「アンドリュー・ワイエス展」・・・ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、海からの風、オルソンハウス
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第430回
躑躅咲く、新緑の森を歩いて、美術館に行く。
アンドリュー・ワイエス(1917-2009)の絵画は、ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、オルソン・ハウスとの出会いによって生まれた。《クリスティーナの世界》1948年は、クリスティーナが丘を這ってオルソン・ハウスに上って行く、貧しく障害を負って次第に体が不自由になっていくクリスティーナ。
【アンドリュー・ワイエスのリアリズムとは何か】
【20世紀アメリカ美術】
アンドリュー・ワアンドリュー・ワイエス《クリスティーナの世界》(1948)、《海からの風》(1947)は、20世紀アメリカ美術を代表する絵画である。
20世紀アメリカ美術は、サルヴァドール・ダリとパブロ・ピカソの影響を強く受けている。
アンドリュー・ワイエスとジョージア・オキーフは、アメリカの僻地の画家で、日本人には、人気が高い。
だが、現代アメリカ美術、NY等で高く評価されているのは、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタイン、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、デビッド・ホックニー、である。と、藤田一人氏は分析する。私はデビッド・ホックニー『ナイトホークス』(Nighthawks)が好きだ。*
*デビッド・ホックニー『ナイトホークス』(Nighthawks)は、アメリカ合衆国の画家エドワード・ホッパーが1942年に描いた油絵である。
深夜のダウンタウンのダイナーの大きなガラス窓越しに、その中にいる3人の客と1人の店員を描いている。ダイナーから漏れた光が、さびれた都会の暗い街並みを照らしている。タイトルは、直接的にはヨタカのことだが、「夜遊びする人」「夜型人間」という意味もある。 完成から数か月でシカゴ美術館が3,000ドルで購入し、今なお同館の所蔵品となっている。この作品は、ホッパーの作品の中で最も有名なものと評されており、アメリカ美術において最も認知されている絵画の一つ。
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【アンドリュー・ワイエス(1917-2009)】
アンドリュー・ワイエスは第一次大戦下1917年、ペンシルベニア州チャズフォードに生まれた。父親のニューウェル・コンヴァース・ワイエスは人気の挿絵画家で、地域の名士。ワイエス家の裕福で文化的な環境に育った。ワイエスは5人兄姉の末っ子で、長女・ヘンリエット、次女・キャロラインは画家、三女アンは作曲家。芸術一家だった。アンドリュー・ワイエスの息子も画家。裕福な極めて恵まれた環境を生きる芸術家一族である。
鉛筆素描、水彩画、ドライブラッシュ、テンペラ画、4つの技法を用いた。*P208
【ベッツィ・ジェイムズとの出会い、クリスティーナ・オルソンとの出会い】
1939年、出会ったばかりのベッツィ・ジェイムズに連れて行かれオルソン・ハウスで、クリスティーナ・オルソンに会った。ベッツィは、富裕階級で恵まれて育ったアンドリュー・ワイエスが、貧しく障害を持つクリスティーナにどのように反応するか試した。【魂が試される時】ワイエスは、クリスティーナと弟アルヴァロと良い関係を築き、30年間、オルソン家を描き続けた。30「オルソンの家」1939*
23歳の頃に父の反対を押し切って結婚した妻のベッツィは、生涯の大きな支えとなった。1945年、父親ニューウェル・コンヴァース・ワイエス(N.C.ワイエス)は、アンドリュー・ワイエスが28歳の頃に踏切事故で急逝。父の死はワイエスの生涯に影を残した。
《クリスティーナの世界》(1948)、12月NY近代美術館が購入。《海からの風》(1947)、
1951年、33歳、自身も肺の病気で片肺の半分を切除する大手術を受け、臨死体験をする。「生と死」に敏感になったと言われている。
【1943年NYニューヨーク近代美術館「アメリカンズ、1943:リアリストとマジック・リアリスト展、にアンドリュー・ワイエスは選ばれる】アルフレッド・H・バー・ジュニアは、マジック・リアリズムを「写実技法によって、夢幻的、幻想的な視覚世界を表現する」と定義する。*カタログ1ワイエスという画家。
1963年、JF・ケネディ大統領より「メダル・オブ・フリーダム大統領自由勲章」授与が決定。
子供時代から近くにリトル・アフリカと呼ばれたコミュニティがあり、深い親交があった。存命中には「親友たち」と題してアフリカ系アメリカ人を描いた絵を集めた展覧会も開催した。
ワイエス自身の家系もスイス系やイギリス系、生家の隣人で絵のモデルになったカール・カーナーはドイツからの入植者。
代表作《クリスティーナの世界》(1948)に描かれたクリスティーナ・オルソンの父は、スウェーデンからの船員、オルソン・ハウスの娘と結婚、家を引き継いだ。移民国アメリカ、多様なルーツの人と交流した。
【アンドリュー・ワイエスのリアリズムとは何か】
アンドリュー・ワイエスの写実主義を円山応挙の写実主義と比較すると、まったく描いている世界が違う。【円山応挙1733~1796】の世界は、風景、水、動物、人間を描く、代表作は、「孔雀図」国宝「雪松図」「松に孔雀図」「美人画」「山水画」「水墨画」「竹林七賢図屛風」「聖賢図」「仔犬図」。円山応挙は、自然の本質を描く。
アンドリュー・ワイエスの写実主義は、自分の出会った風景、人々、一言でいうと「私小説」絵画である。アンドリュー・ワイエス《クリスマスの朝》 1944年は、友人の死を描いている、死を主題とするシュールレアリスムに通じる世界である。傑作である。《クリスティーナの世界》1948年は、クリスティーナが丘を這ってオルソン・ハウスに上っていく姿、貧しく障害を負って次第に体が不自由になっていくクリスティーナ。妻となるベッツィの友人である。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
アンドリュー・ワイエス《クリスマスの朝》 1944年 テンペラ、パネル、マイロン・ケニン・コレクション、ミネアポリス
《自画像》 1945年 テンペラ、パネル 63.5×76.2cm ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images.
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
スケッチブックを脇に抱え、怒ったような表情を浮かべる自画像です。ワイエスは自らの心に響く何かを求めて日々自宅の近隣を散策しながらスケッチを重ねた。高名な挿絵画家である偉大な父が、踏切事故により突然この世を去ってしまった時期に描かれた。
《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、バネル 83.8×63.5cm マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc.
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
200点以上のワイエス作品でモデルを務めたクリスティーナ・オルソンを描いた作品。病気により足が不自由であった彼女は自由に歩き回ることが出来なかった。彼女は、陽の光あふれる外と暗い室内のちょうど境に腰を下ろし、内と外をつなぐ役目を与えられている。風になびく彼女の髪は、室内の静的な暗さと対照的に、明るく生命感のある外の空気の動きも表現しているようである。
《屋根窓Dormer Window》1947、丸沼芸術の森
《海からの風》(1947)丸沼芸術の森
《オルソン家の終焉》 1969年 テンペラ、パネル 46.5×49.5cm クリーブランド美術館
The Cleveland Museum of Art, Promised Gift of Nancy F. and Joseph P. Keithley
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
1967年から68年にかけての冬、オルソン姉弟が相次いで亡くなる。姉弟が亡くなって最初の夏、ワイエスはオルソン姉弟の家(オルソンハウス)を訪れて本作を描いた。複雑な海岸線が特徴的なメイン州。その入江の一つに今でもオルソンハウスはひっそりと建っている。
《オルソン家の終焉》1969年、水彩、丸沼芸術の森
《花びら》 1991年 水彩、紙 75.5×56cm ボストン美術館 Museum of Fine Arts, Boston, Bequest of Sandra Sheppard Rodgers
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
《薄氷》1969年 テンペラ、パネル 110.2×121.9cm 株式会社三井住友銀行
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
クリスティーナ・オルソンの亡くなった次の冬に描かれた作品で、氷の下に枯れ葉が沈んでいます。氷の下は死の世界を表すかのようですが、ワイエスはその枯れ葉が自身の重ねた経験や出会った人々であり、死そのものではないと語っています。
《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ
2026 Wyeth Foundation for American Art/ARS, New York/JASPAR, Tokyo
《粉挽き場》 1962年 テンペラ、パネル 77.5×130.8cm フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art: Gift of the Honorable Walter H. Annenberg and Leonore Annenberg and the Annenberg Foundation, 2007-13-3
2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
描かれているのは独立戦争時代からの歴史ある粉挽き場と職人の家。この建物は後にワイエスが入手して増改築を行い、夫妻の新居とした。建物の間の二羽の鳩は、ここが夫婦二人の世界となることを暗示している。
アンドリュー・ワイエス《鷹の木》1973年ドライブラッシュ、成田ゴルフ俱楽部
《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ
2026 Wyeth Foundation for American Art/ARS, New York/JASPAR, Tokyo
灯台の内部を描いた作品、開かれたドアの手前に犬が座り、ドアの奥には階段が見える。
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参考文献
「アンドリュー・ワイエス展」・・・ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、海からの風、オルソン・ハウス
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生誕120 周年サルバドール・ダリ―天才の秘密―・・・魔術的写実主義、ヴィーナスの夢
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「ルイーズ・ブルジョワ展:、地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」・・・毒親との戦い、悪魔祓い
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ピカソとその時代・・・藝術の探検家、7人の恋人、7つの時代
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ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ
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キュビスム展─美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ・・・美の根拠はどこにある
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円山応挙 革新者から巨匠へ、・・・雪の中の老松と若松、瀧を昇る鯉、牡丹と孔雀、竹林の抵抗派竹林七賢
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「アンドリュー・ワイエス展」図録、東京新聞、2026
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東京都美術館
20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。境界は、西洋絵画史のなかで古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。
1. ワイエスの没後、日本初となる待望の回顧展
1974年に東京と京都で33万人を集めた日本で最初の個展以来、1995年、そして2008~9年にもワイエスの展覧会が開催され、日本でのワイエス人気は不動のものになりました。本展はワイエス没後はじめてとなる、国内待望の展覧会となります。
2. テーマは「境界」。アンドリュー・ワイエスの精神世界へ
ワイエスの作品には窓や扉など、「境界」を示すモティーフがたびたび表れます。それらはワイエスにとって生と死、画家自身の精神世界と外の世界をつなぐものだったと考えられます。本展では「境界」に着目し、彼の作品を見つめ直します。
3. 日本初公開となる作品多数
ホイットニー美術館(ニューヨーク)の《冬の野》(1942年)、フィラデルフィア美術館の《冷却小屋》(1953年)、フィルブルック美術館の《乗船の一行》(1984年)をはじめ、10点以上が日本初公開。あらためてワイエスの魅力にふれる機会となるでしょう。
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アンドリュー・ワイエス プロフィール
1917年7月12日、アンドリュー・ワイエスは、高名な挿絵画家だったニューウェル・コンヴァース・ワイエス(N.C.ワイエス)の5番目の子としてペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれました。幼い時から父の手ほどきを受けて画家の道へ進み、1937年の個展では全作品が完売するなど、若くして頭角を現します。同時代の前衛的な芸術からは距離を置き、生涯にわたり故郷のペンシルヴェニア州と夏を過ごしたメイン州を拠点に身近な世界を精緻に描き続けました。
ワイエスの作品には、アメリカ合衆国の土地やそこに刻まれた歴史、反映されそこに生きる人々の姿が描き出されており、アメリカ国内で高く評価されました。2007年にはブッシュ大統領から芸術勲章を授与されています。日本での人気も高く、1974年の初の回顧展以降、度々展覧会が開催されてきました。2009年1月16日に老衰のため亡くなりますが、アメリカの国民的な画家として今なお高い人気を誇っています。
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「アンドリュー・ワイエス展」東京都美術館4月28日(火)~7月5日(日)
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