密教美術

2023年11月26日 (日)

運慶の旅、金剛界、大日如来・・・東寺講堂、円城寺、光得寺、彼方へ

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第351回
運慶は、大日如来の原形を求めて、東寺講堂から円城寺、彼方へと旅した。
運慶作、大日如来坐像、円城寺、光得寺、樺崎寺
円城寺《大日如来坐像》、運慶作、平安時代・安元2年(1176)、円成寺蔵
光得寺《大日如来坐像》、鑁阿寺の奥の院として機能した樺崎寺の由来を伝える『鑁阿寺樺崎縁起幷仏事次第』
樺崎寺《大日如来坐像》12世紀 真如苑真澄寺蔵 鎌倉時代 建久4(1193)年か 運慶作と推定される金剛界大日如来像。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【東寺、講堂、立体曼荼羅、21体】五智如来、大日、宝生、阿弥陀、不空成就、阿閦。五菩薩、金剛波羅密、金剛宝、金剛法、金剛業、金剛薩埵。五大明王、不動明王、降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉。四天王、持国天、増長天、広目天、多聞天。二天、梵天、帝釈天。東寺講堂、承和6 (839)
立体曼荼羅【五智如来の化身、忿怒身、五大明王】不動明王(中央)、降三世明王(東)・軍荼利明王(南)・大威徳明王(西)・金剛夜叉明王(北)。忿怒の形相を表わす。金剛界五仏(大日、阿閦、宝生、無量寿、不空成就)の教令輪身、忿怒身。密教伝来9世紀、東寺講堂の承和6 (839)
【金剛界曼荼羅の基本となる成身会】金剛界五仏、十六大菩薩、四波羅蜜菩薩、内外の四供養菩薩、四摂菩薩の以上37尊より構成され、これを四大神と賢劫千仏と二十天が囲む。(智拳印)一仏のみで表す他は、中心となる成身会
【空海『聾瞽指帰』(797)】兎角公の屋敷で兎角公の甥蛭牙公子に放蕩青年を翻意、亀毛先生は儒教学問を学び立身出世することを教え、虚亡隠子は道教の不老長寿を教え、空海の化身である仮名乞児は仏教の諸行無常と慈悲を教える【空海の苦悩】空海が大学寮明経科退学、官僚の立身出世を辞めた理由。仏教は智慧と慈悲によって生けるものの魂の苦を救う教えであり、儒教は学問によって立身出世と子孫繁栄を成就する吉祥を祈願する教え。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【三身説trikāya】が、瑜伽行派の弥勒、無著、世親らの論師たちにより成立した。三身trikāyaとは(1)法身(dharma-kāya)、(2)報身(sambhoga-kāya) 、(3)応身(化身、nirmāṇa-kaya)の3種、あるいは(1)自性身(svabhāva-kāya) 、(2)受用身(sambhoga-kāya),(3)変化身(nirmāṇa-kāya)の3種をいう。これら三つは論師あるいは宗派によって微妙に解釈を異にする。
【理念を追求する精神】邪知暴虐な権力と戦い、この世の闇の彼方に理想と美を求める。輝く天の仕事を成し遂げる。空海、孟子、織田信長、李白、プラトン。即身成仏、仁義礼智信、武の七徳、桃花流水杳然去、美の海の彼方の美のイデア、存在の彼方の善のイデア。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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参考文献
「運慶」 東京国立博物館・・・魂の深淵
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
帝釈天騎象像、七頭の獅子に坐る大日如来・・・守護精霊は降臨する
https://bit.ly/34JOIb2 
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/08/post-d241f1.html
運慶の旅、金剛界、大日如来・・・東寺講堂、円城寺、光得寺、彼方へ
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運慶作 3体の大日如来像がつなぐ、縁 山本勉
運慶は平安時代末期から鎌倉時代前期に活躍し、躍動感あるリアルな肉体と質感の表現を極めた仏師として、日本でもっともよく知られる。現在、日本で確認される運慶作の(あるいはその可能性が高い)仏像は31体あり、うち1体が半蔵門ミュージアム所蔵の重要文化財《大日如来坐像》だ。
《大日如来坐像》12世紀 真如苑真澄寺蔵 鎌倉時代 建久4(1193)年か 運慶作と推定される金剛界大日如来像
《大日如来坐像》は実は2003年に存在が明らかとなり、当時、個人が所蔵していた像を初調査したのが山本勉氏である。「像の写真を初めて見たのが2003年7月です。所蔵者から送られてきた写真2枚には、普通の日本間の襖の前に像が置かれて写っていました。私がそれ以前に調べて運慶作だと発表した栃木県足利市・光得寺(こうとくじ)の《大日如来坐像》がありますが、襖のおかげでその倍ぐらいの大きさだと分かった。足利の像にそっくりなものが何であるんだ、とびっくりしたのです」
光得寺《大日如来坐像》は山本氏が調査し、1988年に作者を運慶として発表した厨子入りの高さ31.3cmの像。足利市のある学生からの問い合わせで調査を開始したものだった。それは同市鑁阿寺(ばんなじ)の奥の院として機能した樺崎寺(かばさきでら)の由来を伝える『鑁阿寺樺崎縁起幷仏事次第(ばんなじかばさきえんぎならびにぶつじしだい)』により足利義兼(あしかがよしかね / ?~1199)発願の像だと裏付けられたが、縁起には義兼発願のもうひとつの大日如来像の存在が記されていた。「縁起には樺崎の寺の下御堂(しものみどう)に三尺皆金色(さんじゃくかいこんじき)の金剛界大日如来坐像があり、厨子に建久四(1193)年の願文(がんもん)があると書いてありました。その時は、像の実在を知りません。それが15年経って私の前に現れたのです」
一般に木造坐像では本体を軽くするために中をくり抜くので、像の下から頭の中までを覗くことができる。一方、山本氏の前に現れた大日如来像は底が密閉されていた。「上げ底式内刳り(あげぞこしきうちぐり)」と呼ばれるこの造りは運慶が考案したもので、光得寺の大日如来像とも共通する。「作風や構造技法から建久四年のものと考えました。さらにⅩ線を撮ると、光得寺の像の前段階の特徴を示していた。私は学生時代に運慶が初めて制作した奈良・円成寺(えんじょうじ)の大日如来像を見て、運慶とその仏像について学ぼうと思いました。嘘のような話ですが、私は人生で2回、3回と運慶、その大日如来像との出会いがあったのです」
《大日如来坐像》と同じ「祈りの空間」に並ぶ《不動明王坐像》平安時代 12世紀 真如苑真澄寺蔵
半蔵門ミュージアム 《大日如来坐像》の意義と価値
山本氏は運慶の魅力を次のように語る。「運慶は写実的に人体を捉え、写実的に捉えたその人体を非常に美しいものに高めました。さらに写実的な人体が祈りの対象になるように制作しています。非常に優れた宗教芸術家としての力をもった仏師です」
例えば、山本氏が最初に惹かれた円成寺の大日如来像は座った状態で足の裏が見える。それは氏が日本一美しい足裏と称えるものだ。「人間が座ると当然、足の裏には肉付き、ふくらみがあって、指も裏が丸くふくらんでいます。運慶は人間の体の各部が動きによりどんな風に変化するのか、変化した身体の肉付き、各部分がどのような状態で一番美しく見えるかをとことん理解した彫刻家です。運慶の記憶は今風に言えば動画的な記憶でした。自分の頭の中で自由に人体を動かすことができ、一番美しい瞬間を切り取って再現できたのです」
地下展示室 常設展示「祈りの世界」
半蔵門ミュージアム蔵の《大日如来坐像》も写真を初めて見たとき、足裏が見えるカットがあったがゆえに驚いたそうだ。ぷっくりとしたその足裏も美しい。加えて、「円成寺の坐像では衣文線(えもんせん※)は足の形と平行に走るのですが、光得寺と当館の像だけは下から立ち上がった縦の衣文線です。これは絵画の表現では一般的であるものの、彫刻では採用されなかった。運慶はその衣文線を使い、膝の丸みを巧みに表現しています。衣の中の肉体を表現するために縦の衣文線を借用したのです。同時代のほかの仏師はその理由がわかっておらず、真似をしている物もほとんどありません」
※衣のひだが描く線
《大日如来坐像》が胸の前で左手の人差し指を立て、その指を右手で包み込む形は智拳印(ちけんいん)と呼ばれ、金剛界大日如来特有の印相だ。平安時代後期、仏像は立体ながらなるべく立体に見えないよう、腹の前で手を組む平面的なスタイルが流行った。運慶はそれを否定するように、この時期、手を上げる姿を選んでいるという。「運慶は胸の前に手を上げる人体をテーマにしていた可能性があります。手を上げることで、像周辺に広い空間が生まれますから」
360度ぐるりと鑑賞できる《大日如来坐像》。広がりある空間構成も体感したい
山本氏と不思議な縁で結ばれた三体の大日如来像。「同じ尊格で制作時期が異なる三体が運慶作であるとすると、彼の若い時代から30代、40代と造形の変化がよくわかります。また、幸い光得寺と当館の像は一度も解体修理を受けておらず、像の中身がすべて残っています。内刳りをし、底板を作って真ん中に塔を立て、その塔に結びつくように心月輪(しんがちりん)という仏像の魂を納める。上げ底式内刳りの目的はこの空間をつくるためだとX線写真からわかりました。この発見は貴重です。今、我々がX線で見ている映像が運慶の頭の中にはあったのでしょう。像は運慶にとどまらず、日本の仏像の歴史にとって非常に大きな内容を含んでいる造形なのです」
《大日如来坐像》 像内納入品原寸模型
協力:文化庁(ボアスコープ撮影)、東京国立博物館(X線断層撮影)
運慶は神奈川県浄楽寺の1189年の坐像で、初めて上げ底式内刳りの技法を採用。研究者の一部には古代の彫刻を真似て頑丈なつくりを施したという意見もあったが、山本氏の恩師で半蔵門ミュージアム初代館長、水野敬三郎氏は早い時期から納入品のためであると指摘していた。「科学的調査に基づき作成した像内納入品の原寸模型を2023年11月22日から公開いたします。ぜひともじっくりご覧になっていただきたいと思います」
半蔵門ミュージアム
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半蔵門ミュージアムは、2020年10月3日(土)から2021年2月28日(日)まで、特集展示『ガンダーラの仏像と仏伝浮彫』を開催いたします。本特集展示では、当館収蔵のガンダーラ美術の中から17点を、「仏像と舎利容器」、「仏伝浮彫」の2部構成のテーマで紹介。新収蔵の仏伝浮彫「誕生」、「四門出遊」、「愛馬別離」の3点を初公開いたします。
今回の特集展示『ガンダーラの仏像と仏伝浮彫』では、当館が常設展示しているガンダーラ美術8点に、初公開、新収蔵品などを加えた17点を紹介いたします。展示の前半部を「仏像と舎利容器」、後半部を「仏伝浮彫」のテーマで構成し、2~5世紀頃に作られた仏像、仏頭、舎利容器、仏伝浮彫をご覧いただきます。展示の前半部「仏像と舎利容器」では、様々な形で残されたガンダーラ美術を紹介します。
説法印(転法輪印)を結んで結跏趺坐する釈尊の姿が刻まれた「説法印仏坐像」(片岩、2~3世紀)や、釈尊の舎利(遺骨)の代替品を納め、信仰の対象とされていた「ストゥーパ型舎利容器」(片岩、2~3世紀)など、2~5世紀頃に作られた仏像や仏頭、舎利容器など7点を展示します。後半部の「仏伝浮彫」は、釈尊の前世から生誕、涅槃に至るまでの一代記を10点の仏伝浮彫(レリーフ)で辿る展示構成になっています。
【「仏伝浮彫」(片岩、2~3世紀)】釈尊前世の物語をあらわした「燃燈仏授記」(片岩、2~3世紀)、摩耶夫人の右脇腹から釈尊が生まれ「誕生」、出家を決意した「出城」(片岩、2~3世紀)、ブッダガヤの菩提樹のもとで魔王マーラの妨害に動じることなく悟る「降魔成道」(2~3世紀)、神々の求めに応じて、成道した釈尊がサールナート(鹿野園)で初めて説法を行った「初転法輪」(片岩、2~3世紀)、阿闍世王が跪いて合掌する王の帰依、釈尊入滅の姿が描かれた「王の帰依と涅槃」(片岩、2~3世紀)など、釈尊の生涯を仏伝浮彫でご紹介します。中でも新収蔵品の「誕生」(片岩、2~3世紀)、「四門出遊」(片岩、2~3世紀)、「愛馬別離」(片岩、2~3世紀)は初公開となります。
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常設展示 【ガンダーラの仏教美術】 - YouTube

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2021年10月26日 (火)

「最澄と天台宗のすべて」2・・・比叡山、嵯峨天皇、慈円、鎌倉仏教、織田信長、覚恕、天海

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』256回

比叡山は、平安時代から、権力抗争の舞台である。1200年にわたる歴史の記録、秘宝、秘仏の展示である。最澄と法相宗興福寺との対立の記録。第2代天台座主円仁は814年、唐より帰国した、聖観音菩薩立像、毘沙門天、堂宇を建てて安置した。現存する聖観音菩薩は鎌倉時代12世紀。「六種の観音が六道に迷う衆生を救う」という六観音と六道輪廻の思想は、天台大師智顗『摩訶止観』による。

【比叡山焼き討ち、覚恕と織田信長と正親町天皇】元亀2年、天台座主覚恕は、織田信長に抵抗し武田信玄のもとに逃れる。天皇と座主は個人的な敵対関係。覚恕は正親町天皇の異母弟である。信長を後援したのは正親町天皇。信長は正親町天皇を経済的に支援。天皇は綸旨を3度出し信長包囲網を解く。

【天台宗、怪僧たち】天台宗には、怪僧がいる。天狗となる良源(912年-985年)、魑魅魍魎の天台座主、覚恕法親王。天海大僧正は、家康、秀忠、家光を補佐、108歳まで生き天海版一切経4000巻出版、延暦寺に天海の鎧がある。
徳川家康による比叡山復興を担当した天海大僧正の座像。天海105歳の時に彫られた像。
「嵯峨天皇宸筆 光定戒牒、弘仁14年(823)」「最澄筆 尺牘 久隔帖 弘仁4年(813)」「聖観音菩薩立像 鎌倉時代12世紀 延暦寺、横川中堂蔵」、「慈眼大師(天海)坐像、康音作 寛永17年(1640)輪王寺蔵。天海105歳の時に制作された」。
聖観音菩薩の意味は6世紀「六観音」天台智顗『摩訶止観』に遡る*注。

*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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比叡山延暦寺と権力抗争 室町幕府、織田信長
【慈円と藤原定家と親鸞】慈円(1155-1225)は、関白、九条兼実の弟、4度、天台座主になる。九条家は藤原定家の主家、千載和歌集、新古今和歌集、小倉百人一首に収載、『愚管抄』を著す。『徒然草』に「一芸ある者なら身分の低い者でも召しかかえて可愛がった」。反武家勢力を代表する源通親は九条家の競争者近衛家を擁し、建久7(1196)年、兼実打倒の政変に成功。兼実は48歳で政界を去る。
慈円は、異端視されていた専修念仏の法然の教義を批判する一方、弾圧にも否定的で法然や弟子の親鸞を庇護してもいる。親鸞は治承5年(1181年)9歳の時に慈円について得度を受ける。
【鎌倉仏教】比叡山延暦寺から、教祖が生まれた。浄土教の源信『往生要集』、浄土宗の法然、一向宗、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、只管打坐の道元『正法眼蔵』、法華宗の日蓮ら、教祖が生まれた。
【室町幕府、比叡山焼き討ち】1435年、第6代将軍足利義教は、延暦寺の僧たちをおびき寄せ斬首、僧たちは根本中堂に立て籠もり義教を非難。失望した僧たちは根本中堂に火を放ち焼身自殺を遂げる。1499年、室町幕府の管領(将軍の補佐役)細川政元によって焼き討ち。1571年、織田信長、延暦寺根本中堂焼かず。
【銀閣寺】室町幕府8代将軍・足利義政は「天皇になろうとした将軍」義満を祖父にもち「万人恐怖」の義教を父にもつ。義政も同じく専制政治を指向していた。時代はそれを許さなかった。足利政権は、もともと政治・軍事・財政の何れにも欠陥があり、彼の優柔不断な性格が、拍車を掛けた。
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【焼討ちの中心人物、明智光秀】光秀の直筆による元亀2年9月2日付『明智光秀書状』「比叡山麓の仰木のことは、ぜひともなでぎり(皆殺し)仕るべく候」焼き討ちが行われる10日前。比叡山周辺の仰木地域(滋賀県大津市)の人々は織田軍に非協力的であった。「皆殺しだ」と光秀が大号令をかけた。
【比叡山延暦寺焼討、織田信長の真実】明智光秀は延暦寺焼討の特殊部隊。「仰木村、なで斬りすべし」光秀。比叡山の通行料を奪うため宇佐山城を築城、穴太衆の野面積みで石垣を組む。比叡山と京都の通路を断つ。延暦寺、瑠璃堂が残る。瑠璃堂と京都への通路を開放。薬師瑠璃如来。
【信長包囲網】戦国時代末期より安土桃山時代にかけて発生した反織田信長連合。信長包囲網、第一次‐第三次包囲網。1570元亀元年(1570年)4月、浅井氏、三好三人衆、荒木氏、一向衆の叛旗。1571元亀2年(1571年)織田信長と足利義昭の対立。武田信玄の死
【醍醐寺三宝院 元亀四(1573)年】織田信長のために真言密教の祈祷、修法を行う。「織田信長黒印状」醍醐寺三宝院における戦勝祈願の修法への礼状を信長より返信。「天下布武」印。武田信玄、死す(1573)。信長包囲網、瓦解。
【織田信長の戦い】反信長包囲網(1570-1580)。第1次包囲網、浅井朝倉、比叡山。第2次包囲網、足利義昭、挙兵。室町幕府滅亡。第3次包囲網、本願寺光佐(顕如)と和睦
【南都北嶺、二つの寺院権力闘争】南都は興福寺を、北嶺は延暦寺を指す。藤原氏の氏寺である興福寺は摂関政治以降勢力を拡大し、東大寺を除く大寺の別当は興福寺僧が独占した。一方、延暦寺は大乗戒壇設置以降南都との間に確執が生まれ、朝廷への強訴を通じて牽制し合った。
【織田信長、安土城、狩野派】この世から消滅した狩野派絵画、安土城。天主閣、6階は儒教、「孔門十哲」「三皇五帝」、5階は仏教、「釈迦十大弟子」「釈迦説法」、3階は花鳥図、「岩の間」「竹の間」「松の間」。2階は道教、「呂洞賓図」「西王母」。天正七年、安土城、天主閣完成。天正十年6月2日、本能寺の変の後、炎上する。『安土日記』『信長公記』
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徳川家康、天海大僧正
【慈眼南光坊天海】108歳で死す。本徳寺「明智光秀像」僧侶になると記述。慈眼寺、光秀が建設。比叡山延暦寺、慈眼堂に、南光坊天海の墓、天海の甲冑あり。天海、家康と面会。東叡山開山慈眼大師縁起によると、1608年に天海が駿府を訪れ、家康と初めて面会をしたのにもかかわらず、二人は旧知の間柄のように人を遠ざけて親しく語り合っていた。すでに家康65歳、天海72歳。家康はこの出会いをこう評している。「天海僧正は 、人中の仏なり、恨むらくは、相識ることの遅かりつるを」。この遅すぎた出会いこそが家康の死後に天海が大きく関わる所以でもある。
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*【六観音、天台智顗『摩訶止観』】
六観音は、六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという思想から生まれた。地獄道=聖観音、餓鬼道=千手観音、畜生道=馬頭観音、修羅道=十一面観音、人道=准胝観音、天道=如意輪観音という組み合わせである。
六観音名及び七観音名の根拠 天台大師智顗『摩訶止観』
『観音信仰事典』(速水侑/編 戎光祥出版 2000年刊)34~38頁
「第1章「観音信仰」入門 六観音、七観音」の項
「そもそも、六観音信仰は、六世紀に中国の天台大師智顗が『摩訶止観』で展開した説にはじまります。大師は書中で、大悲・大慈・獅子無畏・大光普照・天人丈夫・大梵深遠の六観音を説きました。<中略>しかし、この六観音信仰に対して、真言宗の小野仁海は「天台宗が『摩訶止観』に説いている六観音は、実は従来より真言密教で説いてきた正・千手・馬頭・十一面・准胝・如意輪の仮の姿、変化身である」と唱えはじめました。<中略>これに対して天台宗では、真言密教に対する天台密教(台密)の立場から、聖・千手・馬頭・十一面・不空羂索・如意輪という新たな六観音を説くようになりました。こうして六観音(天台六観音と真言六観音を合わせれば七観音)が結局、密教の観音ばかりになってしまうと、これら七つの観音は、現世の利益に来世の救済も兼ね備えるようになり数多い観音の中でも、貴族から民衆に至るまで、わが国で広く信仰される観音菩薩としてしだいに定着していった」
薬師寺東院堂聖観音像:東院堂の本尊。衣のひだを通して脚が透けて見える技法には、インドのグプタ様式の影響が伺える。
【天台智顗】智顗。538年~597年。六朝・隋に活躍した僧、中国天台宗の事実上の開祖。開皇 11 (591) 年晋王楊広 (隋の皇帝、煬帝) の懇請により王に菩薩戒を授け、王から智者の号を賜わった。のち荊州に玉泉寺を開創して『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』を講義した。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★展示作品の一部
★★★重要文化財 聖観音菩薩立像 平安時代・12世紀 滋賀・延暦寺、横川中堂蔵、円仁の時代、作られた。展示会場:九州、京都
★★★国宝 聖徳太子及天台高僧像 十幅のうち 最澄、平安時代・11世紀 兵庫・一乗寺蔵
★★★国宝 光定戒牒、嵯峨天皇宸筆 平安時代・弘仁14年(823) 滋賀・延暦寺蔵
空海とならび称される三筆の一人、嵯峨天皇の気品に満ち溢れた風格の書。光定は最澄の優れた弟子の一人。戒牒とは戒を受けたことを示す公的な証明書、最澄の悲願、大乗戒壇の設立に尽力した光定が、そこで初めて授戒が行われたときに下付された証明書。
★★★国宝 尺牘(久隔帖) 最澄筆 平安時代・弘仁4年(813) 奈良国立博物館蔵 
展示期間:10月12日(火)~10月31日(日) 展示会場:東京
現存する唯一の最澄自筆の手紙(尺牘は手紙や書状)。書き出しに「久隔清音」とあることから「久隔帖」と呼ばれている。弘仁4年(813年)に、最澄が、空海のもとにいた弟子の泰範に宛てて出したもの。空海との交流を物語る、日本史で最も有名な手紙の一つ。
★★★重要文化財 伝教大師(最澄)坐像 鎌倉時代・貞応3年(1224) 滋賀・観音寺蔵[展示会場:東京、九州]
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【空海の経歴】
774年 讃岐国多度郡屏風浦で生まれる。幼名、佐伯真魚。
792年 18歳で長岡京の大学寮に入る。大学での専攻は明経道、春秋左氏伝、毛詩、尚書などを学ぶ。
793年 修行僧になる。山林修行。
797年 24歳、『聾瞽指帰』(『三教指帰』)著作。
804年 遣唐使、入唐。
805年 密教第七祖・恵果より伝授され、密教第八祖になる。
806年 帰国。
809年、平城天皇が譲位し、嵯峨天皇が即位。空海は、和泉国槇尾山寺に滞在し、嵯峨天皇の勅許、7月の太政官符を待って入京、和気氏の私寺、高雄山寺に入る。
815年 『弁顕密二教論』著作。
弘仁7年(816年)初頭に最澄と訣別する
818年 嵯峨天皇より賜り、高野山金剛峯寺建立。
819年 『即身成仏義』、『声字実相義』、『吽字義』。
823年 嵯峨天皇より東寺を賜る。嵯峨天皇、上皇となる。淳和天皇、即位。
828年 大僧都就任。日本初の民の大学・綜芸種智院創設。
830年 『秘密曼荼羅十住心』および『秘蔵宝鑰』、淳和天皇に上進。
832年 高野山にて隠棲生活に入る。
835年 61歳で入定。奥の院に眠る。
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参考文献
立川武蔵『最澄と空海』講談社1998
「最澄と天台宗のすべて」図録、東京国立博物館2021
武覚超「「最澄と天台宗の歴史」p8-13
皿井舞「伝教大師最澄の革命」p56
皿井舞「最澄自刻の薬師如来像」p71
皿井舞「慈恵大師良源 救済と調伏の力をもつ高僧」p152
土屋貴裕「魔仏一如――中世の天狗の実像」p288
宇代貴文「根本中堂と不滅の法灯」p292
瓜生翠「天海僧正と一切経」p305
皿井舞「最澄と東国」p314
大久保正雄3「空海と嵯峨天皇、空海と最澄、嵯峨天皇と平城上皇」
大久保正雄4、空海『秘密曼荼羅十住心論』
東寺『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と戦いの叙事詩、生命の根源
https://bit.ly/315UPn8
大久保正雄【空海、理念と象徴、密蔵深玄翰墨難載。更仮図画開示不悟】
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/3fyOaYF
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
六観音菩薩「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
「最澄と天台宗のすべて」1・・・比叡山延暦寺、最澄と空海
https://bit.ly/2XDvTGt

「最澄と天台宗のすべて」2・・・比叡山、嵯峨天皇、慈円、鎌倉仏教、織田信長、覚恕、天海

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2021年は、伝教大師最澄の1200年の大遠忌にあたります。最澄は平等思想を説いた『法華経』に心惹かれ、この教えを礎とする天台宗を日本でひろめました。最澄が創建した延暦寺は多くの高僧を輩出し、彼らが説いた多様な教えは日本文化に大きな影響を及ぼしてきました。本展では、延暦寺における日本天台宗の開宗から、東叡山寛永寺を創建して太平の世を支えた江戸時代に至るまでの天台宗の歴史をご紹介します。日本各地で守り伝えられてきた貴重な宝物や、『法華経』の説く万民救済の精神をあらわす文化財を、地域的な特色を示しながらご覧いただきます。秘仏をはじめ、天台の名宝が集う貴重な機会です。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2096#1
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「最澄と天台宗のすべて」東京国立博物館10月12日~11月21日
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九州会場(2022年2月8日~3月21日、九州国立博物館)
京都会場(2022年4月12日~5月22日、京都国立博物館)

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2021年10月23日 (土)

「最澄と天台宗のすべて」1・・・比叡山延暦寺、最澄と空海

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』255回

10月猛暑の日、秋の森を歩いて博物館に行く。15年ぶりの「最澄と天台宗」展。比叡山の権力抗争の痕跡を観る。最澄の生涯と思想、比叡山と天台宗の歴史的遺産の1200年。比叡山をめぐる人々の証拠物件の展覧会である。聖観音菩薩立像(延暦寺横川中堂蔵)は優美、2015年に見た。
【比叡山焼き討ち、覚恕と織田信長】元亀2年、天台座主、覚恕は、織田信長に抵抗し武田信玄のもとに逃れる。覚恕は正親町天皇の異母弟である。信長を後援したのは正親町天皇。信長は正親町天皇を経済的に支援していた。
【元三大師、良源】良源.(912年- 985年(延喜12-永観3 )、滋賀県浅井郡の生れ。叡山護持の執念から死後天狗道に堕して住山し、寺門の降伏を企てた。「巻20第8話 良源僧正成霊来観音院伏余慶僧正語 第八」。975年、良源は横川中堂を改造、聖観音像を安置、不動明王を加え三尊像とする。
【天海】天海大僧正は、徳川家光に「長寿の秘密は陀羅尼を唱える事」「飲酒せず熟睡」と教え108歳まで生きた。家康、秀忠、家光に仕え、天海版一切経4000巻を残す。天海僧正(1536?~1643)。
【最澄と円仁】最澄は56歳で死す。円仁は45歳で入唐『入唐求法巡礼行記』を著す、71歳で死す。円珍は40歳で入唐、77歳で死す。
【慈円と藤原定家と親鸞】慈円(1155-1225)は、関白、九条兼実の弟、4度、天台座主になる。九条家は藤原定家の主家、千載和歌集、新古今和歌集、小倉百人一首に収載、『愚管抄』を著す。『徒然草』に「一芸ある者なら身分の低い者でも召しかかえて可愛がった」。反武家勢力を代表する源通親は九条家の競争者近衛家を擁し、建久7(1196)年、兼実打倒の政変に成功。兼実は48歳で政界を去る。
慈円は、異端視されていた専修念仏の法然の教義を批判する一方、弾圧にも否定的で法然や弟子の親鸞を庇護してもいる。親鸞は治承5年(1181年)9歳の時に慈円について得度を受ける。
【鎌倉仏教】比叡山延暦寺から、教祖が生まれた。浄土教の源信『往生要集』、浄土宗の法然、一向宗、浄土真宗の親鸞、禅宗の道元、法華宗の日蓮ら、教祖が生まれた。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【最澄の生涯、法相宗興福寺との抗争】
近江出身。俗名は三津広野。通称は叡山大師,根本大師。諡号は伝教大師。父は三津首百枝『叡山大師伝』。神護景雲元(767)年-弘仁13(822)年。56歳で死去。
比叡山開創、比叡入山と一乗止観院
神護景雲元(767)年8月18日生まれ。宝亀11年(780年)11月12日に、広野は近江国分寺にて得度を受け沙弥となり最澄と名付けられる。それ以降、近江国師の行表に師事する。12歳で出家。延暦4(785)年最澄、東大寺で受戒。具足戒を受けて程ない延暦4年(785年)7月中旬に比叡山に籠る。比叡山に登り草庵を結ぶ。延暦7(788)年一乗止観院を創建、自刻の薬師如来を祀って不滅の法灯を掲げる。19歳のときから12年間比叡山で修行する。
21歳で創建した一乗止観院が、後に、根本中堂となる。
入唐と天台宗の開宗
802年9月、先に上奏した入唐求法の請願に対し、入唐請益天台法華宗還学生の桓武天皇の勅許が下り、延暦23年(804)7月に訳語僧義真(ぎしん)を伴い肥前(長崎県)田浦(たのうら)から出帆した。空海らと唐にわたり、天台山に行き、天台・密教・禅・戒をまなぶ。延暦24(805)年、帰国。延暦25(806)年日本天台宗を開く。
徳一との論争
徳一が最澄と論争をしていた弘仁8年(817年)頃から弘仁12年(821年)頃に書かれた最澄の著作には「陸奥の仏性抄」(『照権実鏡』)とあり、最澄との間でやりとりされた三一権実諍論のことである。徳一との論争や『依憑(えひょう)天台義集』(813)などにより南都仏教とくに法相宗、興福寺との対立が生じ争った。
大乗戒壇の独立
晩年徳一との教理論争をおこなう一方、大乗戒壇の設立につくした。弘仁13年6月4日死去。56歳。著作に「山家学生式」818「顕戒論」821「守護国界章」など。
最澄が設置をめざした戒壇(円頓戒壇)のことをいう。奈良時代,出家するためには天下の三戒壇とよばれる奈良東大寺,筑紫観世音寺,下野薬師寺のいずれかの戒壇で受戒しなければならなかった。そこでの戒は小乗戒で,菩薩戒授受のための戒壇はなかった。最澄はその不備をつき,天台宗の僧侶は大乗戒である梵網戒をうけるべきとして比叡山に独立の戒壇を設置する勅許を求めた。822年(弘仁13)最澄死後7日目にこれが認められ,以後比叡山僧侶の身分決定の場となる。
国宝とは何か。道心(悟りを求める心)を持つ人を名付けて国宝という。ゆえに古来の哲人は「径1寸の珠10枚は国宝ではない。世の一隅を照らす人が国宝である」と言う。最澄『天台法華宗年分学生式』821
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【最澄の思想】
桓武天皇の勅許で環学僧として遣唐使で入唐求法。最澄は、法華一乗思想、本覚思想(山川草木悉有仏性、一切衆生悉有仏性)、大乗菩薩戒を主張した。法相宗興福寺と年分度者をめぐって争い、法相宗徳一と教理論争、大乗菩薩戒壇を嵯峨天皇に申請した。死後7日に勅許。『山家学生式』818『顕戒論』821『守護国界章』『願文』。【格言】一隅を照らすもの此れ即ち国宝なり(「山家学生式」)

【天台智顗】智顗。538年~597年。六朝・隋に活躍した僧、中国天台宗の事実上の開祖。開皇 11 (591) 年晋王楊広 (隋の皇帝、煬帝) の懇請により王に菩薩戒を授け、王から智者の号を賜わった。のち荊州に玉泉寺を開創して『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』を講義した。
【最澄と桓武天皇】【第50代桓武天皇】平安京を築いた。天武天皇の血統の称徳天皇(女帝)が子供を産まず、急遽、天智天皇の血統から父親の白壁王子が光仁天皇として即位することになった。これは、その息子、桓武天皇への道をつけるためのものだった。桓武天皇は、天武天皇の血すじの地、奈良から、長岡京、平安京へ遷都する。南都から北嶺へ変革する最澄と軌を一にする。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【最澄、空海との出会いと決別】
【最澄、空海から灌頂を受ける】弘仁3年(812年)10月27日には乙訓寺にいた空海を最澄が訪ねた。この際に空海は最澄に伝法することを決めた。神護寺に残る『灌頂記』によれば、最澄は11月15日に金剛界灌頂を、12月14日に胎蔵界灌頂を空海から受けた。
【空海と最澄、第16次遣唐使】延暦23(804)年、第1船、遣唐大使・藤原葛野麿。空海は第1船に乗船。第2船、副使・石川道益(入唐後に没)乗船。最澄は第2船。最澄は、桓武天皇の勅命により遣唐僧、空海は私度僧。他の2船は遭難、沈没。
【空海、波瀾の遣唐船漂流、謎の生涯】24歳で『聾瞽指帰』を書く。57歳で『秘蔵宝鑰』を書く。大学入学18歳から31歳、遣唐使留学僧、入唐まで、大学中退、山林修行、謎の12年間。宝亀5年(774)6月15日生まれる。承和2年(835) 4月22日入定、62才。
【空海、嵯峨天皇、教王護国寺】空海は、嵯峨天皇の勅許を得て、弘仁14(823)年、東寺、教王護国寺を建立し始めた。言葉では伝え難い密教の教えを、視覚的に表現する二十一尊の仏像で立体曼荼羅を構想。12年後入定
【空海、東寺、立体曼荼羅】密教を視覚的に表現する二十一尊の仏像で立体曼荼羅。東寺講堂、最上位の大日如来を中心に四方に4体の如来を配置した五智如来、その右側に金剛波羅蜜多菩薩を中心にした五大菩薩、左側に不動明王を中心にした五大明王、四方に四天王と梵天、帝釈天
空海「風信帖」空海が最澄に送った手紙。平安時代初期(812. 年頃)風信雲書、天より翔臨(しやうりん)す。之を披(ひら)き之を閲(けみ)するに、雲霧を掲(かか)ぐるが如し。兼ねて止観の妙門を恵まる。頂戴供養し、厝(お)く攸(ところ)を知らず。
【空海、『理趣釈経』借覧拒否】最澄は、弘仁4年(813年)11月23日、『理趣経』の注釈書である不空の『理趣釈経』を借覧しようとしたが、空海は断る。空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』(『遍照発揮性霊集』)
空海【聖なる者は悪を滅ぼす】【『理趣経』「第三段」】『理趣経』「第三段」の教説に関して不空訳『理趣釈』において三界の衆生とは三毒の煩悩と注釈されているが、当該注釈の方向性は空海にも継承され、彼は「三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならない」
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★展示作品の一部
★★重要文化財 薬師如来立像、平安時代・11世紀  京都・法界寺蔵
京都市の郊外、平等院のある宇治に近い日野の法界寺で、厨子の奥深くに守られてきた平安の秘仏。延暦寺の総本堂、根本中堂に安置される、最澄作の秘仏本尊の薬師如来像に近い姿と考えられており、数多く造られた模刻像の一つと言えます。像内に最澄自作の薬師像を納めていた最澄にゆかりの深い像です。
★★重要文化財 聖観音菩薩立像 平安時代・12世紀 滋賀・延暦寺、横川中堂蔵。円仁の時代、オリジナルは作られた。展示会場:九州、京都
★★国宝 聖徳太子及天台高僧像 十幅のうち 最澄、平安時代・11世紀 兵庫・一乗寺蔵
[展示期間 10月12日(火)~11月7日(日)]
国宝「聖徳太子及び天台高僧像」は現存最古の最澄の肖像画を含む、インド・中国・日本の天台ゆかりの人物たちを描いた大変貴重な平安絵画です。
10幅すべてが展示されるのは東京会場のみ、11月2日(火)~11月7日(日)の6日間限定で10幅を同時公開します。
10月12日(火)~11月7日(日)=最澄、円仁、龍樹、善無畏
11月2日(火)~11月21日(日)=智顗ちぎ、慧思えし、湛然たんねん、聖徳太子
★★国宝 光定戒牒、嵯峨天皇宸筆 平安時代・弘仁14年(823) 滋賀・延暦寺蔵
空海とならび称される三筆の一人、嵯峨天皇の気品に満ち溢れた風格の書。光定は最澄の優れた弟子の一人です。戒牒(かいちょう)とは戒(かい)を受けたことを示す公的な証明書のことで、最澄の悲願、大乗戒壇の設立に尽力した光定が、そこで初めて授戒が行われたときに下付された証明書です。
★★国宝 尺牘(久隔帖) 最澄筆 平安時代・弘仁4年(813) 奈良国立博物館蔵 
展示期間:10月12日(火)~10月31日(日) 展示会場:東京
現存する唯一の最澄自筆の手紙(尺牘は手紙や書状)。書き出しに「久隔清音」とあることから「久隔帖」と呼ばれている。弘仁4年(813年)に、最澄が、空海のもとにいた弟子の泰範たいはんに宛てて出したもの。空海との交流を物語る、日本史で最も有名な手紙の一つ。
★★重要文化財 伝教大師(最澄)坐像 鎌倉時代・貞応3年(1224) 滋賀・観音寺蔵[展示会場:東京、九州]

重要文化財 不動明王坐像、平安時代・10世紀 滋賀・伊崎寺蔵

重要文化財 薬師如来坐像、平安時代・12世紀 岐阜・願興寺(蟹薬師)蔵
岐阜県可児郡御嵩町の古刹、願興寺の秘仏本尊。東山道の交通の要所に位置し、厚い信仰を集めてきました。最澄の東国布教の際、この地で自刻の薬師如来像を安置したのが寺の始まりとされています。平安時代後期の優品で、日光・月光菩薩立像、2メートルを超える四天王立像(いずれも本展不出品)もまた、かつての寺勢をうかがわせます。

重要文化財 阿弥陀如来立像、平安時代・10世紀 京都・真正極楽寺(真如堂)蔵
[展示期間 10月19日(火)~11月3日(水・祝)]
紅葉の名所として知られる京都の真正極楽寺(真如堂)の秘仏本尊。年に一度、お十夜という念仏法要が行われる11月5日~11月15日に厨子の扉が開かれます。最澄の高弟、円仁の作という伝承があり、優しい顔立ちをした平安時代中期の名品で、阿弥陀の立像として造られたことが確かなもっとも古い像です。

慈眼大師天海(1536?~1643)
元亀2年(1571)、比叡山は織田信長による焼き討ちにあい壊滅的な被害を受けますが、豊臣秀吉や徳川将軍家によって復興されました。復興に重要な役割を果たしたのが慈眼大師天海(1536?~1643)です。天海は、徳川家康に仕え、没後東照大権現として神となった家康を祀る東照宮や輪王寺を日光山に整備します。一方、江戸には「東の比叡山」東叡山寛永寺を創建し、関東での天台宗発展の基礎を築きました。本章では、江戸文化の一つとして大きな存在感を放つ、徳川将軍家の庇護が生んだ華麗な江戸天台の遺品をご紹介します。
★慈眼大師縁起絵巻、絵=住吉具慶筆・詞書=胤海筆 江戸時代・延宝8年(1680)東京・寛永寺蔵
[中巻展示期間 10月26日(火)~11月7日(日)]
寛永寺を創建した慈眼大師天海(じげんだいしてんかい)の生涯を描いた絵巻物。下巻に詞書を記した弟子の胤海(いんかい)と、絵巻を描いた住吉具慶(すみよしぐけい)による奥書があり、延宝7年(1679)から翌年にかけて制作されたことがわかります。華麗な彩色と愛らしい人物描写に特徴があり、江戸幕府御用絵師を務めた具慶の基準作として重要な作品です。写真は、寛永寺境内を描いた場面です。
★重要文化財 慈眼大師(天海)坐像、康音作 江戸時代・寛永17年(1640)  栃木・輪王寺蔵
慈眼大師天海の生前に造られた肖像(寿像)。天海は、徳川家康、秀忠、家光の絶大な帰依を受け、江戸城の鬼門に東叡山寛永寺を創建し、比叡山延暦寺の復興造営に尽力するなど八面六臂の活躍を見せました。寿像ならではの写実性に富み、老いてもなお威厳をまとった迫力のある姿に、天海の力強い生きざまをうかがわせます。
★岡山県明王寺「聖観音菩薩立像」(平安前期)
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参考文献
立川武蔵『最澄と空海』講談社1998
「最澄と天台宗のすべて」図録、東京国立博物館2021
武覚超「「最澄と天台宗の歴史」p8-13
皿井舞「伝教大師最澄の革命」p56
皿井舞「最澄自刻の薬師如来像」p71
皿井舞「慈恵大師良源 救済と調伏の力をもつ高僧」p152
土屋貴裕「魔仏一如――中世の天狗の実像」p288
宇代貴文「根本中堂と不滅の法灯」p292
瓜生翠「天海僧正と一切経」p305
皿井舞「最澄と東国」p314
大久保正雄3「空海と嵯峨天皇、空海と最澄、嵯峨天皇と平城上皇」
大久保正雄4、空海『秘密曼荼羅十住心論』
東寺『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と戦いの叙事詩、生命の根源
https://bit.ly/315UPn8
大久保正雄【空海、理念と象徴、密蔵深玄翰墨難載。更仮図画開示不悟】
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/3fyOaYF
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
「最澄と天台宗のすべて」1・・・比叡山延暦寺、最澄と空海
https://bit.ly/2XDvTGt

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伝教大師1200年大遠忌記念
「最澄と天台宗のすべて」東京国立博物館10月12日~11月21日

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九州会場(2022年2月8日~3月21日、九州国立博物館)
京都会場(2022年4月12日~5月22日、京都国立博物館)

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2021年6月 3日 (木)

帝釈天騎象像、七頭の獅子に坐る大日如来・・・守護精霊は降臨する

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第244回

美しい海が見える森。美しい人と歩く、黄昏の丘、黄昏の神殿、黄昏の森。犬がどこかで吠えている。人が近づいたのか。主を呼んでいるのだろう。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。地中海の旅は、美への旅、知恵の旅、時空の果てへの旅、魂への旅。旅する哲学者は、至高の美へ旅する。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
【空海、密教】白象にのる帝釈天騎象像、六面六臂六足の大威徳明王騎牛像、七頭の獅子にのる大日如来、鳥獣に乗る金剛界五仏、幻の密教空間。東寺、講堂における立体曼荼羅の意味は知恵による武の支配。金剛界曼荼羅「成身会」『即身成仏義』『理趣経』謎を解く鍵。空海(774-835)

【学問僧と愛犬】昼寝をしていると、愛犬、トイプードル、鼻で嗅ぎながらやって来た「帰ってきたよ」。私「戦国時代になった。敵を滅ぼしてほしい。生涯、学問を続けるために邪魔な敵がいる」と言うと愛犬「解った。滅亡させてくる」とお手をした。
【学問僧と愛犬】春の宵、昼寝をしていると、愛犬、トイプードル、やってきた「帰ってきたよ」。お手をした。「その後、戦国時代になった。学問の邪魔者がいる。敵を滅ぼして欲しい」というと、愛犬「解った。滅ぼしてくる」と出撃した。天人の敵を滅ぼすため帰還した。愛犬、守護精霊となって帰還。天人の守護霊、如意輪観音のように。
【六観音菩薩、六道を救う】如意輪観音菩薩は、神通力をもつ天人を救う。不空羂索(准胝観音)、四苦八苦の人道を救う。十一面観音、怒りと争いの修羅道を救う。馬頭観音、動物の弱肉強食の畜生道を救う。千手観音、飢えと渇きの餓鬼道を救う。聖観音、地獄道を救う。

*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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大日如来坐像、平安~鎌倉時代・12世紀、栃木県・光得寺蔵
「運慶とその周辺の仏像」東京国立博物館、2011年7月12日 ~ 2011年10月2日(日)
大日如来坐像、平安~鎌倉時代・12世紀、栃木県・光得寺蔵作品については、美しく荘厳された厨子と台座があり、全部で4頭の獅子。口を開いた「阿形」が3頭、閉じた「吽形」が1頭。大日如来の台座に獅子を表すことには、根拠があります。
「中心毘瑠遮那如来。頭載五智宝冠、坐七獅子座上結跏趺坐、結界法印」(善無畏訳「尊勝仏頂修瑜伽法儀軌」巻上)。運慶は、建久8年(1197)に東寺の講堂の仏像の大規模な修復を行った。 https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?


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エジプト神話の神々。山犬姿の神、アヌビス、冥界の案内神、墓地の神。ハヤブサ姿のハトホル、天空の神。ライオン姿のプタハ、創造の女神。牝牛の姿、ハトホル女神、愛と美、豊饒の女神。頭上に聖蛇のつく日輪を戴くハヤブサ姿のラー、太陽神。雌猫姿の女神、バステト。三日月姿、コンス神。
【冥界王オシリス神】オシリスは、弟セトに殺されバラバラにされるが、妻イシスの呪力によって復活を果たす。息子ホルスがセトに勝利し、地上の王として君臨する。
冥界王オシリスと母なる女神イシスから生まれたホルスはファラオとなる。
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【狩りの女神ダイアナと犬、フォンテーヌブロー派1550、ルーヴル美術館】
ギリシア・ローマ神話に取材した寓意画は、フォンテーヌブロー派の画家たちが好んで描いた主題である。狩の道具を手にして猟犬を連れた月と狩の女神ディアナが、森のはずれを歩いている。モデルはフランス国王アンリ2世の寵姫、ディアヌ・ド・ポワティエで、彼女は、しばしばフォンテーヌブロー派の神話画のモデルを務めている。
ディアナ、ローマ神話に登場する、狩猟、貞節と月の女神。ユーピテルとラートーナの娘で、アポローンの妹とする説がある。新月の銀の弓を手にする処女の姿が特徴。
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仏教と動物たち
白象に乗るインドラ、7頭の獅子に坐す大日如来、白象に乗る普賢菩薩、動物に乗る虚空蔵菩薩、仏涅槃図に集まる動物たち。
【白象に乗るインドラ、東寺講堂】梵語名シャクローデーバーナーム・インドラ、 音訳で釈迦提婆因陀羅と呼ばれる。「シャクロー」の音訳「釈」と、インドラの意訳「帝王」から 帝釈天と呼ばれる。 古代神話の戦いの神インドラが元となり、 甲冑をまとい象に乗り金剛杵(ヴァジュラ)をとって毒龍と戦い、阿修羅に勝利し仏門に帰依させた英雄。一面三目二臂で金剛杵を持ち、白象に乗って半跏踏み下げの姿勢をとっている。(平安時代承和6年 839年)。
平安時代、承和6年(839年)に完成しましたが、頭部はすべて後補
【七頭の獅子に坐す大日如来】大日如来の台座に獅子を表す根拠。「中心毘瑠遮那如来。頭載五智宝冠、坐七獅子座上結跏趺坐、結界法印」(善無畏訳「尊勝仏頂修瑜伽法儀軌」巻上)。運慶は、建久8年(1197)に東寺の講堂の仏像の大規模な修復を行った。運慶が、密教の仏像の原点、東寺講堂の大日如来を意識していたことは間違いない。その姿にならってこの像と台座を作った。
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北斎と霊獣、宇宙の源泉、鳳凰、麒麟、富士、波濤
【不屈の画狂老人卍】74歳にして画狂老人卍『鳳凰図屏風』(1835)、88歳『弘法大師修法図』、89歳『八方睨み鳳凰図』(1848)、90歳『富士越龍図』(1849)。90歳にして「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」「画工北斎は畸人なり。年九十にして居を移すこと九十三所。」飯島虚心『葛飾北斎伝』。
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【愛染明王真言】「唵、偉大なる愛染明王よ。決して破壊されない最高の仏智を備えた金剛薩埵よ。金剛薩埵と同一の、金剛鉤菩薩、金剛索菩薩、金剛鎖菩薩、金剛鈴菩薩よ。我々を仏智に導いて下さい。」
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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参考文献
著者:大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
https://bit.ly/34KTzZo
ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎
https://bit.ly/39mttQ1
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/3fyOaYF
「鳥獣戯画のすべて」・・・謎の絵巻、怪僧・明恵
https://bit.ly/32XqQ2H
高山寺「鳥獣戯画」・・・快僧、明恵の夢、40年間『夢記』
https://bit.ly/3xCNL1o
「新・北斎展」森アーツセンターギャラリー・・・悪霊調伏する空海、『弘法大師修法図』
https://bit.ly/2HAZJ5y 
「筆魂 線の引力・色の魔力─又兵衛から北斎・国芳まで─」・・・画狂老人卍『鳳凰図屏風』の思い出
https://bit.ly/3sfpb35
『ライラの冒険 黄金の羅針盤』・・・守護精霊をもつ者、運命の羅針盤はどこに
https://bit.ly/3pe25K3

【空海、密教】白象にのる帝釈天騎象像、六面六臂六足の大威徳明王騎牛像、七頭の獅子にのる大日如来、鳥獣に乗る金剛界五仏、幻の密教空間。東寺、講堂における立体曼荼羅の意味は知恵による武の支配。金剛界曼荼羅「成身会」『即身成仏義』『理趣経』謎を解く鍵。
帝釈天騎象像、七頭の獅子に坐る大日如来・・・守護精霊は降臨する

 

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2019年6月 9日 (日)

「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』184回
風薫る五月、花の匂い漂う森を歩いて、博物館に行く。伝真言院「両界曼荼羅」は、朱色と緑色の彩色が美しいと変化仏の神殿である。東寺の金剛薩埵は繊細な美しい手をしている。金剛波羅密、金剛宝、金剛法、金剛業、五菩薩の手は繊細で優美である。
狩野之信「花鳥図屏風」の前を通って、密教彫刻室に行く。愛染明王(rāgarāja. mahārāga)、大日如来(光徳寺)、西蔵のYab-yum像を見る。大日如来(光徳寺)には、成身会37尊が描かれている。
愛染明王(rāgarāja)は、三目六臂、憤怒相、智慧の弓と方便の矢を以って、衆生に愛と尊敬を与え、幸運を授ける。霊験は、無病息災、敬愛、怨敵降伏、鈎招、延命。
愛染明王は、両界曼荼羅に描かれていない。だが、金剛薩埵(vajrasattva)の化身である。
人間の生は、真の愛を探求する旅である。象徴派の藝術家は、人生をかけて愛する人を探している。愛と美の探求の果てに、見いだす真の愛とは何か。
「金剛界曼荼羅」「理趣会」は、金剛薩埵(vajrasattva)を中心とする集会、甘美で妖艶なエロスと智慧の香りである。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護精霊があなたを救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
1、愛染明王
【愛染明王】『金剛峯楼閣一切瑜珈瑜祇経』が説く、獅子冠をかぶり3つの目と6本の腕をもつ愛染明王。真赤な身色も、経典に日が輝く如しと説くことを典拠とする。めらめらと燃えるように逆立つ焔髪、眉を吊り上げ睨みつける目、牙を出して開く口に憤怒相。金剛薩埵菩薩の化身。
【愛染明王】『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』「愛染王品第五」。愛染明王の修法は、息災・増益・敬愛・降伏の『四種法』の利益、その功徳は「能滅無量罪 能生無量福」「三世三界中 一切無能越 此名金剛王 頂中最勝名 金剛薩埵定 一切諸佛母」教主である金剛薩埵がこの尊を定めて、一切の諸仏の母とした)とも讃えられていて、これに基づいて金剛界で最高の明王と解釈される。
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2、愛染明王真言
【愛染明王真言】「オーム、偉大なる愛染明王よ。金剛仏頂尊よ。決して破壊されない最高の仏智を備えた金剛薩埵よ。金剛薩埵と同一の、金剛鉤菩薩、金剛索菩薩、金剛鎖菩薩、金剛鈴菩薩よ。我々を仏智に導いてください。」oM ma hA raga vajro SHI Sa va jra satva jaH+jaH hUM vaM hoH
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3、成身会、理趣会
【「金剛界曼荼羅」成身会】37尊。金剛界五仏、十六大菩薩、四波羅蜜菩薩、内外の四供養菩薩、四摂(ししょう)菩薩の以上37尊より構成され、これを四大神と賢劫千仏と二十天が囲む。金剛界五仏とは中央の大日如来、東方の阿閦如来、南方の宝生如来、西方の阿弥陀如来、北方の不空成就如来の五仏。四摂菩薩は、金剛鉤菩薩(Vajrankusa)、金剛索菩薩(Vajrapasa)、金剛鎖菩薩(Vajraśṛṅkhalā)、金剛鈴菩薩(Vajravesa)。
【八供養菩薩】金剛界曼荼羅の中央部の成身会で、大日如来が四仏に供養するため現出した嬉・鬘・歌・舞の四菩薩(内の四供)と、その外側に配されて四仏が大日如来を供養する香・華・灯・塗の四菩薩(外の四供)。
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【「金剛界曼荼羅」⑦「理趣会」】全部で17人の菩薩。中央が、金剛薩埵。周りに、慾金剛菩薩、触金剛菩薩、慢金剛菩薩、愛金剛菩薩。その周りに、金剛香菩薩、金剛華菩薩、金剛燈菩薩、金剛塗菩薩。さらにその周りに、金剛嬉菩薩、金剛鬘菩薩、金剛歌菩薩、金剛舞菩薩。さらにさらにその周りに、金剛鉤菩薩、金剛索菩薩、金剛鎖菩薩、金剛鈴菩薩。 全部で17尊。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
重文  愛染明王坐像  1躯  鎌倉時代・13世紀
重文 大日如来坐像  1躯  鎌倉時代・12~13世紀 栃木・光得寺蔵
重文 大日如来坐像  1躯  平安時代・11~12世紀
チャクラサンヴァラ父母仏立像  1躯 中国・チベットまたはネパール 15~16世紀
重文  十一面観音菩薩立像  1躯 中国 奈良・多武峯伝来 唐時代・7世紀
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4、無上瑜伽タントラ 慈悲と般若
Yab-yumは、男性尊格が蓮華座にて座し、伴侶がその腿に腰かける座位の構図。この交合の表現によって空性の智慧(女性原理、自利)と慈悲の方便(男性原理、利他)との一致を体現した仏陀の境地=大楽を表現。ヤブユムは無上瑜伽タントラと象徴主義が結びつき、男性像は「慈悲」(karuṇā) を与える男性原理である「方便」(upāya) 、その伴侶は女性原理である「般若」(prajñā) を象徴する。
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参考文献
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」東京国立博物館・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/3fyOaYF
金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、転識得智、仏陀への旅
https://t.co/MIXigqe3xH
東寺『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と無明の戦い、生命の根源
https://bit.ly/315UPn8
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子
https://bit.ly/2U9rO6s
六観音菩薩「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f

東寺・・・春爛漫の京都
空海と密教美術展・・・理念と象徴

田中公明『曼荼羅イコノロジー』1987
石田尚豊『曼荼羅の研究』全2巻、東京美術、1975年
関根俊一『仏尊の事典、壮大なる仏教宇宙の仏たち』1997
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愛染明王真言「オン・マカラギャ・バゾロシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク」
https://omajinai-navi.jp/aizen-myouou-mantra/ 
【不動明王、真言】【除霊や商売繁盛に効果抜群】「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ. ヤソハタヤ ウンタラタ カンマン」不動明王の真言は現世でご利益をもたらしてくれる。真言の意味は「憤怒の形相で強い力を持つ不動明王よ、私の迷いや厄を取り払い、願いを叶えてください」.。
―――
■密教彫刻の世界 、東京国立博物館
本館 14室 2019年3月19日(火) ~ 2019年6月23日(日)
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=5751
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1957
愛染明王、東京国立博物館
https://albireo190.blog.so-net.ne.jp/2013-09-03

■運慶周辺と康円の仏像 - 東京国立博物館 本館 14室  2012年7月31日(火) ~ 2012年9月17日(月)

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「愛染明王坐像」内山永久寺、奈良、鎌倉時代、13‐14世紀、東京国立博物館
「愛染明王像」康円作、鎌倉時代13世紀。京都神護寺から東京国立博物館に寄託。
画像出典「御朱印めぐりの旅日記」「風の詩SSブログ」
「大日如来坐像」運慶作、鎌倉時代12世紀、栃木、光得寺
「密教彫刻の世界」東京国立博物館・・・愛染明王、金剛薩埵の化身
https://bit.ly/2WNIoNt

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2019年6月 3日 (月)

『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と無明の戦い、生命の根源

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』183回
風薫る五月、花の匂いただよう森、紫の躑躅咲き乱れる道を歩いて博物館に行く。1200年前からこの世に伝わる、両界曼荼羅の前に立つと、朱色と緑色の彩の美しい絨毯のようである。1909体の仏尊が眩く輝く宇宙。理念を探求するものと現世との戦いが秘められている。
密教の香りが立ち昇る。胎蔵界灌頂、金剛界灌頂、伝法阿闍梨位灌頂、秘密の儀式の意味は何か。金剛界曼荼羅の意味は何か。美術史家は沈黙する。
両界曼荼羅は、愛と戦いの叙事詩、知恵の樹を昇る、知恵の探求、知恵からの下降、金剛界から現世との戦い。胎蔵界は、生命の根源から花開く愛。図像に秘められた金剛界の戦い、知の階梯。向上門は、知恵への道、向下門は、真理からの降臨である、理念を探求する智者と現実との戦い。天人、人界、修羅と、畜生、餓鬼、地獄との戦い。
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護精霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』 
大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【空海の密教】即身成仏。理念を現実に実現する世界観。法身=大日如来、報身=阿弥陀仏、応化身=釈迦牟尼仏。5世紀までにはその本質永遠性と現実即応の関連づけ、すなわち統一が問題となり、それが仏身論に及び、法身と色身(応身)を合せた報身が立てられ、三身説(法身、応身、報身)が成立した。
1、両界曼荼羅
【両界曼荼羅、「金剛界曼荼羅」】、成身会を中心に、三昧耶会、微細会、供養会、四印会、 一印会、理趣会、降三世会、降三世三昧耶会の九会からなる。知恵を表現する。
【両界曼荼羅、「胎蔵曼荼羅」】、中台八葉院を中心に、周囲に、遍知院、持明院、釈迦院、 虚空蔵院、文殊院、蘇悉地院、蓮華部院、地蔵院、金剛手院、除蓋障院が、同心円状にめぐり、すべてを囲む外周に外金剛部院(最外院)からなる。愛を表現する。
「真言秘蔵は経疏に隠密にして、図画を仮らざれば相伝すること能わず」(空海『請来目録』)
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【金剛界曼荼羅の基本となる成身会】は、金剛界五仏、十六大菩薩、四波羅蜜菩薩、内外の四供養菩薩、四摂菩薩の以上37尊より構成され、これを四大神と賢劫千仏と二十天が囲む。(智拳印)一仏のみで表す他は、中心となる成身会、羯磨会の1061尊を含め合計約1500尊を配する。
【金剛界曼荼羅】智拳印の大日如来を中心に、阿閃、宝生、阿弥陀、不空成就の五智如来をはじめとする金剛界三十七尊を含む1500体。
【胎蔵界曼荼羅】法海定印の胎蔵界の大日如来、宝幢如来、開敷華王(かいふけおう)如来、無量寿如来、天鼓雷音、胎蔵界五仏を中心に409体が描かれる。
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2、理趣会
【五秘密】五秘密は真言宗に於ける金剛界所立の秘法にして、金剛薩埵(中)、慾金剛(東)、触金剛(南)、愛金剛(西)、慢金剛(北)の五金剛菩薩の称なり。此慾触愛慢の四字は煩悩の名なれども仏徳を表わすが故に悉く秘密の名字を付するよりこの五尊を以て五秘密とは名づくなり。
【『金剛界曼荼羅』理趣会、金剛薩埵】金剛薩埵は、若くて美しい女。欲・触・愛・ 槾 、美しい菩薩によって囲まれている。欲金剛女菩薩、触金剛女菩薩、愛金剛女菩薩、槾金剛女菩薩。
【理趣会、四金剛女菩薩】『理趣経』に基づき煩悩即菩提を実現する金剛薩埵を主尊とし、初段「十七清浄句」を代表する欲金剛、触金剛、愛金剛、慢金剛の四金剛菩薩を東南西北に配し、欲金剛女、触金剛女、愛金剛女、慢金剛女の四金剛女菩薩を東南・西南・西北・東北に配する集会。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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3、空海と嵯峨天皇、空海と最澄、嵯峨天皇と平城上皇
【空海と最澄、第16次遣唐使】延暦23(804)年、第1船、遣唐大使・藤原葛野麿。空海は第1船に乗船。第2船、副使・石川道益(入唐後に没)乗船。最澄は第2船。最澄は、桓武天皇の勅命により遣唐僧、空海は私度僧。他の2船は遭難、沈没。
【乙訓寺、空海】弘仁2年(811)、嵯峨天皇により空海(弘法大師)が乙訓寺の別当に任ぜられた。翌年弘仁3年10月に最澄が立ち寄り、二人が初めて出会う。最澄46歳、空海36歳。
【空海、『理趣釈経』借覧拒否】最澄は、弘仁4年(813年)11月23日、『理趣経』の注釈書である不空の『理趣釈経』を借覧しようとしたが、空海は断る。空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』(『遍照発揮性霊集』)
【空海、最澄と決裂】弘仁4(813)年、『理趣釈経』借覧拒否。最澄に答えた書簡。「古の人は道の為に道を求め、今の人は名利の為に求む。名の為に求むるは、道を求むる志にあらず。」「夫れ秘蔵の興廃は唯汝と我なり」空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』
【嵯峨天皇、高野山勅許】弘仁7(816)年、七月八日 高野山開創の勅許を賜る。この年、『弁顕密二教論』(816)。弘仁14年(823)に嵯峨天皇より東寺を賜る。真言密教、真言陀羅尼宗の根本道場、教王護国寺とした。
【嵯峨天皇と平城上皇の戦い】810年(弘仁1)年9月10日に天皇は仲成を逮捕、佐渡権守に貶降、薬子を追放に処す。対して上皇は薬子とともに平城京から東国に向かい対抗、坂上田村麻呂らが迎撃態勢。平城京に戻り剃髪し、薬子は自殺。乱は3日間で終息。
――
4、空海『秘密曼荼羅十住心論』
空海『秘密曼荼羅十住心論』(830)は、蛭牙公子の水準を第1住心、亀毛先生(儒)の水準を第2住心、虚亡隠士(道)の水準を第3住心とし、仮名乞児(仏)の水準を第4住心から第10住心までの7つに細分化している。7つのうち、第4(声聞)と第5(縁覚)は小乗仏教、第6から第10まで(法相・三論・天台・華厳・真言)は大乗仏教、第10の真言だけが密教で、他の6つは顕教とされている。『三教指帰』(797)と『十住心論』(830)はつながっている。(上山春平)
空海『秘蔵宝鑰』目次
第一、異生羝羊心
   凡夫狂酔して 吾が非を悟らず。但し婬食(いんじき)を念ずること 彼の羝羊の如し。
 第二、愚童持斎心
   外の因縁に由って 忽ちに節食(せつじき)を思う。施心萌動(ほうどう)して 穀の縁に遇うが如し。
 第三、嬰童無畏心
   外道天に生じて 暫く蘇息を得。彼の嬰児と 犢子との母に随うが如し。
 第四、唯蘊無我心
   ただ法有を解(げ)して我人皆遮す。羊車の三蔵 ことごとくこの句に摂す。
 第五、抜業因種心
   身を十二に修して 無明、種を抜く。業生、已に除いて 無言に果を得。
 第六、他縁大乗心
   無縁に悲を起して 大悲初めて発る。幻影に心を観じて 唯識、境を遮す。
 第七、覚心不生心
   八不に戯(け)を絶ち 一念に空を観れば、心原空寂にして 無相安楽なり。
 第八、一道無為心
   一如本浄にして境智倶(とも)に融す。この心性を知るを号して遮那という。
 第九、極無自性心
   水は自性なし 風に遇うてすなわち波たつ。法界は極にあらず。警を蒙って忽ちに進む。
 第十、秘密荘厳心
   顕薬塵を払い、真言、庫を開く。秘宝忽ちに陳じて 万徳すなわち証す。
――
【空海】「現実に現身のままで大日如来になる。」(『即身成仏義』)空海は「法身仏、普遍的な存在が説法をする」と説く。釈迦牟尼の教えを超え、釈迦牟尼の悟りを成り立たせる真理そのものを仏(法身)として、教えの主体にした。『空海・生涯と思想』
――
5、胎蔵界曼荼羅、金剛界曼荼羅の原典
【『大日経』】『大毘盧遮那成仏神変加持経』は、善無畏(Śubhakarasiṃha、637-735)と唐の学僧たちによって724年に漢訳された。しかし、サンスクリット原本はまだ発見されていない。【『金剛頂経』】不空三蔵(705-774)がサンスクリット原本から訳した『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(大教王経)』がある。
――
参考文献
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、転識得智
https://t.co/MIXigqe3xH
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
空海『即身成仏義』、大日如来の知恵 五智如来の知恵
https://bit.ly/2O8YtbU
無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子
https://bit.ly/2U9rO6s
関根俊一『仏尊の事典、壮大なる仏教宇宙の仏たち』1997
石田尚豊『曼荼羅の研究』全2巻、東京美術、1975年






石田尚豊「曼荼羅の研究 」[PDF:195KB] - 日本学士院
本書において、恵果・空海以前の密教のマンダラなる胎蔵図像(善無畏作、円珍謂来)、胎蔵旧図様(不空、若しくは不空の流れを汲む者の作かと本著者はいう、円珍講来
東寺伝の曼荼羅図No273
https://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/e/e5881de0e90574b03369fd8125da0d7c

一印会 毘盧遮那如来

東寺『金剛界曼荼羅』『胎蔵界曼荼羅』西院本・・・知恵と無明の戦い、生命の根源

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展示作品の一部
国宝 両界曼荼羅図、金剛界、胎蔵界、(西院曼荼羅[伝真言院曼荼羅]) 平安時代・9世紀 京都・東寺蔵
展示期間:4月23日(火)~5月6日(月・休)
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1938
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★「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」、東京国立博物館、
2019年3月26日(火)~6月2日(日)

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2019年3月28日 (木)

「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴

Toji2019-01
Taisyakuten-touji
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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第176回
桜の森を歩いて博物館に行く。白象にのる帝釈天騎象像、六面六臂六足の大威徳明王騎牛像、七頭の獅子に乗る大日如来、鳥獣にのる金剛界五仏、幻の密教空間が蘇る。東寺、講堂における立体曼荼羅の意味は何か。金剛界曼荼羅、『即身成仏義』『理趣経』に謎を解く鍵がある。空海(774-835)が追求した理念は何か。
【旅する思想家、美への旅】空海は理念を探求して旅した。空海の24歳の苦悩は『聾瞽指帰』に刻まれている。空海、プラトン、玄奘三蔵、李白、王羲之、嵯峨天皇、ロレンツォ・デ・メディチ、理念に向かって旅する旅人。理念を追求する人は、この世の闇の彼方に美を求める。

【東寺、講堂における立体曼荼羅】五智如来と明王の象徴は何を意味するのか。1、五智如来、大日、宝生、阿弥陀、不空成就、阿閦。2、五菩薩、金剛波羅密、金剛宝、金剛法、金剛業、金剛薩埵。3、五大明王、不動明王、降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉。4、四天王、持国天、増長天、広目天、多聞天。5、二天、梵天、帝釈天。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
【空海、理念と象徴、密蔵深玄翰墨難載。更仮図画開示不悟】密教の理念は、象徴によって表現される。「法は本より言(ごん)なけれども、言にあらざれば顕われず。真如は色(しき)を絶すれども、色を待ってすなわち悟る。(略)密蔵深玄にして翰墨(かんぼく)に載せがたし。さらに図画を仮りて悟らざるに開示す。種々の威儀、種々の印契(いんげい)、 大悲より出でて一覩(いっと)に成仏す。経疏に秘略にしてこれを図像に載せたり。密蔵の要、実にここに繋(かかれり)。伝授受法、これを棄てて誰ぞ。『御請来目録』
【物の興廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道に在り。空海】物の栄えるか衰えるかは、それに関わる人の人柄と能力と智慧と努力による。また人の成功・失敗、浮き沈みは、その人が歩む道による。不正な道を歩いて栄える者には天罰が下る。口先、外面だけの人には、天罰が下る。「物之興廃必由人 人之昇沈定在道」空海『綜藝種智院式』『性霊集』
【空海、波瀾の遣唐船、謎の生涯】24歳で『聾瞽指帰』を書く。57歳で『秘蔵宝鑰』を書く。大学入学18歳から31歳、遣唐使、留学僧、入唐まで、大学中退、山林修行、謎の12年間。宝亀5年(774)6月15日生まれる。承和2年(835) 4月22日入定、62才。
24歳で『聾瞽指帰』797年を書く。57歳で『秘蔵宝鑰』830年
【空海、聖なる者は悪を滅ぼす】『理趣経』第三段。金剛手よ、もし理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとえ三界の一切の有情を害するも悪趣に堕せず。
――
【密教は、法身、大日如来が説いた教え】【仏陀の身体には、三身(法身・報身・応化身)がある】法身、大日如来。報身、仏陀となるための因としての行を積み、その報いとしての完全な功徳を備えた仏身。仏陀釈迦牟尼、応化身。
「仏に三身(法身・報身・応(化)身)あり。教は二種(顕教・密教)なり。応化の開説を名づけて顕教という。ことば顕略にして機に逗えり。法仏の談話これを密蔵(密教)という。ことば秘奥にして実説なり。」空海『弁顕密二教論』
空海『即身成仏義』。六大、無碍にして常に瑜伽たり。 四種の曼荼羅、各々離れず。三密加持すれば速疾に顕わる。重々たる帝網、名付けて即身という。
【因陀羅網】インドラ、すなわち帝釈天の宮殿を飾っている網。その網の結び目には宝玉がついており、それぞれが互いに反映している。華厳宗の説く、すべての事物が無限に交渉し、通じあっているとする事事無礙法界の比喩としてよく用いられる。『華厳五教章』
――
【空海と嵯峨天皇】大同4年(809)、4月3日神野親王が践祚、13日に即位式を挙げ嵯峨天皇となる。即位。7月16日、空海は、太政官符により高雄山寺に入住勅許。弘仁7年(816)嵯峨天皇から高野山を修行の地として賜り、金剛峯寺を開創した。空海は、弘仁14年(823)に嵯峨天皇より東寺を賜る。真言密教、真言陀羅尼宗の根本道場、教王護国寺とした。空海(774-835)は62歳で入定。嵯峨天皇(786-842)は、7年後世を去る。
――
参考文献
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」・・・空海、理念と象徴
https://bit.ly/3fyOaYF

金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、転識得智
https://t.co/MIXigqe3xH
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
空海『即身成仏義』、大日如来の知恵 五智如来の知恵
https://bit.ly/2O8YtbU
無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子
https://bit.ly/2U9rO6s
六観音菩薩「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
関根俊一『仏尊の事典、壮大なる仏教宇宙の仏たち』1997
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展示作品の一部
国宝「立体曼荼羅」東寺講堂、平安時代、承和6年(839)。2、五菩薩、3、五大明王、4、四天王、5、二天、
重要文化財 弘法大師像(談義本尊)賛 伝後宇多天皇筆 鎌倉時代・14世紀 東寺蔵
国宝 風信帖(第一、第二、第三通) 空海筆 平安時代・9世紀 京都・東寺蔵
国宝 空海撰「請来目録」最澄筆、平安時代9世紀、東寺蔵
国宝 金剛密教法具 中国 唐時代・9世紀 京都・東寺蔵
国宝 金剛密教法具 金剛盤、金剛五鈷鈴、金剛五鈷杵、中国 唐時代・9世紀 京都・東寺蔵
蘇悉地儀軌契印図 1巻 中国 唐時代 咸通5年(864年)東寺蔵
国宝 降三世明王(五大尊像)平安時代・大治2年(1127)東寺蔵
国宝 十二天屛風 平安時代・建久2年(1191) 京都・東寺蔵
国宝 両界曼荼羅図、金剛界、胎蔵界、(西院曼荼羅[伝真言院曼荼羅]) 平安時代・9世紀 京都・東寺蔵
国宝 兜跋毘沙門天立像 中国 唐時代・8世紀 京都・東寺蔵 平安京の羅城門に安置
重要文化財 五大虚空蔵菩薩坐像、金剛虚空蔵菩薩、法界虚空蔵菩薩 中国 唐時代・9世紀 東寺蔵
後七日御修法(ごしちにちみしほ)。1月8日から7日間、宮中真言院で行われた真言宗の重要な儀式。元日から7日までの節会の後、7日間の修法から後七日といい、真言院御修法、後七日法ともいう。834年(承和1)空海が勅命により大内裏中務省において始行、同年空海が上奏、唐の不空の例にならって宮中に真言院が造立された。慶応3年1867年以降、現在は、東寺、灌頂院において行われる。『国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅』図録P65
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特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」 / 平成館 特別展示室 2019年3月26日(火) ~ 2019年6月2日(日)
国宝 帝釈天騎象像 平安時代・承和6年(839) 東寺蔵
東寺(教王護国寺)は、平安京遷都に伴って、王城鎮護の官寺として西寺とともに建立されました。唐で新しい仏教である密教を学んで帰国した弘法大師空海は、823年に嵯峨天皇より東寺を賜り、真言密教の根本道場としました。2023年には、真言宗が立教開宗されて1200年の節目を迎えます。空海のもたらした密教の造形物は、美術品としても極めて高い質を誇り、その多彩さや豊かさはわが国の仏教美術の中で群を抜いています。本展は、空海にまつわる数々の名宝をはじめ、東寺に伝わる文化財の全貌を紹介するものです。空海が作り上げた曼荼羅の世界を体感できる講堂安置の21体の仏像からなる立体曼荼羅のうち、史上最多となる国宝11体、重文4体、合計15体が出品されるほか、彫刻、絵画、書跡、工芸など密教美術の最高峰が一堂に会します。東寺が1200年にわたり、空海の教えとともに守り伝えてきた至宝をご堪能ください。https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1938

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★「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」、東京国立博物館、
3月26日(火)~6月2日(日)
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2019年3月 5日 (火)

密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅

KouboudaisiKongokai2019Matsunagayukei大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第174回
智慧によって、現実の世界と戦う。智慧を世界に実現する。これが金剛界のテーマである。 『般若理趣経』は、「般若の知恵に至るための道筋」、智慧の究極に至る道筋である。
『理趣経』の教主は、大日如来であり、その場所は、欲界、第六天、他化自在天である。三界(無色界、色界、欲界)のうち、欲界の支配者が第六天魔王。織田信長は、第六天魔王と自ら称した1573(元亀4)年。*六道輪廻の天道の最下天が他化自在天。
蓮華が泥から咲きいでて、花は汚れに汚されず、すべての欲もまた同じ。そのままにして人を利す。
不空が763年から771年に訳した、不空訳『大楽金剛不空真実三摩耶経』が読誦されている。サンスクリット語原典『般若波羅蜜多理趣百五十頌』(初会『金剛頂経(真実摂経)』『理趣広経』)の訳とされる。
自性清浄の思想を説く経典であるためこの理趣経をめぐって事件が起こった。(十七清浄句が問題とされた)。
空海と最澄
最澄は、弘仁4年(813年)11月23日、『理趣経』の注釈書である不空の『理趣釈経』を借覧しようとしたが、空海は丁重に断った。空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』(『遍照発揮性霊集』)
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1、五成就
序文、誰が《教主》、いつ《時》、どこで《住処》、誰のために《衆》、どのような内容《信》を説いたかという《五成就》が示される。
『般若理趣経』経典の《教主》は五智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智・清浄法界智)を具えた大毘盧遮那如来であり、《時》はあるとき、《住処》は三界(欲界、色界、無色界)のうち欲界の最頂上にある他化自在天である。
そして、八大菩薩(金剛手、観自在、虚空蔵、金剛拳、文殊師利、纔発心転法、虚空庫、 摧一切魔)を筆頭に、《衆》すなわち数え切れないほど多くの菩薩衆に対して、一切法の清浄句門(現実の一切の世界は自他の対立を離れた清浄な世界である)という《信》が説かれる。
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2、初段、「妙適清浄の句、これ菩薩の位なり」で始まり、慾箭・觸・愛縛・見・適悅・愛・慢・莊嚴・意滋澤・光明・身樂・色・声・香・味という男女の合体の経過になぞらえた16の清浄の句も菩薩の位である。*(妙適=男女合体の喜び)。
*17清浄句
初段、金剛手を相手に大毘盧遮那が説き、金剛薩埵が「吽」という種字にまとめる。密教の世界では、金剛手も大毘盧遮那も金剛薩埵も同一。
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3、【『般若理趣経』第三段】「金剛手よ、もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず」
空海【聖なる者は悪を滅ぼす】【『理趣経』「第三段」】の教説に関して不空訳『理趣釈』において三界の衆生とは三毒の煩悩と注釈されているが、当該注釈の方向性は空海にも継承され、空海は三界の衆生を害することとは三界の無明を断じることに他ならないとしている。*三毒。貪欲・瞋恚・愚痴。貪瞋痴。
「三界の一切の衆生を害しても、般若理趣の法門を奉じているならば、悪趣に墜ちることは無い」。

【『般若理趣経』】「たとひ広く積習するも必ず地獄等の趣に堕せず、たとひ重罪を作るとも消滅せんこと難からず(初段)」「たとひ現に無量の重罪を行ずとも必ず能く一切の悪趣を超越す(第二段)」【『般若理趣経』】「金剛手よ、もしこの理趣を聞きて受持し読誦することあらば、たとひ三界の一切の有情を害すも悪趣に堕せず(第三段)」
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4、第十七段「百字の偈」
菩薩勝慧者乃至盡生死恒作衆生利而不趣涅槃
般若及方便智度悉加持諸法及諸有一切皆清浄
欲等調世間令得浄除故有頂及悪趣調伏盡諸有
如蓮體本染不為垢所染諸欲性亦然不染利群生
大欲得清浄大安楽富饒三界得自在能作堅固利
菩薩は勝れし知慧を持ち、なべて生死の尽きるまで恒に 衆生の利をはかり、たえてねはんに趣かず。
般若及方便、智慧の及ばぬものはなし。もののすがた[=有]も、そのもの[=法]も、一切のものは皆清浄し。
欲が世間をととのえて、よく浄らかになすゆえに、有頂天 もまた悪も、みなことごとくうちなびく。
蓮の体は本染にして、垢(く)の為に染せられざるが如く、諸欲の性も亦然(しか)なり。不染にして群生(ぐんじょう)を利す。
そのままにして人を利 大なる欲は清浄なり、大なる楽に富み饒う。三界の自在身につきて、固くゆるがぬ利を得たり
*五秘密菩薩の境地を詩で表現した。
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5、五秘密の悟り、深秘の法門、五秘密の巻、『理趣経』17段、
五秘密の教え。金剛薩堙を欲触愛慢の金剛菩薩が囲む。欲金剛、触金剛、愛金剛、慢金剛の四金剛菩薩を東南西北に配し、欲金剛女、触金剛女、愛金剛女、慢金剛女の四金剛女菩薩を東南・西南・西北・東北に配する集会。
五秘密の教えを図解したのが金剛界曼荼羅「理趣会」である。
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【欲界、六欲天の天人の楽しみ】第六天、他化自在天、他者を楽しませる事を楽しむ。化楽天、自ら楽しみを作り出す。兜率天、宇宙の法則を楽しむ。夜摩天、自然を楽しむ。忉利天、秩序を維持する事を楽しむ。四大王衆天、敵と戦って世界を守る事を楽しむ。
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空海と真言密教 参考文献
空海の旅 旅する思想家、美への旅
https://t.co/HPPpp3e5iL
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T
金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、転識得智、仏陀への旅
https://t.co/MIXigqe3xH
空海『即身成仏義』、大日如来の知恵 五智如来の知恵
https://bit.ly/2O8YtbU
無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子
https://bit.ly/2U9rO6s
――
「京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-」・・・醍醐寺三宝院、織田信長のために祈祷する
https://bit.ly/2NHbWso 
六道輪廻、六観音菩薩
「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
空海と密教美術展・・・理念と象徴
https://bit.ly/2Dygyvp
密教経典『理趣経』・・・空海と金剛界曼荼羅
https://bit.ly/2H2diKc
――
参考文献
松長有慶『密教経典成立史論』法蔵館 1980
松長有慶『秘密の庫を開く 密教教典 理趣経』集英社〈仏教を読む7〉1984
松長有慶『空海-無限を生きる』集英社〈高僧伝4〉 1985
金岡秀友『理趣経』世界古典文学全集、筑摩書房
宮坂宥勝『密教経典』『理趣経』講談社学術文庫
松長有慶『秘密の庫を開く―密教経典 理趣経』集英社
金剛界曼荼羅「理趣会」
http://www.mikkyo21f.gr.jp/mandala/mandala_kongoukai/07.html
http://blogyang1954.blog.fc2.com/blog-entry-1799.html
https://piicats.net/rishunaiyou.htm

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2018年12月 3日 (月)

無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子

Kuukai_0Buddha_on_first_sermon大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第165回
森林の樹下に瞑想する仏陀は月影に何を思うのか。
無我(anātman)説と輪廻転生(saṃsāra)は、根本的に矛盾する。この矛盾をどのように解決するのか。この問題は、婆羅門教のアートマンと仏教の無我説の対立に根源がある。仏教2千5百年、多彩な仏教の学派には、この問題を解く学派がある。
【中観派と唯識派の対立】空を説く中観派と阿頼耶識を説く唯識派が二大思潮を形成、6-7世紀頃から論争が行われた。
この問題について、島薗進先生に質問したことがある。島薗先生の解答は、十二縁起説(dvādaśāṅgika-pratītyasamutpāda)により輪廻転生が説明されるという回答である。
六観音菩薩の思想は、六道輪廻の思想に基づいている(*天台智顗『摩訶止観』)。十一面観音菩薩、怒りと争いの修羅道を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩薩、神通力をもつ天人を救う。
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【識體の転変、第八識】識は転変する(転識得智)。前五識は、五感(眼、耳、鼻、舌、身)による感覚作用であり、これが成所作智、不空成就如来の智恵になる。第8識、阿頼耶識(大円鏡智)が転じて、有が生じ、輪廻転生が起きる。
*注 十二縁起。無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死→(無明に繋がる)。
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【識體の転変、種子薫習】阿頼耶識に薫じられて迷界を顕現する種子は3つある。名言種子、我執種子、有支種子。『摂大乗論』。
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第六識、第七識、第八識、第九識
第六識は五感の感覚的情報に基づいて行動や判断する意識であり、妙観察智、阿弥陀如来の智恵に転じる。転識得智
第七識は第6識の意識下にある無意識、末那識で自我を形成する。これが平等性智、宝生如来の智恵に転じる。
第八識は意識されない潜在意識、阿騾頼耶識(ālaya-vijñāna)で、生死輪廻する業の主体である。これが大円鏡智、阿閦如来の智恵に転じる。
第九識、阿摩羅識(amala-vijñāna)唯識思想(法相宗)では、八識を説く。 すべては阿頼耶識より縁起するとし、主に迷いの世界であるが悟りも阿頼耶識より生じるとする。 一方、心は本来清浄であるとする如来蔵思想がある。 これらの思想を止揚するため、天台宗や華厳宗など諸派は、この阿摩羅識を加えて新たに九識を立てた。天台宗では、阿摩羅識をけがれが無い無垢識・清浄識、また真如である真我、如来蔵、心王であるとし、すべての現象はこの阿摩羅識から生れるとした。
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■金剛界曼荼羅
中央に中心となる「成身会」があり、その下に「三昧耶会」、その左に「微細会」、その上に「供養会」、その上に「四印会」、その右に「一印会」、その右に「理趣会」、その下に「降三世会」、その下に「降三世三昧耶会」。成身会から下るのを向下門。降三世三昧耶会から上るのを向上門。金剛界曼荼羅を成身会へいかにして上るのか。
「成身会」「三昧耶会」「微細会」「供養会」「四印会」「一印会」「理趣会」『金剛頂経』金剛界品に、「降三世会」「降三世三昧耶会」が降三世品に拠る。
■金剛界曼荼羅、理趣会
即身成仏の思想が図示されている。
『理趣経』17段【深秘の法門 】五種秘密三摩地の章【五秘密尊】金剛薩埵の周りに、金剛欲明妃、金剛蝕明妃、金剛愛明妃、金剛慢明妃、4の明妃が囲む。
『理趣経』第一段、第一七段に理趣経の核心、密教の思想が集約されている。
『理趣経』1段、【大楽の法門】金剛薩埵の章、十七清浄句
『理趣経』17段、【深秘の法門】五種秘密三摩地の章【五秘密菩薩】
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『金剛界曼荼羅』理趣会。五秘密菩薩。
金剛薩埵は、若くて美しい女、欲・触・愛・ 槾 、美しい菩薩によって囲まれている。欲金剛女菩薩、触金剛女菩薩、愛金剛女菩薩、槾金剛女菩薩。松長有慶『理趣経』P265
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★参考文献
無着『摂大乗論』
世親『唯識三十頌』
松長有慶『理趣経』
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金剛界曼荼羅の五仏、五智如来、仏陀への旅
転識得智、種子薫習
https://t.co/MIXigqe3xH
空海『即身成仏義』、大日如来の知恵 五智如来の知恵
https://bit.ly/2O8YtbU
【質疑応答】島薗進×大久保正雄『死生学』
https://bit.ly/2AeU3Hv 
空海の旅 旅する思想家、美への旅
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旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
https://bit.ly/2zsD05T

無我説と輪廻転生、仏教の根本的矛盾・・・識體の転変、種子薫習。名言種子、我執種子、有支種子

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「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、・・・純粋な美しい魂に舞い降りる
https://bit.ly/2C0ZL2f
「京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-」・・・醍醐寺三宝院、織田信長のために祈祷する
https://bit.ly/2NHbWso 
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★空海、金剛峰寺
初転法輪の仏陀、Sarnath Buddha

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2018年10月 7日 (日)

「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」・・・純粋な美しい魂に舞い降りる

Kaikeijoukei2018大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第158回
金木犀の香る森を歩いて、博物館に行く。夕暮れの森、夕暮れの諧調、夕暮れの寺院、観音菩薩は純粋な美しい魂に舞い降りる。
六観音菩薩の思想、六道輪廻の思想が、800年前の仏像に顕現されていて、感銘を受ける。
観音菩薩の光背の透かし彫りが生みだす美しい影。
【六観音菩薩】如意輪観音菩薩は、神通力をもつ天人を救う。准胝(不空羂索) 観音菩薩は、四苦八苦の人道を救う。十一面観音菩薩は、怒りと争いの修羅道を救う。馬頭観音菩薩、弱肉強食の畜生道を救う。千手観音菩薩、飢えと渇きの餓鬼道を救う。聖観音は、地獄道を救う。

【六観音菩薩】聖観音菩薩は、地獄道の者を救う。千手観音菩薩、飢えと渇きの餓鬼道の者を救う。馬頭観音菩薩、動物の弱肉強食の畜生道の者を救う。十一面観音菩薩、怒りと争いの修羅道を救う。准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、四苦八苦の人道を救う。如意輪観音菩薩、神通力をもつ天人を救う。
この世は、競争社会である。弱肉強食の畜生、怒りと争いの修羅。強奪と詐欺と殺戮と裏切りの悪鬼に満ち充ちている。神通力をもつ天人を救うのは、如意輪観音である。
競争社会のフランスを逃れて、ポルトガルに移住するフランス人。金権社会のイギリスを逃れて、イタリアに移住するイギリス人。織田信長は、階級社会の日本を嫌悪、天下布武、既存の階級社会、価値観を拒否して、戦いと茶会を展開した。天道を追求した織田信長。
【信長の弟信行、病いの織田信長を殺しにやってくる】信行、弘治3 (1557)年11月2日、二度目の謀反を企て、清洲城へ信長の見舞いにくる。清洲城北櫓天主、次の間で信長の命を受けた河尻秀隆ら、あるいは池田恒興らによって返り討ち。復讐する信長24歳。
【織田信長、天下布武、茶会】織田信長は、1567(永禄10年) 天下布武から、戦いと茶会を展開する。1568(永禄11年)9月26日、信長、入京。1571年(元亀二年)、織田信長、東福寺にて茶会。
*大久保 正雄『戦う知識人の精神史』
――
【六観音菩薩】聖観音菩薩、千手観音菩薩、馬頭観音菩薩、十一面観音菩薩、准胝観音菩薩(不空羂索観音菩薩)、如意輪観音菩薩
六観音菩薩は、聖観音、千手観音、馬頭観音、十一面観音、准胝観音、如意輪観音。*六観音菩薩は、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道。六道から生きものを救う。(天台智顗『摩訶止観』)
衆生がその業の結果として輪廻転生する6種の世界(境涯)、六趣、六界。
【六道輪廻】天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道、
【死生学】【六道輪廻】責め苦の地獄道、飢えと渇きの餓鬼道、弱肉強食の畜生道、争い殺し合う修羅道、四苦八苦の人間道、天人は神通力が使えるが苦に悩む天道。六道輪廻から生きものを救う観音菩薩。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
――
天台僧の義空(1172~1241)は、釈迦は永久にこの世に存在し法を説くという『法華経』の教えにもとづいて、1220(承久2年)大報恩寺を創建した。快慶作の十大弟子立像と、快慶の弟子、行快作の釈迦如来坐像は、法華経の世界を表現する。
運慶一門の慶派仏師、定慶作の六観音菩薩像が伝来する。貞応三年(1224)に、定慶が造ったと准胝観音の像内墨書銘にある。運慶の長男である湛慶より十歳ほど若い定慶は、運慶の弟子。
――
展示作品の一部
運慶の晩年の弟子、定慶が41歳の時に制作した「六観音菩薩像」。大報恩寺の秘仏本尊、快慶の弟子、行快作「釈迦如来坐像」、快慶作「十大弟子立像」、運慶の弟子、行快とほぼ同じ世代である肥後定慶作「六観音菩薩像」。
行快作「釈迦如来坐像」、鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺蔵
快慶作「十大弟子立像」、鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺蔵
阿難陀(あなんだ)、羅睺羅(らごら)、優婆離(うぱり)、阿那律(あなりつ)、迦旋延(かせんえん)、富楼那(ふるな)、須菩提(すぼだい)、大迦葉(だいかしょう)、目犍連(もくけんれん)、舎利弗(しゃりほつ)
肥後定慶作「六観音菩薩像」、聖観音、千手観音、馬頭観音、十一面観音、准胝観音、如意輪観音 鎌倉時代・貞応3年(1224)京都・大報恩寺蔵
――
★参考文献
「運慶」東京国立博物館・・魂の深淵
http://bit.ly/2xK3Hlr
法華寺「十一面観音」の美・・・純粋な魂に舞い降りる
https://bit.ly/2NKS5IP
「国宝 阿修羅展」・・・阿修羅像の謎、光明皇后、天平文化の香り
https://bit.ly/2zKYquU
「国宝 薬師寺展」・・・月光菩薩、日光菩薩、白鳳文化の美の香り
https://bit.ly/2Ovw4gs
「栄西と建仁寺」・・・天下布武と茶会、戦国時代を生きた趣味人
https://bit.ly/2OAhnsz
妙心寺展・・・禅の空間、近世障屏画の輝き
https://bit.ly/2OACxXq

「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」・・・純粋な美しい魂に舞い降りる

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京都市上京区に所在する大報恩寺は、鎌倉時代初期に開創された古刹です。釈迦如来坐像をご本尊とし、千本釈迦堂の通称で親しまれています。本展では、大報恩寺の秘仏本尊で、快慶の弟子、行快作の釈迦如来坐像、快慶作の十大弟子立像、運慶の弟子で、行快とほぼ同じ世代である肥後定慶作の六観音菩薩像など、大報恩寺に伝わる鎌倉彫刻の名品の数々を展示いたします。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1914
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特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」、東京国立博物館、2018年10月2日(火) ~12月9日(日)
九州国立博物館、2019/4/23(火) ~ 2019/6/16(日)                            

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