エジプト

2015年7月27日 (月)

クレオパトラとエジプトの王妃展・・・生と死の秘密、時の迷宮への旅

20150711黄昏の丘、美しい夕暮れ。森を歩いて、博物館に行く。時の迷宮の扉。扉を開くと、古代エジプトの大列柱室に出る。美しい守護精霊が降臨する。
地中海の夕暮れ、海に佇み、黄金の時間にまどろみ、美しい守護精霊が舞い降りる。
最後の女王クレオパトラ7世 妖艶な死
7か国語を操る知性をもつ、将軍プトレマイオスの末裔。策略と妖艶な美と才知で、権力の狭間で、エジプト最後の王朝の戦略を練った。プトレマイオス13世、14世を殺される。ローマの将軍カエサルとナイル河の旅に出る。アレクサンドロス大王、武将プトレマイオスによって築かれた王朝、最後の女王。プトレマイオス15世=カエサリオンを産み、ローマでカエサルの凱旋式に出席する。カエサルは、前44年3月15日、暗殺される。アントニウスとオクタヴィウスの後継者争いが起こる。クレオパトラは、キュノドス川のタルソスでアントニウスと会う。クレオパトラ28才、アントニウス42才。「美が咲き誇り、才知が煌めいていた」(プルタルコス) クレオパトラは、双子の兄妹を産む。アクティウムの海戦でアントニウスと敗走。アレクサンドリアの王宮にもどり、オクタヴィアヌスの策の裏をかき最後の策略を用いて、霊廟に立てこもり、自殺した。39歳。(プルタルコス『英雄伝』)ルネサンス以後、華麗にして妖艶なクレオパトラのイメージが展開する。妖艶な美女の死の瞬間は、シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』に刻まれる。
大久保正雄『地中海紀行』クレオパトラの死、より
地中海の英霊の聲
偉大な人間は、偉大な死を死ぬ。地中海の英霊の聲が蘇る。
地中海を彩る英雄の死、フィリッポス2世の死、アレクサンドロスの死、プトレマイオスの死、クレオパトラの死。ユリウス・カエサルの死、アントニウスの死、アクティウムの海戦で、クレオパトラは破れ、エジプトは滅亡する。
地中海五千年の歴史は、国家の滅亡の歴史である。ペルシア帝国の滅亡、アレクサンドロス帝国の滅亡、エジプト帝国の滅亡、プトレマイオス王朝の滅亡、ローマ帝国の滅亡、ビザンティン帝国の滅亡。地中海五千年の歴史に、ギリシア人の英知が生きる。イデアの把握は、あらゆる芸術の唯一にして、真の源泉である。
大久保正雄『旅する哲学者』、美への旅、より
エジプト美術の最高峰
エジプト美術の最高傑作は、第18王朝、宗教改革とアマルナ遷都の改革を行ったアクエンアテン王と王妃ネフェルティティによる、アマルナ美術である。
古代エジプトの4大美女は、ハトシェプスト女王(トトメス2世王妃)、ネフェルティティ(アクエンアテン王妃)、ネフェルタリ(ラムセス2世王妃)、クレオパトラ7世(プトレマイオス15世、カエサリオン母)。古代エジプトの4大美女は、エジプト文化の最高の瞬間に立ち会う。
大久保正雄『旅する哲学者』、美への旅、より
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主要展示作品
「ラメセス2世の王妃イシスネフェルト」新王国・第19王朝時代、ラメセス2世治世(前1279~前1213年頃)ブリュッセル、王立美術歴史博物館蔵
「王妃ハトシェプスト」新王国・第18王朝時代 トトメス2世~ハトシェプスト女王治世(前1492~前1458年頃)ボストン美術館蔵(アメリカ)
「ウジャト眼の首飾」新王国・第18王朝時代(前1550~前1292年頃)、ウィーン美術史美術館蔵
「アメン神妻のスフィンクス」第3中間期・第25王朝時代~末期王朝・第26王朝時代
タハルカ王治世~プサメティコス1世治世9年(前690~前656年頃)ベルリン・エジプト博物館蔵
「ハトホル女神をかたどった柱頭」第3中間期・第22王朝時代、オソルコン1世~オソルコン2世治世(前925~前837年頃)大英博物館蔵
「王妃のマスク」新王国・第18王朝時代(前1550~前1292年頃)マンチェスター博物館蔵
「アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ」新王国・第18王朝時代 アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃)ブリュッセル、王立美術歴史博物館蔵
「「王妃の頭部」新王国・第18王朝時代 アクエンアテン王治世 (前1351~前1334年頃)
ベルリン・エジプト博物館蔵
「クレオパトラ」プトレマイオス朝時代(前1世紀中頃)トリノ古代博物館蔵
「キアラモンティのカエサル」ローマ時代(前27~前20年頃)ヴァチカン美術館蔵
「クレオパトラの死」アッキーレ・グリセンティ筆 1878~1879年ブレシア市立美術館蔵
アクティウムの海戦のレリーフ、ローマ時代 ユリウス・クラウディウス朝(前27〜後68年)大理石、スペイン、カルドナ侯爵コレクション。
クレオパトラとアントニウスの銀貨、シリア、プトレマイオス朝時代 クレオパトラ7世治世(前51~前30年) 古代オリエント博物館
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」東京国立博物館
2015年7月11日(土) ~ 2015年9月23日(水)
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1714
http://egypt2015.jp
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Alexandre CABANEL ,Cleopatra Testing Poisons on Condemned Prisoners (1887)
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2012年8月28日 (火)

ツタンカーメン展・・・少年王の愛と苦悩

Tutanchamunmaske_2012 18歳のファラオの死と悲劇の王妃アンケセナーメン。アマルナ美術を生み出したアクエンアテン王の改革と美しき王妃ネフェルティティの王宮の謎。
ツタンカーメンは、9歳で即位し、権力の頂点に立った。アクエンアテンとネフェルティティの3女であるアンケセナーメンと結婚した。だが18歳で急死した。
父王、偉大なアクエンアテン王は、神官団と戦い宗教改革、官僚制改革を実行した。そしてアマルナ芸術を残した。だが、ツタンカーメンは、なぜ太陽神アテン神から多神教アメン・ラー神へ復帰したのか。なぜテル・エル・アマルナからテーベへ遷都したのか。謎である。
■王妃アンケセナーメン、枯れた矢車菊の花束
3300年の時を超えて、ツタンカーメンの墓は1922年11月4日イギリスのエジプト学者ハワード・カーターによって発見された。この中に2000点以上の宝物が眠っていた。ツタンカーメンは3重の人型棺の中に収められていた。枯れた矢車菊が、棺のそばに置かれていた。王妃アンケセナーメンが、葬儀が終わって埋葬するときに野に咲いている矢車菊を入れたらしい。発見者のハワード・カーターは心に残った出土品はこの矢車菊だと言っている。カーターは『ツタンカーメンの呪い』を受けることなく65歳まで生きた。[王妃が手向けた矢車菊の花束(カイロ・エジプト考古学博物館蔵)](cf.ハワード・カーター『ツタンカーメン発掘記』)
「黄金の玉座」(カイロ・エジプト考古学博物館)には、ツタンカーメン王と王妃アンケセナーメンの姿が描かれている。王は右腕を椅子の背に乗せてくつろいで腰かけ、王妃は右手を王の身体に当てて香油を塗る、若い2人の親密な場面が描かれている。
■ネフェルティティ、美しき者きたりぬ
ネフェルティティ(BC1396-1359 NeFeRTiTi、紀元前14世紀)は、エジプト新王国時代の第18王朝のファラオであったアクエンアテン(aKH-eN-aToN, イクナートン、アメンホテプ4世)の王妃。ファラオ、トゥト・アンク・アメン(Tutankhamun「アメンの生ける似姿」の意味 BC1342年頃 - BC 1324年頃)の義母である。
彼女の名の意味は、NeFeR-T-(美しい・者)が iTi(訪れた)。ネフェルティティは、謎を秘めた未完成の美しい胸像が著名であり、古代エジプトの美女の一人と考えられている。「ネフェルティティの胸像」(ベルリン、エジプト博物館所蔵)
■参考文献
ハワード・カーター『ツタンカーメン発掘記』筑摩叢書1971
鈴木八司『沈黙の世界史 王と神とナイル エジプト』新潮社1970年
鈴木まどか『エジプト美術の謎』1992
■展示作品
「アテン神を礼拝するアクエンアテン王一家のレリーフ」(Relief of King Akhenaten family to worship God Aten)、新王国 第18王朝 前1365年頃 テル・エル・アマルナ出土 アラバスター 浮彫り、テル・エル・アマルナ大王宮大広間、欄干。
 アテン神を象徴する太陽球から発せられる光線は、アテン神からの祝福を表し、それを受けるアクエンアテン一家が描かれている。太陽光線の先端は掌の形をしており、生命を象徴する「アンク」を王の鼻先にかざしている。王と共に祝福を受けているのは、王妃ネフェルティティと王女メリトアテン。
「アクエンアテン王の巨像頭部」砂岩:ルクソール東岸 東カルナック、アテン神殿、柱廊。アメンヘテプ4世は、太陽神アテンを唯一神とする宗教改革を行い、自らの名をアクエンアテン「(アテンに有益なもの)の意」に改めた。高さ5m以上の巨大なオシリス柱として、治世2~5年にかけてつくられ、カルナックのアテン神殿に設置された。特徴は、逆三角形の長い頭、細い目、厚い唇、尖った顎。
「ネフェルティティ王妃の頭部像」ミラ・ラヒーナ(メンフィス)、メルエンプタハ王宮
「王女の頭部像」
「下エジプト王冠を被ったツタンカーメンの像」「上エジプト王冠を被ったツタンカーメンの像」ルクソール(テーベ)王家の谷、ツタンカーメン王墓
「ツタンカーメンの棺形カノポス容器」ルクソール(テーベ)王家の谷、ツタンカーメン王墓
「チュウヤの人形棺」ルクソール(テーベ)王家の谷、チュウヤ墓
「アクエンアテン王のシャブティ」テル・エル・アマルナ、王家の溺れ谷
「ネフェルティティ王妃レリーフ」テル・エル・アマルナ、アテン大神殿
「ツタンカーメンの胸飾り」ルクソール(テーベ)王家の谷、ツタンカーメン王墓
「有翼スカラベ付き胸飾り」ルクソール(テーベ)王家の谷、ツタンカーメン王墓。
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■ツタンカーメン展~黄金の秘宝と少年王の真実~
3300年の時を超えて、今なお人々を魅了し続ける古代エジプトの秘宝。中でも人気が高いツタンカーメン王にゆかりの品々が展示される『ツタンカーメン展』が開催。今回は、ツタンカーメンの王墓から見つかった副葬品約50点など、日本未公開の展示品を含むエジプト考古学博物館(カイロ博物館)所蔵の122点を展示。さらに、世界最高峰のエジプト考古学者ザヒ・ハワス博士の研究成果にも注目したい。
この貴重な機会に、謎に包まれたツタンカーメンの秘密に触れてみてはいかがだろうか。
http://kingtut.jp/
http://www.fujitv.co.jp/events/kingtut/top.html
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★上野の森美術館
8/4[土]~12/9[日] 開催時間 10:00~18:00 ※最終入場は17:00まで

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2012年8月19日 (日)

大英博物館 古代エジプト展・・・永遠の生命とは何か

20120707 エジプトのファラオ、秦の始皇帝。階級社会の頂点に立つ者は、永遠の生命をのぞんだ。永遠の生命をのぞむのは何故か。永遠の生命とは何か。皇帝、ファラオたちが求めたのは、地上の権力、地位と金の永続であったのだろう。人は、肉体を失えば、魂のみである。永遠の生命とは何か。
魂は不滅であり、輪廻転生するならば、魂はどこへ行くのか。永遠の生命とは何か。冥界の旅を導く『死者の書』はいかなる意味をもつのか。
■魂のピラミッド
この世には、階級社会による、富のピラミッドが存在する。地位と金と権力による人間界の支配である。人は、肉体を失えば、魂のみである。
魂のピラミッドも存在する。魂のレベルによる、魂の階級である。知性と品性と愛のレベルによって、魂のピラミッドは構築される。レベルの低い魂が存在する。財産と地位を積み重ねても、レベルの高い魂にはならない。レベルの低い魂には、真実は見えない。人は、肉体を失えば、魂のみである。
「金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るより難しい。」(マタイによる福音書19章16-26節)
「たとえ、全世界を手にいれても、魂を失ったならばなんの益になろうか」(マタイ福音書16章26節)
愛とは与えることである。人が死んだ後に残るものは、集めたものではない。与えたものである。
大久保正雄
■展示作品
オシリス神像、新王国時代・第20柄王朝 前1100年頃 木、彩色
ミイラマスク、プトレマイオス朝またはローマ支配時代、前1~後1世紀 カルトナージュ、彩色、金箔
グリーンフィールド・パピルス(ネシタネベトイシェルウの『死者の書』第3中間期・第21王朝後期~第22王朝初期(前950-前930年頃) パピルス、インク
動物の風刺パピルス 新王国時代・第19王朝~20王朝(前1295-前1069年頃) パピルス、彩色
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古代エジプト人を来世へ導いた『死者の書』とは?
古代エジプトでは、人は死後に冥界の旅をへて来世で復活すると考えられていました。『死者の書』とは様々な試練が待つ旅路で死者に守護の力を与える呪文集、未来への旅のガイドブックです。その多くは美しい文字や挿絵で彩られたパピルスの巻物として死者に捧げられました。本展は大英博物館が誇る『死者の書』コレクションから全37mの世界最長の『死者の書』、「グリーンフィールド・パピルス」の全容を日本初公開するほか、ミイラや棺、護符、装身具など約180点で、古代エジプト人が祈りを込めた来世への旅路を追体験する展覧会です。
本展覧会は、『死者の書』の記述をもとに、古代エジプト人の死後の世界観と、来世へいたる旅を4つの章で紹介します。第3章では、世界最長の『死者の書』(グリーンフィールド・パピルス)37mの全容を日本で初めて一堂に展示します。
死者の書とは
『死者の書』とは様々な試練が待つ旅路で死者に守護の力を与える呪文集、未来への旅のガイドブックです。その多くは美しい文字や挿絵で彩られたパピルスの巻物として死者に捧げられました。現存する世界最長全長37mの『死者の書』(グリーンフィールド・パピルス)は、テーベを中心に上エジプトを支配していたアメン大司祭パネジェム2世の娘で女性神官のネシタネベトイシェルウの『死者の書』であり、天と地の誕生を表した挿絵は特に有名です。
第Ⅰ章 古代エジプトの死生観
古代エジプト人にとって、現世は仮の世界であり、来世への準備期間であるとみなされ、埋葬のための準備がなされました。また、生前の行為によって、死者の判定が行われました。その結果、死者は、死後に再生・復活し、永遠の生命を得るものと信じられていました。
第Ⅱ章 冥界への旅
古代エジプトでは、死者は様々なものに姿を変えながら、危険に満ちた冥界での旅を続けました。行手には、さまざまな困難が待ちうけ、それらを克服し、再生・復活を果たすために、呪文を唱えることが必要とされました。『死者の書』には約200の呪文(章句)が記されています。
第Ⅲ章 世界最長『死者の書』グリーンフィールド・パピルス
第3中間期第21王朝後期あるいは第22王朝初期(前950-前930年頃)のパピルスで、現存する世界最長全長37mの『死者の書』。テーベを中心に上エジプトを支配していたアメン大司祭パネジェム2世の娘ネシタネベトイシェルウの『死者の書』であり、天と地の誕生を表した挿絵は特に有名です。本展会場では37mの全容を日本で初めて一堂に展示します。
第Ⅳ章 『死者の書』をめぐる研究
『死者の書』は19世紀のエジプト学者が命名したもので、実際には「日のもとに出現すること(の呪文)(ペレト・エム・ヘルウ)」と呼ばれていました。古代エジプトでは、『死者の書』だけでなく、『洞窟の書』や『冥界の書』などの数多くの葬送文書が存在しています。
http://egypt2012.jp/index.html
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★大英博物館 古代エジプト展
2012年7月7日(土)~9月17日(月・祝) 会期中無休
森アーツセンターギャラリー 10:00~22:00
http://egypt2012.jp/index.html
2012年10月6日(土)~11月25日(日)福岡市美術館へ巡回します。

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