ロマン主義

2022年6月23日 (木)

孤高の画家、フリードリヒ、ロマン主義、生涯と藝術

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』283回

雲海の上の旅人は彼方へ旅する。樫の森の中の僧院、孤独な木、夕暮れの丘、月を眺める哲学者、海辺の月の出、海辺の5隻の帆船、地中海の果て、孤高の古代神殿に蘇る、孤高の精神、旅する哲学者、美への旅。
【カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ、孤高の画家、ドイツ・ロマン主義、65歳で死す】37歳1810「樫の森の中の僧院」「海辺の僧侶」プロイセン王国王子が購入。ベルリンアカデミー会員。1818、44歳、25歳のカロリーネと結婚。51歳1825年61歳1835脳卒中。「人生の諸段階」1835
【運命の扉1810年、フリードリヒ、37歳】「樫の森の中の僧院」「海辺の僧侶」、ベルリン美術アカデミー展にて、プロイセン王国王子(フリードリヒ・ヴィルヘルム3世)が購入。ベルリンアカデミー会員となる。ゲーテとロマン派の詩人たち、ドレスデンにフリードリヒを訪れる。2枚の絵を絶賛する。
【ロマン主義、孤高の画家、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ1774-1840】寂莫な風景、朝日、月光、夕日、海、浜辺、雪景色、教会の墓地、荒野、森の急流、渓谷。『山上の十字架』1808『海辺の修道士』『樫の森の中の修道院』1810『雲海の上の旅人』『孤独な木』『海辺の月の出』1822『氷の海』1824『人生の諸段階』1835
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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【『孤独な木』『海辺の月の出』1822】『孤独な木』、孤独な木と木の下に佇む羊飼い、独り雄々しく天に向かって聳える樫の木の英雄的佇まい、背後の山と空の崇高な無限。『海辺の月の出』、月の出に見入る男女、海上の旅を終え、岸辺に帰り来る帆船、人生航路の果てに、安らぎを見出した人間の魂、瞑想的人生。この二幅の絵画は、朝日と夕月の対比、ベルリンの注文主のために制作された。
【内なる闇の藝術】「肉体の限界を閉じよ。そうすればまず最初に精神の眼で自分の絵を見ることができるだろう。そうして次には、暗闇で見たものを白日のもとに表現するのだ。そうすれば、その作品は外側から人々の内奥に向かって作用することだろう」。
【友とライバル】1818年にドレスデンに移ってきたノルウェーの画家ヨハン・クリスティアン・ダール。ダールと友人になる。ダールは1824年ドレスデン・アカデミーの風景画の教授として迎えられた。
【「人生の諸階段」1835】海辺に佇む5人と海上の5隻の帆船、航海から帰ってきたのか、これから出帆するのか。一組の男女、二人の子供たち、一人の友人。5人の人物はフリードリヒ本人とその家族、湾に向かって静かに進む5隻の船が彼らに呼応。人生の航路を比喩的に描いた。ヴィークのウトキーク海岸は、グライフスヴァルト港に入港する船。旅の終わりは、地中海を航海し、南イタリアに到達する。輪廻転生する。
【ベルリン博物館、ボーデ美術館(旧カイザー・フリードリヒ美術館)、プロイセン王国】ベルリン郊外のダーレムにある総合博物館。絵画館のほかエジプトやイスラム関係、彫刻や工芸関係、版画文庫などの各個別美術館を総称して呼ぶ。
最も有名な絵画館はプロイセンの哲人王フリードリヒ大王(1712年1月24日⁻1786年8月17日74歳没)の収集をもとに1830年設立されたボーデ美術館(旧カイザー・フリードリヒ美術館)、中世から19世紀にいたるヨーロッパ美術の大家の作品を集める。
カール・フリードリヒ・シンケルが、ベルリン博物館を設計した。新古典主義様式で建てられた旧博物館は、18本の円柱が並ぶ正面玄関が印象的で、シンケルの代表的建築物の一つ。博物館内部に入ると円形のロビーがあり、装飾天井や天窓、ホールを囲むように円柱と彫刻があり、その美しさに圧倒される。古代ギリシア、ローマの彫刻が展示されている。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★★カスパー・ダヴィット・フリードリヒの生涯(1774年-1840年)
1774年、カスパー・ダヴィット・フリードリヒ、バルト海沿岸、スウェーデン領ドイツの最北端グライフスヴァルトにて生まれた。石鹸・蝋燭業を営む父の4男。9人兄弟。
1781年、7歳の時、母ゾフィー・ドロテア、死去。1782年、妹エリーザベト死去。
1787年、13歳の時、河でスケート遊びをしていたところ、氷が割れて溺れ、彼を助けようとした一歳年下の弟クリストファーが溺死。フリードリヒはこの事故で長年自分を責め続け、鬱病を患った。
1794年、コペンハーゲンの美術アカデミーに入学。その後、ドレスデンに転居、美術アカデミーに在籍する。
1799年、ドレスデン美術アカデミー展に出品。
1805年、ゲーテ主催のヴァイマル美術展に作品を出品、受賞する。
1807年、油彩での本格的な制作を始める。ボヘミアへ旅行。
1808年、『山上の十字架』。高い評価を受ける。祭壇画「山上の十字架」、岩は堅固な信仰、常緑樹である樅の木は人間の永遠の希望を象徴している。
1810年、ベルリン美術アカデミー展、出展。ゲーテとロマン派詩人の激賞を受ける。『海辺の修道士』『樫の森の中の修道院』がプロイセン王子(フリードリヒ・ヴィルヘルム3世)に買い上げられる。ベルリン美術アカデミーの会員になる。
1813年、ナポレオン軍と連合軍の戦いのため疎開。
1814年、ナポレオンが退位。愛国的作品をドレスデン美術展に出品。
1816年、ドレスデン美術アカデミーの会員に選出される。
1818年、19歳年下のカロリーネと結婚。妻と帰郷。シュトラールズント市から依頼された聖母教会の内装デザインを作る。『雲海の上の旅人』。
1819年、愛国者や民主主義者、解放闘争、反体制派による暗殺事件も起こる。ザクセン王国大臣会議の決議により「煽動者(デゴマーク)」らは迫害、弾圧され、ドイツの古装束はデゴマークの衣装であるとして禁止された。雲海の上の旅人、月を眺める二人の男の衣装は古衣装である。
1819年、『月を眺める二人の男』

1822年、『孤独な木』『海辺の月の出』
1824年、『氷の海』。
1825-28年、51歳、脳卒中。重病を患う。
1833年、批判的な批評が増える。
1835年、脳卒中で倒れ、一命は取り留めるが、後遺症として麻痺が残る。以降はセピアインクによる線画を中心に描く。『人生の諸段階』1835
1836年、デュッセルドルフ派の展覧会に出品
1840年、死去。65歳
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カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ(1774年-1840年)
『山上の十字架』1808ドレスデン国立美術館
『海辺の修道士』『樫の森の中の修道院』1810ベルリン博物館
『雲海の上の旅人』1818ハンブルク美術館
『月を眺める二人の男』1819ドレスデン国立美術館
『雪の中の修道院墓地』1819 Friedlich Klosterruine im Schnee 1819
『孤独な木』『海辺の月の出』1822ベルリン博物館
『窓辺の女』1822ベルリン博物館
『氷の海』1824ハンブルク美術館
「アグリジェントのユーノー神殿」1830
『人生の諸段階』1835ライプツィヒ美術館
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★参考文献
Caspar David Friedrich - Wikipedia
Caspar David Friedrich (5 September 1774 – 7 May 1840) was a 19th-century German Romantic landscape painter, generally considered the most important German
https://en.wikipedia.org/wiki/Caspar_David_Friedrich
*1千足伸行「ロマン主義絵画と聖なるもの」p.213
ノルベルト・ヴォルフ『カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ 静寂の画家1774-1840』2006
「ベルリンの至宝展 よみがえる美の聖域」図録、東京国立博物館2005
千足伸行「ロマン主義絵画と聖なるもの」2005
後藤健「古代人は「聖なるもの」をどう感じ表現したか」2005
マリオ・プラーツ『ロマンティック・アゴニー』MarioPraz.RomanticAgony.1933、ロマン派から象徴派、世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ藝術
「象徴派の絵画 」中山 公男、高階 秀爾【編】朝日新聞出版1992
ロマン主義の愛と苦悩・・・ロマン派から象徴派、美は乱調にあり
https://bit.ly/3O4fq3d
「シャセリオー展」国立西洋美術館
https://t.co/eUkZk1RfaW
ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢・・・愛と美の深淵
https://bit.ly/2MGcs9l
自然と人のダイアローグ、国立西洋美術館、彼方への旅 
https://bit.ly/3mv4SOc 
白井晟一・・・孤立の城、荒野の礼拝堂、ロマン主義建築家の反逆
https://bit.ly/3rZzIAY
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84
理念を探求する精神・・・ギリシアの理想、知恵、勇気、節制、正義、美と復讐
https://bit.ly/3sIf3RW

孤高の画家、フリードリヒ、ロマン主義、生涯と藝術

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自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで・・・彼方への旅
https://bit.ly/3mv4SOc

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2022年6月17日 (金)

ロマン主義の愛と苦悩・・・ロマン派から象徴派、美は乱調にあり

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』282回

ギリシア人は神々の滅びる時代に人間の姿、形の美しさを頂点にまで高め、ルネサンス人は中世キリスト教が衰亡した時代に歴史的絵画の頂点を極め、あらゆる宗教の終焉の時代18世紀末にロマン主義が現れ19世紀風景画が現れた。*1
ロマン主義は、18世紀の新古典主義に対する反抗から生まれ、古典の美、ルネサンスの美を理想とする美術への反抗、理性に対する感情の反抗である。風景の美、自然の美、理性に対する感情の美、風景画、中世の美、ラファエロ以前の藝術、ラファエロ前派、象徴派、運命の女(ファム・ファタル)の探求へと展開する。ウィリアム・ブレイク(1757-1827)は、神秘的詩人であり、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ(1774-1840)は、絵筆をもつ神秘主義者と呼ばれる。フリードリヒ『雲海の上の旅人』1818は、魂の旅人、この世の果てへの旅人である。
人は、古代の美、ルネサンスの調和の美に魅かれるとともに、ウィリアム・ブレイク、フリードリヒの美に魅かれる。ロマン主義は、古代、ルネサンスの美、古典主義の美と同じ根源から生じる。カール・フリードリヒ・シンケルの新古典主義は、ロマン主義と同じ源泉から生まれる。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★ロマン主義、文学と美術
ロマン主義の先駆は、ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)である。
ロマン主義は、18世紀の新古典主義に対する反抗から生まれ、ギリシアの美、ルネサンスの美を理想とする美術への反抗、理性に対する感情の反抗である。ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix, 1798-1863) 『民衆を導く自由の女神』1830年『キオス島の虐殺』1824年、『(第四回)十字軍のコンスタンティノープルへの入城』1841年。テオドール・ジェリコー(Théodore Géricault, 1791-1824) 『メデューズ号の筏』1818-19年が絵画におけるロマン主義の代表作である。
ゲーテ、シラーにより疾風怒濤時代(シュトゥルム・ウント・ドランク)、理性・啓蒙中心の古典的文学に対する、感情・情熱の優越を旨とする文学運動が起り、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』1796が書かれた。アウグスト・フリードリヒ・シュレーゲル兄弟は、ドイツ・ロマン派の文芸機関誌『アテネウム』全3巻6冊(1798-1800)を刊行した。カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ『雲海の上の旅人』1818。
イギリスのロマン主義は、ウィリアム・ブレイクに始まり、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー、『海の釣り人』1796年、『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』1839年。ラファエロ前派、ダンテ・ガブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレイ、へと展開する。
スペイン、ロマン主義絵画の代表作は、フランシスコ・デ・ゴヤ『マドリード1808年5月3日』1814年、
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【マリオ・プラーツ『ロマンティック・アゴニー』1933】ロマン派から象徴派、世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ藝術。イタリアの美術史家プラーツ(Mario Praz1896-1982)が、ロマン派から世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ19世紀藝術の「退廃の美学」「運命の女(ファム・ファタル)の美学」「腐敗と苦痛の美学」「薄明の美学」を、博引旁証のうちに論じ尽した名著。
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★ロマン派の詩人、ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)
『無垢と経験の歌』1787年
ウィリアム・ブレイク「毒のある木」寿岳文章訳 William Blake, Poison Tree
私は私の敵に腹を立てた 私は黙っていた 私の怒りはつのった そして私はそれに恐怖の水をかけ 夜も昼も私の涙をそそいだ そして私はそれを微笑みの陽にあて 口あたりのよい欺瞞の肥料で育てた
「毒のある木」は、密教の呪詛調伏、怨敵調伏の真言である。
「一粒の砂の中に世界を見、一輪の花に天国を見るために。掌で無限を握り、一瞬のうちに永遠を掴め。」ウィリアム・ブレイク William Blake詩集『ピカリング草稿』『無垢の予兆』よりAuguries of Innocenceウィリアム・ブレイク
【死生学】一粒の砂の中に世界を見、一輪の花に天国を見るために。掌で無限を握り、一瞬のうちに永遠を掴め。ウィリアム・ブレイク William Blake詩集『ピカリング草稿』。
「無垢の予兆」Auguries of Innocence
To see a World in a grain of sand,And a Heaven in a wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,And Eternity in an hour.
詩人は1803年、John Schofieldという兵隊と口論になり、国家扇動罪(seditious statements)を行ったとして裁判にかけられる。勝訴するが、詩人に大きく影響した。難解な表現をすることで攻撃的な思想を隠す独自の表現技法を確立。歓喜に充ち溢れる生命を讃える「無心の歌」、無垢を喪失した悲しみの世界を描く「経験の歌」、そして呪縛からの解放を歌う「天国と地獄との結婚」。ブレイク初期の傑作三詩集。
ウィリアム・ブレイク、寿学文章訳『有心の歌、無心の歌』角川文庫
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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★【青い花の乙女を求める旅】ドイツ・ロマン主義の詩人、ノヴァーリス(1772-1801)『青い花』Heinrich von Ofterdingen(1802)
ハインリヒは、ある夜、自分の家に泊まった旅人から不思議な「青い花」の話を聞き、憧れを抱く。その夜、夢の中に青い花が現われ、その花がいつのまにか優しい乙女の姿に変わる。
ハインリヒは、母とともに祖父のもとを訪れるために、アウクスブルクへ旅立つ。道々、同行の人から、物語や詩の話を聞き、ハインリヒにも詩心が目ざめる。一行は十字軍の騎士の居城で、東洋から捕虜として連れて来られた美少女トゥリーマの話を聞き、戦争の悲惨さやむなしさを知ると同時に、未知の世界、東洋に心を惹かれる。
また、洞窟に住む隠者ホーエンツォレルン伯を訪ねたハインリヒは、自分の過去・現在・未来の姿について書かれている書物を見せてもらい、驚く。
目的地のアウクスブルクに着いたハインリヒは、祖父の家で、老詩人のクリングゾールと、その娘の「昇る太陽に傾く百合」のようなマティルデに会う。彼女の顔は、かつて夢に見た、青い花の乙女とそっくりであった。ハインリヒはマティルデに愛を告白し、二人は婚約する。だが、その夜、彼は不吉な夢を見る。夢の中で、マティルデは舟をこいでいる。彼女は突然水に落ち、溺れそうになる。マティルデを救おうとした彼も溺れてしまうのである。ところが、不幸にしてこの夢は現実となって、マティルデは川で溺死してしまう。
愛する人を失ったハインリヒは、巡礼者となってさまよい歩く。ある日、山深い森の中で悲しみに沈んでいると、ふとマティルデの声が聞こえた。その声は、ハインリヒに琴を弾くように勧める。琴を弾けば、ひとりの少女が姿を現わすというのである。そこで琴を弾くと、少女ツァーネが現われる。ツァーネに誘われて森の中の彼女の家に行った彼は、そこで死者たちの世界を訪れる。
やがて、死の国を出て、現実の世界にもどったハインリヒは、イタリアに旅行したり、戦乱に身を投じたり、ギリシアを訪ねたり、あるいは東洋に渡って詩と神秘とを学んだりする。こうして、さまざまな経験を積んだのち、ドイツに帰って華やかな宮廷生活に入った彼は、皇帝の信任も厚く、詩人として輝かしい栄誉を受ける。
「ドイツ文学案内」(朝日出版社)
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★参考文献
*1千足伸行「ロマン主義絵画と聖なるもの」p.213
ノルベルト・ヴォルフ『カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ 静寂の画家1774-1840』2006
「ベルリンの至宝展 よみがえる美の聖域」図録、東京国立博物館2005
千足伸行「ロマン主義絵画と聖なるもの」2005
後藤健「古代人は「聖なるもの」をどう感じ表現したか」2005
マリオ・プラーツ『ロマンティック・アゴニー』MarioPraz.RomanticAgony.1933、ロマン派から象徴派、世紀末デカダン派にいたるヨーロッパ藝術
「象徴派の絵画 」中山 公男、高階 秀爾【編】朝日新聞出版1992
「シャセリオー展」国立西洋美術館
https://t.co/eUkZk1RfaW
ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢・・・愛と美の深淵
https://bit.ly/2MGcs9l
白井晟一・・・孤立の城、荒野の礼拝堂、ロマン主義建築家の反逆
https://bit.ly/3rZzIAY
自然と人のダイアローグ、国立西洋美術館、彼方への旅 
https://bit.ly/3mv4SOc 
孤高の思想家と藝術家の苦悩、孫崎享×大久保正雄『藝術対談、美と復讐』
https://bit.ly/2AxsN84

ロマン主義の愛と苦悩・・・ロマン派から象徴派、美は乱調にあり

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自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで・・・彼方への旅
https://bit.ly/3mv4SOc

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2017年3月 1日 (水)

シャセリオー展、国立西洋美術館・・・アポロンとダフネ、泉のほとりで眠るニンフ

20170228Chasseriau_apollo_and_daphne_apolloThodore_chassriau_1850大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より 
春よみがえる森、枝垂れ梅が満開の森を歩いて、美術館に行く。
シャセリオーは、詩人たちを愛し、シェイクスピア、バイロンを愛読した。ギリシア神話に霊感をうけた。ラファエロを崇めるアングルとは、方向が異なる。*
シェイクスピア劇の愛と嫉妬、憎悪、猜疑心、人間の暗い情念、苦悩、亡霊、魔女、幻影に、ロマン主義の藝術家たちは題材を得た。
『海から上がるウエヌス』(Louvre)をみた日を思い出す。
シャセリオーは、美人画に卓越した画家である。シャセリオーの絵画は、調和ある古典的世界と女性美を探求した。シャセリオーは37歳で死する夭折の画家である。
『泉のほとりで眠るニンフ』1850、『カバリュス嬢』1848、『16世紀スペイン女性の肖像』1834—50、『海から上がるウエヌス』1838,1842。
『アポロンとダフネ』1845 アポロンはダフネに恋するが、ダフネは樹木に変身して拒絶する。*オヴィディウス『変身物語』
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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永遠を旅する哲学者は、美のイデアへ旅する。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、迷宮図書館に行く。糸杉の丘、知の神殿が目覚める。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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■テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau, 1819年9月20日 - 1856年10月8日)
テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau 1819-1856)。11歳でアングルに入門する。ドラクロワの影響を受け、ロマン主義の画家となり、新古典主義と融合する。『アポロンとダフネ』1845を描く。象徴主義に影響を与える。
■ギュスターブ・モロー(Gustave Moreau, 1826–1898)
シャセリオー『アポロンとダフネ』1845。この絵がギュスターブ・モローに影響を与える。37歳で早世する。ギュスターブ・モローは、美術学校を辞め、シャセリオーの近くにアトリエを構える。
ギュスターブ・モロー『アポロンとダフネ』『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』1865、『若者と死』1882。これらの絵画において、ギュスターブ・モローは、シャセリオーの影響が濃厚である。ギュスターブ・モロー藝術は、「詩人のテーマ」を根源としている。
★主要作品
テオドール・シャセリオー『アポロンとダフネ』1845ルーヴル美術館
テオドール・シャセリオー、『カバリュス嬢の肖像』1848年カンペール美術館
CHASSERIAU, Theodore 1819-1856. French Romanticism.
Théodore Chassériau, Apollo and Daphne. (Apollon et Daphne). 1846
Théodore Chassériau,Venus Anadiomene,1842
Théodore Chassériau,Nymphe,1850
Théodore Chassériau,Portrait de Mademoiselle de Cabarrus
Théodore Chassériau,Cabarrus,1848
Théodore Chassériau , Venus Anadyomene, or Venus of the Sea ,1838
■フランスの新古典主義 ジャック=ルイ・ダヴィッド(David)、弟子たち
ダヴィッドの弟子たち、アングル(Ingres)、フランソワ・ジェラール(F.Gerard)、グロ(Grot)、ジロデ=トリオソン(Girodet de Roussy-Trioson)
荘重な様式をもとめて古典古代、ギリシァの芸術を模範とした。ナポレオン時代、英雄主義的な主題は好まれ、インペリアル様式となる。ロココ美術のあまりに甘美な装飾様式、退廃的貴族主義に対する反発から生まれた。
■イギリス文学のロマン主義文学
ウィリアム・ブレイクの詩を萌芽とし、ウィリアム・ワーズワースとサミュエル・テイラー・コールリッジ『抒情民謡集(Lyrical Ballads)』(1798年)によって始まるが保守化した。ナポレオン戦争後、ジョージ・ゴードン・バイロン、パーシー・ビッシュ・シェリー、ジョン・キーツらは先鋭化しイギリスを去ってスイス・イタリアに移り、理想主義を追求した。
■ロマン主義の画家 ロマン主義に属する画家は、スペインのゴヤ、フランスのドラクロワ、テオドール・ジェリコー、ギュスターヴ・ドレ、イギリスのウィリアム・ブレイク、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー、サミュエル・パーマー、リチャード・ダッド、イタリアのフランチェスコ・アイエツ、スイスのヨハン・ハインリヒ・フュースリー、ドイツでは山岳・廃墟をテーマにしたカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、フィリップ・オットー・ルンゲ、ノルウェーのヨハン・クリスチャン・ダール。日本の絵画では藤島武二、青木繁。
★参考文献
陳岡めぐみ「異国の香り テオドール・シャセリオー」『シャセリオー展図録』
澁澤龍彦「小ロマン派群像」中央公論社『悪魔のいる文学史』〔中公文庫〕
デーヴィッド・ブレイニー・ブラウン『岩波世界の美術 ロマン主義』高橋明也訳、岩波書店2004年
高階秀爾『フランス絵画史』講談社1990年
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★シャセリオー展―19世紀フランス・ロマン主義の異才、国立西洋美術館
2017年2月28日(火)〜5月28日(日)

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