ヨーロッパ美術

2018年6月 3日 (日)

「ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか」・・・絶対権力者が手に入れられない秘宝

20180530Louvre2018大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第146回
アレクサンドロス大王は、20歳で復讐を果たして人生の旅に旅立つ。ペルシア帝国を滅ぼし、バビロンにて33歳で死す。ナポレオンは、51歳で絶海の孤島セント・ヘレナで死す。王妃マリー・アントワネット、コンコルド広場にて処刑、37歳。波瀾の人生の果てに、若くして死す。人生の戦いに勝利した偉大な王は、何を手に入れたのか。価値ある生とは何か。人生の冒険に破れた詩人。人生の戦いに破れた哲人、理念を追求する思想家。輝く天の仕事をなし遂げる人。絶対権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
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【偉大なる大王の死】アレクサンドロス3世、33歳。ダレイオス1世66歳。ダレイオス3世60歳。ラムセス2世92歳、子供100人を残す。ハトシャプスト女王49歳。アクエンアテン王29歳。ツタンカーメン18歳。アンケセナーメン27歳。美しき宗教改革者ネフェルティティ63歳。絶対権力者が手に入れられない4つの秘宝がある。
【フランス革命の死】マリー・アントワネット37歳。ルイ16世38歳。ロベスピエール36歳。ダヴィッド77歳。ナポレオン51歳。1804年、ナポレオン法典制定、帝位につく。ナポレオン1世となる。
【ルネサンスの死】1492年、ロレンツォ・デ・メディチ43歳。1478年4月26日、ジュリアーノ・デ・メディチ25歳。アンジェロ・ポリツィアーノ39歳。ミランドラ31歳。フィチーノ62歳。ボッティチェリ65歳。ミケランジェロ88歳。シクストゥス4世70歳。1499年プラトンアカデミーの思想家、死す。1600年、ジョルダーノ・ブルーノ52歳。
【復讐する精神】アレクサンドロスは、父王フィリッポス2世を側近貴族によって暗殺、復讐を果たして人生の旅に旅立つ。紀元前336年、アレクサンドロス20歳。織田信長は、織田信行の二度目の謀反に復讐を果たし、人生の冒険に旅立つ。弘治三(1557)年、信長24歳。
【ナポレオン】余の栄誉は40回の戦勝ではなく、永久に残るのは余の民法典である。
ナポレオン、身長168。27歳でイタリア遠征軍司令官に抜擢され、第1次対仏大同盟を崩壊させ、イギリスとインドの通商を絶つため、エジプト遠征。1800年第2次対仏大同盟を解体、終身統領となる。1804年、ナポレオン法典制定、帝位につく。ナポレオン1世となる。1810年、オーストリア皇帝の長女マリー・ルイーズと結婚。1812年、ロシア遠征挫折。1813年、諸国民戦争に敗れ、エルバ島に流刑。1815年、エルバ島を脱出し、帝位につく。ワーテルローの戦いで破れ、絶海の孤島セント・ヘレナ島に流される。51歳で死す。
【第六天魔王 織田信長】信長は武田信玄に対する返書にて「第六天の魔王信長」と署名した。天正元(1573)年4月20日フロイス『日本史』。信長40歳。「三界(無色界、色界、欲界)」のうち、欲界の最上天が「第六天(他化自在天)」であり、その欲界を支配しているのが「第六天魔王」である。
*「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。」Utilitarianism.1861
“It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.” Utilitarianism.1861
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命との戦い、運命の女』
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展示作品の一部
「アレクサンドロス大王の肖像」、通称《アザラのヘルメス柱》2世紀前半、リュシッポスによる原作(前330年頃)に基づきイタリアで制作イタリア、ティヴォリ出土 大理石(ペンテリコン産)
ディエゴ・ベラスケス「スペイン王妃マリアナ・デ・アウストリア」1652
アントワーヌ=ジャン・グロ「アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)」1796年
クロード・ラメ「戴冠式の正装のナポレオン1世」1813年
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾンの工房「戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像」1827年
ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)「女性の肖像」、通称「美しきナーニ」1560年
セーヴル磁器製作所(ルイ=シモン・ボワゾに基づく)「フランス王妃マリー=アントワネットの胸像」1782年 ビスキュイ(素焼きの硬質磁器)
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル「フランス王子、オルレアン公フェルディナン=フィリップ・ド・ブルボン=オルレアンの肖像」1842年
サンドロ・ボッティチェリと工房「赤い縁なし帽をかぶった若い男性の肖像」1480-1490年頃 ロレンツォ・イル・マニフィコの従兄弟であった、ロレンツォ・トルナブオーニ(1465-1497)とする説がある。
ジャック=ルイ・ダヴィッドと工房「マラーの死」1794年頃 油彩/カンヴァス
「青冠をかぶったアメンホテップ3世」在位前1391-1353
子はアメンホテプ4世アクエンアテン王。老王アメンホテプ3世は、若く美しいネフェルティティを迎えるが自身は病に苦しみ、ほとんど政治は正妃のティイに任せ、彼女は、父との不仲で中央から遠ざけられていた、12歳の息子のアメンホテプ4世を呼び寄せ、ネフェルティティと結婚させる。
「神官としてのアウグストゥス帝」
「トガをまとったティベリウス帝」
「胴鎧をまとったカラカラ帝」
フランシスコ・デ・ゴヤ「ルイス・マリア・デ・シストゥエ・イ・マルティネス」1791
ジュゼッペ・アルチンボルド「春」1573年 油彩/カンヴァス
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参考文献
大久保正雄『地中海紀行』53回アレクサンドロス大王1
フィリッポスは、アレクサンドロスの妹の結婚式で、暗殺された。
マケドニア王国 フィリッポス2世の死 卓越した戦略家
https://t.co/xcCI2H0le5
大久保正雄『地中海紀行』54回アレクサンドロス大王2
アレクサンドロス帝国の遺産はどこに残されたのか
王妃オリュンピアス アレクサンドロス帝国の謎
https://t.co/GqhV2l84wK
大久保正雄「旅する哲学者 美への旅」第73回
ハプスブルク家 マリーアントワネット 革命に散る
https://t.co/LsGpsWXdsT
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★「ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか」
国立新美術館、5月30日-9月3日
大阪市立美術館、9月22日(土)- 2019年1月14日(月・祝)

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2010年9月 1日 (水)

シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い

2010070301 灼熱の八月の午後、蝉しぐれの森を歩いて、藝大美術館に行く。
故郷ヴィテブスクと結婚のイメージを融合した幻想的な絵画が印象的である。青春を過ごしたパリの風景が織り込まれ、モンパルナスの蜂の巣で出会った藝術家の息吹がある。初期作品はロシア・ネオ・プリミティヴィスムの画家からの影響が濃厚である。
シャガール(1887-1985)。ロシア帝国ヴィテブスクにユダヤ人として生まれ、21才で美術学校に入学。1911年、モンパルナスの集合アトリエ「ラ・リュッシュ」(蜂の巣)に住み、多くの藝術家たちと出会う。28才でベラと結婚。1917年ロシア革命、1918年ヴィテブスクに美術学校設立。1944年、愛妻ベラ急逝。
65才で二度目の結婚。南仏ヴァンスの鷲ノ巣村で晩年を暮らす。1964年パリ・オペラ座の天井画を制作。97才で死ぬまで絵を描き続ける。
■主な展示作品
Marc CHAGALL (マルク・シャガール)「赤い馬」1934-44「彼女を巡って」1945「イカルスの墜落」1974-77「日曜日」1952-54
Nathalie S. GONTCHAROVA (ナターリヤ・ゴンチャローワ)
Michel F. LARIONOV (ミハイル・ラリオーノフ)
Vassily KANDINSKY (ワシリー・カンディンスキー)
■ポンピドー・センター所蔵作品展「シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い~交錯する夢と前衛~」
★東京藝術大学大学美術館2010年7月3日(土)―10月11日(月・祝)
★福岡市美術館2010年10月23日(土)~2011年1月10日(月・祝)
http://marc-chagall.jp/

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2010年5月10日 (月)

レンピッカ展・・・アール・デコの美と退廃

2010030600001_5 四月の桜吹雪の夕暮れ、Bunkamuraに行く。
「アール・デコ展」でときどきみるが、彼女の作品を集中的にみることはまれな美術展である。アール・デコの時代に凝縮された彼女の絵画には異様な輝きがある。
娘キゼット、自分自身の分身である女たちを描いた肖像画の迫力は圧倒的である。
鋭く挑む目、官能的な眼差し、優雅と退廃、アール・デコの華麗と滅び。タマラ・ド・レンピッカの藝術の頂点は、1926年~33年まで7年間である。
みじかくも美しく燃えた7年の歳月。その後、彼女は、苦悩にみちた時代、最晩年の自己模倣の時代に到る。美しき女性画家の、美と苦悩の生涯をたどる展覧会。
美人画の展覧会に集まる女性は、美人が多い。
■展示作品
タマラ・ド・レンピッカ「初めて聖体を拝領する少女」1928年、ルーベ・アンドレ・ディリジャン芸術・工芸美術館
タマラ・ド・レンピッカ「ピンクの服を着たキゼット」1926年、ナント美術館
タマラ・ド・レンピッカ「摩天楼を背にした裸婦」1930年、NY、キャロライン・ヒルシュ
タマラ・ド・レンピッカ「緑の服の女」1930年、油彩・合板、ポンピドゥーセンター蔵
タマラ・ド・レンピッカ「タデウシュ・ド・レンピッキの肖像」1928年、油彩・キャンヴァス、1930年代美術館蔵
タマラ・ド・レンピッカ「マルジョリー・フェリーの肖像」1932年、油彩・キャンヴァス、個人蔵
タマラ・ド・レンピッカ「カラーの花束」1931年頃、油彩・板、個人蔵
■展示構成
プロローグ ルーツと修行
第1章:狂乱の時代(レ・ザネ・フォル)
第2章:危機の時代
第3章:新大陸
エピローグ 復活
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1920年代~30年代にかけてヨーロッパを席巻したアール・デコの時代を代表する女性画家タマラ・ド・レンピッカ(1898~1980年)。レンピッカは、ワルシャワの良家に生まれ、ロシアとスイスで思春期を過ごし、18歳で若い弁護士と結婚。しかし、翌年のロシア革命を機にパリへ亡命、時代に翻弄されながらも女性の自由な生き方を実践し、狂気の時代とも呼ばれた1920年代のパリで独特の作風により、画家として一躍注目されました。やがて第二次世界大戦の脅威の中、アメリカに逃れ、その後時代とともに次第に忘れられていきました。そして70年代に再評価され、1980年に 82歳でその劇的な人生を終えました。
本展はタマラ・ド・レンピッカの個性的な作品と、その波乱万丈な人生を、その時代背景とともに辿る。 Bunkamura HPより
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美しき挑発 レンピッカ展 本能に生きた伝説の画家
Bunkamura ザ・ミュージアム、2010年3月6日から5月9日まで
兵庫県立美術館、2010年5月18日(火)から7月25日(日)まで

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2008年11月16日 (日)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ、国立西洋美術館・・・陽光、あるいは陽光に舞う塵

02_pop秋の晴れた午後、木枯らしが吹いて、紅葉した枯葉の絨緞を踏みしめながら、森の中を歩いて美術館に行く。
■誰もいない部屋
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、人のいない風景、後ろ向きの肖像、人のいる室内、誰もいない室内、を描いた。陽光が銀色に反射する湖は、淡い光で霧と靄に包まれたようである。交通の激しい道路、人の満ちあふれた都市も、人のいない空間として表現される。薄い霧の立ち込めたような場所として描かれる(「ゲントフテ湖、天気雨」1903)。例外なく、天候は曇り日である。あるいは、淡い日差しである。何もない室内空間は、微妙な陰影をもって表される。
初めは妻イーダの後姿が描かれていたが、次第に、人のいない部屋へと展開を遂げて行く。「たとえ人がいなくても、誰もいないからこそ部屋は美しい」(ハンマースホイの言葉)
ハンマースホイが暮らした「室内、ストランゲーゼ30番地」の家の7つの部屋、その中の3つの部屋だけを描いている。
■フェルメールの影響
ハンマースホイは、1887年5月23才の時、初めてオランダを旅し、デン・ハーグ、アムステルダム、ロッテルダムを訪れ、フェルメールとデルフト派の絵画を見て研究した。「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が都美術館で同時に開催されているのは、奇しき因縁である。静かさの支配する空間、室内の微光、人の少ない室内空間、これらの特徴をフェルメールと共有している。
ハンマースホイは、最初の作品「若い女性の後姿」は、妹アナ・ハンマースホイをモデルとしたものだが、写真撮影してから構成している。ハンマースホイは写真のような絵である。フェルメールの絵が写真のようだといわれるように。
■白い扉
「白い扉」1888、「イーダの肖像」1890、「陽光習作」1906、「白い扉、あるいは開いた扉」1905.これらの作品の本質は、「音のない沈黙の支配する世界」である。部屋に差し込む光を描くためだけに空間を描いているようだ。ハンマースホイの絵画は、意味と意味の結びつきを断ち切り、意味のない世界を表現している。これはフェルメールの絵画の世界を解く鍵である。フェルメール後期の絵画は、寓意画の世界から意味のない世界へと到達している。
■「陽光、あるいは陽光に舞う塵」(1900)オードロブゴー美術館
この絵画は展示されていない。究極的には、「陽光、あるいは陽光に舞う塵」の世界、誰もいない部屋、淡い光の中で、差し込む陽光に、ハンマースホイの世界は到達する。沈黙の支配する空間は、寂寞と孤独の世界である。「世界には意味がない」ということを表現しているのである。
展示構成
芸術家の誕生から、主題別に、最後は誰もいない部屋にたどり着くという仕掛である。
1:ある芸術家の誕生
2:建築と風景
3:肖像
4:人のいる室内
5:同時代のデンマーク美術
6:誰もいない室内
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ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)は、デンマークを代表する画家の一人である。没後、急速に忘れ去られ近年、再び脚光を浴びている。ハンマースホイの作品は17世紀オランダ絵画の強い影響を受け、フェルメールを思わせる静謐な室内画を特徴としている。室内画の舞台は自宅であり、登場人物として妻のイーダが後姿で繰り返し描かれている。イーダの後姿は、我々を画中へと導くが、同時に、陰鬱な冷たい室内と彼女の背中によって、我々は拒絶感を覚える。モノトーンを基調とした静寂な絵画空間が綿密に構成されている。音のない世界に包まれているような感覚に浸る。
ハンマースホイの芸術世界を日本で初めて紹介する本展では、同時期に活躍した、デンマーク室内画派とよばれるピーダ・イルステズやカール・ホルスーウの作品も合わせて紹介します。デンマーク近代美術の魅力に触れることのできる大規模な回顧展。ハンマースホイ約90点にハンマースホイと同時代に活躍したデンマークの画家ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウの約10点を加えた総数約100点、これまでにない大規模の回顧展。
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★ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情:国立西洋美術館
Vilhelm Hammershøi:The Poetry of Silence、
2008年9月30日(火)~12月7日(日)
http://www.shizukanaheya.com/

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