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2010年5月

2010年5月31日 (月)

細川家の至宝、珠玉の永青文庫コレクション・・・菱田春草「黒き猫」

Hishida_shunso_2010 八重桜が咲くころ前期展示をみて、新緑のなかで後期展示をみる。
細川家歴代当主のなかで特に、細川忠興(三斎)、忠利、重賢、そして護立の4人は、古今伝授、美術蒐集を行ってきた。織田信長書状から菱田春草まで、七百年にわたって継承されてきた厖大な武家の文化遺産と美術の展示である。
長篠合戦(1575年)などの際に、織田信長が細川藤孝(幽斎)にあてた文書3通が、初公開されている。書状は75年の「織田信長黒印状 長岡兵部大輔宛 五月十五日」、78年の「三月四日 織田信長朱印状」、81年の「九月十日 織田信長朱印状」。信長の意向を秘書役の右筆が代筆したものとみられる。天下布武の印影が鮮やかである。
菱田春草「黒き猫」「落葉」がとくに美麗である。何度みても美しい。
空海が留学した青龍寺「如来坐像」は、八世紀の長安を思い起させる。
「黒き猫」菱田春草筆、1910(明治43)年、重要文化財
「落葉」菱田春草筆、1909(明治42)年、重要文化財
「髪」小林古径、1931、重要文化財
「女」下村観山、1915

「孔雀」小林古径、1934

「菩薩半跏思惟像」北魏時代、6世紀、重要文化財
「如来坐像」青龍寺、唐時代、7世紀~8世紀初、重要文化財
「菩薩立像」隋時代、6世紀末~7世紀初
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永青文庫は旧熊本藩主・細川家に伝来した文化財を後世に伝えるために、16代細川護立(もりたつ)によって昭和25年(1950)に設立されました。その所蔵品は、歌人・歌学者としても知られる近世細川家の祖・細川藤孝(ふじたか)<幽斎(ゆうさい)>の和歌資料や、利休の高弟としてその教えを後世に伝えた2代忠興(ただおき)<三斎(さんさい)>所有の茶道具、忠興の妻でキリシタンとしても知られるガラシャ遺愛の品々、さらには細川家の客分として、晩年を熊本でおくった宮本武蔵の絵画など、古文書類も含めると8万点を超える日本有数の文化財コレクションです。
本展前半では、激動の歴史を生き抜き、和歌、能、茶の湯などの文化を守り伝えた細川家に伝来する貴重な美術品や歴史資料を展示し、細川家の歴史と日本の伝統文化を紹介いたします。
また後半では、細川護立が収集した美術品の中から選りすぐりの名品を出品し、近代日本を代表する美術コレクターである護立の眼と人物像に迫ります。
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細川家の至宝 珠玉の永青文庫コレクション、東京国立博物館
2010年4月20日(火)-6月6日(日)

京都国立博物館(10/8~11/23)
九州国立博物館(2011/1/1~3/4)

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2010年5月10日 (月)

レンピッカ展・・・アール・デコの美と退廃

2010030600001_5 四月の桜吹雪の夕暮れ、Bunkamuraに行く。
「アール・デコ展」でときどきみるが、彼女の作品を集中的にみることはまれな美術展である。アール・デコの時代に凝縮された彼女の絵画には異様な輝きがある。
娘キゼット、自分自身の分身である女たちを描いた肖像画の迫力は圧倒的である。
鋭く挑む目、官能的な眼差し、優雅と退廃、アール・デコの華麗と滅び。タマラ・ド・レンピッカの藝術の頂点は、1926年~33年まで7年間である。
みじかくも美しく燃えた7年の歳月。その後、彼女は、苦悩にみちた時代、最晩年の自己模倣の時代に到る。美しき女性画家の、美と苦悩の生涯をたどる展覧会。
美人画の展覧会に集まる女性は、美人が多い。
■展示作品
タマラ・ド・レンピッカ「初めて聖体を拝領する少女」1928年、ルーベ・アンドレ・ディリジャン芸術・工芸美術館
タマラ・ド・レンピッカ「ピンクの服を着たキゼット」1926年、ナント美術館
タマラ・ド・レンピッカ「摩天楼を背にした裸婦」1930年、NY、キャロライン・ヒルシュ
タマラ・ド・レンピッカ「緑の服の女」1930年、油彩・合板、ポンピドゥーセンター蔵
タマラ・ド・レンピッカ「タデウシュ・ド・レンピッキの肖像」1928年、油彩・キャンヴァス、1930年代美術館蔵
タマラ・ド・レンピッカ「マルジョリー・フェリーの肖像」1932年、油彩・キャンヴァス、個人蔵
タマラ・ド・レンピッカ「カラーの花束」1931年頃、油彩・板、個人蔵
■展示構成
プロローグ ルーツと修行
第1章:狂乱の時代(レ・ザネ・フォル)
第2章:危機の時代
第3章:新大陸
エピローグ 復活
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1920年代~30年代にかけてヨーロッパを席巻したアール・デコの時代を代表する女性画家タマラ・ド・レンピッカ(1898~1980年)。レンピッカは、ワルシャワの良家に生まれ、ロシアとスイスで思春期を過ごし、18歳で若い弁護士と結婚。しかし、翌年のロシア革命を機にパリへ亡命、時代に翻弄されながらも女性の自由な生き方を実践し、狂気の時代とも呼ばれた1920年代のパリで独特の作風により、画家として一躍注目されました。やがて第二次世界大戦の脅威の中、アメリカに逃れ、その後時代とともに次第に忘れられていきました。そして70年代に再評価され、1980年に 82歳でその劇的な人生を終えました。
本展はタマラ・ド・レンピッカの個性的な作品と、その波乱万丈な人生を、その時代背景とともに辿る。 Bunkamura HPより
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美しき挑発 レンピッカ展 本能に生きた伝説の画家
Bunkamura ザ・ミュージアム、2010年3月6日から5月9日まで
兵庫県立美術館、2010年5月18日(火)から7月25日(日)まで

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