ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」・・・藝術家と運命との戦い、ロセッティ最後の絵画
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第177回
藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティDante Gabriel Rossetti (1828-82)は、運命との戦いの果てに、生涯の最後に、3枚の絵を残した。
「祝福されし乙女」「ムネモシュネ」「プロセルピナ」(1876-1882) 3部作である。「祝福されし乙女」は、地上の恋人と死んだ女の霊的交流をえがく。「ムネモシュネ」は記憶の女神、「プロセルピナ」は冥界とこの世を行き来する。
ロセッティ(1828-82)は、ラファエル前派(1848-53)から脱出して、『ウェヌス・ウェルティコルディア』(1863-1868)をへて、運命の女の主題に耽溺する。
ウェヌスは、トロイの王子「パリスの審判」で選んだアプロディーテ。【ペレウスの饗宴】「神々の饗宴」でエギナ島の王ペレウスと海の女神テティスとの結婚式に招待されなかった不和の女神エリスが「最も美しい女神に」と書いた手紙とリンゴを使いのヘルメスに持たせて送り込ませた。黄金の林檎をめぐって3人の女神が争う。【女神の争い】三女神は最も美しい装いを凝らしてトロイの王子パリスの前に立った。女神は贈り物を約束する。ヘラは世界を支配する力、アテナはいかなる戦争にも勝利を得る力、アプロディーテは最も美しい美女、それぞれ与える約束をした。パリスの審判。『キュプリア』
藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★参考文献
【藝術と魔術】藝術は悲しみと苦しみから生まれる。絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ。敵との闘争における武器なのだ。いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。パブロ・ピカソ
ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢・・・愛と美の深淵
https://bit.ly/2MGcs9l
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
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「妻(1862没)の遺体とともに埋葬した詩稿を69年発掘し、70年《詩集》を刊行。《詩集》の〈天国の乙女〉は地上の恋人と死んだ女の霊的交流をえがき《バラッドとソネット》(1881)には〈白い船〉〈王の悲劇〉のほかに、名高い連作ソネット集〈生命の家The House of Life〉の大部分を収めた。そこには,絵画における理想の女性像である妻およびジェーンとの愛の葛藤に悩み精神的救済をもとめる詩人の姿が浮彫になっている。」出典『世界大百科事典』【ロセッティ】The House of Life
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Rossetti 『祝福されし乙女』(1875-1878)
ロセッティの詩から絵画が生みだされた唯一の作品である。
Dante Gabriel Rossetti – The Bower Meadow1872
「祝福されし乙女」The blessed damozel
The blessed damozel leaned out
From the gold bar of Heaven;
Her eyes were deeper than the depth
Of waters stilled at even;
She had three lilies in her hand,
And the stars in her hair were seven.
天に召されし乙女、天国の
黄金の欄干から身を乗り出して
その目は夕暮れの
深い淵より深く
手に三本の百合の花を、
髪に七つの星を戴いて
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ロセッティ『プロセルピナ』Rosetti,Proserpina(1874、第8版1882)。8枚の絵画を描いた。
「ムネモシュネ」と「プロセルピナ」はF・R・レイランド(ホイッスラーの孔雀の間をもつ大富豪)のドローイング・ルームにかけられていた。1892年。この二枚の中央が「祝福されし乙女」。
Six Rossetti paintings as hung in Leyland's drawing room, 1892. Proserpine hangs fourth from the left.
https://en.wikipedia.org/wiki/Proserpine_(Rossetti_painting)
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ロセッティ『ムネモシュネ』Mnemosyune(1876-1881)。記憶の女神、ゼウスと9夜を共にして、9人のムーサイを生む。黄泉の国で、レーテ(忘却)川と対をなす池(記憶)の化身。亡くなった魂が転生する際に、レーテ川で生前のことを思い出せなくなるのに対し、ムネモシュネの池の水を飲むことにより転生を止めさせる。
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ロセッティ「プロセルピナ」Proserpine(1874)冥界の女王であり冥界の囚われ人である。地下と地上、2つの世界で半年ずつ過ごさなければならないという宿命を持ち、地下においてはプルートーの妻として過ごし、地上においては春の女神として花々を咲かせる。
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ロセッティ『ウェヌス・ウェルティコルディア』(1863-1868)
お前に渡そうと林檎の実を手にしながら
胸のうちでは渡さずにおくと決めたかのよう
思いに耽りつつ、その目はお前の魂のうちに
見える物の跡をたどっている。
たぶんこう言うのだ、「見よ、かの者は心安らかなり。
ああ!その唇には林檎を――その胸には
つかの間の快楽のあと、突き刺さる投げ矢を――
その足はとこしえにさまよい歩かしめよ!」
しばし彼女の眼差しは静かにはにかむ。
だが、魔力を及ぼす実を与える時には
プリュギアの若者を見た時の如く目は燃え上がる。
そうして、彼女の鳥の張り詰めた喉は悲しみを予告し
彼女の遠い海は一枚貝のように呻き
彼女の暗い木立を貫いてトロイの光が打つ。
(松村伸一訳)『D.G.ロセッティ作品集』岩波文庫、ロセッティ,D.G.【著】/南條 竹則/松村 伸一【編訳】
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★ ラスキン生誕200年記念「ラファエル前派の軌跡展」
三菱一号館美術館、2019年3月14日~6月9日
あべのハルカス美術館、2019年10月5日(土)~12月15日(日)
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