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2008年11月

2008年11月28日 (金)

「フェルメール展-光の天才画家とデルフトの巨匠たち-」東京都美術館(2)・・・光と陰影の室内空間

Vermeer20082Vermeer20081Vermeer_little_street_1658大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より 
光と陰影の画家と呼ばれるフェルメールは、一瞬に永遠の時間が凝縮されたような空間、光の美しさを描き出したといわれる。「手紙を書く婦人と召使い」に、フェルメールの後期絵画の到達点の一つがある。しかし、フェルメールの「光と陰影の空間」には意味があるのか。人間が生きる空間の意味は何か。『牛乳を注ぐ女』の空間に意味はあるのか。意味の解体がフェルメールの意図か。
フェルメールの絵は、世界に35枚、オランダにも7枚しかないが、フェルメール展には、宗教画、神話画、寓意画、風景画、室内画の領域におよぶ、7枚の絵が展示されている。
■寓意画から光と陰影の空間へ
1.「マルタとマリアの家のキリスト」(Christ in the house of Martha and Mary,1654-55年160×142cmスコットランド国立美術館):フェルメールの2枚ある宗教画の1枚。イエスの言葉に耳を傾けているのがマリア。テーブルにパンを用意してイエスに苦言を呈しているのがマルタ。(cf.ルカによる福音書10章38~42節)椅子にIVMeerという署名がみえる。キリストの右示指など修正の跡が見えるといわれる。

2.「ディアナとニンフたち」(Diana and her companions,1655-56年97.8×104.6cmマウリッツハイス王立美術館):フェルメール唯一の神話画。頭に小さな三日月の飾りをつけたディアナ(狩猟の女神)の足の手入れをするニンフの他に3人のニンフとディアナが連れている1匹の犬が描き込まれている。色彩は黄色や赤色が美しい。ヴェネツィア派のように色鮮やかである。

3.「小路」(The little street,1658年頃53.5×43.5cmアムステルダム国立美術館):奥に立っている女性は白い消毒用の石灰を撒いている。建物の入口では老婆が編み物(縫い物)をしている。道端で遊ぶ二人の子供。4人の人物、白い壁、開いた赤い鎧戸、閉まった薄緑の鎧戸、通路、窓、空に雲が浮かぶ。すべての構成要素が調和している。デルフトのどの建物を描いたのか分からないが、空想で描かれたものではない。モデルがない風景画は存在しない。実物の絵を見ると、曇り空である。

4.「ワイングラスをもつ若い女」(The girl with a wine glass,The girl with Two Men,1660年頃77.5×66.7cmブラウンシュバイク、ヘルツォーグ・アルトン・ウルリッヒ美術館):女にワインを勧める好色な紳士と目を大きく開けて困惑して笑っている娘、そして肘を着いて横を見ている憂鬱な男。ステンドグラスには片手に直角定規、片手に馬の手綱と轡(欲望の統制を意味する)を持つ「節制」の寓意像が表され、女性の行為に警告を発している。「節制」の寓意といわれる。背景の画中画は、男が視線を若い女に向けている。ベルリン国立美術館に類似の「紳士とワインを飲む女」がある。この作品は女性が下品に見える。

5.「リュートを調弦する女」(Woman with a Lute near a Window, 1664年頃51.4×45.7cmメトロポリタン美術館):左手で糸巻きを調節しながら、音程を調整している。左の窓から差し込む淡い光の表現が巧妙である。机上には楽譜集、床の上に本が見える。女主人の耳飾りとネックレスが目立つが、髪がちりじりに乱れている。或るひは、女の髪ははげている。壁に掛けられた地図には、船が描き込まれている。女性は、黄色い毛皮のショールを纏っている。壁の地図の意味するところはない。カラバッジョの作品に「リュートを弾く人」(Caravaggio,Lute player, c1597)がある。カラバッジョの影響をフェルメールの初期作品は受けているといわれる。楽器を演奏する女、手紙を書く女、のモチーフが、フェルメールには多い。

6.「手紙を書く婦人と召使い」(Lady Writing a Letter with Her Maid,1670年頃72.2×59.7cmアイルランド国立美術館、ダブリン):これは「絵画藝術」(Allegory of Painting, 画家のアトリエ1666年頃120×100cm)ウィーン美術史美術館が、急遽キャンセルされ代わりに出展が決まった。「絵画藝術」は1999年、美術史美術館で見たが、数万点の絵画の中に埋もれている。私はダブリンに行くことはないだろう。
ここに、フェルメール後期の絵画の到達点の一つがある。左の窓から差し込む光の表現が絶妙である。この画の光と影は淡く美しい。色彩はやや暗い。手紙を描く女性、立って待っている女召使。そして床に赤い封印、棒状の蜜蝋、書きかけて捨てられた手紙、壁には画中画「モーゼの発見」(「川から救い上げられるモーセ」)が描かれている。この作品今まで二度、盗難されている。1972年にIRAによって盗まれた(一週間後に無事発見)。1986年に再度盗まれ、1993年まで発見さなかった。
所蔵者のアルフレッド・ベイトは、ダブリンの邸宅に展示してあったこの絵をこの後現在あるアイルランド国立美術館に寄贈した。女主人は、例の黄色い毛皮のショールを纏っている。

7.「ヴァージナルの前に坐る若い女」(A Young Woman Seated at the Virginals個人蔵):ルーブルの「レースを編む女」と同じサイズ。この作品がフェルメールのものであると認定されたのは2005年。カンバス地、ラピスラズリの使用など他のフェルメールの作品と共通するものであることがその根拠である。この調査にはサザビースが関与した。女性の表情、首飾り、髪飾り、そして黄色のショールはいずれもフェルメール的でないように思われる。メーヘレン他の贋作である可能性が高い。(3)につづく。
■「フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち~」東京都美術館、2008年8月2日-12月14日、Vermeer and the Delft Style
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2008年11月26日 (水)

「フェルメール展-光の天才画家とデルフトの巨匠たち-」東京都美術館(1)・・・絵画の意味

Vermeer_07stree 夏の夕暮れ、せみ時雨の森を歩いて、美術館に行った。フェルメール「小路」の空の色を見た。「小路」の空は、曇りである。この時、西洋美術館ではコロー展が開かれていた。今、枯葉が舞い、ハンマースホイ展が開かれている。フェルメールの絵画は光の絵画といわれるが、その意味は何か。移ろう季節の中で、考え続けている。
■フェルメール、謎の生涯と絵画
ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)は工房を構えず、自宅のアトリエで、1人で制作していた。家族は、妻との間に子供が10人(14人の子供が生まれたが、そのうちの4人が死亡)。貧困のうちに43才で没した。その翌年、妻は、破産宣告する。
フェルメールの画家としての師については、デルフトで活躍していた画家、カレル・ファブリティウス(Carel Fabritius、1622-1654)に師事していたという説がある。フェルメールの作品は、宗教画が多い初期の作品においては、ユトレヒトのカラヴァッジョ派の影響があるといわれる。
宗教画、神話画の人物を描いていたフェルメールは、『取り持ち女』(遣り手婆The Procuress1656年)以降、風俗画に転じる。風俗画は、教訓的意味が込められており、寓意画である。風俗画(寓意画)からさらに転じて、寓意的な意味を失って、室内画・都市景観画に到達する。「小路」「デルフトの眺望」以外は、室内の画である。
フェルメールの絵は「静謐な空間」といわれ、絵の中に別もう一つの時間が流れているような永遠性がある、ラピスラズリの青が美しい、と言われる。光と物質の質感を表わす技術は最高の技術であることはいうまでもない。だが、「空間に射す光」が意味するものは何か。

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ヨハネス・フェルメール(1632-1675)は、オランダのハーグ近くのデルフトという小都市に生まれました。彼がその生涯で残した作品は、三十数点。この作品の少なさと、光を紡ぐ独特の技法の美しさから、彼は光の天才画家といえるでしょう。
フェルメールの作品が展覧会へ出品されることは、ほとんどありません。しかし 2008年、日本との修好150周年を記念する欧米各国の多大なるご尽力により、フェルメールの作品を中心に、オランダ絵画の黄金期を代表するデルフトの巨匠たちの絵画を一堂に集めた奇跡の展覧会が実現することになりました。
出品されるフェルメールの作品は、光に満ちた美しい空間を描いた風俗画の傑作《ワイングラスを持つ娘》、現存する 2 点の風景画のうちの 1 点《小路》、近年フェルメール作と認定され大きな話題となった《ヴァージナルの前に座る若い女》、晩年の優品《手紙を書く婦人と召使い》、《マルタとマリアの家のキリスト》、《ディアナとニンフたち》、《リュートを調弦する女》の一挙 7 点です。
このほかレンブラントに天才と称され、フェルメールの師であるとの説もあるカレル・ファブリティウス (1622-1654) や、デルフトに特有の技法を確立させたピーテル・デ・ホーホ (1617-1683) など、世界的にもごく稀少で非常に評価の高いデルフトの巨匠の作品も合わせて、38点が展示されます。
デルフトの芸術家による名作がこれほど一堂に集うことは、本国オランダでも希有であり、この奇跡の展覧会は、私たちにとってまさに一生に一度しかめぐり合えることのない機会といえるでしょう。
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■「フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち~」東京都美術館、8月2日-12月14日、Vermeer and the Delft Style
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2008年11月24日 (月)

「線の巨匠たち」藝大美術館・・・優雅な線の美しさ

Geidai_2008_3 枯葉舞う森を歩いて、藝大美術館に行く。デッサンと版画の展覧会である。ルネサンス、17世紀オランダの黄金期から19世紀のデッサンを見る。今日、美しい線を描ける画家は少いといわれる。レンブラントの素描は現実的だが、イタリア人の線は優美で甘美である。
■線の美しさ
フランチェスコ・サルヴィアーティ(Francesco Salviati = Francesco de' Rossi,1510 - 1563 )「目を閉じる女性」は、極めて美しい。うっとりするほど美しい線と陰影がある。画家の友人は女性の表情はうつむく顔が美しいといっているがそういう角度である。うつむく顔、目を伏せて口元に幽かに微笑みを湛える女性の表情が甘美である。肌の肌理を表す繊細な暈しと描線、微妙な陰影、瞼の膨らみ、頬のハイライト、顔の巧みな立体感が、卓越した精緻さで表現されている。イタリアの画家サルヴィアーティの素描とレンブラントの素描を比べると、サルヴィアーティにはイタリアの甘美が感じられる。
フランチェスコ・サルヴィアーティ「目を閉じる女性」(1540年頃)、レンブラント・ファン・レイン『十字架降下』(1633年)、ライスダール「木々の間の水車のある風景」(1650年頃)、アレクサンドル・カラーム「木々のある風景」(1842年頃)。これらの作品が美しい。
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本展覧会は、アムステルダム歴史博物館(Amsterdams Historisch Museum)が所蔵する素描コレクションの主要作品から、 ルネサンス以降の西洋の素描芸術の展開と、コレクションとしての素描芸術について辿るものです。
素描:諸芸術の基礎
西洋美術における「素描」は、イタリア・ルネサンスの美術理論家であるヴァザーリ(Giorgio Vasari)が 「三つの芸術(絵画、彫刻、建築)の父」と語るように、あらゆる造形芸術の基礎をなすものとみなされてきました。 すなわち素描は、芸術家が自然を写し取る技術であり、同時に、芸術家の創意の発露であり、芸術作品を作り上げるための基礎的な構想力を示すものと考えられていたのです。 そしてルネサンス以降の素描には、完成作のための下描きという補助的な位置づけを超え、それ自体に芸術としての価値が付与されるようになったのです。
下描きからコレクターズアイテムへ:オランダでの素描コレクション
芸術としての素描は、時代が下ると、さらなる多様性に満ちた発展を遂げます。17世紀のネーデルラントでは、描かれる対象は、 人物像や構図スケッチのみならず、屋外風景や静物も含まれるようになり、さらにそれらは、完成作のための「下描き」としてのみならず、 芸術家のアトリエにおいて、種々のモティーフを描いた「型見本」として制作時に活用されるとともに、弟子たちの訓練のための「教育手本」として利用されました。 そしてこの種の素描作品は、芸術家やアトリエでの使用にとどまらず、 愛好家達によって絵画と同様にコレクションの対象となりました。素描の収集は当初は、創造力の刺激を求める芸術家によって行われましたが、 やがて教養の高いコレクターたちが素描に関心を持ち始め、さまざまな地域、時代の素描作品を、絵画などと同様の芸術作品としてコレクションしました。 彼らにとって巨匠たちによる素描は、芸術的創造の痕跡であり、同時に美術史的な価値を持つ、知的な「コレクターズアイテム」となったのです。
本展覧会では、アムステルダム歴史博物館の所蔵する素描コレクションから、ルーベンス、レンブラントらをはじめ、 17世紀のオランダ・フランドルの芸術家たちの素描群を中心にご紹介します。
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「線の巨匠たち-アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展」、東京藝術大学大学美術館、2008年10月11日(土)-11月24日(月・祝)
http://www.geidai.ac.jp/museum/

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2008年11月16日 (日)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情、国立西洋美術館・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵

Hammershoi2008Hammershoi2008_0_2大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より   
秋晴れの午後、木枯らしが吹き枯葉舞う日、紅葉の枯葉の絨緞を踏みしめ、森の中を歩いて美術館に行く。
■誰もいない部屋
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、人のいない風景、後ろ向きの肖像、人のいる室内、誰もいない室内、を描いた。陽光が銀色に反射する湖は、淡い光で霧と靄に包まれたようである。交通の激しい道路、人の満ちあふれた都市も、人のいない空間として表現される。薄い霧の立ち込めたような場所として描かれる(「ゲントフテ湖、天気雨」1903)。例外なく、天候は曇り日である。あるいは、淡い日差しである。何もない室内空間は、微妙な陰影をもって表される。
初めは妻イーダの後姿が描かれていたが、次第に、人のいない部屋へと展開を遂げて行く。「たとえ人がいなくても、誰もいないからこそ部屋は美しい」(ハンマースホイの言葉)
ハンマースホイが暮らした「室内、ストランゲーゼ30番地」の家の7つの部屋、その中の3つの部屋だけを描いている。
フェルメールの影響
ハンマースホイは、1887年5月23才の時、初めてオランダを旅し、デン・ハーグ、アムステルダム、ロッテルダムを訪れ、フェルメールとデルフト派の絵画を見て研究した。「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が都美術館で同時に開催されているのは、奇しき因縁である。静かさの支配する空間、室内の微光、人の少ない室内空間、これらの特徴をフェルメールと共有している。
ハンマースホイは、最初の作品「若い女性の後姿」は、妹アナ・ハンマースホイをモデルとしたものだが、写真撮影してから構成している。ハンマースホイは写真のような絵である。フェルメールの絵が写真のようだといわれるように。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
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■白い扉
「白い扉」1888、「イーダの肖像」1890、「陽光習作」1906、「白い扉、あるいは開いた扉」1905.これらの作品の本質は、「音のない沈黙の支配する世界」である。部屋に差し込む光を描くためだけに空間を描いているようだ。ハンマースホイの絵画は、意味と意味の結びつきを断ち切り、意味のない世界を表現している。これはフェルメールの絵画の世界を解く鍵である。フェルメール後期の絵画は、寓意画の世界から意味のない世界へと到達している。
「陽光、あるいは陽光に舞う塵」(1900)オードロブゴー美術館
この絵画は展示されていない。究極的には、「陽光、あるいは陽光に舞う塵」の世界、誰もいない部屋、淡い光の中で、差し込む陽光に、ハンマースホイの世界は到達する。沈黙の支配する空間は、寂寞と孤独の世界である。「世界には意味がない」ということを表現しているのである。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
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★参考文献
『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』図録、国立西洋美術館2008
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展示構成
芸術家の誕生から、主題別に、最後は誰もいない部屋にたどり着くという仕掛である。
1:ある芸術家の誕生
2:建築と風景
3:肖像
4:人のいる室内
5:同時代のデンマーク美術
6:誰もいない室内
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ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、デンマークを代表する画家の一人である。没後、急速に忘れ去られ近年、再び脚光を浴びている。ハンマースホイの作品は17世紀オランダ絵画の強い影響を受け、フェルメールを思わせる静謐な室内画を特徴としている。室内画の舞台は自宅であり、登場人物として妻のイーダが後姿で繰り返し描かれている。イーダの後姿は、我々を画中へと導くが、同時に、陰鬱な冷たい室内と彼女の背中によって、我々は拒絶感を覚える。モノトーンを基調とした静寂な絵画空間が綿密に構成されている。音のない世界に包まれているような感覚に浸る。
ハンマースホイの芸術世界を日本で初めて紹介する本展では、同時期に活躍した、デンマーク室内画派とよばれるピーダ・イルステズやカール・ホルスーウの作品も合わせて紹介します。デンマーク近代美術の魅力に触れることのできる大規模な回顧展。ハンマースホイ約90点にハンマースホイと同時代に活躍したデンマークの画家ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウの約10点を加えた総数約100点、これまでにない大規模の回顧展。
*国立西洋美術館
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★ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情:国立西洋美術館
Vilhelm Hammershøi:The Poetry of Silence、
2008年9月30日(火)~12月7日(日)
http://www.shizukanaheya.com/

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2008年11月 7日 (金)

速水御舟展、平塚市美術館・・・細密画の極致、炎に舞う儚い生命のように

Gyoshuu2008Gyoshuu2008_1Photo大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
夕暮れの湘南電車に乗って、夕暮れの海辺の町の美術館にはるかな旅をする。
速水御舟(1894‐1935)は、『炎舞』の炎に舞う蛾のように40年の短い生涯を終えた。しかし、短い人生のうちに、不滅の傑作、『炎舞』(1925)、『粧蛾舞戯』(1926)、『翠苔緑芝』(1928)、『名樹散椿』(1929)、『京の舞妓』(1920)、『樹木』(1925)を残した。
速水御舟は、大正8年25歳の時、浅草駒形で市電に足を轢かれ左足切断する。不運にめげず画業に精進する。不朽の傑作『炎舞』を残し、40歳で死す。死因は腸チフス。
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細密画
『菊花図』(四曲二双屏風1921)は、緻密な細密画の極致である。細密画の系列には『輪島の皿に柘榴』、『寒鳩寒雀』があり、異様に緻密な世界に圧倒される。リアリズムの極致である。『京の舞妓』(1920)の醜悪をも描く、写実の背後に細密画の世界がある。
――
渡欧、1930年
御舟は、1930年、ローマ「日本美術展覧会」に美術使節として、横山大観とともに渡欧した。客船で洋行し、大観と同じ食卓を囲んだ時のメニューに御舟が書いた手紙が残っている。
『アルノ河畔の月夜』(1931)に旅の思い出が留められている。この時、ジョット、エル・グレコに感動し人物画の造形に影響を受けたといわれる。『女二題』の女性をえがく線に表れている。
――
美しい線
今日、美しい線、緻密なデッサンを描ける画家は少ないといわれるが、御舟の「牡丹写生図巻」「昆虫写生図巻」(1925)には、まれにみる美しい線、細密画のデッサンの存在を見ることができる。美しい花の花弁、妖しい蛾の美しさが、一すじの線によって描かれている。
松井冬子のグロテスク画には、速水御舟の細密画、動物の死体、死せる植物の絵の影響が感じられる。
絶筆『円かなる月』には、死の匂いが漂っている。
1910年(明治43年)作「小春」から、1935年(昭和10年)最後の作品となった「盆梅図(未完)」にいたる約120点の作品を展示している。初期日本美術院の藝術を愛する人、必見である。
――
展示構成
(1)大正初期の今村紫紅の影響を受けたおおらかな作風
(2)その後の岸田劉生の影響をうけ、さらに独自の解釈を加えた「京の舞妓」に代表される細密描写の作風
(3)大正後期の風景画等に細密描写と西洋絵画の写実の融合した作風
(4)スランプの時代といわれながら幾多の名作を残した昭和初期
(5)昭和5年外遊後の明るく軽やかな風俗画的作風や女性人物画
(6)晩年の老成したなかに宗達の影響も見られ、華やかさを内包する水墨画の名品の数々
デッサン「牡丹写生図巻」「昆虫写生図巻」等、展示。
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★「速水御舟展」平塚市美術館
近代日本画の巨匠 速水御舟-新たなる魅力
2008年10月4日(土)~11月9日(日)
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2008203.htm

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2008年11月 4日 (火)

「大琳派展―継承と変奏」東京国立博物館・・・絢爛たる装飾藝術、16世紀から18世紀

Dairinpa_2008_0Dairinpa_2008大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
木犀の香り漂う森、ゆりの木の下で友人と待ち合わせて、満開の金木犀香る庭を歩き、博物館へ行く。
光琳「燕子花図屏風」等、琳派の傑作群を、観る。「尾形光琳生誕350周年記念大琳派展」である。
宗達・光悦から、光琳・乾山、抱一・其一にいたる、三世代、6人の作品を比較展示して、琳派の絢爛たる日本美の世界観を展観する。
門外不出の傑作の数々で華麗な琳派の世界を楽しめる。
――
三つの世代の間には互いに100年の歳月の隔たりがある。
★琳派
琳派は、光琳が宗達、光悦を私淑し、抱一が光琳を私淑し、憧れの時代の文化に影響を受けている。琳派に師弟関係はない。
「俵屋宗達・本阿弥光悦」16世紀
「尾形光琳・尾形乾山」17世紀
「酒井抱一・鈴木其一」18世紀
三世代、百年ずつ時代を隔て継承された琳派の特徴は、装飾藝術である。
背景に金銀箔を用い、大胆な構図、型紙を用いた繰り返し、卓越したデザイン、たらしこみ等の技術が有名である。
富裕層の富裕層による富裕層のための藝術世界である。琳派の限界は何か。琳派の藝術は美しいが、装飾藝術ゆえの普遍性と限界が存在する、と思う。
三島由紀夫は宗達「舞楽図」について「剛毅な魂と繊細な心とが、対立し、相争うたまま、一つの調和に達してゐる。装飾主義をもう一歩といふところで免かれた危険な作品。芸術品といふものは、実はこんな危険な領域にしか、本来成立しないものだ」と、評している。
★華麗なる日本美の世界
2004年に東京国立近代美術館「琳派 RIMPA」、今年夏は「対決、巨匠たちの日本美術展」で「宗達vs光琳」を見た。
「大琳派展」は、史上最大の「琳派展」である。
「対決、巨匠たちの日本美術展」2008で展示された、雪舟、永徳、
「北斎展」東京国立博物館」、2005年
「ボストン美術館、肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」江戸東京博物館、2006年
「日本美術院100年展」1998年、
これを見ると、日本美術の偉大な歴史が、展観できる。
★宗達、光琳、抱一、其一「風神雷神図屏風」勢ぞろい
宗達が原画、宗達の最高傑作といわれ、三島由紀夫は「奇抜な構図」と絶賛した。
2008年10月28日以降、宗達、光琳、抱一、其一が描いた4つの『風神雷神図屏風』が勢揃いする。
2006年、出光美術館で三人の絵師による「風神雷神図屏風」が同時に展示公開されたことはあるが、琳派を代表する絵師四人がそれぞれ手掛けた「風神雷神」が一堂に会するのは史上初。
――
★展示作品の一部、門外不出の名作、必見。
宗達「白象図、唐獅子図杉戸」「唐獅子図、波に犀図杉戸」京都・養源院、
本阿弥光悦作「赤楽茶碗 銘 峯雲」「黒楽茶碗 銘 雨雲」
光琳「燕子花図屏風」六曲二隻屏風、10月19日まで。
光琳「波図屏風」二曲一隻屏風、メトロポリタン美術館Metropolitan Museum、2本の筆を同時に持って描いた。必見。
光悦「八橋蒔絵螺鈿硯箱」
宗達「槇楓図屏風」、光琳「槇楓図屏風」
乾山「吉野山透かし彫り反鉢」
其一「三十六歌仙図」

抱一「波図屏風」六曲一隻屏風、静嘉堂文庫
抱一「夏秋草図屏風」、抱一が「風神雷神以上に心血を注いだ。
抱一「紅白梅図屏風」、
抱一「青楓赤楓図屏風」、個人蔵、滅多に見られない逸品。必見。
其一「群鶴図屏風」Feinberg Collection。必見。
其一「夏秋渓流図屏風」(11/5~)
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★「大琳派展 ―継承と変奏―」尾形光琳生誕350周年」東京国立博物館 2008年10月7日-11月16日
国宝を含む絵画、工芸、書跡約200点が出品。
http://www.rinpa2008.jp/
http://info.yomiuri.co.jp/event/01001/200805026307-1.htm

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