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2008年12月

2008年12月31日 (水)

没後40年レオナール・フジタ展、上野の森美術館・・・魂の昇華

Fujita2008エコール・ド・パリの寵児として活躍した世界的画家、藤田嗣治Leonard Tsuguharu Foujita(1886~1968)の幻の群像大作4点すべてが日本で初めて一堂に会する「レオナール・フジタ展」。フランスにおける藤田嗣治の藝術に焦点を当てた展覧会である。
1928年に制作された幻の大作、「構図」「闘争」。「闘争」の2点は長い間、行方不明だった。
■繊細にして可憐な藝術
 晩年のフランス時代(1955~1968)の作品は繊細で可憐である。藤田嗣治は「乳白色の肌と繊細な鋭い線」が魅力である。
 晩年の宗教画は繊細で美しい。パリ市立近代美術館(Musee d'art moderne de la Ville de Paris)所蔵の作品群が美しい。「キリスト降誕」「磔刑」「黙示録(七つのトランペット)」(1960)、「花の洗礼」「十字架降下」(1959)、「礼拝」(1962-63)。「黙示録(四騎士)」、「黙示録(新しいエルサレム)」(1960)。これらは「生誕120年 藤田嗣治展LEONARD FOUJITA」東京国立近代美術館2006、に展示されていたが、何度見ても美しい。
 その他、「イヴ」(1959、ウッドワン美術館)、そして「聖母子」(1959、フランス個人蔵)が良い。
■「平和の聖母礼拝堂」・・・魂の昇華
 「平和の聖母礼拝堂」(chapelle Notre-Dame-de-la-Paix)は、シャペル・フジタ(Chapelle Foujita)と呼ばれる。最晩年に到達した至高の境地である。壁画のフレスコ画と同寸の綿密なデッサンが展示されている。この絵の美しさ、高貴な輝きには、宗教の壁を超えて、敬意を表さざるを得ない。
「文藝春秋」2006年2月号に藤田嗣治夫人、藤田君代のエッセイがある。「祖国に捨てられた天才画家」。このタイトルが藤田嗣治の人生の苦難を象徴している。
 「平和の聖母礼拝堂」は、不屈の才能の優れた才能たるゆえんを顕示して、美へのあくなき挑戦の足跡である。画家の息づかいを感じる。藝術を極めた人生である。
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 エコール・ド・パリの寵児として活躍した世界的画家、藤田嗣治(1886~1968)の幻の群像大作4点すべてが日本で初めて一堂に会する「レオナール・フジタ展」。フランスにおける藤田嗣治の藝術に焦点を当てた展覧会である。
 1928年に制作された幻の大作、「構図」「闘争」。「闘争」の2点は本邦初公開である。長い間、行方不明だった。
 「ライオンのいる構図」「犬のいる構図」「争闘I」「争闘II」と名付けられたこの連作は、1928年に制作され、いずれも2点1組で縦3メートル、横6メートル。翌年「構図」のみ日本で発表されたのち所在不明で、1992年にパリ郊外の倉庫で発見された大作である。また、その際見つかったパリ日本館壁画と関連する貴重な大作「馬とライオン」も、世界初公開作品として加わる。
 これら5点は藤田が最晩年を過ごしたエソンヌ県に寄贈され、仏政府が日本の国宝に相当する国家財産として認定、フランス第一級の修復家の手によって、昨秋、大規模な修復を終えた。現在、エソンヌ県ではこれらを常設展示する美術館の建設を計画中であり、本展が日本における最初で最後の一挙公開となる。
 日本人でありながらも、フランス人レオナール・フジタとしてその生涯を終えた数奇な異邦人、藤田嗣治。帰化し、カトリックの洗礼を受け改名するに至った彼の晩年に焦点をあて、エソンヌ期のアトリエの一部を再現し、日本初公開の豊富な生活資料や作品などとともに展示。宗教画の傑作や、自身が「人生最後の仕事」として手掛けた、ランス「平和の聖母礼拝堂」のフレスコ壁画の習作群、本展のために再現されたステンドグラスも特別展示するなど、出品総数約230点(油彩約35点、水彩・ドローイング約90点、アトリエ関連作品・資料約100点)という圧倒的なスケールでその実像に迫る。
展示構成
第1章 初期、そしてスタイルの確立へ
 繊細な筆致と「素晴らしき乳白色」の肌によって描かれた裸婦で、当時のパリ画壇の話題をさらい、一躍、「エコール・ド・パリ」の寵児として、その名を全ヨーロッパに轟かせた藤田嗣治。世界のフジタとなった時代の作品を中心に、「大作群」へとつながる独特な人物表現にスポットをあてて紹介します。
第2章 大画面と群像表現、「大作」への挑戦
 80年ぶりに日本に里帰りする「構図」の連作2点、そしてこの「構図」と対をなす「争闘」の連作2点(日本初公開)が完全な形で一堂に会し、日本で初めて同時公開となります。これらの「大作」を中心に据え、主題と密接な関わりを持つ作品とともに、フジタの群像表の謎に迫る。
第3章 ラ・メゾン=アトリエ・フジタ― エソンヌの晩年
 最晩年を過ごしたエソンヌ県の小村ヴィリエ=ル=バクルの“ラ・メゾン=アトリエ・フジタ” Maison atelier Foujitaには、現在でもさまざまな作品、資料が豊富に残されています。手作りによる多彩な家具や食器、小物、人形、アトリエや教会の模型、写真などは、作家の実生活を生き生きと伝えるものとして、今も大切に当時のままの状態で保存されています。今回、エソンヌ県の協力により、これらの資料をまとまったかたちで日本で初公開し、アトリエ・フジタを再現する。
第4章 フジタ、魂の昇華「平和の聖母礼拝堂」(chapelle Notre-Dame-de-la-Paix)
 建物内部を覆うフレスコ画、ステンドグラスはもとより、細部にいたるまで自ら装飾を手掛けた、ランスの「平和の聖母礼拝堂」(Chapelle Foujita)。この礼拝堂のためにフジタは、壁画のフレスコ画と同じサイズの綿密なデッサンを残していた。これら原寸大の迫力あるデッサンとともに、建築家との詳細な手紙のやりとりや貴重なエスキースなど、礼拝堂建設に関する豊富な資料を公開。フジタの宗教観に迫ります。さらに、本展のために再制作されたステンドグラスも特別展示。フジタが晩年を捧げて建立した礼拝堂の全貌とそれに連なる宗教画を展示する。
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「没後40年 レオナール・フジタ展」上野の森美術館、2008年11月15日~2009年1月18日
http://wwwz.fujitv.co.jp/events/art-net/index.html

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2008年12月17日 (水)

「琳派から日本画へ」山種美術館・・・宗達と御舟の饗宴

Rinpa200811_3Kayama_matazou_senbazuruMeijuchiritubaki大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
秋深まる夕暮れ、錦秋の千鳥ヶ淵公園を歩いて、山種美術館に行く。
俵屋宗達「槇楓図屏風」(17世紀)と速水御舟「名樹散椿」が並べられている。御舟は宗達に優るとも劣らない。改めて仔細にみると、椿は細密画で描かれていて緻密である。平塚美術館の御舟の展覧会を思い出した。艶やかな五色の椿の花、幹と枝ぶり、花開く前の蕾、散った花びら、緻密な写実にもとづく細密画である。象徴と写実の美しい融合である。三百年の時を隔ててならぶ名画は美しい。速水御舟(1894-1935)、35歳の作である。向かいに下村観山「老松白藤」がある。星のごとく煌めく数々の名画にうっとりとする。美の極致である。華やかなオーラに包まれる展覧会である。
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★展示作品の一部
俵屋宗達(絵)・本阿弥光悦(書)「新古今集鹿下絵和歌巻断簡」
俵屋宗達(絵)・本阿弥光悦(書)「四季草花下絵和歌短冊帖」17点、
本阿弥光甫「白藤図」「牡丹図」、
酒井抱一「飛雪白鷺」「菊小禽」、鈴木其一「四季花鳥図」、
下村観山「老松白藤」、前田青邨「大物浦」、
速水御舟「名樹散椿」、1929(昭和4)紙本金地・彩色・屏風(二曲一双)、「白芙蓉」
菱田春草「月四題」4幅、
奥村土牛「犢)」、福田平八郎「彩秋」、荒木十畝「四季花鳥」(春夏秋冬)、
東山魁夷「満ち来る潮」(壁画)
ほか約40点。
来年は、「加山又造展」2009年1月21日(水)~3月2日(月)国立新美術館、「速水御舟展」2009年10月1日(木)~11月29日(日)山種美術館、楽しみである。
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近年、「琳派」に関連した展覧会が各地で開催され、日本美術を代表する芸術として一般にも広く知られ、親しまれるようになりました。その絢爛豪華な様式美、斬新な意匠美、そしておおらかな水墨画は多くの鑑賞者を惹きつけています。
「琳派」は、17世紀の俵屋宗達(たわらやそうたつ)、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)にはじまり、やがて尾形光琳(おがたこうりん)や乾山(けんざん)へ、そして、江戸後期には酒井抱一(さかいほういつ)、鈴木其一(すずききいつ)らが先達の技法を倣う「私淑」という形で受け継がれてきました。20世紀に入って、宗達の再発見と研究の深化により、さらに高く評価されるようになりました。明治、大正、昭和の何度かのブームを経た後、1970年代以降に光琳の「琳」を冠した「琳派」という名称が一般的に定着しました。
琳派の作風や画法は、近代の研究熱心な画家たちに多くの影響を与えています。今回出品される下村観山(しもむらかんざん)《老松白藤》、速水御舟(はやみぎょしゅう)《名樹散椿》の華麗で装飾的な作風の屏風は鈴木其一《四季花鳥図》に通じるものがあり、前田青邨(まえだせいそん)《蓮台寺の松陰》、奥村土牛(おくむらとぎゅう)《犢》などに見られる「たらし込み」の技法は、琳派の画家たちが好んで使用した、宗達が創案した水墨画の技法です。このように、近代の画家が琳派をどのように作品に活かしているか、という視点で鑑賞するのも楽しいでしょう。本展では、脈々と続く日本画の伝統の中に見出される美を堪能していただけたら幸いです。
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★ 「琳派から日本画へ-宗達・抱一・御舟・観山-」山種美術館2008年11月8日(土)~12月25日(木) http://www.yamatane-museum.or.jp/index.html 

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2008年12月 7日 (日)

ポール・W.S.アンダーソン『デス・レース』・・・不正に怒り、復讐する人のために

Death_race_2008Death_race_2008_1大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より  
有楽座にてみる。アメリカ経済は2012年に崩壊した。失業者が溢れて、犯罪者が溢れ、刑務所はどこも満杯。そこで政府は刑務所を民営化。ターミナル・アイランドでは、“デス・レース”と呼ばれる残酷なカーレースが行われ全世界に中継されていた。ローマ帝国のグラディエーター(剣闘士)のように死闘が行われる。このナレーションではじまる。
★金融資本主義は崩壊した
リーマン破綻(2008年9月15日)の前に作られた映画だが、予言している。アメリカ経済は2012年に崩壊するのか。日本経済は優秀で復興すると思っているサラリーマンがいるが、それは愚の骨頂である。金融資本主義は崩壊した。これからアメリカ帝国の滅亡が始まり、日本も滅亡し始める。金子勝教授も言っている。これから生き残りのための死闘が始まる。
★不正を怒り復讐する人のために
レースの形をした殺し合い。主人公が妻殺しの汚名を着せられ、刑務所に投獄されたのは、この女所長の陰謀である。
刑務所といっても、民間企業である。そこで刑務所は収益をあげるために、囚人同士を戦わせて、視聴率で稼ぐ殺し合いの自動車レース、デス・レースをくり広げる。だから視聴率を上げるために、主人公を無実の罪で投獄させたのである。ヒーローは「バットマン」や「スパイダーマン」のように顔を隠さなければならない。
デス・レースは、囚人を殺人レースに参加させ、殺し合わせるところを全世界に放送するという現代のグラディエーターのようなレースである。
女優ナタリー・マルティネス(Natalie Martinez)が鮮烈。美人が困難に出会うのは美しい。藝術の不可欠の要素である。ジョン・エヴァレット・ミレイの絵画の美しさの本質は、悲劇に襲われる美人である。
カート・ウィマー監督「ウルトラヴァイオレット」2006、「リベリオン」2002のような、反逆映画である。
権力者は不正をやりたい放題、支配される者は搾取され尽くす。ここから権力者に対する復讐のドラマが幕をあける。すべての不正を怒り復讐する人のために捧げる映画。愛する友よ、ともに戦おう。Merry Christmas!
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★「デス・レース」"DEATH RACE"2008
[監督]ポール・W.S.アンダーソン
[脚本]ポール・W.S.アンダーソン/(オリジナル脚本)ロバート・ソム/チャールズ・グリフィス[製作]ポーラ・ワグナー/ジェレミー・ボルト/ポール・W.S.アンダーソン/(製作総指揮)ロジャー・コーマン[出演]ジェイソン・ステイサム/ナタリー・マルティネス/ジョアン・アレン/イアン・マクシェーン/タイリース・ギブソン
★オリジナル版は「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」の異名を持つロジャー・コーマン制作で1975年に作られたカルト映画の傑作『デスレース2000』。
★予告編

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