ファッション・アクセサリ

2026年4月25日 (土)

生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ・・・蝶と花、世界に羽ばたくマダム・バタフライ、96歳で妥協を許さない

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第429回

マダム・バタフライの愛称で人々を魅了した、森英恵(1926-2022)。美しい蝶はブランドのシンボルとして長きに渡って作品に用いられてきた。まるで蝶か世界に羽ばたくように、揺るぎない志と好奇心を持ち続け、服の力で女性のライフスタイルを牽引した森英恵(1926-2022)、1954年28歳、銀座にひよしやを開店、2004年、最後のファッションショーを行う。96歳で化粧を何度も塗りなおし、妥協を許さない。(森英恵の長男、森顕)。7人の孫の一人、森泉「強くなり過ぎてはいけない。風邪に流す」と言われた。
1956年『狂った果実』、1967年『波止場の鷹』、同年に公開された『夜霧よ今夜も有難う』などの衣装を担当。日活映画の黄金期に大きく貢献した。
森英恵展で展示されていたハナエ・モリビル。1978年竣工で、2010年に解体。設計は丹下健三で、真上から見ると蝶の形になっている。
六道輪廻を救う、六観音菩薩、天道の使者、純粋な魂、美しい魂と美しい肉体を持つ者を如意輪観音が救う。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
「ひよしや」開店の頃 1950年代半ば 撮影:石井幸之助 写真提供:森英恵事務所
森英恵 《イヴニングアンサンブル (ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス」)》1966 年 ハナヱ・モリ 島根県立石見美術館 撮影: 小川真輝
設計:丹下健三、撮影:村井修 ハナヱ・モリビル 1978年 画像提供:村井久美(村井修 写真アーカイヴス)
森英恵《イヴニングアンサンブル (ジャケット、ブラウス、スカート)》1977 年秋冬 ハナヱ・モリ オートクチュール 撮影: 小川真輝
奈良原一高 《森英恵》 提供:島根県立美術館コピーライトNarahara Ikko Archives
アートディレクション:横尾忠則『流行通信』No.195、1980 年 4 月
株式会社流行通信 島根県立石見美術館
ハナヱ・モリ ファイナルオートクチュールコレクション 2004年7月7日 提供:森英恵事務所
右近テキスタイル デザインハウス テキスタイル「晩夏に咲く」四季ファブリックハウス 1972 年 森英恵事務所
森英恵 《ブランドラベル、帯地のコート》 1964年ハナヱ・モリ 島根県立石見美術館 撮影: 小川真輝
森英恵《イヴニングアンサンブル》1968年 ハナヱ・モリ
メトロポリタン美術館、ニューヨーク 1975年森英恵氏寄贈 (1975. 86. 1a-c)コピーライトThe Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY
アートディレクション:江島任 『森英恵流行通信』No.10 1966年9月3日号
ファッションハウス 森英恵 島根県立石見美術館
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生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ プレスリリース
ニューヨーク、パリを魅了した日本のオートクチュール
圧巻の展示400点が語る森英恵のすべて
国立新美術館では、アジア人で初めてパリ・オートクチュール正会員となり、日本のファッションを牽引した森もり英恵はなえの没後初となる回顧展を、生誕100年を迎えた2026年春に開催いたします。1950年代にキャリアを開始した森英恵は、当初、映画衣装の制作を通じて頭角を現すようになります。戦後の高度経済成長期の日本において、家庭を持ちながらデザイナーとして社会的にも大きな仕事を成し遂げる姿は、新しい女性像の先駆けとして注目されるようになりました。そのような中で森が1961年、雑誌『装苑』にて新たに提唱したのが「ヴァイタル・タイプ」という人物像です。快活で努力を惜しまないその姿は、森のその後の生き方とも大きく重なるものでした。1965年にはニューヨークコレクションにデビューして以降、日本のみならず晩年まで世界を股にかけて活動を続けました。
本展はオートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点を通じて、森のものづくりの全貌を明らかにします。デザイナーとしての表現だけではなく、生き方とその創造の根幹にまで迫るまたとない機会となるでしょう。
1章 日本の森英恵 ヴァイタル・タイプ
「ヴァイタル・タイプ」とは、森が1961年1月号の雑誌『装苑』で提唱した人物像です。生き生きとして生命力に溢れ、敏捷げに目を光らせた女性。そして、一生懸命になれる仕事を持ち、努力を惜しまない活動家。それはまさに森英恵自身の姿とも重なるものでした。ここでは当時の取材記事を取り上げ、森自身が「アーティストであり、働く女性であり、妻であり母である」という新しい女性イメージを牽引する存在だったこと、そうした姿を洋服を作ることを通して創出していた様子を辿ります。また、森自身がこの時期に中心的に取り組み、その後の活動を軌道に乗せる大きなきっかけとなった映画衣装の仕事についても紹介します。
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参考文献
生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ・・・蝶と花、世界に羽ばたくマダム・バタフライ、96歳で妥協を許さない
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-0a7135.html
生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ
https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/hanaemori/
没後初、森英恵の大回顧展『ヴァイタル・タイプ』開催! オートクチュールのドレスや資料約400点を展示
https://www.vogue.co.jp/article/hanae-mori-100-exhibition


イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル・・・ファッション・デザイナーは、なぜゲイなのか

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★★★★★
生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ
HANAE MORI Vital Type: The 100th Anniversary of Birth
2026年4月15日(水) ~ 2026年7月 6日(月)
https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/hanaemori/

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2023年10月20日 (金)

イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル・・・ファッション・デザイナーは、なぜゲイなのか

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第345回
あなたは存在そのものが優美だった、その生涯は引き裂かれたが。痛みを負った人に優しく囁きかけた。あなたは天に召され、星があなたの名を永遠に刻む。あなたは生き抜いたように思える、風の中の灯火のように。命の灯火はすでに燃え尽きたが、あなたの伝説は永遠に 『風の中の灯火』
イスタンブール・インターコンチネンタルに宿泊したら、部屋の窓からボスポラス海峡と行き交う船がみえた。部屋の内装、家具は、ジャンニ・ヴェルサーチのデザインだった。
【「ピエールは、私の人生の物語となった」】イヴ・サンローランの共同創業者、ピエール・ベルジェ。ベルジェがサンローランと出会ったのは、1958年、社交界の著名人であるマリー・ルイーズ・ブスケ主催の晩餐会。サンローランがクリスチャン・ディオールでの初のソロコレクションを発表した直後。「ピエールは、私の人生の物語となった」後に、サンローランは2人の間に感じた繋がりについて語っている。「特別な出会いだった。彼は、私の持っていないものを全て持っていた」 (Yves Saint Laurent: Style, 2008)。
「流行は移り変わるが、スタイルは永遠である。」「ファッションは女性を装飾するだけでなく、彼女たちの不安を取り払い、自信を与え、自己を受け入れることを可能にさせると、私はずっと信じてきた。」イヴ・サンローラン(1936-2008)
【ゲイ文化とファッション、大胆で勇敢な表現】有名ファッション・デザイナーは、なぜ、ゲイなのか。
ナオミ・キャンベルは、ゲイ文化とファッションは「切っても切れない」関係にあると考えている。「ゲイのコミュニティーはファッション業界に非常に大きな影響をもたらしたわ。マーク・ジェイコブスとかジャンニ・ヴェルサーチ、『ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)』のドメニコ・ドルチェとステファノ・ガバーナ、アレキサンダー・マックイーンといったデザイナーなしには、この世界はこんなにも活気のあるものにはならなかったはずよ。ゲイ文化とファッションこの2つは大胆で勇敢な表現をすることによって共に栄えてきたのよ」シネマカフェ
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【ジャンニ・ヴェルサーチ】1997年7月マイアミの別荘で殺人事件、妹ドナテラ、ブランドを引き継ぐ。【殺人事件の謎】ゲイの連続殺人鬼クナナンに射殺された。屋台骨を失ったブランドは、一瞬にして沈没寸前。1978年から20年。「ヴェルサーチ」の運命は、これまでジャンニを裏から支えた妹。1946年12月2日 - 1997年7月15日)50歳。
【「モードの帝王」イヴ・サンローラン】クリスチャン・ディオールの急死をうけ、1958年にディオールのデザイナーとして鮮烈なデビューを飾る。「ピエールは、私の人生の物語となった」。1962年から自身のブランド「イヴ・サンローラン」を発表。それ以来、40年活躍、2002年引退、2008年71歳で死す。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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イヴ・サンローランは、1958年にディオールのデザイナーとしてデビューし、61年に「イヴ・サンローラン」オートクチュールメゾンを設立。2002年に引退するまでの軌跡をたどる。
イヴ・サンローランは、常識を打ち破る革新的なコレクションの数々を打ち出した。船乗りの作業着にインスピレーションを受けて作ったピーコート、狩猟の服装サファリ・ルック、男性の正装だったタキシード、さらにパンツスーツ、トレンチコートなどを女性向けのワードロープとして登場させた。グレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒらの大女優から着想を得て、女性のエレガンスを光らせた。時代の空気を敏感にとりいれ、女性のライフスタイルや価値観を変えた。1966年、プレタポルテ(既製服)を手掛け世界を席巻。
モンドリアン・ルックに象徴されるようにアートとファッションを融合させた。モンドリアンはもちろんのこと、ピカソやマティス、ゴッホの作品と融合。ゴッホ「アイリス」は、4代続く老舗の刺繍工房「メゾン・ルサージュ」で制作された。
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【クリスチャン・ディオール】クリスチャン・ディオール(1905~1957)は25歳のころに母と弟が立て続けに他界、さらに1929年頃アメリカを皮切りに起こった世界恐慌で父モーリス・ディオールが破産。947年2月12日 クリスチャン・ディオールは初のオートクチュールコレクションを開催。カメール・スノーが「ニュールック」と呼ぶ。メゾン クリスチャン・ディオールは1947年2月のニュールック発表から1957年のわずか10年ほどで大企業へと成長。1957年10月 クリスチャン・ディオールは休暇先のイタリアのモンテカティーニ・テルメで1957年の10月23日にこの世を去る。イヴ・サンローランは、ヴォーグの編集長の目に留まり、ディオールを紹介される。
【クリスチャン・ディオール、6人の後継者】
1957年~1960年 イヴ・サンローラン(Yves Saint-Laurent)
1960年~1989年
1970年~1989年
マルク・ボアン(Marc Bohan)
1989年~1996年 ジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferré)
1996年~2011年 ジョン・ガリアーノ(John Galliano)
2012年~2015年 ラフ・シモンズ(Raf Simons)
2016年~ マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)
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カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld、1933年9月10日 - 2019年2月19日)
ジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferré)
ジョン・ガリアーノ(John Galliano)
ジョルジョ・アルマーニ(Giorgio Armani)
ジャンニ・ヴェルサーチ Gianni Versace
1978年ヴェルサーチを立ち上げた際、ジャンニはドナテラをアドバイザーに任命。その後、ドナテラはヴァイスプレジデントに就任し、80年代前半からデザインにも携わる。
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【ドナテラ・ヴェルサーチ】ジャンニがミラノを拠点にさまざまなブランドで経験を積んでいる間、ドナテラはフィレンツェ大学で言語学を専攻し、教員になることを目指していた。そして週末になるとミラノを訪れては、兄をアシスト。ドナテラはジャンニのミューズで、ヴェルサーチの香水「ブロンド」のインスピレーション源。ドナテラのミニマルなスタイルよりもバロック調のルックを好んだジャンニ。ブランドを成功に導いた人物として妹を高く評価していた。80年代に元夫ポール・ベックと結婚したドナテラには、娘アレグラと息子ダニエルの2人の子供がいる。【アレグラ】アレグラは18歳の時にヴェルサーチの株式を50%相続し、筆頭株主に。そしてダニエルもジャンニの死後、3700万ポンド(約56億9450万円)相当のアートコレクションを譲り受けた。
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【ココ・シャネル、帽子デザイナー】1909年にパリのマルゼルブ大通り160番地で帽子を売り始め、過剰な装飾を取り払ったデザインで評判を呼びました。1910年にパリのカンポン通り21番地に「シャネル・モード」を開店。1920年代、ココ・シャネルのリトル・ブラック・ドレス。1921年、シャネルNo5、発売。1926年、シャネル「リトル・ブラック・ドレス」。1971年88歳で死す。
【事業家、シャネル、マリー・ローランサン】事業家として成功。人の欲望を管理する。流行を作る。成功するファッション・デザイナー。成功の秘訣は何か。
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参考文献
マリー・ローランサンとモード・・・ココ・シャネル、1920狂乱のパリ、カール・ラガーフェルド
パリ・オペラ座−響き合う芸術の殿堂・・・シャガール「夢の花束 」
イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル・・・ファッション・デザイナーは、なぜゲイなのか
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/10/post-2092fe.html
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イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル、Yves Saint Laurent, Across the Style
国立新美術館、2023年9月20日(水)~2023年12月11日(月)

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