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2009年4月

2009年4月24日 (金)

「国宝 阿修羅展」・・・天平文化の香り

Ashuraten 4月3日夕暮れ、満開の桜の森を歩いて「阿修羅展」に行く。花盛りの森だが、吉野枝垂れのこんもりとした桜の木はまだ咲き始めたばかりである。
阿修羅像は、人をひきつける美を湛えている。14、15才の少女にみえる。写実の中に純粋な心を表現した美は喩えようもない。みる角度によって、純真さ、悲しみ、憂い、決意と様々に表情を変える。変幻する容貌が美しい。
去年は、薬師寺の日光菩薩、月光菩薩の前で眠った。今年は、運慶の釈迦如来の前でうたた寝する。
興福寺中金堂は七度火災で炎上した。阿修羅像は、千三百年の時の流れを超えて、やってきた時の旅人である。
■阿修羅像は、三面六臂、734年(天平六年)、脱活乾漆造。天平彫刻の最高傑作である。聖武天皇の后、光明皇后が母の冥福を祈って、天平六年に建立された西金堂に造立安置された八部衆のうちの一躯である。細く長い六本の腕を空間に差しのべて立つ阿修羅像は、均衡のとれたみずみずしい美しさと真摯な姿が、純粋性を感じさせる。阿修羅像には謎がある。女性か男性か、モデルはだれか。実在のモデルが存在すると実感する。この時、光明子の娘、15才の少女、阿倍内親王(孝謙天皇)であるとする説がある。
八部衆または天龍八部衆は、仏法を守護する八つの神々で、仏教以前の古代インドの鬼神、戦闘神、音楽神が仏教を守護する神となったものである。
■天平文化
藤原四子が姉妹の光明子を聖武天皇と政略結婚させようとしたところ、長屋王が反対した。そこで彼らは長屋王を謀殺。長屋王の変である。ところが新羅からやって来た天然痘で藤原四子は次から次へと死亡。聖武天皇は崇りを恐れた。その後、藤原広嗣の乱が起り、聖武天皇の恐れは増大した。東大寺を建立し、金光明最勝王経と妙法蓮華経を崇拝し配置、東大寺盧遮那仏、東大寺法華堂、転害門、薬師寺東塔、法隆寺東院夢殿が建立された。天平文化は、周(武周)の武則天や唐の玄宗皇帝の文化、爛熟した盛唐の文化の影響を受けた仏教文化である。
■宮澤賢治『春と修羅』
「まことのことばはここになく 修羅のなみだはつちにふる」(『春と修羅』)宮澤賢治は25才の時、阿修羅像をみたようである。阿修羅の一族は、賢治が震えるほど感動したという島地大等編『漢和対照妙法蓮華経』に出てくる。『法華経』「序品」が出典。
★展示作品
★「阿弥陀三尊像」。橘夫人念持仏。法隆寺蔵。茎の長い蓮の花の上に坐る三尊、中央の阿弥陀、左右対称の菩薩ともに素晴らしい。木製の厨子が出ている、正面に女性の顔が色彩とともに残っている。白鳳時代あるいは飛鳥時代。
阿弥陀如来を中尊とし、観音菩薩を左脇侍、勢至菩薩を右脇侍とする三尊形式である。(「左」「右」とは中尊から見た「左」「右」)観音菩薩は阿弥陀如来の慈悲をあらわす化身であり、勢至菩薩は知恵をあらわす化身。一般的には、脇侍の観音菩薩は、宝冠の上に阿弥陀の化仏を表し、勢至菩薩は水瓶を持つ。
★「華原磬」。四匹の龍がからみあう枠が金鼓を吊り下げ、全体が獅子の上に乗っている。すぐ側に「波羅門立像」があり、右手に金鼓を打つ棌、左手に経典を持っている。飛鳥時代。
★「八部衆」(八躯)1.畢婆迦羅(ひばから):髭をたくわえた壮年。2.沙羯羅(さから): 少年。頭に蛇が巻ついている。3.鳩槃荼(くばんだ):焔髪を有する異形。4.乾闥婆(けんだつば):少年。獅子の毛皮の被り物。5.緊那羅(きんなら):額の中央には第三の眼。一角を有する異形。6.迦楼羅(かるら):人体鳥頭の異形。7.五部浄(ごぶじょう): 少年。頭部と右腕が残存。頭には象の被り物。
★「十大弟子」(伝存六躯)1.須菩提(しゅぼだい):最若年。解空第一(空を理解する者)。2.羅睺羅(らごら):他の弟子が草履履きなのに、羅睺羅は沓を履いている。密行第一(戒を微細に保つ者)。3.舎利弗(しゃりほつ):壮年。智慧第一。4.目犍連(もっけんれん): 初老。神通第一。5.迦旃延(かせんねん):肋骨が出た老僧。論議第一。6.富楼那(ふるな):肋骨が浮き出した老僧。説法第一。伝存しない十大弟子は、大迦葉(だいかしょう)= 頭陀第一。阿那律(あなりつ)= 天眼第一。優波離(うぱり)=持律第一 、阿難(あなん)=多聞第一。
★「阿修羅像」中央は憂い、左は唇をかみ締め、右は困惑の顔であるといわれる。衣の模様の金色の輝き、背中にも美しい装飾が彫られている。
★康慶作「四天王」。持国天 、増長天 、多聞天、広目天。鎌倉時代。
★「薬上菩薩」、「薬王菩薩」。鎌倉時代。
★運慶作「釈迦如来頭部」。鎌倉時代。気品高い仏像の頭部である。失われた東大寺盧遮那仏(天平勝宝4年752年、開眼。治承4年1180年の平重衡の兵火、南都焼討により焼失)、山田寺仏頭(薬師如来1411年焼失)を想起させる。
興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」東京国立博物館
2009年3月31日(火)~2009年6月7日http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6113

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2009年4月14日 (火)

田中康夫講演会「政権交代が目的ではない」

日本の借金時計は、1183兆円。小泉竹中の構造改革は、羊頭狗肉、嘘つきと「広辞苑」に書くべきだ。「構造改革」と、まるで自らが改革者のごとくいうが、小泉、自民党政権の下、日本の国債と借金の額は、5年間で約274兆円以上増えている。小泉改革は、改革詐欺。官僚は、金を使うだけ、成果が問題である。
■高齢化
65才以上の人口比率7%以上が高齢化社会、21%以上が超高齢化社会。日本は1970年に7%以上、2008年に22%以上に達した。2005年に20%、2050年に40%。社会保障費は増大する。天下り官僚に年間12兆円使いながら、官僚は国民につけを回し増税する。日本の制度の根本的変革が必要である。
■官僚統治から、民治へ
税金が不公正に使われている。無駄に官僚によって使われている。
社会的公正と経済的自由を同時に達成して、混迷する日本に「Fair Open Logical」を実現する。「問題先送り型から、問題解決型へ」「量の拡大から、質の充実へ」「発想を変え、選択を変え、仕組みを変えよう」「官僚統治から、民治へ」「供給側から、消費側へ」変革しなければならない。例えば、起債可能3兄弟、追加予算3兄弟、によって無駄に税金が国家によって使われている。4類型を議論すべき時代である。A修繕、B改造、C代替、D放置。公共事業を作るというだけの選択は駄目だ。
■「政権交代が目的ではない。か弱き人のために、統治することが目的である」
「国家機構の<人事・財政・法律>を変えなければならない。」「空気で動いてしまう国策」「官公庁は演繹的思考、民間企業は帰納的思考」、田中康夫的キーワード満載、炸裂である。
エドワード・サイードの言葉「大切なのはありのままに物事を見つめることではなく、それがいかにしてそうなったかを見抜く力だ」をくりかえす。
■決断
リーダーの責任は重大だ。「リーダーは決断する者である」と夏王朝の禹は考えた。「堤防を断つことを決する」こと、すなわち決断がその語源である。「犠牲を伴っても、大勢を救う」ことである。リーダーはリスクの責任を取らねばならない。My Pleasureの精神「あなたの喜びが私の喜びである」をもたねばならない。
<人事・財政・法律>を役人が握っている。役人は使うだけ使って責任を取らない。足りなくなれば、税金を値上げする。<人事・財政・法律>を変えてはじめて政権交代、政治改革である。取り巻きのためでない決断、か弱き国民のための決断が政治である。田中康夫氏は、緻密、体系的、計画的な政治見解を提示していた。
★田中康夫オフィシャルサイトhttp://www.yasu-kichi.com/
鳩山由紀夫民主党幹事長はこのあとスピーチに立ち「友には晴れの友と雨の友がいる。苦境に立ったときの雨の友が本当の友である。好調の時には人が回りに集まってくるが、晴れの時にだけ集まってくる人は真の友ではない。雨の友を大切にすべきである」と語った。
■田中康夫講演会「信じられる日本へ」
2009年4月2日(木曜日)18:00
講師:田中康夫参議院議員(新党日本代表)、司会:青木愛(参議院議員)
ホテルKSP 3階「KSPホール」
主催:樋高剛事務所http://www.the-hidaka.net/

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