シュールレアリスム

2017年8月 9日 (水)

シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女

Piazzaditalia1955シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
シュールレアリスムの藝術家は、夢と現実の狭間で生きる。過酷な現実を超えて、夢のような人生を生きる画家がいる。大地と海の狭間に、美術の城を建て、そこで死ぬまで暮らした画家がいる。
藝術家が運命と戦うとき、藝術家を救う運命の女が現れる。ルネサンス以後、愛は貧しき人を救う物語が書かれる。美しき女相続人ポーシャがバサーニオの運命を救う(『ヴェニスの商人』)。「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である。」(『トロイラスとクレシダ』)
運命の出会い。運命の女。出会うべき人には必ず出会う。一瞬も遅からず、早からず。内に求める心がなければ、眼前にその人ありといえども見えず。
ピカソ(Pablo Piccaso, 1881-1973)は、7人の女性に出会い、作品の世界に、女性を描いた。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
藝術家は運命と戦う。藝術家は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。
藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術と運命の戦い』
大久保正雄『藝術家の運命と愛』
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美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
黄昏の丘、黄昏の森。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【シュールレアリスムの画家たち】Surrealisme
1、ジョルジュ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico,1888-1978)
デ・キリコは、26歳の時、1枚の絵『街の神秘と憂愁』1914が、形而上絵画Metaphysical Paintingとして評価され、90年の生涯を、夢と絵画の現実の狭間で生きる。
美しさの誉れ高い2度目の妻イザベッラの肖像画も沢山残している。
ローマのスペイン広場の家で90歳まで、絵画制作をつづける。
形而上絵画
1910年始め、ミラノを離れてフィレンツェへ移動し、そこでベックリンの作品を下敷きに最初の形而上絵画シリーズ形而上学的な街角"Metaphysical Town Square"を制作。サンタ・クローチェ聖堂で啓示を受けて描き上げた『秋の午後の謎 』『神託の謎』『時間の謎』「自画像」が代表作である。
1920年代にデ・キリコがルネッサンスやバロックの時代に関心を示すようになり、古典的絵画と形而上絵画の間をさまよい、制作をつづける。
晩年の30年間をスペイン広場で過ごしたデ・キリコの住まいは美術館になっている。ローマのジョルジョ・デ・キリコ美術館には、デ・キリコの妻イサベラの肖像画など、主に1940~1950年代の作品が展示されている。デ・キリコ自身の生活の匂いがそこにある。*Casa Museo di Giorgio De Chirico, Roma
主な作品
ジョルジュ・デ・キリコ『神託の謎』(Enigma of the Oracle/Enigme de l'oracle)1910年
『秋の午後の謎』(Enigma of an Autumnal Afternoon/Enigme d'un apres-midi d'antomne)1910年
『時間の謎』(Enigma of the Hour/Enigme de l'heure)1910年
『自画像』(Self Portrait (Autoportrait)/Portrait de l'artiste par lui-même(Autoportrait))1910年
Giorgio de Chirico. The Nostalgia of the Infinite.1911
ジョルジュ・デ・キリコ『街の神秘と憂愁』Melancholy and Mystery of a Street,1914
ジョルジュ・デ・キリコ『イタリア広場』Piazza d'Italia,1913
『イタリア広場』Piazza d'Italia,1955
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2、サルヴァドール・ダリ(Salvador Dali,1904—1989)
27歳の時、『記憶の固執』1931を描き、生涯の最高傑作となる。『記憶の固執』は『柔らかい時計』『溶ける時計』とも呼ばれる。ガラが食べていたカマンベールチーズが溶けていく状態を見てインスピレーションを得たといわれる。カタルーニャのカダケスの海を背景に画いている。ニューヨーク近代美術館に収蔵されている。
運命の女、ガラ
1929年夏、ポール・エリュアールが妻とともにカダケスのダリのアトリエを訪ねた。ダリの妻となるガラ・エリュアールとの出会いである。ダリとガラは強く惹かれ合い1934年に結婚。1982年にガラが死去。「自分の人生の舵を失った」。ジローナのプボル城に引き籠もった。1983年5月を最後に絵画制作を止める。1974年、フィゲラスのダリ劇場美術館(Teatre-Museu Dali)を開き、ダリの世界を構築する。
ダリ『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』1936
Soft Construction with Boiled Beans(Premonition of Civil War)
ダリ『記憶の固執』La persistencia de la memoria,1931
ダリ『記憶の固執の崩壊』La Desintegración de la Persistencia de la Memoria,1954
ダリ『降りてくる夜の影』1931『謎めいた要素のある風景』1934
ダリ「レダ・アトミカ」Dali,Leda,Atomica,1949
参考文献
『ダリ』知の再発見双書
生誕100周年記念「ダリ展」、上野の森美術館、2006年
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3、ポール・デルヴォー
ポール・デルヴォー(Paul Delvaux, 1897~1994)は、困難な運命との苦闘の末、別離した運命の女性と再会する。1929年32歳の時、運命の恋人アンヌ=マリー・ド・マルトラール(タム)と出会う。しかし別離。別れから17年後、恋人と運命的な再会を果たす。1934年「ミノートル展」で、デ・キリコの作品に出会いシュールレアリスムの影響を受ける。『眠れるヴィーナス』の幻想を描きつづける。デルヴォーは、96歳まで優美な白昼夢をヨーロッパの夜の風景に紡ぎつづけた。
ポール・デルヴォー「海は近い」1965 姫路市立美術館
ポール・デルヴォー「水のニンフ(セイレーン)」1937 姫路市立美術館
Paul Delvaux, The sea is near.1965.De zee is nabij – 1965
Paul Delvaux,Water Nymphs, Sirens. 1937
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4、ルネ・マグリット
ルネ・マグリット(Rene Magritte,1898‐1967)は、ジョルジョ・デ・キリコの「愛の歌」(1914)に感銘を受け、シュルレアリスムに傾倒する。妻ジョルジェットとともにパリへ引っ越し、アンドレ・ブルトンを中心とするパリのシュルレアリストたちのグループに合流したマグリットは、言葉とイメージの関係を主題とする作品を多く生み出した。Surrealism(1926−1930)時代。69年の生涯を画家として生きる。
ルネ・マグリット「大家族」、1963年、油彩・キャンヴァス 宇都宮美術館
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参考文献
ダリ『記憶の固執』・・・スペインの荒涼とした大地
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-4ee9.html
マグリット展・・・夕暮れの瞬間、光の帝国
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-6e86.html
ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅・・・夢と現実の織りなす世界
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-bc20.html
ベルギー、奇想の系譜、ザ・ミュージアム・・・怪奇と幻想うごめくフランドル 
http://bit.ly/2u6J1nr
デ・キリコ展1920—1950、東京都庭園美術館、1993年
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パブロ・ピカソが愛した7人の女性、作品に与え続けた大きな影響
https://matome.naver.jp/odai/2146640490474122401
ピカソが最も恐れた画家「ジョルジョ・デ・キリコ」の不思議な絵
https://matome.naver.jp/odai/2138324132769724701

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2016年11月19日 (土)

ダリ『記憶の固執』・・・スペインの荒涼とした大地

SalvadordallapersistenciadelamemoriSalvador_dali_disintegration_of_per秋の午後、森を歩いて美術館に行く。ダリの絵をみると、スペインの荒涼とした大地を思い出す。寂寥の大地に広がる夢と幻想。
私が、スペイン、ポルトガル、イベリア半島を旅したのは、遠い時の彼方のようである。
チューリッヒから夜間飛行でイベリア半島上空を、リスボンに飛行し、オビドス、シントラ、ロカ岬、メリダ、ポルトガルをめぐって、国境の町バダホスからスペインに入り、ミハス、コスタ・デル・ソル、コルドバ、グラナダ、アンダルシア地方を旅して、トレド、マドリッドから、バルセロナに飛行した。飛行機の下にみえる、スペインの荒涼たる大地と地中海。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、迷宮図書館に行く。糸杉の丘、知の神殿が聳える。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
ダリ『記憶の固執』1931、『記憶の固執の崩壊』1954、『降りてくる夜の影』1931『謎めいた要素のある風景』1934。
『記憶の固執』、ダリのアトリエからみえるポルト・リガトの海と岩と柔らかい時計がある。ある日の午後、溶けた時計が見えた。「私は二つの柔らかい時計を見た。そのうちひとつはオリーヴの木の枝に嘆かわしい姿でぶらさがっていた。」ダリ『わが秘められた生涯』1942
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幻想派は、現実と夢の狭間で生きる。現実の苦しみに耐えられず、夢の世界に逃れ、夢の世界に目覚める。
ダリの20年前に、デ・キリコは、幻想と神秘と郷愁の絵画を創出した。デ・キリコは、初期に代表作を描く。その後の人生は自己模倣と古典の研究である。デ・キリコはイザベッラを愛し、ダリはガラを愛した。
【形而上絵画派】Métaphysique
ジョルジュ・デ・キリコGiorgio de Chirico,1888-1978
イタリアの街の神秘を描いた。デ・キリコは、1910年始め、フィレンツェへ行く。そこでシリーズ"Metaphysical Town Square"を制作。サンタ・クローチェ教会で霊感を受けて描き上げた作品「秋の午後の謎 」「神託の謎」「時間の謎」がある。
1911年にパリに行く。モンマルトルでピカソやアポリネールに出会い、1912年にサロン・ドートンヌ、1913年にパリのアンデパンダン展に出展。詩人・美術評論家のギョーム・ド・アポリネールに「形而上絵画Peinture métaphysique」と評価される。世界に登場する。
デ・キリコは、1枚の絵『街の神秘と憂愁』1914が、形而上絵画Metaphysical Paintingとして評価され、90年の生涯を、夢と絵画の現実の狭間で生きる。
後のシュールレアリスムsurréalismeに影響を与える。目に見える形をそのまま描くのではなく、物事の本質的を表現する。現実を超えた幻想、夢と現実の狭間の本質を追求する。デ・キリコは、形而上絵画だけでなく古典的な作品も描いている。
美しさの誉れ高い2度目の妻イザベッラの肖像画も沢山残している。
形而上絵画。建築物の影が伸びる人気の無い広場。謎めいた憂愁が漂い、神秘的で詩的な雰囲気。目に見える日常の裏側に潜む神秘と謎。
Giorgio de Chirico,Museum,Roma、スペイン広場に、デ・キリコのアトリエが残されている。
Giorgio de Chirico,1888-1978
『街の神秘と憂愁』Mystery and Melancholy ,1914
『イタリア広場』Giorgio de Chirico,Piazza d'Italia ,1913
『Veneziaサンジョルジョマッジョーレ島』1955
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【シュールレアリスムの画家たち】Surrealisme
サルヴァドール・ダリSalvador Dali
27歳の時、『記憶の固執』1931を描き、生涯の最高傑作となる。
ダリは1904年5月11日、スペインのカタルーニャ地方フィゲーラスで生まれる。1922年、マドリードのサンフェルナンド美術学校に入学、詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカ、映画監督ルイス・ブニュエルと知り合う。1927年、パリに赴き、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンら、シュルレアリスムの中心人物たちと面識を得る。1929年夏、ポール・エリュアールが妻とともにカダケスのダリのアトリエを訪ねた。ダリの妻となるガラ・エリュアールとの出会いである。ダリとガラは強く惹かれ合い1934年に結婚。1982年にガラが死去。「自分の人生の舵を失った」。ジローナのプボル城に引き籠もった。1983年5月を最後に絵画制作を止める。
『記憶の固執』La persistencia de la memoria,1931
『記憶の固執の崩壊』Disintegration of persistence of memory,1954
シュルレアリスムSurrealismeのはじまりは、アンドレ・ブルトン『溶ける魚』「シュルレアリスム宣言」1924年である。シュルレアリスムに属する主たる画家は、マックス・エルンスト、サルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、イヴ・タンギー、ポール・デルヴォー、エドガー・エンデ 。ダリは、ルイス・ブニュエルのシュルレアリスムの映画で、実際に見た夢をモチーフにした『アンダルシアの犬』(1928年)がある。
Surrealisme, Metaphysica
Giorgio De Chirico,
Giorgio De Chirico, Piazza di Italiana,1913
Giorgio De Chirico, Mystery and Meranchory of street,1914
Salvador Dali, 1904—1989
Salvador Dali, Persistance of Memory,1931
Salvador Dali, Disintegration of persistence of memory,1954
Salvador Dali, Melting Watch,1954
Paul Delvaux,1897-1994
Paul Delvaux,Great Sirens,1947
Rene Magritte,1898-1967
Odilon Redon, 1840年4月20日 - 1916年7月6日ポスト印象派、 象徴主義
新印象派に、幻想の画家がいる。夭折した画家たち。
【夭折した画家たち 印象派】Inpressioniste
ゴッホは、神学校に行くことを止め画家になる。生前に売れた絵は1枚だけである。親族に忌み嫌われ、呪いの言葉が耳に聞こえ、耳を切った。それでも、家族の呪詛が耳にみち、自殺した。Vincent Van Gogh.1853-1891。37歳で死す。
ジョルジュ・スーラは、天才的な才能をあらわしたが、世に認められず。25歳で傑作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』1884を描く。モネに嫉妬され、呪殺された。Georges Seurat, 1859-1891、31歳で死す。呪われた画家たち
モネは、『印象、日の出』1872を描き、印象派の祖と誤解され、富裕な人生を歩む。ジョルジュ・スーラを呪い殺した後、スーラの技法を用いて、画家として成功した。富裕になり贅沢な生活を送った。晩年、若死にしたスーラの呪いで悩まされ、陰惨な人間性になった。
Claude Monet, 1840- 1926、86歳で死ぬ。
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ダリ展、国立新美術館、2016年9月14日(水)~12月12日(月)
http://www.nact.jp/
生誕100周年記念、ダリ展、上野の森美術館、2006年9月23日~1月4日
http://www.ueno-mori.org/
デ・キリコ展1920—1950、東京都庭園美術館、1993年7月16日~8月15日
http://www.teien-art-museum.ne.jp/
ダリ『記憶の固執』La persistencia de la memoria,1931
ダリ『記憶の固執の崩壊』Disintegration of persistence of memory,1954

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2015年6月19日 (金)

マグリット展・・・夕暮れの瞬間、光の帝国

Magritte_20150325黄昏の丘、黄昏の森を越えて、黄昏の街に行く。黄昏の美術館、夕暮れの諧調。星降る夜、愛を語る花の森。美しい天使は、魂が美しい人を助けるためにやってくる。天は見ている。
夕暮散歩して、六本木から出雲大社分祀の道を歩き、美術館に行く。不思議な出会い、不思議な美術館。
夕暮れの後、闇夜が迫る空。ブルーモーメント、蒼い瞬間、夕暮れの魅惑の光景。12分間夕暮れの魔術。夜に輝くガラスの城。マグリット「光の帝国」を思い出す。
美への旅、大久保正雄、『旅する哲学者』より
シュルリアリスム(surréalisme)は、夢の中を覘いているような非現実を追求するが、神秘的融即(participation mystique) によって、個と個の壁をのり超える「理事無碍法界」の境地には、到達ない。融即律(principe de participation)は、客体と主体のア・プリオリな同一性である。マグリット「空の鳥」は、二つの現実の構成である。
異界への扉、大久保正雄『ふしぎな美術館』より
高島野十郎は、ルーヴル美術館展で、川崎浹と再会した。(昭和29年11月、*川崎浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』『高島野十郎画集―作品と遺稿』求龍堂)。不思議な出会いである。ティツィアーノ「鏡の前の女」1515、鏡は美の儚さを意味する。北斎「鏡面美人図」は鏡像に酔う女。北斎「酔余美人図」Drunkun Beautyは、酒に酔う女。不思議な出会いが、不思議な美術館にある。
不思議な出会い、大久保正雄『ふしぎな美術館』より
マグリットは、ジョルジョ・デ・キリコの作品「愛の歌」1914に感銘を受け、シュルレアリスムへと傾倒する。妻ジョルジェットとともにパリへ引っ越し、アンドレ・ブルトンを中心とするパリのシュルレアリストたちのグループに合流したマグリットは、言葉とイメージの関係を主題とする作品を多く生み出した。Surrealism(1926−1930)時代。
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■マグリット展、主な作品
マグリット「空の鳥」1966、「ゴルコンダ 」1953年、「光の帝国 II 」1950、「白紙委任状」1965、「不思議の国のアリス」1946、「困難な航海」1926、「恋人たち」1928。
■ルーヴル美術館展、日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄、主な作品
フェルメール「天文学者」1668、ティツィアーノ「鏡の前の女」1515、
クエンティン・マセイス 「両替商とその妻」1514年、リュバン・ボージャン「チェス盤のある静物」17世紀前半 、ル・ナン兄弟 「農民の食事」1642年、フランソワ・ブーシェ 「オダリスク」1745年、ニコラ・レニエ 「女占い師」1626年頃、ジャン=アントワーヌ・ヴァトー「二人の従姉妹」、レンブラント「聖家族」、または「指物師の家族」1640、オノレ・フラゴナール「嵐」、または「ぬかるみにはまった荷車」1759年頃、ピーテル・デ・ホーホ「酒を飲む女」1658年
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マグリット展、国立新美術館
国立新美術館、2015年3月25日(水)~6月29日(月)、
京都市美術館、2015年7月11日(土)~10月12日(月・祝)
ルーヴル美術館展、日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄、
国立新美術館、2015年2月21日(土)~6月1日(月)
京都市美術館、2015年6月16日(火)~9月27日(日)
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ルネ・マグリット(1898‐1967)は、ベルギーの国民的画家であり、20世紀美術を代表する芸術家。シュルレアリスムの巨匠として知られていますが、その枠にはとどまらず、独自の芸術世界を作り上げました。マグリットの作品は、言葉やイメージ、時間や重力といった、私たちの思考や行動を規定する要素が何の説明もなく取り払われており、一度見たら忘れられない魅力に満ちています。詩的で神秘的、静謐な中にも不穏でセンセーショナルな部分が潜む――イメージの魔術師が生み出す、不思議な“マグリット・ワールド”。
http://magritte2015.jp/highlight.html
パリのルーヴル美術館のコレクションから厳選された83点を通して、16 世紀から19 世紀半ばまでのヨーロッパ風俗画の展開をたどる「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」を開催いたします。「風俗画」とは、人々の日常生活の情景を描いた絵画です。そこには、家事にいそしむ召使い、物乞いの少年、つましい食卓につく農民の家族、庭園に集う貴族の男女など、身分や職業を異にする様々な人々の日常がいきいきと描写されています。一方で、風俗画には必ずしもありのままの現実が描かれているわけではありません。日常の装いのなかに、複雑な道徳的・教訓的な意味が込められていることもあります。これらを読み解いていくことも、風俗画ならではの楽しみといえます。 本展には、17世紀オランダを代表する画家、フェルメールの傑作《天文学者》が初来日するほか、ティツィアーノ、レンブラント、ルーベンス、ムリーリョ、ル・ナン兄弟、ヴァトー、ブーシェ、シャルダン、ドラクロワ、ミレーなど、各国・各時代を代表する巨匠たちの名画が一堂に会します。 膨大なコレクションを誇るルーヴル美術館だからこそ実現できる、時代と地域を横断する、かつて例を見ない大規模な風俗画展。ヨーロッパ風俗画の多彩な魅力。
http://www.ntv.co.jp/louvre2015/
Louvre_20150221

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2013年7月 3日 (水)

オディロン・ルドン 夢の起源・・・「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」

201306291夏至の日の夕暮れ、美術館に行く。
『エドガー・アラン・ポー全集』を飾る版画の数々が、記憶の中から蘇る。ルドン「眼は奇妙な気球のように無限へ向かう」は、荒野に旅する眼である。夢幻的世界への旅立ち。夢と現実を境界なく旅する飛行船のようである。世界は、夢と現実とからできている。夢の大切さを教えたのは、美しき女だった。美しき女の導く旅によって、世界は美しい詩想の世界へと変貌した。春の日の旅立ち。美しき乙女の導くパルメニデスの騎行のように。
印象派の光の時代にあって、幻想と黒を追求したルドンは、孤高の画家と呼ばれる。植物学者アルマン・クラヴォー、エドガー・アラン・ポーの詩と短編に霊感を受けて、幻想の世界を冒険した。色彩を追求したのは50歳以後だった。
ルドンは、植物学者の友人の影響を受けて1879年、39歳の時に石版画集『夢のなかで』を発表してデビュー。1882年『エドガー・ポーに』を発表する。1880年カミーユ・ファルトと結婚した。『目を閉じて(閉じられた目、瞑目)』(Les yeux clos)(1890年)は、長男ジャンの死から三年後の1889年に次男アリが誕生した翌年に制作、「水平線の彼方に眼を閉じた女」を描く。ここから、ルドンは、色彩の時代に入る。ルドンは、瞑目する女によって、現実の幸福に到達したのか。《神秘的な対話》(1896年)、この世界は、幸福感に包まれている。
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第1部 幻想のふるさとボルドー ―夢と自然の発見
第2部 「黒」の画家 ―怪物たちの誕生
第3部 色彩のファンタジー
展示作品
《『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出のために)』6.日の光》1891年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《蜘蛛》1887年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《『ゴヤ頌』 2.沼の花、悲しげな人間の顔》1885年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《『起源』 3.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた
醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた》1883年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《『夢のなかで』 2.発芽》
1879年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《『エドガー・ポーに』1.眼は奇妙な気球のように無限に向かう》1882年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《光の横顔》1886年 リトグラフ、紙 岐阜県美術館
《神秘的な騎士あるいはオイディプスとスフィンクス》1892年頃 木炭、パステルで加筆、画布で裏打ちした紙 ボルドー美術館
《神秘的な対話》1896年頃 油彩、画布 岐阜県美術館
《幻影》1910年頃 油彩、厚紙 ボルドー美術館
《若き日の仏陀》1905年 油彩、画布 京都国立近代美術館
《アポロンの戦車》1909年 油彩、パステル、厚紙 ボルドー美術館
母》1916年 油彩、画布 ボルドー美術館
《丸い光の中の子供》パステル、紙、新潟市美術館【展示期間7月30(火)‐8月25日(日)】
《ペガサスに乗るミューズ》1907‐10年頃 油彩、画布 群馬県立近代美術館
《花》1905‐10年頃 油彩、画布 岐阜県美術館
《眼をとじて》1900年以降 油彩、画布 岐阜県美術館
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フランス象徴主義を代表する画家オディロン・ルドン(1840-1916)。ルドンは黒一色の怪奇で、空想的な世界を展開した後、50歳を過ぎて夢幻的な色の世界へと変貌した特異な画家として知られています。彼と同時代には、モネやルノワールといった印象派の画家たちが活躍していました。彼らが大気の変化とともに刻々とその様を変える現実世界の光の表現を求めていたなかで、内面を重視し夢の世界を描いたルドンは、次世代の画家や文学者、批評家たちから注目を集めました。本展では、ルドンの芸術の源泉である「夢」と「自然」のルーツを、生まれ故郷であるフランス南西部の都市ボルドーに求めました。青年期に触れた自然科学や19世紀中頃には時代遅れになりつつあったロマン主義を、その後「黒」から「色彩」へどう昇華し展開していったのか。故郷のボルドー美術館、国内最大のルドン・コレクションを所蔵する岐阜県美術館の全面協力のもと、各地から集められた約150点で孤高の画家ルドンの全貌を辿ります。
http://www.satv.co.jp/0500event/0010event/redon/
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index_redon.html
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■オディロン・ルドン 夢の起源 幻想のふるさと、ボルドーから
損保ジャパン東郷青児美術館 4月20日―6 月23 日(日)
静岡市美術館(2013年6月29日~8月25日)
岐阜県美術館(2013年9月3日~10月27日)
新潟市美術館(2013年11月2日~12月23日)

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2012年11月18日 (日)

ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅・・・夢と現実の織りなす世界

2012091203 枯葉舞う道を歩いて、美術館に行く。デルヴォーの風景をみると、エフェソス、イタリア、ギリシアの風景とヨーロッパの夜景を思い出す。静寂と幻想の画家デルヴォー。古代ギリシア神殿を背景に、ヌードの女性、建築、電車が象徴的に描かれる。現実の世界から異世界に迷い込む。ノスタルジーを誘うのは何故か。「夜の使者」の女がもってくる手紙は、何を告げるのか。
世界は、夢と現実とでできている。夢は現実を変え、世界を変える鍵である。夢と現実を結ぶものは愛である。
ポール・デルヴォー(1897~1994)は、13歳の時、ホメロス『オデュッセイア』を読む。30歳の時、デ・キリコの作品と出会う。35歳の時『眠れるヴィーナス』をスピッツネル博物館でみる。40歳の時、はじめてイタリアに旅行する。デルヴォーにとって、一人の女性との運命的な出会いと再会が重要であった。
1929年32歳の時、運命の恋人アンヌ=マリー・ド・マルトラール(タム)と出会う。しかし、恋人と両親の反対により別離、両親の死、別れから17年後、恋人と運命的な再会を果たす。
「ベルギー幻想美術館 クノップフからデルヴォー、マグリットまで」2009年Bunkamuraを思い出す。姫路市美術館は『海は近い』など139点を所蔵。横浜美術館は『階段』など18点を所蔵する。
大久保正雄
■展示作品
「行列」1963年 ポール・デルヴォー財団蔵
「エペソスの集い2」1973年 ポール・デルヴォー財団蔵
「夜の使者」1980年 ポール・デルヴォー財団蔵
「夜明け」1944年 個人蔵
「トンネル」1978年、油彩、カンバス、150×250センチ)=ポール・デルヴォー財団蔵Paul Delvaux Foundation,Belgium
■展示構成
第1章:写実主義と印象主義の影響
第2章:表現主義の影響
第3章:シュルレアリスムの影響
第4章:ポール・デルヴォーの世界
 欲望の象徴としての女性、男性の居場所
 生命の象徴としての骸骨
 汽車、トラム、駅
 建築的要素
 ルーツとしての過去のオブジェ
 フレスコ壁画
第5章:旅のおわり
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 ポール・デルヴォー(1897-1994)は、ベルギーのシュルレアリスム絵画を代表する画家です。現実を超えた世界を描くシュルレアリスムの画家のなかでも、とりわけ幻想的な作風で知られます。古代神殿(こだいしんでん)の立ち並ぶ風景を電車が走り、うつろな瞳の女性たちがさまよう、静かでどこか冷たい世界。しかし、夢の世界と現実とが一続きになっているような不思議な空間に、見る人は思わず引き込まれます。
 デルヴォーの作品には、電車、神殿、ランプ、骸骨(がいこつ)、女性など同じモティーフが、くり返し描かれます。それは、例えば、駅長になるという夢を持つほど電車好きだった幼い頃、あるいは、教室で骨格標本(こっかくひょうほん)を見て衝撃を受けたという少年時代の思い出など、画家の個人的な体験や日常生活に結びついています。デルヴォーは、身の回りのありふれた物を糸口にして、超現実世界へとつながる扉を開こうとしたのです。
 この度の展覧会では、シュルレアリスム時代の代表作をはじめ、これまでほとんど紹介されることのなかった最初期の油彩画やデッサン、制作に用いたモティーフも紹介し、画家の創作の原点を探ります。日本ではおよそ10年ぶりの回顧展となります。出品作、約80点のうちおよそ半数以上が日本初公開の作品です。
http://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
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■府中市美術館 2012年24年9月12日(水曜日)から11月11日(日曜日)
http://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
【巡回】11月17日~2013年1月14日 下関市立美術館
2013年1月22日~3月24日 埼玉県立近代美術館
2013年4月6日~5月26日 岡崎市美術博物館
2013年6月~7月中旬(予定)浜松市美術館
2013年7月下旬~9月(予定)秋田市立千秋美術館
★「夜の使者」1980年
★「トンネル」1978年
2012091201 

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