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2008年2月 6日 (水)

「没後50年 横山大観」国立新美術館・・・天心と憂愁の詩人、『屈原』悲愴美

Taikan2008Kutsugen_1898_2大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
東京美術学校を追われた師・岡倉天心に従って、横山大観ら14人は辞職する。1898年。美のイデアと古典の理想を追求する天心の弟子たち。
岡倉天心のもとで、菱田春草、下村観山らとともに日本画の革新を目指し、東洋の精神に西洋画の手法を取り込み、新しい表現様式を追求した。
輪郭線を使わず、色彩の面的な広がりにより空気を描く技法を用いて、「朦朧体」と誹謗中傷された。
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1898年
岡倉天心は、東京美術学校を辞任。橋本雅邦、大観ら14人が辞職。その後、岡倉天心は日本美術院を設立。そして観山、広業、春草、武山、等々がこれにしたがって、私財を投入して設立運営に奔走する。
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横山大観「屈原」厳島神社蔵 明治31年(1898)
屈原は、中国戦国時代の楚の詩人。『楚辞』の筆者とされている。『楚辞』のなかに収められた「漁父の辞」は代表作である。
荒れ狂う風は屈原の悲愴な内面を、風にざわめく叢の陰に隠れる鴆には讒佞を、背後から屈原を上目づかいにみる燕雀には小心を象徴させた。
屈原は右手に蘭を持つが、蘭はほかならぬ屈原自身が『楚辞』のなかで高潔な君子の誓えとして詠み、以来、蘭は屈原の高潔な気性をあらわす象徴とされた。
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『漁父辞』
「屈原、すでに放たれて 江潭にあそび ゆくゆく沢畔に吟ず 顔色憔悴し 形容枯槁せり」
追放され、やつれてもなお憤然と逆風に立ち向かう屈原。
大観は荒れ野に佇む屈原の姿を、東京美術学校を追われた恩師岡倉天心に重ねた。
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火曜日、休館日だが、特別入館した。ゆっくりとみる。横山大観は『無我』『生々流転』が有名、見えざる観念を見える形に構築して絵画に表現することを得意とする。
「横山大観展」は過去に何度かみたが、今回は最大級である。
巻物が3巻展示。2巻は全巻展示。『生々流転』は40M、横たわる姿は壮観である。
☆横山大観「屈原」 2月13日より3月3日まで展示
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★「没後50年 横山大観」国立新美術館、2008年1月23日より3月3日まで
http://www.asahi.com/taikan/
★あなたの好きな中国の詩人はだれですか? 好きな詩は?
 
 [例 李白「山中幽人對酌」、李賀「蘇小小歌」、白楽天「長恨歌」]

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コメント

ちょいとお邪魔致します

絵心は無いのですが、<大観>は好きであります。

島根県の安来市か出雲市から尼子氏の居城だった<広瀬町、月山富田城>に行く途中に、大観の作品を数多く展示している「足立美術館」が有ります。

手入れの行き届いた広大な日本庭園を持つこの美術館は、何時も観光バスが停まっています。

もし、いらっしゃていないのなら、お勧めです!
少し足を伸ばすと<安来・清水寺>があり、精進料理はナカナカのものです。

島根県は、松江・一畑薬師・出雲大社・宍道湖・石見銀山・津和野・・・等々、<小泉八雲>がこよなく愛した、見所一杯のところです!!!

投稿: しゅんちゃん | 2008年3月23日 (日) 17時00分

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受信: 2008年3月 5日 (水) 20時57分

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