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2011年10月

2011年10月20日 (木)

ヴェネツィアの黄昏

Venezia201110 初めてヴェネツィアを旅したのは、トスカーナの葡萄の葉が黄金色に色づく秋である。カナル・グランデからサンマルコ広場に上陸すると、黄昏のサンマルコ寺院が、夕日に煌めいていたのを思い出す。迷宮都市ヴェネツィアは、夢のように、美しく儚い国である。黄昏のヴェネツィアにたたずみ、波光きらめく海をみると、マーラー「アダージェット」を思い出す。二度目にヴェネツィアに訪れたのは、春だった。地中海航路の豪華客船がヴェネツィアに寄港するために往来している。エーゲ海に航海する船影に、ギリシアの面影が蘇る。
水上の迷宮都市ヴェネツィア。迷路のような道を歩くと、儚さの美に陶酔を感じる。藝術家たちはヴェネツィアを愛し旅した。詩人ワーズワース、詩人バイロンが詩に歌い、ヴィスコンティが映像に残したヴェネツィアの滅びの美。バイロンは36歳の若さでギリシアでこの世を去った。ヴェネツィア共和国は、千年栄え、1797年滅亡した。春のヴェネツィアを旅してから10年の時が流れた。いま、ギリシア財政破綻に始まる、欧州危機、イタリア財政危機、米国国債デフォルト危機に世界は揺れている。大国の滅亡の兆し、『大国の興亡』の時代である。国家は滅び、藝術は滅びても、美しい精神は滅びない。
■ヴィスコンティ『ベニスに死す』Morte a Venezia (1971)
黄昏のヴェネツィアにたたずみ、波光きらめく海をみると、「アダージェット」を思い出す。ヴィスコンティ『ベニスに死す』に流れるマーラー『交響曲第5番』第4楽章「アダージェット」である。この曲は、作曲家マーラーが恋愛関係にあったアルマにあてた音楽によるラブ・レターだといわれる。ヴィスコンティは、映画の中でマーラーとアルノルト・シェーンベルクを登場させ二人の間に「美についての論争」を作品化している。ヴィスコンティ監督作品は『地獄に堕ちた勇者ども』La caduta degli dei (1969)が最も美しい。彼の作品はつねに、滅び行くものと若き生きものとの対比が構築されている。
■ヴェネツィア共和国Repubblica di Venezia
ビザンティン時代、東ローマ帝国に属したが、実質的に自治権を持っていた。697年、ヴェネツィア人は初代総督を選出して独自の共和制統治を始めた。これがヴェネツィア共和国の始まりである。外敵の脅威に対して結束し、836年にはイスラムの侵略を、900年にはマジャール人の侵略を撃退した。
「外敵の脅威に対する結束」が≪コムーネ(共同体)≫である。
1797年、ナポレオンはヴェネツィアに最後通告を突きつけ、議会を解散させた。これによりヴェネツィア共和国は滅亡した。地中海に君臨した海の帝国の終焉である。歴史上、最も長く存続した共和国である。
■バイロン「ヴェニス」
魔術師のふる杖(つえ)にこたえるかに
浪間から、その楼閣は眼のまえに浮かびあがる
千年、――そのおぼろげな翼は私のまわりにひろがり
滅びゆく栄光は、はるかな昔に微笑(ほほえ)みかえす
その昔、属領はみなその翼ある大理石(なめいし)の獅子像(ししぞう)にひれ伏し
ヴェニスは荘厳にも百の島の王座に坐した。
―――――
いまは、耳にひびく音楽もまれとなり
かのよき日は去ったが、――美の面影はなおただよい
国々はほろび、芸術は消えたが、――自然は滅びぬ
思い出すのは、そのかみの日のヴェニスの懐かしさ。
祝祭に満ちあふれた、歓びの宮
地上の楽園、イタリアの仮面。
『チャイルド・ハロルド』第四巻より 阿部知二訳『バイロン詩集』
■ワーズワース「ヴェニス共和国の滅亡」(William Wordsworth,On the Extinstion of the Venetian Republic)
彼女はかつて華やかなる東洋を領有し、
そしてまた、西方の防衛なりき。
ああヴェニス、初めて生まれし自由の子、
その価値は誕生を辱めることなかりき。
かつて征服されたることなき輝かしき自由の市、
いかなる狡計も篭絡(ろうらく)することなく、いかなる暴力も犯すことなかりき。
ヴェニスがその配偶を娶らんときは、
永劫の海原を彼女は選ぶべかりき。
かかる栄光あせ、光栄ある称号消え失せ、
その力衰うるを見るも何をかせん。
それど追惜(ついせき)の貢物は
その永き歴史の終わる日にぞ払わるべき。
われらは人間、かつて華やかなりしものの影、
消えて跡なきに至るとき、悲しむべきものなり。
(田部重治訳)
■参考文献
John Julius Norwich. , A History of Venice. Vintage Books. New York, 1989.
阿部知二訳『バイロン詩集』小沢書店、1996
阿部知二訳『バイロン詩集』新潮文庫1967
田部重治訳『ワーズワース詩集』岩波文庫1957
山内久明訳『対訳ワーズワース詩集』岩波文庫1998
『ヴィスコンティ集成 退廃の美しさに彩られた孤独の肖像』フィルムアート社1981
(cf.欧州危機で死屍累々『ZAKZAK』2011.09.15)
■世界遺産「ヴェネツィア展」魅惑の芸術-千年の都
江戸東京博物館2011年9月23日(金)~12月11日(日)
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp

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2011年10月 1日 (土)

「大日如来」・・・ギリシア美術から密教美術へ

2011大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
せみ時雨の真夏の午後、森を歩いて友人と、国立西洋美術館と東京国立博物館に行く。
ギリシア美術から、平安初期の密教美術、十三世紀の運慶まで、同時に見ることができるのは類まれなる邂逅である。ギリシア彫刻に刻まれた不滅の光輝、密教彫刻に刻まれた不屈の精神が輝いている。悪の嵐が吹き荒ぶとき、疾風怒濤の時代を生きて耐えぬいた、不羈奔放の精神が存在する。悪と戦い、正義を追求する不屈の精神が時を超えて蘇る。
金剛界の大日如来が智拳印を結んで、闇のなかで瞑想している。
■ギリシア美術から「空海と密教美術」への旅
ギリシア彫刻をみてから、浄瑠璃寺「広目天」、運慶「大日如来坐像」をみる。古代ギリシアから『空海と密教美術』へ、時を超える旅である。激震と動乱の大地にあって、人類史の風雪を耐えた美との僥倖の邂逅である。九世紀の密教彫刻には、白鳳美術、天平美術の精華が凝縮されている。ヘレニズム時代のギリシア美術から、紀元前1世紀ガンダーラ彫刻、アジャンタ石窟(ヴィハーラ窟、グプタ様式)、北魏様式、南梁様式(6世紀)、白鳳美術、天平美術、仏教美術の歴史を、一瞬のうちに回想する。
■失われた美の幻影
この世に残されたローマ時代のコピーをみると、時の彼方から、失われたプラクシテレス「クニドスのアプロディーテ」(BC360)が浮かび上がる。運慶の大日如来をみると、東寺講堂の失われた「大日如来」(承和6(839)年)の面影が蘇る。
東寺の失われた「大日如来」(承和6(839)年)は、空海入滅の年完成された「五智如来」の一つである。運慶「大日如来」をみると、幻の大日如来の彫刻が蘇る。運慶は、建久8年(1197)東寺講堂の仏像の大規模な修復を行った。東寺の大日如来坐像は、七頭の獅子の台座の上に乗っていたと推定される。≪注「中心毘瑠遮那如来。頭載五智宝冠、坐七獅子座上結跏趺坐、結界法印」(善無畏訳『尊勝仏頂修瑜伽法儀軌』巻上)≫
■「大日如来坐像 厨子入」(鎌倉時代初期、栃木、光得寺所蔵)、「大日如来坐像」(鎌倉時代初期、真如苑所蔵)は、運慶「大日如来坐像」(奈良、円城寺、1176年作)に似ている。「大日如来坐像 厨子入」は四頭の獅子の上に乗っている。台座の七頭の獅子に乗っていたと推定される。密教仏は、動物の上に乗った如来、菩薩が多い。
■「大英博物館 古代ギリシャ展-究極の身体、完全なる美」国立西洋美術館、2011年7月5日(火)~9月25日(日)http://t.co/2V6tVM4
「空海と密教美術展」東京国立博物館、2011年7月20日(水)-9月25日(日) http://t.co/afSbLQQ
「運慶とその周辺の仏像」東京国立博物館本館2階14室、2011年7月12日(火)-2011年10月2日(日)

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