中国美術

2017年8月15日 (火)

ボストン美術館の至宝展、東京都美術館・・・陳容「九龍図巻」

Boston201707Boston2017kyuuryuu01蝉しぐれの森を歩いて、美術館に行く。
夏の花に舞う蝶を見ると、ある歌を思い出す。
友よいとしの我友よ、色香ゆかしき白百合の心の花と咲き出でし世に香ぐはしく馨るらむ。
(*「色香ゆかしき白百合、『相思樹の譜』、ひめゆり学徒隊」)
雲のなかに舞う龍
南宋の文人画家の陳容「九龍図巻」(1244)は、雲のなかに九匹の龍が舞う。10メートルの水墨画。清の乾隆帝に愛蔵されていた名品。文人画家、陳容は、自然主義を超えて、破墨、発墨の技法を用いて、精神あふれる龍を描いた。闇のなかで、歴史を超えて生き生きと躍動する水墨画の美に瞠目する。
宋画6点、展示されていて圧巻である。 北宋徽宗「五色鸚鵡図巻」、南宋馬遠「柳岸遠山図」、夏珪「風雨舟行図」、大徳寺「五百羅漢」から周季常1178年頃「観舎利光図」「施財貧者図」、陳容1244年「九龍図巻」。
ボストン美術館は、1870年設立。顧問として招かれた岡倉天心は1905年、東洋美術の蒐集を始める。
「ボストン美術館 日本美術の至宝」東京国立博物館2012年、「ボストン美術館 肉筆浮世絵展、江戸の誘惑」江戸東京博物館2006年を思い出す。
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美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
黄昏の丘、黄昏の森。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
「ツタンカーメン王頭部」Head of King Tutankhamen
エジプト、新王国時代、第18王朝、ツタンカーメン王治世時
紀元前1336-1327年
高さ30.5cm×幅26.7cm×奥行22.2cm 砂岩
「メンカウラー王頭部」 Head of King Menkaura (Mycerinus)エジプト、古王国時代、第4王朝、メンカウラー王治世時、 紀元前2490-2472年  高さ29.2cm×幅19.6cm×奥行21.9cmトラバーチン(エジプト・アラバスター)
Harvard University - Boston Museum of Fine Arts Expedition, 09.203
陳容 「九龍図巻」(部分)Chen Rong Nine Dragons南宋、1244年(淳祐4年)
46.2cm×958.4cm 一巻、紙本墨画淡彩
徽宗「五色鸚鵡図巻」Emperor Huizong Five-colored parakeet on a blossoming apricot tree 北宋、12世紀初期 53.3cm×125.1cm 一巻、絹本着色
曾我蕭白 「風仙図屏風」Soga Shôhaku,Transcendent Attacking a Whirlwind江戸時代、1764年(宝暦14年/明和元年)頃 155.8cm×364cm 六曲一隻、紙本墨画
英一蝶「涅槃図」江戸時代、1713(正徳3)年
喜多川歌麿「三味線を弾く美人図」1804-06(文化1-3)年頃
Fenollosa-Weld Collection, 11.4642
フィンセント・ファン・ゴッホ「郵便配達人ジョゼフ・ルーラン」1888年
Gift of Robert Treat Paine, 2nd, 35.1982
フィンセント・ファン・ゴッホ「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」1889年
クロード・モネ 「ルーアン大聖堂、正面」Claude Monet
Rouen Cathedral, Façade 1894年
フィッツ・ヘンリー・レーン「ニューヨーク港」 Fitz Henry Lane, New York Harbor1855年頃
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ボストン美術館 日本美術の至宝、東京国立博物館、2012年3/20~6/10
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1416
ボストン美術館 肉筆浮世絵展、江戸の誘惑、江戸東京博物館
2006年10月21日(土)〜12月10日(日)
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★ボストン美術館の至宝展-東西の名品、珠玉のコレクション、東京都美術館
2017年7月20日(木)~10月9日(月・祝)
http://www.tobikan.jp/exhibition/2017_boston.html

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2015年11月25日 (水)

「始皇帝と大兵馬俑」・・・皇帝の猜疑心と残虐

20151027紅葉の森を歩いて、博物館に行く。博物館は、夢と冒険の宝庫。見果てぬ夢の果ての幻の地。
現代でも権力の頂点に立つ悪霊がいる。皇帝の猜疑心と残虐。恨みの血は、千年地中に埋もれて、土の中で宝玉となる。皇帝の悪霊は、天によって滅ぼされる。恨血千年土中碧。天誅下るべし。苦難を超えて、美と真実は蘇る。
博物館のソファで微睡んでいると岸田劉生の蒐集家に出会う。「岸田劉生の絵画40点、所蔵している。幻の麗子像がある。劉生は、写実で麗子を描いたのではなくわが子への強烈な思いが籠もっていた。初期伊万里200点所蔵。軍艦島端島に写真撮影に行ったが異民族の怨念の籠る島なので行かないほうがいい」と蒐集家は語る。
美への旅、大久保正雄『旅する哲学者』『哲学の迷宮』より
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【秦、始皇帝】嬴政・・・権力の頂点に立つ者の猜疑と残虐
始皇帝(紀元前259年 - 紀元前210年)は、中国戦国時代の秦王(在位紀元前246年 - 紀元前221年)。姓は嬴(えい)、諱は政(せい)。父が、敵国趙の人質であったため、趙で苦労した。13歳で秦王となって、わずか9年にして、統一をなし遂げる。
死後なお地下帝国に君臨しようとした秦始皇帝の凄絶な欲望。権力に憑かれた人間の妄執。几帳面で、細部を一一記憶し、偏執狂的な性格。末梢にこだわる。一度の誤りも許さず、何年も記憶する。
権力の頂点に立つ皇帝の猜疑心と暴虐と妄執。周到な猜疑の目、苛烈、残忍な暴君。権力に盲従する取りまき、扈従の群れ。この世の悪霊。悪霊は、天によって滅ぼされる。
大久保正雄『旅する哲学者』より
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【戦国七勇】秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓
春秋時代は晋と楚の二大強国の時代、 戦国初期はその流れを受け、三晋(魏・趙・韓)と楚が強国でそれに次ぐ斉。群雄割拠する実力と騙し討ちと下剋上の時代。
【戦国時代の学術】春秋末期から戦国中期、諸子百家があらわれた。古今の人を、上上聖人、上中仁人、上下智人、中上、中中、中下、下上、下中、下下愚人。九種類に分類する。(王充『論衡』)道家は上人以上を語り、法家は中人以下を管理する。諸子百家は、共存しうる。
【嬴政】
嬴政(えいせい)に仕えた兵法家尉繚によると、「目は切れ長で、鼻は非常に高く、鳩胸。」「声は山犬のよう」「他人を食い物とし、必要とあらばどんな人間にもへりくだる。」「王が中華統一をすれば、みな奴隷となる。」将軍、王翦は「大王は粗暴で、誰も信用しない。」「一度疑ったら死ぬまで疑い続ける」。
戦国の七勇のなかで、わずか9年にして、統一をなし遂げる。情報収集力にたけ、敵国に何人も間者を送った。中国史上最強の暴君として名を留める。
【暴君】「敵を殲滅する力と、維持をする力は別である。」「万里の長城建設など、人々の苦しみを理解しない。」
【法治主義 韓非子】秦の将軍蒙恬(もうてん)が匈奴を討伐した宴の席。(紀元前215年~214年)「古い王朝の在り方を見習うべき」という意見があった。嬴政は、丞相の李斯に相談する。「時代に合わせて変化しない法など、無意味である。」嬴政は、「韓非子」に基づいて判断した。
【焚書坑儒】「学者は古い書物を持ち出し、喚きあうだけ。」「現実を見ようとせず、机上の空論を正しいものとし邪魔をする。」紀元前213年。丞相の李斯は「国庫にある古い本以外、全て捨てるべき。」と進言。嬴政もこれに同意し、許可する。
【坑儒】学者廬生は「処刑を楽しんでばかりで中華は震え上がり、うわべの忠誠を尽くす。」「天下を我が物とする独裁者なり」と進言した。
嬴政は、460人近い学者を集め、質問攻めにする。しかしどの学派の学者に聞いても、誰かの悪口を言うのみで、正しい情報が得られない。その場の全員を捕え、紀元前212年、捕えた全員を生き埋めにする。
★参考文献
鶴間和幸『ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国』講談社2004
鶴間和幸『人間・始皇帝』岩波新書2015
平勢隆郎『都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国』講談社2005
吉川忠夫『秦の始皇帝』講談社学術文庫
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★「始皇帝と大兵馬俑」東京国立博物館
2015年10月27日(火) ~ 2016年2月21日(日)
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1732
★「アート オブ ブルガリ 130年にわたるイタリアの美の至宝」東京国立博物館表慶館
2015 年9 月8 日(火)-11 月29 日(日)
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1733
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2013年2月20日 (水)

「書聖 王羲之」・・・苦悩と美意識から生みだされた美しき書

20130122東晋の風狂貴族、王羲之は、権力に阿ることを好まず、卑俗にして醜悪な権力闘争に身を浸すことを倦み、美意識を極度に洗練する。蘭亭の曲水流觴の詩会(三五三年)の2年後、上司、王述との軋轢から辞職し、世を離脱する。苦悩と隠遁の生涯から、美しき書が生みだされた。魏晋貴族は、乱世に身を置きながら、実利を求めず、憂き世離れした生きかたを求め、酒と清談に酔い、風狂的生活を誇り、崩壊する帝国をやり過した。王羲之は、隠遁して10年、59歳で没した。王羲之の死後、300年。
 唐の太宗皇帝は、王羲之の書を愛するあまり、王羲之の最高傑作である『蘭亭序』は、自らが眠る昭陵に副葬された。太宗皇帝が、王羲之の書を愛したのは何ゆえか。
 王羲之の書の模本、唐時代に作られた「双鉤塡墨」は、この世に10点を残すのみといわれる。原跡はこの世になく、模本、臨本、拓本が残された。
 唐の太宗皇帝(599‐649)は、唐朝の第二代皇帝。高祖李淵の次男で唐王朝の基礎を固め善政を行い、中国史上最高の名君と称えられる。『晋書』王羲之伝は自ら注釈を行った。また645年(貞観19年)には玄奘がインドより仏経典を持ち帰り太宗は玄奘を支援して漢訳を行わせた。充実した政策により、太宗の治世を貞観の治と称し、後世で理想の政治が行われた時代と評価された。「家々は泥棒がいなくなったため戸締りをしなくなり、旅人は旅先で支給してもらえるため旅に食料を持たなくなった」(『旧唐書』)後世、太宗と臣下たちの問答が『貞観政要』として編纂された。
■参考文献
井波律子『中国の隠者』文春新書2001
井波律子『酒池肉林―中国の贅沢三昧』講談社現代新書
吉川忠夫『王羲之― 六朝貴族の世界 ―』岩波書店2010
魚住和晃『書聖 王羲之 その謎を解く』岩波書店2013
★王羲之『蘭亭序』八柱第三本(「神龍半印本」)は、東京で展示。「北京故宮 書の名宝展」江戸東京博物館、2008(平成20)年7月15日~9月15日
■展示作品
行穰帖 (部分) 原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸
 プリンストン大学付属美術館蔵 Princeton University Art Museum / Art Resource, NY
王羲之尺牘 大報帖
 原跡=王羲之筆 東晋時代・4世紀 唐時代・7~8世紀摸 個人蔵
国宝 孔侍中帖(こうじちゅうじょう)(部分)
 原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸 前田育徳会蔵
喪乱帖(そうらんじょう)
 原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
妹至帖(まいしじょう)
 原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸 個人蔵
楽毅論(越州石氏本)(がっきろん えっしゅうせきしぼん)
王羲之筆 原跡=東晋時代・永和4年(348) 東京国立博物館蔵
褚模蘭亭序(王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 東京国立博物館蔵)
定武蘭亭序─許彦先本─(ていぶらんていじょ きょげんせんぼん) (部分)
 王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 東京国立博物館蔵
 唐時代の欧陽詢(おうようじゅん)が臨書したと伝えられる、定武蘭亭序として名高い一本。蘭亭序の後ろに、煕寧5年(1072)9月4日に、許彦先が見たという識語があり、北宋時代に珍重されていた。
定武蘭亭序─韓珠船本─(かんじゅせんぼん)
 王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 台東区立書道博物館蔵
蘭亭図巻─万暦本─(らんていずかん(ばんれきぼん))(部分)
 原跡=王羲之等筆 明時代・万暦20年(1592)編 東京国立博物館蔵
国宝 真草千字文(しんそうせんじもん)
 智永筆 隋時代・7世紀 個人蔵
展示構成
序章 王羲之の資料
第1章 王羲之の書の実像
第2章 さまざまな蘭亭序
第3章 王羲之書法の受容と展開
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中国4世紀の東晋時代に活躍した王羲之(303~361、異説あり)は従来の書法を飛躍的に高めました。生前から高い評価を得ていた王羲之の書は、没後も歴代の皇帝に愛好され、王羲之信仰とでも言うべき状況を形成します。王羲之の神格化に拍車をかけたのは、唐の太宗皇帝でした。太宗は全国に散在する王羲之の書を収集し、宮中に秘蔵するとともに、精巧な複製を作らせ臣下に下賜して、王羲之を賞揚したのです。しかし、それゆえに王羲之の最高傑作である蘭亭序は、太宗皇帝が眠る昭陵(しょうりょう)に副葬され、後世の人々が見ることが出来なくなりました。その他の王羲之の書も戦乱などで失われ、現在、王羲之の真蹟は一つも残されていません。そのため、宮廷で作られた精巧な複製は、王羲之の字姿を類推するうえで、もっとも信頼の置ける一等資料となります。
この展覧会では、内外に所蔵される王羲之の名品を通して、王羲之が歴史的に果たした役割を再検証いたします。
蘭亭序とは
 永和9年(353)3月、王羲之は会稽山陰の蘭亭に41人の名士を招き、詩会を催しました。これが有名な、蘭亭の雅宴です。王羲之を含め都合42人が曲水の畔に陣取り、上流から觴(さかずき)が流れ着くとその酒を飲み、詩を賦(ふ)します。しかし、詩が出来上がらなければ、罰として大きな觴の酒を飲まなければなりませんでした。
 この日、四言と五言の2編の詩をなした者11人、1編の詩をなした者15人、詩をなせず罰として大きな觴に3杯の酒を飲まされた者は16人でした。
 酒興に乗じて王羲之は、この詩会でなった詩集の序文を揮毫しました。世に名高い蘭亭序です。28行、324字。王羲之は酔いが醒めてから何度も蘭亭序を書き直しましたが、これ以上の作はできず、王羲之も自ら蘭亭序を一生の傑作として子孫に伝えました。
東京国立博物館
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1569
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■日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年
特別展「書聖 王羲之」
東京国立博物館2013年1月22日(火) ~ 2013年3月3日(日)

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2012年2月11日 (土)

『北京故宮博物院200選』東京国立博物館・・・死の帝国

20120102001 権力と財力は美を生まない。美は金では買えない。物欲に明け暮れ、精神が腐った帝国。皇帝の権力、財力と狡猾な官僚統治による搾取と腐敗の帝国、七百年の歴史。帝国の支配システムが確立した12世紀から18世紀、精神の死の匂いがする。文化の息吹が残っていたのは南宋時代まで。北宋の皇帝徽宗の北宋絵画から、南宋絵画『出水芙蓉図冊』、明朝、永楽帝。漢民族の明朝を倒した満州族の清朝、康熙帝、雍正帝、乾隆帝に至る皇帝のコレクション。第6代皇帝、乾隆帝時代(在位1735年10月8日-1796年2月9日)、清の版図は最大規模に広がり、膨大なコレクションを蒐集した。死の帝国である。
変人皇帝、北宋の皇帝徽宗(1100年-1125年)は文人、画人としてその才能が高く評価され、宋代を代表する人物の1人。痩金体(「痩金」は徽宗の号)と称される独特の書体を創出、絵画では写実的な院体画を完成、「風流天子」と称される。徽宗の真筆は極めて貴重な文化財、日本にある桃鳩図は国宝に指定。異常な性格を感じる。
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『草書諸上座帖巻』黄庭堅筆 北宋時代・元符2~3年(1099~1100)頃。黄庭堅は禅学に造詣が深く、書において求道者のような精進を続け、過去の技量を否定しながら、より高い境地を目指した。この作は円熟した最晩年の作と考えられる。荒れ狂うような草書と、最後に続く行書の対比が素晴らしい。
『行書扈従帖』蔡襄筆 北宋時代・11世紀。蔡襄は、宋の四大家の中で唐時代の書法を最もよく継承した人物。文豪の蘇軾も蔡襄の書は宋時代の第一であると絶賛した。李端愿(りたんげん)という人物に宛てたこの書簡は、新茶を贈られたことに対する礼状。扈従とは天子に随行すること、蔡襄が都で天子に随行し、また新茶に言及していることから、皇祐4年(1052)春頃の揮毫と推定。
『出水芙蓉図冊』蓮は泥水から出ても泥に染まらず。社会の困難にあっても気高く生きる文人、高潔な君子の象徴である。香り立つような美しい南宋画の描写が魅力的。
『水村図巻』趙孟頫(ちょうもうふ)元時代・大徳6年(1302)。趙孟頫は南宋皇室の家に生まれたが、征服王朝の元に仕えるという苦渋の決断を迫られた人物。内面の孤高が、美しい筆墨のなかに現れている。中国絵画史が新しい文人絵画へと展開していく時期の最も重要な作品。
北京故宮博物院は、明時代の永楽帝から清時代の宣統帝溥儀まで24人の皇帝が居住とした紫禁城に由来し、壮麗な宮殿建築と180万件を超えるコレクションを誇る。
■主要展示作品
一級文物『祥龍石図巻』趙佶(徽宗)筆1巻、北宋時代・12世紀
一級文物『行書扈従帖』蔡襄(さいじょう)筆 北宋時代・11世紀
一級文物『出水芙蓉図冊』作者不明 南宋時代・13世紀
一級文物『清明上河図』(北宋時代)中国美術史上屈指の名作といわれる。張択端(ちょうたくたん)が描いた5m余りの図巻、北宋の都・開封(現在の河南省開封市)の街のにぎわいが克明に生き生きと描かれている。
一級文物『長江万里図巻』趙芾筆1巻、南宋時代・12世紀
一級文物『水村図巻』趙孟頫筆1巻、元時代・大徳6年(1302)
一級文物『桃竹錦鶏図軸』王淵筆1幅、元時代・至正9年(1349)
一級文物『雪江漁艇図巻』姚廷美筆1巻、元時代・14世紀 加山又造の水墨画を想起する。
一級文物『草書諸上座帖巻』黄庭堅(こうていけん)筆 北宋時代・元符2~3年(1099~1100)頃。
一級文物『楷書閏中秋月詩帖』趙佶(徽宗)筆1枚  北宋時代・大観4年(1110)
一級文物『行草書中流一壺帖』范成大筆1枚  南宋時代・12世紀
一級文物『行書城南唱和詩巻』朱熹筆1巻  南宋時代・12世紀
一級文物『青花唐草文杯』景徳鎮窯「永楽年製」銘、明時代・永楽年間(1403-1424)
一級文物『黄地琺瑯彩牡丹文碗』「康熙御製」銘、清時代・康熙年間(1662-1722)
一級文物『康熙帝南巡図巻』第11巻、第12巻、王翬等筆、清時代・康熙30年(1691)
『宝生仏坐像』1躯、インド・パーラ朝・10世紀
『上楽金剛(チャクラサンバラ)立像』1躯、チベット・18世紀 ヤブユム仏
一級文物『文殊菩薩坐像』1躯、元時代・大徳9年(1305)
『大威徳金剛(ヤマ-ンタカ)立像』1躯、清時代・18世紀
■展示構成
第1部 故宮博物院の至宝 -皇帝たちの名品-
第2部 清朝宮廷文化の精粋 -多文化のなかの共生-
 第1章 清朝の礼制文化 -悠久の伝統-
 第2章 清朝の文化事業 -伝統の継承と再編-
 第3章 清朝の宗教 -チベット仏教がつなぐ世界-
 第4章 清朝の国際交流 -周辺国との交流-
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中国の首都・北京市の中心部にある故宮博物院は、明朝の3代目皇帝永楽帝から、清朝のラストエンペラー宣統帝溥儀まで、500年あまりの間に24人の皇帝が暮らした壮大な宮殿「紫禁城」に由来します。広さは約72万平方メートル、無数の建築群にはおよそ8700ともいわれる部屋があった「紫禁城」は、皇帝たちの政治の中枢であり、かつ、私生活の場でもありました。とてつもない規模と、技術の粋を集めた壮麗な建築は、中国古代建築の集大成といえるもので、皇帝の世界観を反映しています。
1911年の辛亥革命ののち、紫禁城は「かつての王宮」という意味で「故宮」と名付けられ、1925年に「故宮博物院」として成立、王朝の伝統として皇帝が収集し、愛蔵してきた中国歴代王朝の至宝は一般に開放されることとなりました。収蔵されている文物の数は現在、180万件以上にのぼります。
故宮博物院はその歴史的・芸術的価値の高さから、1987年、世界遺産に登録されました。収蔵品は大切に保管・公開され、建築や至宝を一目見ようと訪れる世界中の人々でにぎわっています。
これらの貴重な文献から選りすぐりの名宝200件が出品される。門外不出とされていた宋・元時代の書画全41件のうち39件は、日本初公開。
本展は、故宮博物院の収蔵品のなかから特に優れた一級文物を中心に展覧する、同博物院の開催する海外展として質・量ともに最大規模の展覧会であり、また、東京国立博物館で初めて開催される故宮展となります。
「清明上河図」
「清明上河図」は、北宋の都・開封[かいほう](現在の河南省開封市)の光景を描いたものと言われています。作者である張択端[ちょうたくたん]は、北宋の宮廷画家であったということ以外、詳しいことがほとんど分かっていない謎の画家です。全長約5メートル、縦24センチの画面のなかに登場する人物は773人。まさに神技。
汴河[べんが]の流れに沿って、市民の生活が衣食住にいたるまで細かに描かれ、宋代の風俗を知るためにも一級の資料です。北宋文化の絶頂期・徽宗皇帝のために描かれたとされ、庶民の幸せな日常生活が画面に満ち溢れ、後世にもたくさんの模本が作られました。
ここまで精密に描かれた都市風景は、もちろん同時代の西洋にもほとんどありません。今まで北京故宮でもほとんど公開されたことがなく、上海博物館で公開された時は夜中まで行列が続いたほどの熱狂的大ブームを巻き起こしました。まさに中国が誇る至宝であるとともに、世界でも屈指の幻の名画なのです。
第Ⅰ部
第Ⅰ部では故宮博物院の豊富な収蔵品から、これまで門外不出とされていた作品を含む宋・元の書画41件の出展に加え、陶磁器・青銅器・漆工・琺瑯・染織の名品約50件を厳選して展示します。書画では、書道ファン必見の宋四大家のうち、黄庭堅[こうていけん]、蔡襄[さいじょう]、米芾[べいふつ]の名品や、元代文人たちの傑作が、器物では青銅器・玉器[ぎょっき]の傑作や、汝窯[じょよう]の名品が、漆芸では幻の巨匠である張成[ちょうせい]、楊茂[ようも]の作品が、ずらりと並びます。まさに北京故宮が誇る歴代王朝の名品が勢ぞろい。故宮博物院が開催した海外展としては、過去最大規模となります。
第Ⅱ部
第Ⅱ部では、現代の中国にもつながる、清朝300年の豊かな世界観をご紹介します。清朝は第6代皇帝であった乾隆帝[けんりゅうてい](在位1735〜1796)によって最盛期を迎えます。この展示では乾隆帝の4つの肖像画を軸に、大清帝国の夢見た多文化共生の世界観を読み解いていきます。北京故宮ならではの歴史の証人となる文物によって、清朝の宮廷世界を大規模に紹介する、日本で初めての展観となります。
http://www.kokyu200.jp/
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★『北京故宮博物院200選』展、2012年1月2日-2月19日
東京国立博物館http://www.kokyu200.jp/

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