ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵


大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
秋晴れの午後、木枯らしが吹き枯葉舞う日、紅葉の枯葉の絨緞を踏みしめ、森の中を歩いて美術館に行く。
■誰もいない部屋
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、人のいない風景、後ろ向きの肖像、人のいる室内、誰もいない室内、を描いた。陽光が銀色に反射する湖は、淡い光で霧と靄に包まれたようである。交通の激しい道路、人の満ちあふれた都市も、人のいない空間として表現される。薄い霧の立ち込めたような場所として描かれる(「ゲントフテ湖、天気雨」1903)。例外なく、天候は曇り日である。あるいは、淡い日差しである。何もない室内空間は、微妙な陰影をもって表される。
初めは妻イーダの後姿が描かれていたが、次第に、人のいない部屋へと展開を遂げて行く。「たとえ人がいなくても、誰もいないからこそ部屋は美しい」(ハンマースホイの言葉)
ハンマースホイが暮らした「室内、ストランゲーゼ30番地」の家の7つの部屋、その中の3つの部屋だけを描いている。
フェルメールの影響
ハンマースホイは、1887年5月23才の時、初めてオランダを旅し、デン・ハーグ、アムステルダム、ロッテルダムを訪れ、フェルメールとデルフト派の絵画を見て研究した。「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が都美術館で同時に開催されているのは、奇しき因縁である。静かさの支配する空間、室内の微光、人の少ない室内空間、これらの特徴をフェルメールと共有している。
ハンマースホイは、最初の作品「若い女性の後姿」は、妹アナ・ハンマースホイをモデルとしたものだが、写真撮影してから構成している。ハンマースホイは写真のような絵である。フェルメールの絵が写真のようだといわれるように。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
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■白い扉
「白い扉」1888、「イーダの肖像」1890、「陽光習作」1906、「白い扉、あるいは開いた扉」1905.これらの作品の本質は、「音のない沈黙の支配する世界」である。部屋に差し込む光を描くためだけに空間を描いているようだ。ハンマースホイの絵画は、意味と意味の結びつきを断ち切り、意味のない世界を表現している。これはフェルメールの絵画の世界を解く鍵である。フェルメール後期の絵画は、寓意画の世界から意味のない世界へと到達している。
「陽光、あるいは陽光に舞う塵」(1900)オードロブゴー美術館
この絵画は展示されていない。究極的には、「陽光、あるいは陽光に舞う塵」の世界、誰もいない部屋、淡い光の中で、差し込む陽光に、ハンマースホイの世界は到達する。沈黙の支配する空間は、寂寞と孤独の世界である。「世界には意味がない」ということを表現しているのである。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
ヴィルヘルム・ハンマースホイ、静かなる詩情・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵2008
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★参考文献
『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』図録、国立西洋美術館2008
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展示構成
芸術家の誕生から、主題別に、最後は誰もいない部屋にたどり着くという仕掛である。
1:ある芸術家の誕生
2:建築と風景
3:肖像
4:人のいる室内
5:同時代のデンマーク美術
6:誰もいない室内
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ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、デンマークを代表する画家の一人である。没後、急速に忘れ去られ近年、再び脚光を浴びている。ハンマースホイの作品は17世紀オランダ絵画の強い影響を受け、フェルメールを思わせる静謐な室内画を特徴としている。室内画の舞台は自宅であり、登場人物として妻のイーダが後姿で繰り返し描かれている。イーダの後姿は、我々を画中へと導くが、同時に、陰鬱な冷たい室内と彼女の背中によって、我々は拒絶感を覚える。モノトーンを基調とした静寂な絵画空間が綿密に構成されている。音のない世界に包まれているような感覚に浸る。
ハンマースホイの芸術世界を日本で初めて紹介する本展では、同時期に活躍した、デンマーク室内画派とよばれるピーダ・イルステズやカール・ホルスーウの作品も合わせて紹介します。デンマーク近代美術の魅力に触れることのできる大規模な回顧展。ハンマースホイ約90点にハンマースホイと同時代に活躍したデンマークの画家ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウの約10点を加えた総数約100点、これまでにない大規模の回顧展。
*国立西洋美術館
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★ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情:国立西洋美術館
Vilhelm Hammershøi:The Poetry of Silence、
2008年9月30日(火)~12月7日(日)
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コメント
こんにちは
お騒がせしましたが、知り合いに教えてもらい、簡単に、リンクができました。ハンマースホイ は昨日の日曜美術館でも紹介されていましたね。ワイエス,ホックニー、ダリ,バルチュス、もよく窓を描いています。不思議です。西洋では窓は外界との境界なんでしょうか?
投稿: masakuro1231 | 2008年11月17日 (月) 16時03分
黒川雅子さま
コメントありがとうございます。仕事が忙しく、御返事が遅くなり、すみません。
ご指摘の通り、西洋繪画は、窓が描かれ、外界との境界を表わしていますが、これは近代以後の表現です。レオナルド「最後の晩餐」、遡ると、ジョットには窓が描かれています。
ご存知のように、古代ギリシアでは、ジャック・ルイ・ダヴィッドのような歴史画がすでに描かれていますが、古代の絵画には、窓はあまり描かれなかったように想像します。ナポリ考古学博物館の「アレクサンドロス大王」のモザイク画をみると、そのように想像します。
フェルメールの後期絵画は、窓を通して射す光を描くことで、有名ですね。
投稿: leonardo | 2008年11月26日 (水) 03時22分