奇想の王国 だまし絵展、Bunkamuraザ・ミュージアム・・・夏の夜の宴
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
真夏の夕暮れ、美術館に行く。友人たちが集まり、美術史家、池上英洋先生によるレクチュアである。展示室で絵をみながら講義をきく。
講義によると、だまし絵には次の6つの分野がある。
1、擬似彫刻 (高価な大理石の代用、グリザイユ技法、ダミー・ボード)例えば、ヤン・ファン・エイク「ゲントの祭壇画」*グリザイユ:彩色による立体感。
2、擬似建築 (画面を窓として奥を見る、画面の奥に広がる仮想空間) 例、ジョット「スクロベーニ礼拝堂」
3、額縁の否定・逆利用 (窓のこちら側にある世界を空想させる)例、ラファエロ『システィーナの聖母』Raffaello,La Madonna Sistina,1513、天使プットが額縁の下枠にもたれ、カーテンの幕がたれている。トロンプルイユ(騙し絵)の一種である。
4、“超”現実主義 (写実技法の誇示)例、カラヴァッジョ『果物籠』。ガラス瓶に写りこんだ物体を描き込み、書棚に並ぶ本や収集品を現実に存在するように再現。静物画は、ヴァニタスを表現する。「形あるものは滅びる」。象徴として髑髏が描かれ、果物は腐る。17世紀フランドルのヘイスブレヒツは、だまし絵の帝王と呼ばれる。
5、アナモルフォーズ (強調遠近法・歪曲画)17世紀の対宗教改革における幻視ヴィジョンの追求として、錯視を利用し、一種のモラルを風刺的に隠した作品(判じ絵)。例、ハンス・ホルバイン「大使たち」1533、ボッロミーニ「スパダ宮 錯視回廊」17世紀
6、多義図 (遠近法的な仕掛けを用いない錯視を用いた多義図=寄せ絵)アルチンボルト『ウェルトゥムヌス』これには、三重の主題が隠されている。果物(四季を超越した神格的存在)、ウェルトゥムヌス神の像、皇帝の肖像。多義図は「だまし絵」トロンプルイユではない。
■すべての絵画は「騙し絵」である
池上先生は、結論として「絵画とは画面の向こうに何かがあるように描くもの」であり「すべての絵画は"騙し絵"である」と示している。例えば、マザッチョ『聖三位一体像』1426(サンタ・マリア・ノヴェッラ教会)は、歪曲された教会の内廊を背景にキリストの磔刑が描かれている。これを聞いて次のように考えた。
■ミメーシスとしての藝術
プラトンは『国家』10巻において「ミメーシス(描写)は現実を対象とする」という。が、さらに「対象としての現実はイデアの似像(コピー)である」という。目に見えるものが真実ではない。
だまし絵は、自ら絵画の限界を示すことによって、藝術は対象そのものではない、藝術はミメーシスである、ことを示している。目に見える世界が欺くことを示している。
「だまし絵」とはトロンプルイユ(フランス語「目だまし」)を示し、観る者に束の間、一時、目の前にあるものは本物の事物であるという錯覚を起こさせることを意図する絵画の総称である。
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★展示構成
第1章 トロンプルイユの伝統
第2章 アメリカン・トロンプルイユ
第3章 イメージ詐術(トリック)の古典
第4章 日本のだまし絵
第5章 20世紀の巨匠たち -マグリット・ダリ・エッシャー
第6章 多様なイリュージョニズム -現代美術におけるイメージの策謀
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展示作品
アントニー・ヴァン・ステーンウィンケル「ヴァニタス―画家とその妻の肖像」1630年代 油彩・キャンヴァス アントワープ王立美術館
ジャン・ヴァレット=プノ「サラバットの版画のあるトロンプルイユ」18世紀
ジャン=フランソワ・ド・ル・モット「トロンプルイユの静物」1685
ギヨーム=ドミニク・ドンクル「トロンプルイユ」1785
コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ「トロンプルイユ」1665
ジュゼッペ・アルチンボルド「ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)」1590年ごろ、スコークロステル城(スウェーデン)、SkoklosterCastle,Sweden
コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツ「食器棚」1663、フレズノ市博物館(カリフォルニア州)
ルネ・マグリット「夢」「白紙委任状」1965ワシントン・ナショナル・ギャラリー
サルヴァドール・ダリ「スルバランの頭蓋骨」1956「アン・ウッドワード夫人の肖像」
ピエール・ロワ「田舎の一日」1931ポンピドゥーセンター
エッシャー「上昇と下降」1960
河鍋暁斎「幽霊図1883年ごろ、掛幅(描表装)絹本着色、オランダ国立民族学博物館(ライデン)
福田美蘭「壁面5°の拡がり」1997年、変形額、国立国際美術館
トリック・ヒューズ「水の都」2008
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夏の夜の宴
美術館の後、教授、美術マニアたち、青い宝石さん、彩音さん、優佳さんたちと、恒例の夜の宴。終電まで渋谷で藝術談議に盛り上がる。彼女たちは終電がなくなり「ミッドナイト・クルージングに出かけます」という。2009/07/17
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「だまし絵」は、ヨーロッパにおいて古い伝統をもつ美術の系譜のひとつです。古来より芸術家は迫真的な描写力をもって、平面である絵画をいかに本物と見違うほどに描ききるかに取り組んできました。それは、そこにはないイリュージョンを描き出すことへの挑戦でもありましたが、奇抜さだけでなく、あるときは芸術家の深い思想を含み、また時には視覚の科学的研究成果が生かされるなど、実に多様な発展を遂げました。本展覧会では、16、17世紀の古典的作品からダリ、マグリットら近現代の作家までの作品とともに、あわせて機知に富んだ日本の作例も紹介し、見る人の心を魅了してやまない「だまし絵」の世界を堪能していただきます。
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★「奇想の王国 だまし絵」展、Bunkamuraザ・ミュージアム
2009年6月13日(土)-8月16日(日)
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/09_damashie/index.html
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