われる。レトはデロス島でアポロンを出産する。「竪琴と弓が私の持ちもの。ゼウスの誤りない意を人間たちに伝えよう」(注2)音楽の神、弓矢の神、予言の神である。アポロンはデルポイで大蛇(ピュトン)を射殺しその信託所にすまう。
エロスは、アプロディーテの子で愛の矢を放つ。(注3)アポロンはエロスが弓を張っているのを見てエロスに「私なら野獣にも敵にも狙い違えず傷を負わせることができる」という。(注4)エロスは「私の弓はあなたをも射ることができる」といい返す。(注4)エロスは、金の矢と鉛の矢を持っていた。金の矢は「恋の思いを駆り立てる」。鉛の矢は「恋を嫌わせ逃れようとさせる」。エロスはアポロンを金の矢で射た。そしてエロスは美女ダプネを鉛の矢で射た。ダプネはアポロンから逃げつづけ父に「私の美しさを失くして下さい」と願うと、月桂樹に変身してしまった。(注4)エロスの矢は最強である。
英雄ヘラクレスは、母アルクメネがゼウスの子を産んだため女神ヘラの迫害を受け、二匹の蛇を揺り篭に送られたが、絞め殺した。ヘラの復讐により狂気につかれ、呪縛を解く方法をデルポイの信託に伺うと、エウリュステウスに使え12の難業を命じられる。12年にわたって怯懦名王に仕え、何行を果たした後、デイアネイラを妻とするが、デイアネイラは誤解からネッソスの血を塗りこめた毒の衣を着せ、非業の死を遂げる。最後は天界に迎えられ地上の苦悩から救われる。世界の非条理と不屈の意志の象徴である。
■「擬人化した葡萄の木とディオニュソス(バッカス)像」大理石AD150-200 Dionysos, British museum.
ディオニュソスと葡萄の木の精が見つめ合う。酒の神バッカスが、両性具有的な女性的な優美な曲線をもち、ぶどうの木の精と調和を奏でる。限りなく美しい。
■ディオニュソス
有名な彫刻は下記の作品がある。
プラクシテレス作「ヘルメスと幼子ディオニュソス」(Hermes and the Infant Dionysus by Praxiteles, (Archaeological Museum of Olympia)
葡萄酒と豹が属性である。
「ディオニュソス」(2nd century Roman statue of Dionysus, after a Hellenistic model (ex-coll. Cardinal Richelieu, Louvre)
■参考文献
村田数之介「ギリシア美術」新潮社1974
ジャン・シァルボノー岡谷公二訳『ギリシア・アルカイク美術』(人類の美術)新潮社1972
ジャン・シァルボノー村田数之介訳『ギリシア・クラシック美術 前480-330』(人類の美術)新潮社1973
フランソワ・ヴィラール, ロラン・マルタン岡谷公二『ギリシア・ヘレニスティク美術―前330-前50』(人類の美術)新潮社1975
カール・ケレーニイ高橋英夫訳『ギリシアの神話 神々の時代』中央公論社1974
『ギリシア悲劇全集』岩波書店1990
『世界古典文学全集8巻 アイスキュロス・ソポクレス』筑摩書房 1964
*注、略。
■「大英博物館 古代ギリシャ展-THE BODY究極の身体、完全なる美」国立西洋美術館2011年7月5日(火)~9月25日(日)
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-098c.html
http://www.nmwa.go.jp/

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2011年8月16日 (火)

展覧会スケジュール2011年8月~2012年3月・・・美術館に行こう

2011800pxgoya_maja_ubrana2 夏の闇の中で、密教美術と古代ギリシア美術が輝いている。何度みても深い。
秋の美術展は「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」国立西洋美術館がある。プラド美術館で「着衣のマハ」(1801~05)「裸のマハ」(1795)を見たのは12年前。2点の「マハMaja」とアルバ公爵夫人とゴヤの謎は今も解かれていない。ロマン主義美術の宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(Francisco José de Goya y Lucientes1746年-1828年)は革命と独立戦争の嵐に巻き込まれた。フランス革命の画家ジャック・ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David1748年-1825年)と同年代を生きた。
「フェルメールからのラブレター展」「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」につづいて、「フェルメール『真珠の耳飾りの少女』」2012がある。フェルメール・ファンにおすすめ。琳派展は「生誕250年記念 酒井抱一と江戸琳派の全貌」、浮世絵展は「北斎生誕250年記念 ホノルル美術館北斎名品展」がある。
せみ時雨のなかでNovalisの言葉を思い浮かべる。「まことの君主は芸術家のなかの芸術家、即ち、芸術家の総監督である。」
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★主要美術館、特別展。
■東京国立博物館、特別展
「空海と密教美術展」2011年7月20日~09月25日★★★★★
「法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌 特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」2011年10月25日~ 2011年12月4日★
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」2012年3月20日~2012年6月10日★★★★★
■国立西洋美術館、特別展
「大英博物館 古代ギリシャ展-究極の身体、完全なる美」2011年7月5日(火)~9月25日(日)★★★★★
「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」2011年10月22日~2012年1月29日★★★
「ユベール・ロベール-時間の庭」2012年3月6日~5月20日★★
■東京国立近代美術館、企画展
「イケムラレイコ うつりゆくものLeiko Ikemura: Transfiguration」2011年8月23~10月23日
「日本の裸体(仮称)Japanese Nudes」2011年11月15日~2012年1月15日
■国立新美術館、特別展
「ワシントン・ナショナルギャラリー印象派展」6月8日~9月5日★
「モダン・アート・アメリカン ―珠玉のフィリップス・コレクション―」展2011年9月28日~12月12日
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★主要なもののみ記載します。美術館別。
■Bunkamuraザ・ミュージアム、企画展
「フェルメールからのラブレター展」2011年12月23日~2012年3月14日まで。★★★
■サントリー美術館
「開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」Ⅲコーニング・ガラス美術館特別協力 あこがれのヴェネチアン・グラス―時を超え、海を越えて」8月10日(水)~10月10日(月・祝)
「開館50周年記念「美に挑む」IV南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎に迫る」10月26日(水)~12月4日(日)★★★
■横浜美術館、企画展
「松井冬子展― 世界中の子と友達になれる ―」Fuyuko MATSUI− Becoming Friends with All the Children in the World −
2011年12月17日~ 2012年3月18日★
■根津美術館、企画展
「開館70周年記念特別展2 春日の風景 -麗しき聖地のイメージ」10月8日(土)~11月6日(日)
「受贈記念特別展 中国の陶磁・漆・青銅」11月16日~12月25日
■山種美術館
「日本画どうぶつえん―栖鳳《班猫》御舟《炎舞》」7月30日(土)~9月11日(日)
「山種美術館創立45周年記念特別展 ザ・ベスト・オブ・山種コレクション★★★
前期: 11月12日(土)~12月25日(日)、後期:2012年1月3日(火)~2月5日(日)*12/29~1/3まで休館(作品は一部展示替えあり)
■出光美術館
「明・清陶磁の名品―官窯の洗練、民窯の創造」2011年6月28日(火)~9月4日(日)
「日本の美・発見VI長谷川等伯と狩野派」2011年10月29日(土)~12月18日(日)
■三菱一号館美術館
「三菱一号館美術館コレクション<Ⅱ>「トゥールーズ=ロートレック」展、2011年10月13日(木)~12月25日(日)
岐阜県美術館所蔵「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」展、2012年1月17日(火)~3月4日(日)
■三井記念美術館
「華麗なる<京蒔絵>」2011年9月17日~11月13日
「ホノルル美術館北斎名品展 北斎生誕250年記念」2012年4月19日~6月19日★★★★★
■世田谷美術館
休館 (分館は通常どおり開館)2011年7月1日~2012年3月末
■石橋美術館、福岡県久留米市
「特別展 高島野十郎・里帰り展」★★★★★
2011年07月01日~2011年08月21日
この展覧会では、福岡県立美術館の全面的な協力のもと、同館所蔵の作品を中心に個人所蔵の作品も含め、初期から晩年にいたる代表作約120点によって、この画家の絵の魅力と生きざまに迫ります。
■江戸東京博物館
「世界遺産 ヴェネツィア展~魅惑の芸術-千年の都~」9月23日(金・祝)~12月11日(日)
「絵で楽しむ忠臣蔵」12月3日(土)~2012年1月29日(日)
「歴史のなかの龍」12月3日(土)~2012年1月29日(日)
「平清盛」2012年1月2日(月)~2月5日(日)
「塔の展覧会」2012年2月21日(火)~5月6日(日)
■東京都美術館
「マウリッツハイス美術館展」フェルメール『真珠の耳飾りの少女』東京都美術館2012年7月~9月
マウリッツハイス美術館作品50点が展示される。2010年6月22日朝日新聞
■千葉市美術館
「生誕250年記念 酒井抱一と江戸琳派の全貌」10月10日~11月13日★★★★★
「瀧口修造とマルセル・デュシャン2011年11月22日(火)~2012年1月29日(日)
■東京藝術大学美術館
「国宝 源氏物語絵巻に挑む―東京藝術大学 現状模写―」2011年9月9日(金)~9月25日(日)
「彫刻の時間—継承と展開—」2011年10月7日(金)~11月6日(日)
■ブリヂストン美術館
「没後100年 青木繁展 よみがえる神話と芸術」2011年07月17日(日)~2011年09月04日(日)
「くらべてわかる-印象派誕生から20世紀美術まで」2011年9月14日(水)~2011年10月18日(火)
■太田記念美術館
「歌川芳艶~知られざる国芳の門弟」2011年8月2日(火)~8月26日(金)
■石橋美術館、福岡県久留米市
「蝋燭の画家、高島野十郎展」2011年7月1日~8月21日。初期から晩年まで約120点を揃えた回顧展。★★★
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■「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」国立西洋美術館
雅宴から動乱へ――画家ゴヤが見つめた、人間の光と影。
 スペイン美術の巨匠フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の作品は、西欧社会の一大変革期の証言であるとともに、時代を超えて私たちの心に響く今日性を備えています。彼は成功への野心に駆られて国王カルロス4世の主席宮廷画家に上りつめ、王侯貴族や廷臣たちの優雅な肖像画によって名声を得ました。しかしナポレオンの侵略により戦争と混乱に見舞われたスペイン社会の悲惨な現実や、心の奥にひそむ不条理な幻想世界への関心は、彼の後半生の芸術に大きな展開をもたらします。社会と人間の諸相を光と影の交錯のもとに捉えるゴヤの創造力は、82年の生涯の最後まで衰えることを知りませんでした。
鋭い洞察力と批判精神に基づく作品で、近代絵画の先駆者とも呼ばれる巨匠フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)。その比類なきコレクションで知られる国立プラド美術館の全面的な協力を得て、日本では40年ぶりとなる本格的な「ゴヤ展」を開催します。プラド美術館から出品される傑作«着衣のマハ»を含む25点と、素描40点、版画6点、資料(書簡)1点に、国立西洋美術館などが所蔵する版画51点を加えた計123点で、激動の時代をたくましく生き抜いたゴヤの独創的な芸術世界を紹介します。
国立西洋美術館
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■フェルメールからのラブレター展
17世紀オランダ絵画を代表する 巨匠ヨハネス・フェルメール
緻密な空間構成と独特な光の質感で描かれた作品達は、300年の時を経て今もなお私達を魅了し続けています。そして、現存作品数が三十数点とごく少ないことが、より一層人々の興味をかき立てているのでしょう。
2011年、未だかつて観ることのできなかったフェルメール作品が初めて来日。現在、アムステルダム国立美術館で修復作業が行われている≪手紙を書く青衣の女≫が修復後 本国オランダより先駆けてこの日本で世界初公開。
フェルメール・ブルーとも言われる、当時としても大変貴重なラピスラズリを砕いた顔料ウルトラマリンの青の輝きが、フェルメールのこだわった当時の光と色彩の世界とともに、長い時を経て蘇り・・・私達の前に姿をあらわします。
またとないこの歴史的来日にご期待ください。
更に、日常描写を美しく描きとることを得意としたフェルメール作品の中で、とりわけ重要なモチーフとなっている「手紙」作品の中から、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵≪手紙を書く女≫と、アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵 ≪手紙を書く女と召使い≫の2作品が満を持して再来日。
三十数点の数少ない作品の中で、フェルメールは「手紙」をテーマにした作品を数多く残しています。彼自身がこだわりを持ったこの「手紙」というモチーフに隠されたメッセージを、是非会場で感じて頂ければと思います。
このフェルメールの3作品と共に、「手紙」をはじめとする17世紀オランダのコミュニケーションの様々なあり方に焦点をあて、同時代に活躍したピーテル・デ・ホーホ、ヘラルト・テル・ボルフ、ハブリエル・メツーといった巨匠たちの手による作品を展開します。                                                 
京都市美術館2011年6月25日~10月16日、宮城県美術館10月27日~12月12日、Bunkamuraザ・ミュージアム2011年12月23日~2012年3月14日 http://www.vermeer-message.com/
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★注 情報は美術館公表資料による。美術館HPご参照下さい。星は個人的な好みによります。
★ゴヤ「着衣のマハ」(Francisco de Goya:Maja1801~05)

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2011年8月 7日 (日)

空海と密教美術・・・「胎蔵曼荼羅」「金剛界曼荼羅」

201107_528pxkongokai 雷鳴の鳴る夏の夕暮れ、森の中を歩いて、博物館に行く。
両界曼荼羅は、何度みても魅了される。密教美術の秘宝である。
両界(両部)曼荼羅図には、胎蔵曼荼羅、金剛界曼荼羅がある。胎蔵曼荼羅は、正しくは「大悲胎蔵生曼荼羅」(maha-karuna-garbhodbhava-mandala)と呼ばれ『大日経』(善無畏訳『大毘廬遮那成仏神変加持経』)の所説を図像化したものとされる。『金剛頂経』(不空訳『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経』)をもとにして描かれている。だが仏典の所説と図像化された曼荼羅は一致しないことが研究者によって指摘されている。
国宝「両界曼荼羅(西院曼荼羅)」が東京で展示されるのは、16年ぶり。寺院でもみることが稀有な至高の秘宝である。
金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅が意味するものは何か。両界曼荼羅の象徴の意味は、いまだ解明されていない。美と形に秘められた、象徴とその哲学的意味を考えねばならない。
■高雄曼荼羅、西院曼荼羅、血曼荼羅
1、国宝「両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)」平安時代9世紀初め 京都・神護寺 (胎蔵界:2011.7/20~7/31)、(金剛界:8/2~8/15)空海が灌頂に用いたと伝えられる。
2、国宝「両界曼荼羅図(西院曼荼羅)伝真言院曼荼羅」平安時代9世紀後半 京都・東寺 (胎蔵界:7/20~8/21)、(金剛界:8/23~9/25)
この世に伝わる最も美しい極彩色の曼荼羅。国宝。
3、重文「両界曼荼羅図」(血曼荼羅)平安時代12世紀、高野山・金剛峯寺。
久安5年(1149)の火災で焼失した金剛峯寺金堂の東西両壁用に、平清盛の寄進によって制作されたと伝えられる。清盛が胎蔵界の大日如来の宝冠に自らの頭の血を混ぜて彩色したとの伝えある「血曼荼羅」。胎蔵界 (8/16~9/4)、金剛界(9/6~9/25)
■西院曼荼羅(『伝真言院曼荼羅』)九世紀後半、東寺
空海の師・恵果は、宮廷画家の李真などに曼荼羅を描かせ、五鈷杵、五鈷鈴、金剛盤という密教法具、経典、犍陀穀糸袈裟、仏舎利八十粒などを弘法大師空海に授けた。
空海が中国から持ち帰った曼荼羅は損傷し複製が作られたと推定される。『伝真言院曼荼羅』〈西院本〉。宮中の真言院で用いられたと伝えられ、金剛界、胎蔵界からなる曼荼羅。東寺に現存する曼荼羅のなかでもっとも古く、極彩色の曼荼羅の最高傑作である。九世紀の作と推定される。
顕教と異なり密教は法身説法である。「金剛界曼荼羅」は大日如来を中心に、千四百六十一の尊像を秩序のもとに配置している。密教の世界観を象徴的に表現している。
■「金剛界曼荼羅」は、成身会を中心に、三昧耶会、微細会、供養会、四印会、一印会、理趣会、降三世会、降三世三昧耶会の九会からなる。
■「胎蔵曼荼羅」は、中台八葉院を中心に、周囲に、遍知院、持明院、釈迦院、虚空蔵院、文殊院、蘇悉地院、蓮華部院、地蔵院、金剛手院、除蓋障院が、同心円状にめぐり、すべてを囲む外周に外金剛部院(最外院)からなる。
――――――――――――
参考文献
石田尚豊『曼荼羅の研究 研究篇・図版編』1975東京美術
石田尚豊『両界曼荼羅の智慧』東京美術1979
田中公明『曼荼羅イコノロジー』平河出版社1987
宮坂宥勝『密教思想論』筑摩書房1984
大久保正雄『プラトン哲学と空海の密教―書かれざる教説(agrapha dogmata)と詩の言葉―』「象徴とその哲学的意味」「酒乱第5号」2011
■空海と密教美術展 東京国立博物館
会期:2011年7月20日(水)-9月25日(日)
★西院曼荼羅(『伝真言院曼荼羅』)九世紀、東寺
201107_533pxtaizokai

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2011年7月31日 (日)

空海と密教美術展・・・理念と象徴

2011072001 真夏の午後、森の道を歩いて、博物館に行く。霧深い森の高野山、真夏の金剛峰寺、遥かな時の旅を思い出す。空海全集、密教の哲学書を耽読した夏の日々を思い出す。
世界は不正と悪と無知にみちている。現代は隠された悪に満ちている。隠され隠蔽された悪が現れ虚偽が明らかとなるとき、世界は二つに割れて戦いが始まる。理念なき国家、私利私欲に支配される時代、権力の中枢には悪が存在する。知恵と真実と正義を実現するためには、悪と戦わねばならない。空海の立体曼荼羅には、悪と戦う存在、憤怒相の存在がある。空海の時代は、現代と同じく悪との戦いの時代であった。
密教美術は空海の思想を現したものだが、思想を知ろうとする者は少ない。空海の理想と象徴とその哲学的意味を知らなければならない。
■「聾瞽指帰」空海筆 平安時代8-9世紀、高野山・金剛峯寺
空海が延暦16年(797)に著述した『三教指帰』の自筆草稿本と推定される。書体は行書が主体で処々に草書体。文中には文字の入れ替えを示す顛倒符・脱字の加筆などがある。空海が24歳の時に書いたと推定される。若き日の空海の雄渾で迫力がある書、美しい。
この書物がこの世に伝来した由来は不詳である。上下巻合わせて約二十メートル。全巻展示。必見。
空海筆「聾瞽指帰」と最澄筆空海著「請来目録」を比較して見ると、二人の思想家の性格の差異に気づく。
■立体曼荼羅・・・東寺
平安初期の密教彫刻は、写実主義と理想美を湛えている。奈良彫刻の仏師による。
降三世明王は、三面八臂の姿で、二本の手で「降三世印」を結び残りの手は弓矢や矛などの武器を構える勇壮な武将の姿で、両足で地に倒れたシヴァと妻ウマを踏みつけている。
大威徳明王は、六面六臂六脚、神の使い水牛に跨っている。六つの顔は六道(地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界)をくまなく見渡す役目を表現し、六つの腕は矛や長剣等の武器を把持して法を守護し、六本の足は六波羅蜜(布施、自戒、忍辱、精進、禅定、智慧)を怠らず歩み続ける決意を表している。
四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)は、仏の住む世界を支える須弥山の四方向を護る。六欲天の第一天、四大王衆天の主。帝釈天(インドラ)に仕え、八部鬼衆を所属支配し、仏法を守護する。
■空海と密教美術
密教美術は、空海の思想、『大日経』『金剛頂経』の思想を表現する象徴である。象徴の根底に哲学的意味がある。
空海は、延暦10年(791)大学に入学するが退学。延暦16年(797)十二月一日『聾瞽指帰』『三教指帰』を執筆。空海の謎の歳月が流れる。延暦23年(804)七月六日、空海は日本から唐への使節である遣唐使の一員として唐へ渡る。十二月長安に行く。長安で1年3ヶ月の短期間のうちに唐文化を吸収し隆盛し衰退しつつある密教の奥義を修める。師恵果阿闍梨から密教流布を託される。空海が師恵果から学び、仏師たちに作らせて唐から日本へ持ち帰った伝来品、唐時代の曼荼羅、祖師像、仏像、密教法具が、この世に伝えられてきた。
参考文献
大久保正雄『プラトン哲学と空海の密教 ―書かれざる教説と詩の言葉―』2011
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■主な展示作品
空海の書
「聾瞽指帰」空海筆 平安時代8-9世紀、高野山・金剛峯寺(上巻:7/20~8/21下巻:8/23~9/25)
「灌頂歴名」空海筆、弘仁3年、812年、京都、神護寺 7/20~8/21
「風信帖」空海筆、平安時代9世紀、京都、東寺 8/23~9/25
「大日経開題」空海筆、平安時代9世紀、醍醐寺 7/20~8/21
「金剛般若経開題残巻」空海筆、平安時代9世紀、京都国立博物館 8/23~9/25
最澄の書
空海撰「請来目録」最澄筆、平安時代9世紀、東寺 7/20~8/21
空海の著作
『即身成仏品』空海撰述 1巻 平安時代・9世紀 高野山・金剛峯寺 8/23~
空海伝来の密教法具
「金念珠」空海所持、唐時代9世紀、高野山、龍光院7/20~30
「三鈷杵」飛行三鈷杵、空海所持、金銅製。唐時代9世紀、高野山、金剛峰寺。三鈷杵の爪が一つ折れている。 7/31~8/11
「五鈷鈴」金銅製。唐時代9世紀。
「金念珠」伝空海所持 唐時代 高野山・龍光院。順宗皇帝から贈られたという伝があるが根拠不明である。(7/20~7/30)
「諸尊仏龕」空海請来 唐時代・8世紀、高野山・金剛峯寺蔵
■両界曼荼羅
「両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)」平安時代9世紀初め 京都・神護寺 (胎蔵界:7/20~7/31)、(金剛界:8/2~8/15)空海が灌頂に用いた。
「両界曼荼羅図(西院曼荼羅)伝真言院曼荼羅」平安時代9世紀後半 京都・東寺 (胎蔵界:7/20~8/21)、(金剛界:8/23~9/25)中国伝来の原作の香を伝える極彩色の最も美しい曼荼羅。この世に残る曼荼羅の最高傑作。
「両界曼荼羅図」(血曼荼羅)平安時代12世紀、高野山・金剛峯寺。久安5年(1149)の火災で焼失した金剛峯寺金堂の東西両壁用に、平清盛の寄進によって制作されたと伝えられる。清盛が胎蔵界の大日如来の宝冠に自らの頭の血を混ぜて彩色したとの伝えあり「血曼荼羅」。胎蔵界 (8/16~9/4)、金剛界(9/25)
密教仏
「大日如来坐像」平安時代9世紀、高野山・金剛峯寺
「阿弥陀如来および両脇侍像」平安時代 仁和寺
「法界虚空蔵菩薩坐像」「蓮華虚空蔵菩薩坐像」唐時代 京都・東寺(観智院)
「薬師如来および両脇侍像」平安時代10世紀 京都・醍醐寺
「如意輪観音菩薩坐像」平安時代 京都・醍醐寺
「蓮華虚空蔵菩薩坐像」(五大虚空蔵菩薩) 1躯 平安時代・9世紀 神護寺
「業用虚空蔵菩薩坐像」(五大虚空蔵菩薩) 1躯 平安時代・9世紀 神護寺
「薬師如来坐像」 1躯 平安時代・9世紀 大阪・獅子窟寺
「千手観音菩薩立像」 1躯 平安時代・10世紀 香川・聖通寺
立体曼荼羅
「金剛法菩薩坐像」平安時代・承和6年(839)京都・東寺(教王護国寺)蔵
「金剛業菩薩坐像」平安時代・承和6年(839)京都・東寺(教王護国寺)蔵
「降三世明王立像」平安時代・承和6年(839)京都・東寺(教王護国寺)蔵
「大威徳明王騎牛像」平安時代・承和6年(839)京都・東寺(教王護国寺)蔵
「梵天坐像」平安時代・承和6年(839)京都・東寺(教王護国寺)蔵
「帝釈天騎象像」平安時代・承和6年(839) 京都・東寺(教王護国寺)蔵
「持国天立像」平安時代・承和6年(839) 京都・東寺(教王護国寺)蔵
「増長天立像」平安時代・承和6年(839) 京都・東寺(教王護国寺)蔵

「宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱」平安時代・10世紀 京都・仁和寺蔵。空海が唐で書写した密教経典を30の冊子に仕立てた国宝『三十帖冊子』を納める箱。延喜19年(919)、醍醐天皇から冊子用の箱として下賜された。
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■空海と密教美術展 東京国立博物館
会期:2011年7月20日(水)-9月25日(日)
東京国立博物館 平成館
主催:東京国立博物館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション 特別協力:総本山仁和寺、総本山醍醐寺、総本山金剛峯寺、総本山教王護国寺(東寺)、総本山善通寺、遺迹本山神護寺 協力:真言宗各派総大本山会、南海電気鉄道
★参考文献
宮坂宥勝『密教思想論』筑摩書房1984
宮坂宥勝『空海 生涯と思想』筑摩書房1987
宮崎忍勝『私度僧 空海』河出書房新社1991
渡辺照宏・宮坂宥勝『沙門空海』筑摩書房1967
『弘法大師空海全集 第一巻思想篇一』筑摩書房1983「秘密曼荼羅十住心論」
『弘法大師空海全集 第六巻詩文篇』筑摩書房1984「三教指帰」「聾瞽指帰」
「日本思想体系5空海」『秘密曼荼羅十住心論』岩波書店1975
大久保正雄『プラトン哲学と空海の密教―書かれざる教説と詩の言葉―』2011

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