モネ没後100年 クロード・モネ —風景への問いかけ・・・ル・アーヴルからの旅立ち

大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第419回
クロード・モネ —、ル・アーヴルからの旅立ち、パリ、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジヴェルニー、終焉の地。
クロード・モネ(1840–1926)は、86年の生涯にわたって旅を続けた。【セーヌ川の旅】ル・アーヴルからの旅立ち、パリ、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジヴェルニーの庭へ。『アルジャントゥイユのレガッタ』1872。『睡蓮の池、緑のハーモニー』1899.ル・アーヴルで、風景画家ウジェーヌ・ヴ―ダンと出会い、海と空を描くことを学んだ。34歳で友人たちと「印象派展」と後に呼ばれる会を作った。モネ『印象、日の出』1872マルモッタン美術館。
【海辺の旅】エトルタ、『かささぎ』1868-69、ベリール島、『嵐、ベリールの海岸』1886。【ヨーロッパの旅】『オランダのチューリップ畑』1886、『ルーアン大聖堂、扉口とサン・ロマン塔、陽光』1893、『ウォータールー橋、ロンドン』1902『ロンドン国会議事堂』1904、『黄昏、ヴェネツィア』1908、モーパッサン「(モネは)画家というより狩人」。至る所へ旅して主題を探した。
クロード・モネ(1840–1926)86年の旅で求めたものは何か。亡き妻カミーユとジャンの失われた愛、絵画の革命家マネとの友情だろうか。【失われた愛】を求めて【ジヴェルニーの庭】に43年間、愛を注いだ。最悪の人カミーユ。
クロード・モネ『散歩、日傘をさす女』1875年。1875年、モネが34歳の時に描いた。描かれているのはモネの最初の妻カミーユとその長男ジャン。ジャンは当時5歳。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【ジヴェルニーの庭】1879年、カミーユ32歳で死す。1883年春、42歳のモネ、フランス北部ノルマンディー地方セーヌ川流域のジヴェルニーに移り住む。43歳から、1926年86歳で死ぬまで、43年間、ジヴェルニーの庭を描き続ける。
【モネの謎】【モネ1840-1926】1884年以後、人物画を描かなくなったのは何故か。印象派展、止めたのは何故か。晩年の画風が抽象絵画なのは何故か。
【ゴッホ1823-1890】ひまわりを沢山描いたのは何故か。耳切事件1888は何故か。糸杉1889、描いたのは何故か。ピストル事件は何故か。『種まく人』『アルルの跳ね橋』『夜のカフェテラス』『ひまわり』『収穫』『夕日を背に種まく人』1888アルル、『星月夜』『糸杉』サンレミ1889、『夜のプロヴァンスの糸杉と田舎道』『烏の群れ飛ぶ麦畑』オーヴェール=シュル=オワーズ1890。
【モネの謎 カミーユ】クロード・モネ(1840年11月14日 – 1926年12月5日)86歳で死す。1879年、カミーユは32歳で死去。モネ《死の床のカミーユ》1879年 オルセー美術館蔵。最悪の人カミーユ、その人柄を知ることができないのは何故か。
『クロード・モネ —風景への問いかけ』』図録、p122。『印象、日の出」1872、「散歩、日傘」1879、すべてカミーユの生きている時代である。
【マネとモネ】【1863年エドゥアール・マネ「草上の昼食」事件」】
エドゥアール・マネ『水浴(のちに『草上の昼食』に改題)』、モネ「草上の昼食」1865-66、により、改題。1863年にナポレオンの指揮で開催された「落選者展」で起きた。エドゥアール・マネ⦅草上の昼食⦆1863年 オルセー美術館蔵、中産階級の男二人と裸体の娼婦がピクニックをしている。ジョルジョーネ「テンペスト」「草上の合奏」の影響がある。ここで事件が起きた原因は「現実世界の女性の裸体を描いたから」。当時はこれがタブー中のタブー。女性の裸体を描いていいのは「宗教画・寓意画(ギリシャ神話など)」に限られていた。「古典主義に一石を投じた」【1865年モネ、サロンで入選】モネは、サロンで見事に入選を果たす。1865年『オンフルールのセーヌ河口』、1866年『緑衣の女』で入選。マネ1865年『オランピア』でサロンに入選。1869年、1870年は2年連続で落選。特に1870年に出品したモネ『ラ・グルヌイエール』。当時、水面に反射する太陽光の表現を極め続けていた。【1870年モデルのカミーユと結婚】1873年小さなボートを買って、アトリエ舟として使うようになった。マネはモネとカミーユの一枚を描いている。エドゥアール・マネ⦅アトリエ舟で描くクロード・モネ⦆1874年。
モネ 睡蓮のとき2・・・絶望を超えて、朦朧派
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モネ 睡蓮のとき・・・モネの生涯と藝術、絶望を超えて、失われた時を求めて
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プレスリリースより
印象派の巨匠クロード・モネ(1840–1926)は、自然光の移ろいに魅せられ、その美しさをカンヴァスにとどめようと生涯をかけて探求しました。
オルセー美術館がモネの没後100年という国際的な記念の年の幕開けを飾る展覧会と位置づける本展では、ル・アーヴル、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジヴェルニーなど、モネの創作を語る上で重要な場所と時代から、その画業の発展を丹念にたどります。
また、同時代の絵画や写真、浮世絵、アール・ヌーヴォーの工芸作品などの表現との関わりから、モネの創作の背景や動機を読み解き、現代の映像作家アンジュ・レッチアによるモネへのオマージュとして制作された没入型の映像作品も展示します。様々なジャンルの視覚表現を交錯させることで、モネの創作活動に新たな光を当てる、全く新しいモネの展覧会です。
モネの作品41点を含む、オルセー美術館所蔵の約90点に、国内の美術館や個人所蔵作品を加えた合計約140点で、風景画家としてのモネの魅力に迫ります。
近代化が進み、風景が大きく変わる時代に生きたモネは、変わりゆく風景とどう向き合い、それをどう作品に表現したのでしょうか。自然環境が変動する今、モネのまなざしを通して「自然とどのように向き合うのか」という普遍的な問いを、現代を生きる私たちに投げかけます。
1. モネの画業を年代順に追い、風景画をどう革新したかに迫る
モネの画業を年代順に追い、風景画をどう革新したかに迫るクロード・モネはその生涯を通じてさまざまな場所を訪れ、さまざまな方法で制作を行っています。モネの画業を年代順に追い、晩年の「睡蓮」の連作へと繋がっていくテーマや技法を順を追って提示し、モネの風景画の革新性に迫ります。
2. 同時代の画家たちの絵画や写真、浮世絵、アール・ヌーヴォーの美術工芸など、様々なジャンルの視覚表現と交錯させる、前例のない全く新しいモネの展覧会
モネの風景画制作は、穏やかな情景や、時に雪、風、雨といった猛威を振るう自然に向き合い、それをありのままに画布に留めた、と説明されがちです。しかしモネの風景画は、実は画家のたゆまざる探求による幅広い視覚的・芸術的教養から育まれたものだったのです。自然との対時を起点としながらも、モネは過去の、あるいは同時代の画家たちの影響に留まらず、写真や浮世絵など新しい表現にも注目し、そうした変化の中で画家としての自分の立ち位置を明確にしたのです。
3. オルセー美術館が誇るモネ・コレクションから選りすぐりの作品が来日
オルセー美術館が所蔵するモネの絵画作品は73点。世界で最も重要かつ網羅的なコレクションのひとつです。これはモネの画家仲間ギュスターヴ・カイユボットをはじめ、多くの人たちの寄贈により形成されたもので、このコレクションを通じて、印象派を一人で要約しているかのようなモネの画業を辿ることができるのです。今回はその中から日本初公開作品を含む選りすぐりの41点が来日します。
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★展示作品の一部
クロード・モネ《戸外の人物習作-日傘を持つ右向きの女》1886年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵 Photo コピーライト GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Stéphane Maréchalle / distributed by AMF
【日本初公開】クロード・モネ《トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル》1870年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《かささぎ》1868-69年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》1878年、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《死の床のカミーユ》1879年 オルセー美術館蔵
クロード・モネ《アルジャントゥイユのレガッタ》1872年頃、オルセー美術館蔵
【日本初公開】クロード・モネ《昼食》1873年頃、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《サン=ラザール駅》 1877年、油彩・カンヴァス 、オルセー美術館蔵F
クロード・モネ《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》1904年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》1900年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
【日本初公開】ピーター・ヘンリー・エマーソン《睡蓮の採取》1886年、プラチナ・プリント、ガラス乾板より、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《ノルウェー型の舟で》1887年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
クロード・モネ《睡蓮の池》1907年、油彩・カンヴァス、石橋財団アーティゾン美術館蔵
クロード・モネ《睡蓮の池、緑のハーモニー》1899年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館蔵
エミール・ガレ《静淵》1889-90年、多層吹きガラス、オルセー美術館蔵
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参考文献
モネ没後100年 「クロード・モネ —風景への問いかけ」・・・ル・アーヴルからの旅立ち
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『クロード・モネ —風景への問いかけ』』図録、アーティゾン美術館、2026。p122。
「大回顧展 モネ 印象派の巨匠 その遺産」図録、国立新美術館、2007
印象派 モネからアメリカへ モネ、絶望を超えて
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モネ 連作の情景・・・人生の光と影
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憧憬の地 ブルターニュ・・・最果ての地と画家たち2023
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クロード・モネ『日傘の女』・・・運命の女、カミーユの愛と死
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「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」国立新美術館・・・光の画家たちの光と影
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シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
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モネ 睡蓮のとき・・・モネの生涯と藝術、絶望を超えて、失われた時を求めて
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モネ 睡蓮のとき2・・・絶望を超えて、朦朧派
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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第382回
国立新美術館で「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」国立新美術館、2014年7月9日(水)~10月20日(月)モネの『草上の昼食』が日本初公開! 「印象派の殿堂」オルセー美術館から珠玉の絵画84点が来日。
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★モネ没後100年 クロード・モネ —風景への問いかけ、アーティゾン美術館
2026年2月7日[土] - 5月24日[日]
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