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<title>地中海のほとりにて</title>
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<description>大久保正雄　旅する哲学者　地中海のほとり、美と知恵をめぐる旅。イタリア、ギリシア、スペイン、トルコ。知恵と美と藝術を愛する、心の旅路。</description>
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<title>大ゴッホ展 夜のカフェテラス・・・星空への憧憬</title>
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<description>    大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第435回【ゴッホ《星月夜》《糸杉の...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gogh-ueno-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gogh-ueno-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gogh-ueno-2026.jpg" alt="Gogh-ueno-2026" width="300" height="424" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gogh18883316343cm-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gogh18883316343cm-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gogh18883316343cm-2026.jpg" alt="Gogh18883316343cm-2026" width="300" height="304" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gogh-1877529815cm-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gogh-1877529815cm-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gogh-1877529815cm-2026.jpg" alt="Gogh-1877529815cm-2026" width="300" height="217" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gogh1885-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gogh1885-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gogh1885-2026.jpg" alt="Gogh1885-2026" width="300" height="278" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第435回</span><br /><span>【ゴッホ《星月夜》《糸杉のある麦畑》（1889）《糸杉と星の見える道》（1890）】ゴッホ『糸杉』はすべて、サン・レミ・ド・プロヴァンス1889で描かれた。</span><br /><span>1853年、オランダ南部のズンデルト村で牧師一家の長男として生まれたファン・ゴッホは、画廊勤務や伝道師の仕事を経て、27歳の頃に画家になる決心をする。ついに天職を見つけた。1883年、両親の住むニューネンに移る。《白い帽子をかぶった女の頭部》や初期の代表作《じゃがいもを食べる人々》。ハーグ派のヨーゼフ・イスラエルスとバルビゾン派のミレーの影響を受ける。1886年2月、パリで画商として活躍していた弟テオの勧めで、パリへやってきたファン・ゴッホは、ピサロ、トゥールーズ＝ロートレック、ベルナールら同時代の画家たちと密接な関係をもつ。モネの色彩感覚、ルノワールの色鮮やかな陰影に最も刺激を受ける。</span><br /><span>1888年2月、アルルに向かう。陽光にあふれた南仏に憧れを抱いたファン・ゴッホ。色彩を駆使する芸術家。15か月足らずで約200点の油彩と100点以上の素描・水彩を残した。</span><br /><span>1888年12月、(35歳)「耳切り事件」、ゴーガンは2か月でアルルを去る。</span><br /><span>1890年7月29日。ゴッホが亡くなった、その2日前のピストル自殺未遂が死因とされている。</span><br /><span>【終焉の地、オーヴェール・シュル・オワーズ】70日間、1890年5月20日から7月29日までの間に彼は油彩73点、デッサン33点を残した。</span><br /><span>【ゴッホ、5つの時代】</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ（1853-1890）。画家としての活動は10年。1、オランダ時代、バルビゾン派、ハーグ派1880-1885、2、パリ時代　1986-1987、3，アルル時代　1988、4、サン・レミ・ド・プロヴァンス1889、5、オーヴェール・シュル・オワーズ1890。</span><br /><span>【ゴッホ、糸杉】</span><br /><span>【ゴッホ《星月夜》《糸杉のある麦畑》（1889）《糸杉と星の見える道》（1890）】ゴッホ『糸杉』はすべて、サン・レミ・ド・プロヴァンス1889で描かれた。</span><br /><span>【宮澤賢治とゴッホ】</span><br /><span>【宮澤賢治『春と修羅』序（1924】</span><br /><span>宮澤賢治は、なぜ、ZYPRESSEN「春と修羅」と書いたのか。詩「春と修羅（mental sketch modified）」（1922年4月8日）、『春と修羅』序（1924年1月20日）。阿修羅は仏教に帰依し、他の諸天とともに仏教を守護する眷属となった。興福寺、国宝「阿修羅像」。</span><br /><span>大正八年八月(1919)の歌稿に『ゴオホサイプレスの歌』二首がある。</span><br /><span>サイプレス／忿（いか）りは燃えて／天雲のうづ巻をさへ灼（や）かんとすなり</span><br /><span>天雲の／わめきの中に湧きいでて／いらだち燃ゆる／サイプレスかも</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>大ゴッホ展 夜のカフェテラス・・・星空への憧憬</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-92436b.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-92436b<wbr />.html</a> <br /><span>「ゴッホ展　家族がつないだ画家の夢」・・・フィンセント、弟テオ、ヨー、フィンセント・ウィレム、100年の物語</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/10/post-21672e.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />10/post<wbr />-21672e<wbr />.html</a><span></span><br /><span>ゴッホ展―響きあう魂 ヘレーネとフィンセント・・・糸杉と星の道、種をまく人</span><br /><a href="https://bit.ly/2W3o6RF" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2W3o6R<wbr />F</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>展示作品の一部</span><br /><span>ヨーゼフ・イスラエルス《ユダヤ人の写本筆記者》1902年/クレラー=ミュラー美術館</span><br /><span>イスラエルス（1824-1911）</span><br /><span>ピエール＝オーギュスト・ルノワール《カフェにて》1877年頃、油彩／カンヴァス、35.7×27.5cm クレラー＝ミュラー美術館</span><br /><span>カミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》1877年、油彩／カンヴァス、52.9×81.5cm クレラー＝ミュラー美術館<br />クロード・モネ《モネのアトリエ舟》1874年、油彩／カンヴァス<br /></span>フィンセント・ファン・ゴッホ/ジャガイモを食べる人たち/1885年/クレラー=ミュラー美術館<br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《夕暮時の刈り込まれた柳》1888年3月、油彩／厚紙に貼ったカンヴァス、31.6×34.3cm クレラー＝ミュラー美術館</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス》1888年9月、油彩クレラー＝ミュラー美術館</span><br /><span>――</span><br /><span>プレスリリースより</span><br /><span>世界中で愛される画家、フィンセント・ファン・ゴッホ（1853-1890）。画家としての活動はわずか10年ほどでしたが、彼が残した多くの作品と手紙から、苦悩に満ちた人生に立ち向かい、芸術へと昇華させる姿を見て取ることができます。</span><br /><span>生前ほとんど評価されなかったファン・ゴッホにいち早く注目し、作品の収集に取り組んだのが、オランダのクレラー=ミュラー美術館の創設者、ヘレーネ・クレラー=ミュラー（1869-1939）でした。2回にわたり開催する「大ゴッホ展」は、すべて同館の所蔵作品で構成されます。このたびの第1期では、バルビゾン派やハーグ派の影響を受けた草創期のオランダ時代に始まり、印象派を中心とする画家たちと交流したパリ時代を経て、南仏アルルで傑作《夜のカフェテラス（フォルム広場）》を描くに至るまでの、ファン・ゴッホの前半生に焦点を当てます。</span><br /><span>――</span><br /><span>展覧会構成</span><br /><span>第1章 バルビゾン派、ハーグ派1880-1885</span><br /><span>初期のフィンセント・ファン・ゴッホに強い影響を与えたふたつの画派として、オランダのハーグ派、そしてバルビゾン派があります。ハーグ派とは、19世紀後半のオランダ・ハーグを中心に展開した自然主義的傾向の画派で、風景画や農民の生活を題材とした風俗画で知られています。バルビゾン派は、19世紀前半から中頃にフランスのパリ郊外にあるバルビゾン村周辺を拠点に広まったグループで、自然主義的・写実的な風景画、風俗画により、絵画芸術の新たな時代を作りました。</span><br /><span>特にファン・ゴッホは、バルビゾン派の芸術が持つ宗教的精神性に惹かれていました。そして、バルビゾン派への関心からフランス美術、そしてフランス自体にも惹かれていくようになります。</span><br /><span>本章では、ハーグ派のヨーゼフ・イスラエルスとバルビゾン派のミレーという両派を代表する画家の作品を紹介しながら、画家ファン・ゴッホの原点に迫ります。</span><br /><span>ミレー（1814-1875）はフランスのバルビゾン派を代表する画家です。農民が黙々と働く姿をクローズアップして、彼らの実直で信仰心の篤い生活を農村の風景とともに描きました。本作ではたくましい体格の農婦が全身を使って今まさに竈にパンを入れようとしています。農民画家ミレーにファン・ゴッホは強く共感し、初期から晩年まで繰り返しその作品に倣い、モティーフを参照しました。</span><br /><span>ヨーゼフ・イスラエルス《ユダヤ人の写本筆記者》1902年/クレラー=ミュラー美術館</span><br /><span>イスラエルス（1824-1911）はオランダのハーグ派の中心的な存在で、ファン・ゴッホが画業の最初期に特に手本とした画家です。漁師や農民などの風俗的な主題のほか、ユダヤ教を背景とした宗教主題も多く描き、その画風には17世紀のレンブラント・ファン・レインの影響が色濃く表れています。本作のユダヤ人の書記の姿は、イスラエルスがモロッコのタンジールで目にした光景が出発点と言われています。</span><br /><span>第2章 オランダ時代　1880-1885</span><br /><span>1853年、オランダ南部のズンデルト村で牧師一家の長男として生まれたファン・ゴッホ。画廊勤務や伝道師の仕事を経て、27歳の頃に画家になる決心をします。決して早いスタートではありませんでしたが、ついに天職を見つけたのでした。教則本の模写から始め、ハーグに移住してからは従姉の夫で画家のマウフェからも指導を受けます。1883年、両親の住むニューネンに移ると、現地の風景や風俗、労働者の姿を描くことに没頭していきました。《白い帽子をかぶった女の頭部》や初期の代表作《じゃがいもを食べる人々》のリトグラフなどを通じて、画家として歩み始めたファン・ゴッホの姿を追います。</span><br /><span>この作品にはファン・ゴッホが自宅の裏手を窓から眺めた光景が描かれています。1882年3月半ばから彼は叔父より風景画の注文を相次いで受けました。芸術家の道を歩み出してまだ1年半の彼は、この好機に光明を見つつも、注文主の期待に応えようと苦心しました。この時期に描かれた本作には、線遠近法を用いた構図で画面に臨場感が与えられ、画家の工夫が見受けれます。</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ/ジャガイモを食べる人たち/1885年/クレラー=ミュラー美術館</span><br /><span>1885年4月頃、ファン・ゴッホはそれまでの集大成となる油彩画《じゃがいもを食べる人々》（ファン・ゴッホ美術館蔵）の制作に取りかかりました。本作はその習作の後に作られたリトグラフで、自信作のイメージを親しい人たちに伝えようと作られました。不慣れな版画制作を試みたものの、周囲の評価は「効果が不鮮明」「表面的」と厳しいものでした。高い技術力が求められる版画制作を経験し、画家は芸術において技巧よりも抒情性の表現を追求していくようになります。</span><br /><span>ファン・ゴッホはニューネンの女性たちが日常的に被っていた白い帽子に興味をもち、帽子とその影になる顔の部分が「まさに明暗技法のような上質な色調をもたらしている」と手紙に書いています。この地に暮らした1883年12月から1885年11月までに、彼は農民の頭部を多数描くことで、明暗技法を研究していました。当時、闇の中に存在する光にこそ美があると考えていた彼は、モデルの顔や衣服の色調を整えてから背景の明暗を調整することで、暗い色調の中に表れる光の効果や奥行を表現しました。</span><br /><span>第3章 パリの画家とファン・ゴッホ</span><br /><span>1886年2月、パリで画商として活躍していた弟テオの勧めもあり、新たな刺激を求めてパリへやってきたファン・ゴッホは、ピサロ、トゥールーズ＝ロートレック、ベルナールら同時代の画家たちと密接なコミュニケーションをする機会を得ます。彼らを通じてファン・ゴッホも印象派の表現から様々な影響を受けていきました。彼は特にモネの色彩感覚、ルノワールの色鮮やかな陰影とタッチ、セザンヌの構図や色彩表現の大胆な手法に関心を寄せました。ここでは、マネ、モネ、ルノワール、セザンヌといった、印象派やその前後をつなぐ巨匠たちの絵画作品を紹介します。</span><br /><span>ピエール＝オーギュスト・ルノワール《カフェにて》1877年頃、油彩／カンヴァス、35.7×27.5cm クレラー＝ミュラー美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>印象派の画家ルノワール（1841-1919）はパリや郊外で余暇を楽しむ若い男女の光景を描いて好評を博し、グループの中でも早くから評価された一人です。本作の中央には、テーブルに手をつき何かを熱心に見入るふたりの若い女性が描かれ、彼女らを背後から見つめるシルクハットを被った若い男性の姿もあります。常連モデルがポーズをとり、ルノワールは人物の表情や仕草を丁寧に描き出しています。後景は瞬間をとらえるような素早い筆致でまとめられ、カフェの活況が効果的に表現されています。</span><br /><span>クロード・モネ《モネのアトリエ舟》1874年、油彩／カンヴァス、50.2×65.5cm クレラー＝ミュラー美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>本作が制作された1874年、モネ（1840-1926）は仲間とともに印象派の第1回展を開催し、一瞬の光をとらえた絵画を発表していきました。本作は当時モネが拠点としていたアルジャントゥイユで描かれました。画面中央でセーヌ川に浮かぶ舟は、モネが小屋を乗せて水上の制作場所として使用していたアトリエ舟です。水面に反射する光の効果やそれまでにない視点を得られる舟上での制作をモネは気に入っていたようです。</span><br /><span>カミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》1877年、油彩／カンヴァス、52.9×81.5cm クレラー＝ミュラー美術館</span><br /><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>親しみやすい人柄でファン・ゴッホとも親交のあったピサロ（1830-1903）。彼はイギリス滞在時に受けたターナーやコンスタブルの影響から、明るい色彩の田園風景を多く手がけました。本作が描かれたパリ郊外のポントワーズには1872年に居を構えました。前景の高台から見下ろされる中景部には、緑や茶色に整然と区切られた畑が広がります。はるか遠景に連なる丘陵は、空気遠近法的な景観の広がりを醸し出しています。初夏を思わせる湧雲の前に、鮮やかな虹がかかっています。本作は1877年の第3回印象派展に出品されました。</span><br /><span>第4章 パリ時代　1986-1987</span><br /><span>パリ時代のファン・ゴッホの絵画はたった2年の間に色調だけでなく筆触までも大きく発展しました。この変化はパリに移って数か月後、静物画に取り組んだ頃から顕著になりました。なかでも多彩な花々を集めた花束はさながら色彩表現の実験台でした。花の静物画を通じてファン・ゴッホは、鮮やかで強い色彩と彫刻的とも言える厚塗りの筆触を特徴とするモンティセリから深く影響を受けました。</span><br /><span>この章ではファン・ゴッホがパリの前衛的な表現に触発されて明るい色彩と闊達な筆致を駆使するに至る過程を、風景画や静物画、自画像をとおして見ていきます。</span><br /><span>ファン・ゴッホはパリ時代、人物画を描きたかったもののモデル代の捻出が難しく、代わりに自画像を多数描きました。その数はどの時期よりも多い25点にのぼりました。淡い色彩でまとめられた本作では、頭部は茶系にアクセントとして白や赤を用いて、短く細い筆致の連続で描き出されています。背景の緑と青の多様な筆致は、空間に奥行きを与えるとともに、画面全体を活気づけています。</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの丘》1886年4-5月、油彩／カンヴァス、38.1× 61.1cm クレラー＝ミュラー美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>3台の風車と細長い農場の建物の下に農園が広がっています。のどかな光景が残るモンマルトルの丘で、ファン・ゴッホはテオと暮らしていました。風車というモティーフは、敬愛するコローや友人ポール・シニャックも描きましたが、直接的には雑誌の図版から着想を得たようです。画面の大半を大まかで素早い筆致が占める中、柵や旗などは繊細に描かれています。色彩と光の印象にも注意が向けられ、ファン・ゴッホの風景表現における変化が表れています。</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《レストランの室内》1887年夏、油彩／カンヴァス、45.5×56cm クレラー＝ミュラー美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>本作はファン・ゴッホが新印象派の手法を最も鮮明にした作品の一つです。点描の筆遣いに加えて、コントラストを生む補色、すなわち壁の赤と緑、床の黄色とくすんだ紫、椅子のオレンジ色とテーブルクロスの青みが効果的に用いられています。ブルジョワジー向きのレストランに、当時彼らが好んだ黒いシルクハットも添えられ、モティーフの点でも印象主義が意識されています。</span><br /><span>第5章 アルル時代　1988</span><br /><span>「色彩豊かで陽光にあふれた南仏」に憧れを抱いたファン・ゴッホは、ついに1888年2月、アルルに向かいます。その素朴な風景や共同体的な生活は、彼が激しく憧れていた日本の浮世絵や近代以前の農村社会を思わせる「理想の場所」だったのです。</span><br /><span>この地でファン・ゴッホは精力的に制作を行い、15か月足らずで約200点の油彩と100点以上の素描・水彩を残します。アルル時代の鮮やかな色彩の対比を活かした油彩表現は、ファン・ゴッホ独自のスタイルとして花開きました。《夜のカフェテラス（フォルム広場）》に象徴されるように、色彩を駆使する芸術家としての進路を自覚したファン・ゴッホ。新しい表現に目覚めた喜びが満ちるアルル時代の傑作で、本展の最後を締めくくります。</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《夕暮時の刈り込まれた柳》1888年3月、油彩／厚紙に貼ったカンヴァス、31.6×34.3cm クレラー＝ミュラー美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span> Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. Photography by Rik Klein Gotink</span><br /><span>黄色、オレンジ、赤、青といった鮮やかな色彩とさまざまな筆致を駆使して、柳の木々が夕陽に照らされる光景が描かれています。柳は葦などが生える草地に立ち並び、遠方の青色の層は山脈または運河と思われます。大きな夕陽が秋の情景を思わせることから、本作は1888年10月に制作されたものと長く考えられてきましたが、柳には新芽が芽吹き、葦の描写には同年3月の作品との類似が認められています。</span><br /><span>フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス》1888年9月、油彩クレラー＝ミュラー美術館</span><br /><span>本作の構図は同時代画家による街頭風景や日本の浮世絵などからヒントを得た可能性があります。またそれ以上に制作動機として重要なのは、ファン・ゴッホの星空への憧憬です。彼は愛読したモーパッサンの小説『ベラミ』に現われる星空、あるいは1888年6月初めに地中海の浜辺で見た色彩豊かな星空に刺激を受けてその絵画化に取り組みました。同年9月中旬、彼はアルルのフォルム広場で夜中に本作を描きました。カフェテラスのガス灯の明かりは、鮮やかなコバルトブルーを背景に、輝く星々の美しさを際立たせています。</span><br /><span>――</span><br /><span>大ゴッホ展　夜のカフェテラス、、上野の森美術館。5月29日(金)～8月12日(水)</span><br /><span>上野の森美術館（東京都台東区上野公園1-2）</span><br /><span>2026年5月29日（金）～8月12日（水）</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>印象派</dc:subject>

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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-981c5c.html">
<title>王妃ネフェルティティの墓に新説、謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の墓の後ろに隠されていた。紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃</title>
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アリゾナ大学考古学者ニコラス・リーブス、王妃ネフェルティティの墓に...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypttutankhamunyoshimura2024.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypttutankhamunyoshimura2024" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypttutankhamunyoshimura2024.jpg" alt="Egypttutankhamunyoshimura2024" width="300" height="168" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-tutankhamun-photograph-by-egyptian.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-tutankhamun-photograph-by-egyptian" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-tutankhamun-photograph-by-egyptian.jpg" alt="Egypt-tutankhamun-photograph-by-egyptian" width="300" height="235" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-king-tutankhamun-1922-1126-2025.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-king-tutankhamun-1922-1126-2025" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-king-tutankhamun-1922-1126-2025.jpg" alt="Egypt-king-tutankhamun-1922-1126-2025" width="300" height="240" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet.jpg" alt="Egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet" width="300" height="240" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egyptnational-geographic-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egyptnational-geographic-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egyptnational-geographic-2026.jpg" alt="Egyptnational-geographic-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-tutankhmen-2025.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-tutankhmen-2025" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-tutankhmen-2025.jpg" alt="Egypt-tutankhmen-2025" width="300" height="391" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>アリゾナ大学考古学者ニコラス・リーブス、王妃ネフェルティティの墓に新説</span><br /><span>大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第434回</span><br /><span>2025年6月18日、河合望先生、近藤二郎先生とエジプト大使館で名刺交換した。</span><span>リナ・アリ文化参事官、サーメ・エルキシン参事官にエジプト航空で、大エジプト博物館に来てくださいと言われる。<br /></span><span>【蘇る美しい王妃ネフェルティティ】失った夢だけが美しく見えるのは何故。テル・エル・アマルナ(アケトアテン)、美しい愛の記憶、思い出だけが美しい。甘い愛の記憶。<br />　第18王朝が最盛期を迎えた紀元前14世紀初頭、強大な権力を持つアメンヘテプ3世が40年以上にわたってエジプトを支配した。彼の死後には、息子のアメンヘテプ4世が王座を継いだ。<br />　新しい王は、伝統的に信仰の対象となってきたアメン神の寺院や像を破壊し、太陽円盤に象徴されるアテンを唯一神とする信仰を開いた。首都を西の砂漠に位置するアケトアテン（現在のアマルナ）に移し、自らの名も「アメン神は喜び給う」という意味のアメンヘテプから、「アテン神に使えし者」を意味するアクエンアテンへと変えた。彼はまた、この国の芸術に革命をもたらした。自らの姿を、若く理想的な体を持つ王ではなく、大きくふくらんだ腹の人物として描かせるなど、写実的なスタイルを推奨した。<br />　ネフェルティティ（美しい者が訪れたの意）は、アクエンアテンの第1王妃であった。2人の間に息子がいたという記録はないが、6人の娘がいた。他の古代エジプトの王と同様に、アクエンアテンにも複数の妻がおり、そのうちのひとりは、後にツタンカーメン王となるトゥトアンクアテン（アテン神の生ける似姿の意）の母親であったと言われる。<br />ネフェルティティ（右）と彼女の夫アクエンアテン王が、6人の娘のうちの3人と遊んでいる図。太陽円盤から降り注ぐのはアテン神の祝福の光だ。（Phootgraph by Kenneth Garrett, National Geographic Creative）<br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet.jpg" alt="Egypt-tutankhamun-63phootgraph-by-kennet" width="300" height="240" border="0" /></a> <br /></span><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>ネフェルティティの墓に考古学者が期待する理由</span><br /><span>ツタンカーメンとともに埋葬？　王家の謎が解き明かされるかもしれない</span><br /><span>2015.12.24</span><br /><a href="https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/a/122200055/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/natgeo<wbr />.nikkei<wbr />bp.co.j<wbr />p/atcl/<wbr />news/15<wbr />/a/1222<wbr />00055/</a><span></span><br /><br /><br /><span>ネフェルティティ（右）と彼女の夫アクエンアテン王が、6人の娘のうちの3人と遊んでいる図。太陽円盤から降り注ぐのはアテン神の祝福の光だ。（Phootgraph by Kenneth Garrett, National Geographic Creative）</span><br /><span>[太陽から降り注ぐアテンの光線]</span><br /><span>　エジプトの王家の谷で新たな発見があるたび、関係者は色めき立つ。今度こそあの女王か？　ついに見つかったのか？</span><br /><span>　噂の主はネフェルティティ、古代エジプトの伝説の女王だ。未だに見つかっていない彼女の墓を、エジプト学者たちは長い間探し続けてきた。</span><br /><span>　今、ネフェルティティの墓発見への期待はかつてないほど高まっている。ツタンカーメン王の墓をレーダースキャンしたところ、壁の奥に隠し部屋があるらしいと判明したためだ。ついにネフェルティティの墓が見つかったのではないか、壁の向こうにはいくつもの部屋が連なり、謎に包まれていた女王の豪華な副葬品で埋め尽くされているのではないかとの憶測が浮上している。（参考記事：「ツタンカーメンの隠し部屋、日本の技術者が活躍」）</span><br /><span>　財宝の発見には胸が躍るが、考古学の世界で貴重なのは黄金よりも情報だ。専門家たちは、きらびやかなお宝以上の価値がある情報の発見に期待を寄せている。</span><br /><br /><span>古代エジプト美術の象徴とも言える、美しく優美なネフェルティティの胸像。【1912年にアマルナの遺跡で、王宮に仕えた彫刻家の工房跡から発見された。かつてはアケトアテンと呼ばれていたアマルナは、ネフェルティティの夫、アクエンアテンが首都として建設した街だ。】（Photograph by Michael Sohn, Reuters, Corbis）</span><br /><span>【エジプト王の変遷を解く鍵】</span><br /><span>　現在知られている歴代の古代エジプト王のリストは完璧なものではない。幾人もの学者たちが、細切れの情報を寄せ集めて作り上げたものにすぎず、今も不明点が数多く残っている。ネフェルティティの墓には、そんな王位継承の歴史を明らかにするヒントが眠っているかもしれないのだ。</span><br /><span>――</span><br /><span>　ネフェルティティの時代についてわかっていることを追ってみよう。</span><br /><span>　第18王朝が最盛期を迎えた紀元前14世紀初頭、強大な権力を持つアメンヘテプ3世が40年以上にわたってエジプトを支配した。彼の死後には、息子のアメンヘテプ4世が王座を継いだ。</span><br /><span>　新しい王は、伝統的に信仰の対象となってきたアメン神の寺院や像を破壊し、太陽円盤に象徴されるアテンを唯一神とする信仰を開いた。首都を西の砂漠に位置するアケトアテン（現在のアマルナ）に移し、自らの名も「アメン神は喜び給う」という意味のアメンヘテプから、「アテン神に使えし者」を意味するアクエンアテンへと変えた。彼はまた、この国の芸術に革命をもたらした。自らの姿を、若く理想的な体を持つ王ではなく、大きくふくらんだ腹の人物として描かせるなど、写実的なスタイルを推奨したのだ。</span><br /><span>　ネフェルティティ（美しい者が訪れたの意）は、アクエンアテンの第1王妃であった。2人の間に息子がいたという記録はないが、6人の娘がいたことはわかっている。他の古代エジプトの王と同様に、アクエンアテンにも複数の妻がおり、そのうちのひとりは、後にツタンカーメン王となるトゥトアンクアテン（アテン神の生ける似姿の意）の母親であったとも言われる。</span><br /><span>――</span><br /><span>エジプト王妃ネフェルティティの墓に新説、</span><br /><span>謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の後ろに隠されていた？アリゾナ大学の考古学者ニコラス・リーブス氏が、紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃の墓</span><br /><span>2015.08.21</span><br /><a href="https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/082000228/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/natgeo<wbr />.nikkei<wbr />bp.co.j<wbr />p/atcl/<wbr />news/15<wbr />/082000<wbr />228/</a><span></span><br /><span>1912年に発見されたネフェルティティの胸像は、エジプト古代遺物の象徴的存在のひとつとなっている。（PHOTOGRAPH BY MICHAEL SOHN, DPA/CORBIS）</span><br /><span>[画像のクリックで拡大表示]</span><br /><span>　米アリゾナ大学の考古学者ニコラス・リーブス氏が、紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃の墓をついに発見したかもしれないという論文を発表し、注目を集めている。</span><br /><span>　リーブス氏が発表した論文によれば、伝説のエジプト王妃の墓は、少し考えればすぐ分かりそうな場所に隠れていたという。ネフェルティティの息子と考えられているツタンカーメン王の墓に隠されたドアがあり、その向こうにある大きな玄室に埋葬されているという。</span><br /><span>　歴史的な発見は、様々な憶測を呼ぶものだ。そこで、これまでの経緯を振り返ってみよう。</span><br /><span>　ネフェルティティの墓を発見という発表は、過去12年間でこれが3度目だ。</span><br /><span>　しかも、最近行われたDNA鑑定によって、1898年に発掘され現在はカイロのエジプト博物館に保管されている、数体のミイラのうちの1体がネフェルティティであるとの見方もある。</span><br /><span>壁にあった謎の割れ目</span><br /><span>　リーブス氏は、美術品のレプリカ製造を専門とするスペインのファクトム・アルテ社が作成したツタンカーメンの墓の詳細なスキャン画像を分析していた時にそれを発見した。</span><br /><span>　少年王ツタンカーメンが眠っていた王家の墓を一目見ようと押し寄せる観光客のために、本物の墓のすぐそばにレプリカが作られており、スキャンによる高解像度画像は、これを建設するために撮影されたものだ。今年2月、スキャン画像を分析していたリーブス氏は、墓の北と西の壁に割れ目があることに気付き、それぞれ封印されたドアの輪郭ではないかと考えた。</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>エジプト、ツタンカーメン発掘100年、ツタンカーメンの王墓初公開、100年前の歴史的瞬間が蘇る　ナショナルジオグラフィック</span><br /><a href="https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/26/033100181/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/natgeo<wbr />.nikkei<wbr />bp.co.j<wbr />p/atcl/<wbr />news/26<wbr />/033100<wbr />181/</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;<br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/egypt-tutankhamun-3kenneth-garrettng-202.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Egypt-tutankhamun-3kenneth-garrettng-202" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/egypt-tutankhamun-3kenneth-garrettng-202.jpg" alt="Egypt-tutankhamun-3kenneth-garrettng-202" width="300" height="199" border="0" /></a> <br />守護の女神 </span><span>翼を広げて守護する女神イシス（左）とネフティス（右）と、その周囲にある神聖な文字。王家の谷でファラオ、ツタンカーメンを納めていた黄金の第3人形棺に刻まれたもの。カイロ、エジプト博物館所蔵。（KENNETH GARRETT） </span><br /><span>参考文献</span><br /><span>王妃ネフェルティティの墓に新説、謎多き王妃は息子であるツタンカーメン王の墓の後ろに隠されていた。紀元前1331年に死んだネフェルティティ王妃<br /></span><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-981c5c.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">ht</a><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-981c5c.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">tp://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-981c5c<wbr />.html</a><br /><span>ツタンカーメンの生涯と謎・・・秘められた古代エジプトの宗教的意味</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-207710.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />08/post<wbr />-207710<wbr />.html</a><span></span><br /><span>ツタンカーメン発掘100年・・・古代エジプトの王と王妃と女王</span><br /><a href="https://bit.ly/3usmqyp" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/3usmqy<wbr />p</a><span></span><br /><span>ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展 天地創造の神話」・・・絶世の美女ネフェルティティ王妃とアマルナ美術の謎</span><br /><a href="https://bit.ly/39mttQ1" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/39mttQ<wbr />1</a><br /><span>守護の女神 </span><span>翼を広げて守護する女神イシス（左）とネフティス（右）と、その周囲にある神聖な文字。王家の谷でファラオ、ツタンカーメンを納めていた黄金の第3人形棺に刻まれたもの。カイロ、エジプト博物館所蔵。（KENNETH GARRETT）</span> <br /><span></span><span></span><span>古代エジプトの象形文字はなぜ魔法の力が宿る「神聖な文字」に？<br />ヒエログリフの起源と興隆、誰にも読めない文字になるまで、数千年の歴史<br /><a href="https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/26/022400107/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/natgeo<wbr />.nikkei<wbr />bp.co.j<wbr />p/atcl/<wbr />news/26<wbr />/022400<wbr />107/</a> <br />2026年5月7日</span></p>
<div class="commentInputArea02 JS_commentInputArea" data-widget-namespace="jp.mixi.diary.pc.widget.commentform" data-service="diary" data-owner-id="15623721" data-diary-id="1992120867"><form action="https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992120867&amp;owner_id=15623721&amp;from=edit_diary_finish" method="post" name=""></form></div>]]></content:encoded>


<dc:subject>エジプト</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-05-07T20:46:30+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-c59349.html">
<title>「私の出会ったダリ」女優・岸恵子、芸術のミューズ・・・《記憶の固執》1931、《ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造（内乱の予感》』1936、《レダ・アトミカ》1949</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-c59349.html</link>
<description>    大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第433回「私の出会ったダリ」 ダリ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/dali-leda-atomica-1949.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dali-leda-atomica-1949" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/dali-leda-atomica-1949.jpg" alt="Dali-leda-atomica-1949" width="300" height="419" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/dali-1931-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dali-1931-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/dali-1931-2026.jpg" alt="Dali-1931-2026" width="300" height="225" border="0" /></a><br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/dali-1936.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dali-1936" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/dali-1936.jpg" alt="Dali-1936" width="300" height="297" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/dali-figueres-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dali-figueres-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/dali-figueres-2026.jpg" alt="Dali-figueres-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/dali-1995-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dali-1995-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/dali-1995-2026.jpg" alt="Dali-1995-2026" width="300" height="168" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第433回</span><br /><span>「私の出会ったダリ」 ダリ 本人と交流があった俳優の 岸恵子 さんに素顔のダリ、芸術家としてのダリ、人間ダリの魅力。1995年放送</span><br /><span>ダリのミューズは、ガラであった。カダケスの冬の海に行くと、「内乱の予感」の腕のような木がある。フィゲラス(Figueres)で若いころダリに会った。村人といるときは奇人ではなかったが、記者がいると変人であることを自己演出した。「レダの卵から、私とガラは生まれた。ガラは私の芸術のミューズ。芸術の源泉だ」。岸恵子「私はだれのミューズにもなっていない。ミューズと言われたこともない」。紅いドレスの岸恵子は、藝術のミューズである。私の藝術のミューズはだれか。</span><br /><span>ダリとガラの城のような卵の美術館も、今は廃れた。ダリ《記憶の固執》1931「溶けた時計」は27歳の作品、3つの時計が溶けている。時計は溶ける、そのとき、自分の時間、自由が始まる。岸恵子「私はこの作品が好きだ」。《ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造（内乱の予感》』1936、カダケスの枯れた木のようだ。と、岸恵子は言う。</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>ダリ《レダ・アトミカ(Leda atomica)》1949、フィゲラスのダリ劇場美術館所蔵。ギリシア神話の「レダ」で、白鳥と台座に座ったスパルタの神話の女王レダが描かれている。《レダ・アトミカ》では、レダはガラの肖像となり、ダリは白鳥に姿を変えて描かれている。彼女の周囲には本、卵、定規、2つの踏み台が浮遊している。背景はおなじみのカタルーニャのカダケスの海岸と岩である。レダはスパルタ王テュンダレオースと結婚した夜、テュンダレオース王が眠っているときに白鳥に姿を変えたゼウスに犯されてしまう。この二重婚姻問題が２つの卵を産むことになり、最初の卵から双子の兄弟カストールとポリュデウケースが、後の卵から双子の姉妹クリュタイムネーストラーとヘレネーが生まれる。</span><br /><span>ダリは自分自身をポリュデウケースとみなし、死んだ兄をカストールとみなした。また妹のアナ・マリアをクリュタイムネーストラーに、ガラをヘレネーとみなしている。</span><br /><span>――</span><br /><span>岸恵子。1932年8月11日（93歳）生まれ。11951年に大学入学までという条件で松竹に入社。1953年から1954年にかけて映画『君の名は』3部作が大ヒット。主人公・氏家真知子のストールの巻き方を「真知子巻き」と呼んでマネる女性が出る。1975年、41歳のとき離婚、娘は11歳だった。</span><br /><span>私の人生を大きく変えた、３つの節目</span><br /><span>結婚が24歳。18年弱の結婚生活の後、41歳で離婚『岸惠子自伝 卵を割らなければ,オムレツは食べられない』を上梓しました。岸さんは『婦人公論』2016年2月7日号で人生を変えた「３つの節目」について語っています。岸さんの人生観</span><br /><span>――</span><br /><span>「41歳で紙一枚持ち出さずに離婚、51歳で作家デビュー。どんな苦境にあっても自由と孤独を取りこんで生きてきた」〈後編〉</span><br /><a href="https://fujinkoron.jp/articles/-/5257" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/fujink<wbr />oron.jp<wbr />/articl<wbr />es/-/52<wbr />57</a><span></span><br /><span>岸惠子さん「女子高生でデビューし、女優の絶頂期にフランス人監督・イヴ・シャンピと結婚。スターの身分を捨て、ただ世界を見てみたかった」〈前編〉</span><br /><a href="https://fujinkoron.jp/articles/-/5256" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/fujink<wbr />oron.jp<wbr />/articl<wbr />es/-/52<wbr />56</a><span></span><br /><span>【サルバドール・ダリ（1904-89）】『記憶の固執』1931、『ロートレアモンのカマキリの人肉食』1934、『ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造（内乱の予感）』1936『ナルシスの変貌』37『燃えるキリン』37『ヴィーナスの夢』1939『聖アントニウスの誘惑』46『ビキニの3つのスフィンクス』1947、『記憶の固執の崩壊』1954、「テトゥアンの大会戦」1962、『引き出しのあるミロのヴィーナス』1936『夜のメクラグモ　希望』40『焼いたベーコンのある自画像』41『象』1948『ポルト・リガトの聖母』1950『MeltingWatch溶けた時計』54、『大惨事シリーズ（Série des catastrophes）《ツバメの尾》』1979【初期ダリ】『窓辺の少女』1925『陰鬱な遊戯』29『不可視のライオン』1930『降りてくる夜の影』1931、ダリ『ロートレアモンのカマキリの人肉食』1934</span><br /><span>【『記憶の固執』1931】ダリのアトリエからみえるポルト・リガトの海と岩と柔らかい時計がある。ある日の午後、溶けた時計が見えた。「私は二つの柔らかい時計を見た。そのうちひとつはオリーヴの木の枝に嘆かわしい姿でぶらさがっていた。」ダリ『わが秘められた生涯』1942</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>「私の出会ったダリ」女優・岸恵子、芸術のミューズ・・・《記憶の固執》1931、《ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造（内乱の予感》』1936、《レダ・アトミカ》1949<br /></span><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-c59349.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-c59349<wbr />.html</a><br /><span>生誕120 周年サルバドール・ダリ―天才の秘密―・・・魔術的写実主義、ヴィーナスの夢</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/03/post-0c6967.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />03/post<wbr />-0c6967<wbr />.html</a><span></span><br /><span>「NHK日曜美術館50年展」・・・語り継ぐ美 ～時を超えて美を語る言葉、日本美の再発見、超絶技巧、作家の生き様と美</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-da8f56.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-da8f56<wbr />.html</a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>シュールレアリスム</dc:subject>

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<dc:date>2026-05-05T13:46:23+09:00</dc:date>
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<title>「NHK日曜美術館50年展」・・・語り継ぐ美 ～時を超えて美を語る言葉、日本美の再発見、超絶技巧、作家の生き様と美</title>
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<description>      大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第432回桜満開の森を歩いて、藝...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/nichibi-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Nichibi-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/nichibi-2026.jpg" alt="Nichibi-2026" width="299" height="424" border="0" /></a><br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/1996-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="1996-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/1996-2026.jpg" alt="1996-2026" width="300" height="212" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/nichibi-2003-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Nichibi-2003-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/nichibi-2003-2026.jpg" alt="Nichibi-2003-2026" width="300" height="225" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/nichibi-18-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Nichibi-18-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/nichibi-18-2026.jpg" alt="Nichibi-18-2026" width="300" height="138" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/nichibi-2026_20260504021601.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Nichibi-2026_20260504021601" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/nichibi-2026_20260504021601.jpg" alt="Nichibi-2026_20260504021601" width="300" height="400" border="0" /></a><br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2026_20260504052501.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="2026_20260504052501" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/2026_20260504052501.jpg" alt="2026_20260504052501" width="227" height="222" border="0" /></a> <br /><br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/1981-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="1981-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/1981-2026.jpg" alt="1981-2026" width="300" height="213" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/nichibi-18-2026_20260504022001.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Nichibi-18-2026_20260504022001" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/nichibi-18-2026_20260504022001.jpg" alt="Nichibi-18-2026_20260504022001" width="299" height="303" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第432回</span><br /><span>桜満開の森を歩いて、藝術大学美術館に行く。日曜美術館は、埋もれた藝術家を発掘してきた。田中一村、高島野十郎、等である。</span><br /><span>その他、美術愛好家、知識人、詩人、作家、女優によって、忘れられた美術と美を再発見してきた。女優・岸恵子のダリとカダケス(ポルト・リガート)、フィゲラスへの旅、「レダ・アトミカ」は、美しい思い出である。1995年。</span><br /><span>ポール・セザンヌ 《水浴》 1883-87年 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵</span><br /><span>石田徹也 《飛べなくなった人》 1996年 静岡県立美術館蔵。画家として注目を集め出した矢先に、踏切事故のため31歳の若さでその生涯を閉じた石田徹也（1973-2005）。代表作約110点を残した。</span><br /><span>《縄文土器 深鉢 火焔型土器》 新潟県長岡市 岩野原遺跡出土 縄文時代（中期） 國學院大學博物館蔵</span><br /><span>アルベルト・ジャコメッティ 《ヤナイハラⅠ》 1960-61年 国立国際美術館蔵 撮影：福永一夫</span><br /><span>舟越桂《水に映る月蝕》　（右）舟越桂《「水に映る月蝕」のためのドローイング》ともに2003年 個人蔵</span><br /><span>曾我蕭白《柳下鬼女図屏風》18世紀、東京藝術大学美術館</span><br /><span>曽我蕭白《群仙図屏風》18世紀 東京藝術大学大学美術館</span><br /><span>安藤緑山 《竹の子に梅 牙彫置物》 大正–昭和初期 京都国立近代美術館蔵 撮影：木村羊一</span><br /><span>月岡芳年 《義経記五條橋之図》 明治14年（1881） 横浜美術館蔵（加藤栄一氏寄贈）</span><br /><span>室瀬和美 《蒔絵飾箱「麦穂」》 1985年 個人蔵</span><br /><span>塩見亮介 《白銀角鴟面附白絲縅兜袖》 2022年 個人蔵</span><br /><span>香月泰男 《青の太陽》 1969年 山口県立美術館蔵</span><br /><span>柚木沙弥郎 《いのちの樹》 2018年 松本市美術館蔵</span><br /><span>岡本太郎 《遭遇》 1981年 川崎市岡本太郎美術館蔵</span><br /><span>岡本太郎（画家）</span><br /><span>職業なんてないんだと。人間だと。</span><br /><span>誰だって人間だから、芸術だと。</span><br /><span>芸術家じゃなくて、芸術だと。</span><br /><span>セクションのなかに入ってることが芸術じゃないんですよ。</span><br /><span>全人間的に生きることが芸術なんです。（1981年3月8日放送 「アトリエ訪問 岡本太郎」 より）</span><br /><span>石田徹也×大槻ケンヂ（ロックミュージシャン）</span><br /><span>幼い頃の「未来に対して、人生に対して不安だ」みたいな、みんなが持っているそういうモノを彼が一身に引き受けて絵にしていたかのようなイメージを僕は受けましたね。（ロックミュージシャン 大槻ケンヂ　2006年9月17日放送 「悲しみのキャンバス 石田徹也の世界」 より）</span><br /><span>曾我蕭白×大野一雄（舞踏家）</span><br /><span>蕭白は私の大先生。なぜなら非常に粗放、あらっぽくみえるけど非常に繊細。目を見ても繊細極まる目だけど、普通の目じゃなくて、浮世をのぞき見しているような。宇宙の構造というか私の構造というか、そういうものとの出会いのような感じで、極まりなく感動をいつも受けさせてもらっている。先生のおかげですよ。（舞踏家 大野一雄　1997年2月16日放送 「奇想の魂 大野一雄・蕭白を舞う」 より）</span><br /><span>志村ふくみ（染織家）</span><br /><span>色にいのちがあるってことを教えてくれたのは藍ですよね。そういうものがなかったら、色は色ですよね。でも私は色は色ではないんじゃないかという思いで色を染めてる、色を出してるっていう感じですよね。（2005年12月4日放送「京の〝いろ〞ごよみ 染織家・志村ふくみの日々 冬から春へ」 より）</span><br /><span>李禹煥（現代美術家）</span><br /><span>ほんの最小限の行為が最大限の大きな世界との響きあいになることに望みをかけるわけです。（2005年12月4日放送「出会いの芸術を求めて ～李禹煥 半世紀の挑戦～」 より）</span><br /><span>香月泰男（画家）</span><br /><span>僕は国家というよりも、国家の原点にあるひとつの家庭というものを大事だと思うんです。国家という目に見えないものは、僕は納得いかない。（1979年8月12日放送 「私と香月泰男」 より）</span><br /><span>安藤緑山×前原冬樹（彫刻家） 抜群にかっこいい。曲面に正確な線をいれるのはかなり難しい。だからその筋の正確さとかずっとみていたいぐらいすごい。（彫刻家 前原冬樹　2014年5月11日放送 「明治の工芸 知られざる超絶技巧」 より）</span><br /><span>塩見亮介 《白銀角鴟面附白絲縅兜袖》 2022年 個人蔵</span><br /><span>塩見亮介（鍛金家） 明治工芸や江戸の名工も、すごい人たちがいっぱいいて、過去の人とも常に勝負してる、未来にもすごい人たちが出てくるだろう。そういう人たちとも勝負してる｡（鍛金家 塩見亮介　2023年5月14日放送 「現代の超絶技巧 2」 より）</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>東京藝術大学美術館、プレスリリース</span><br /><span>2026年に放送開始から50年を迎える長寿番組、ＮＨＫ「日曜美術館」。これまで番組に登場した“美”の魅力を伝える展覧会「ＮＨＫ日曜美術館５０年展」が、東京藝術大学大学美術館（東京・上野）で3月28日（土）から6月21日（日）まで開催されます。</span><br /><span>本展の見どころ</span><br /><span>１．放送50年を迎えるＮＨＫ「日曜美術館」を彩った、120点を超える名品を展示。西洋・日本の絵画や彫刻、浮世絵、屏風、土器、伝統工芸などジャンルを超えた名品が勢揃いします。</span><br /><span>２．貴重な当時の番組映像・出演者たちがつむいできた言葉が展示室内に！ 出展作品がどのように語られ、紹介されたのかを当時の映像や言葉とともに追体験出来ます。</span><br /><span>３．第5章 作家の生き様と美～アトリエ＆創作の現場では、創作現場の貴重な映像が登場！ 制作中の作家の言葉・作品が生み出される瞬間を、作品と共に味わうことが出来ます。</span><br /><span>エドヴァルド・ムンク 《マイスナー嬢の肖像》 1907年 ひろしま美術館蔵</span><br /><span>――</span><br /><span>第１章 語り継ぐ美 ～時を超えて美を語る言葉・語らせる作品</span><br /><span>1976年4月、日曜美術館は「私と○○」という企画で放送を開始しました。各界の第一線で活躍するゲストが、敬愛する作家や作品への思いを語り、美の本質や創作の背景に迫る内容でした。50年を経た今も、「美を語る言葉」を大切に伝えるという精神は息づいており、繰り返し取り上げられる作家や名品も多くあります。一人のゲストが同じ作家を30年後に再び語ることもあり、語りの熱は時代を超えて受け継がれています。それは作品自体が「語らせる」力を持ち、人々に感動と表現への衝動を呼び覚ます証です。</span><br /><br /><span>大江健三郎が語るフランシス・ベーコン、舟越保武が伝える松本竣介、モデルとなった矢内原伊作が伝えるアルベルト・ジャコメッティなど、各界の第一線で活躍するゲストの言葉と古今東西の作家と作品を紹介します。</span><br /><br /><span>ポール・セザンヌ 《水浴》 1883-87年 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵</span><br /><span>セザンヌ×吉田秀和（音楽評論家）</span><br /><span>水浴図というのが自然の中にあるものを再現したような絵であるどころか、彼が求めていたあるいは心の中でみていたあるファンタスティックな世界の絵画的実現だ。（音楽評論家 吉田秀和　1996年12月1日放送「セザンヌはなぜ“水浴図”を描いたか」 より）</span><br /><br /><span>オーギュスト・ロダン 《考える人》 1880年 静岡県立美術館蔵</span><br /><span>ロダン×舟越桂（彫刻家）</span><br /><span>ロダンの技術はすごいが、イメージ力というのか、彫刻に物語を組みいれていくときの発想力がすごいなと思う。（彫刻家 舟越桂　2009年6月14日放送 「ロダン 新たな生命の探求者」より）</span><br /><br /><span>アルベルト・ジャコメッティ 《ヤナイハラⅠ》 1960-61年 国立国際美術館蔵 撮影：福永一夫</span><br /><span>ジャコメッティ×矢内原伊作（哲学者）</span><br /><span>ジャコメッティのそういう真実を追求してやまない情熱っていうか。 それこそ真剣な仕事のしかた、あるいは生き方そういったものに非常に私は感動した。（哲学者 矢内原伊作　1977年6月12日放送 「私とジャコメッティ」 より）</span><br /><br /><span>岸田劉生×会田誠（美術家）</span><br /><span>強い意思を感じますね｡ 筆先にこう、力がこもっている。こうねりねりと、練り込むような感じで｡ 決意がこもったような独特な圧がありますよね｡俺、俺を見ろ！みたいな。俺が俺であることが大切だというアピールというか｡（美術家 会田誠　2019年9月29日放送 「異端児、駆け抜ける！岸田劉生」 より）</span><br /><span>石田徹也 《飛べなくなった人》 1996年 静岡県立美術館蔵</span><br /><br /><span>松本竣介×舟越保武（彫刻家）</span><br /><span>少しほかの風景と違ったかわいらしいというとおかしいが、ほとんどの人はこれが好き。ルソーと共通したものが、素朴なものが出ているし、あそこ歩いているのは竣介という風に私は見てます。いつもひとりで歩いてましたから。非常にきれいな統一された雰囲気をもっておりますね。（彫刻家 舟越保武　1977年10月23日放送 「私と松本竣介」 より）</span><br /><span>――</span><br /><span>第２章 日本美の再発見 古代から明治まで</span><br /><span>1950年代の岡本太郎による縄文の美の再発見、1970年代の辻惟雄による江戸の奇想絵画の評価、そして琳派や浮世絵を現代アーティストが再解釈する動きなど、日本美術には、時代や人物の視点によって新たな光を放つ魅力があります。</span><br /><br /><span>1976年に始まった「日曜美術館」は、放送初期から北斎や若冲を紹介してきましたが、2016年の若冲展では空前の行列が生まれ、日本美の再評価を象徴しました。2000年代以降は奇想の絵師の特集が増え、「“にっぽん”美の旅」シリーズでは井浦新さんの企画により縄文の美が数多く取り上げられました。</span><br /><br /><span>村上隆、大野一雄、井浦新らがつむぐ言葉で、縄文土器・土偶、伊藤若冲、曾我蕭白、葛飾北斎など、日本美術の名品が再び輝きだします。</span><br /><br /><span>《縄文土器 深鉢 火焔型土器》 新潟県長岡市 岩野原遺跡出土 縄文時代（中期） 國學院大學博物館蔵</span><br /><span>縄文土器×冨永愛（モデル・俳優）</span><br /><span>きっと今より厳しい環境で生きていて、その中でもちょっとした楽しみだったりとか、 喜び、幸せというものをより噛み締めて、より大事にして生きてるんだろうなって思うと、アートっていうものがそれに寄り添ってきたんじゃないかなと思いますよね。やっぱり人って生きてる中でどうしてもアートしちゃうんじゃないかなって思います。（モデル・俳優 冨永愛　2026年1月4日放送 「放送開始 50 年特集 時を超え 美を語る」 より）</span><br /><br /><span>曾我蕭白×大野一雄（舞踏家）</span><br /><span>重要文化財 伊藤若冲 《蓮池図》 江戸時代・天明9年（1789） 大阪・西福寺蔵 ※後期展示:5月12日(火)～6月21日(日)</span><br /><span>伊藤若冲×村上隆（アーティスト）</span><br /><span>世界を全部自分の手元に捕まえたいという欲求が投影されてる。リアルな自分と等身大の世の中を自分の中に取り込みたいという心の平静の境地がこの作品にある。（アーティスト 村上隆　2000年11月12日放送 「奇は美なり 若冲・細密の世界」 より）</span><br /><br /><span>月岡芳年 《義経記五條橋之図》 明治14年（1881） 横浜美術館蔵（加藤栄一氏寄贈）</span><br /><span>月岡芳年×楳図かずお（漫画家・芸術家）</span><br /><span>弁慶の足元、ドキッとする。ポーズも普通の人は描かない、ドラマチックですよね。今生きていたら映画とか漫画とか作っていそうだな。（漫画家・芸術家 楳図かずお　1999年5月16日放送 「最後の浮世絵師 月岡芳年 怪奇の美」 より）</span><br /><br /><span>長沢芦雪×井浦新（俳優）</span><br /><span>清々しさというか、作為をまったく感じさせない。あんな表現が自分もいつか出来たらって。やっぱり素直であった方が、何事もうまくいくんじゃないかなって思うんですよ。学び続けながら、その分ちゃんと出していくことが出来る場が、役者の仕事であり、ものづくりの仕事であり。だからちゃんとそこを謙虚な気持ちで素直に。本当に芦雪が、間違ってないよっていってくれているような、こっちに来いよみたいな。（俳優 井浦新　2014年6月8日放送「紀州へ 長沢芦雪×井浦新」 より）</span><br /><span>――</span><br /><span>第３章 工芸 伝統と革新</span><br /><span>50年間、日曜美術館が継続して取り上げてきたのが「工芸」です。1976年の「日本伝統工芸展」から始まり、翌年からは「正倉院展」も放送し、日本の優れた工芸美術を紹介してきました。</span><br /><br /><span>番組では、正倉院の宝物や、各時代を代表する匠たちの制作風景、そして技と素材に真摯に向き合う姿が映像として残されています。その中には、後に人間国宝となる職人たちの若き日の挑戦や、親から子へと受け継がれる技の葛藤、厳しい時代にも続く伝統継承の奇跡が映し出されています。近年は明治から現代に至る超絶技巧にも注目し、過去の名工の技に学びつつ新たな表現を探る若手作家たちを紹介しています。自然と深く結びついた日本の工芸の誇りと精神は、今もなお匠たちの手の中で脈々と受け継がれているのです。</span><br /><br /><span>正倉院宝物（模造）、松田権六、室瀬和美、森口華弘・邦彦、安藤緑山、塩見亮介などの名品をご紹介します。</span><br /><br /><span>人間国宝</span><br /><span>室瀬和美 《蒔絵飾箱「麦穂」》 1985年 個人蔵</span><br /><span>室瀬和美（漆芸家）</span><br /><span>作品の中に1つの空気を流してみようって、そういう構想が自分の心の中にあるんです。漆芸家 重要無形文化財「蒔絵」保持者 室瀬和美（1985年9月29日放送 「美と技と用 第32回日本伝統工芸展から」 より）</span><br /><br /><span>超絶技巧</span><br /><span>安藤緑山 《竹の子に梅 牙彫置物》 大正–昭和初期 京都国立近代美術館蔵 撮影：木村羊一</span><br /><br /><span>第４章 災いと美</span><br /><span>2020年、コロナ禍により美術館が休館し、番組の継続も危ぶまれる中で日曜美術館は大きな危機を迎えました。しかし「美を届けることを止めない」という信念のもと、過去の映像を活用した「蔵出し日本絵画・西洋絵画シリーズ」や、困難な時にこそ分かち合いたい作品を紹介する「&#x266F;アートシェア」などが生まれました。中でも「疫病をこえて 人は何を描いてきたか」は、災いと人間の表現の関わりを美の視点から見つめ直す象徴的な番組でした。古来より人は災厄に向き合う中で美を通してそれを理解し、昇華してきたことが明らかになり、社会の災害や戦争にも同様の姿勢が見られます。</span><br /><br /><span>本章では、災いと向き合い、理解し、受け止めるために美が果たしてきた役割とその力を考えます。香月泰男、靉光、野見山暁治、石内都などの作品とあわせてパブロ・ピカソの傑作「ゲルニカ」を原寸大高精細映像で展示します。</span><br /><br /><span>疫病</span><br /><span>作者不明 《肥後国海中の怪》 1846年 京都大学附属図書館蔵 ※前期展示:3月28日(土)～5月10日(日)</span><br /><span>アマビエ×小野正嗣（作家）</span><br /><span>健康に楽しく周りの人と出会い言葉を交わし合いながら美術について語り、笑ったりすることがどれほど人間にとって本質的な活動かと強く感じられる。（作家 小野正嗣　2020年4月19日放送 「疫病をこえて 人間は何を描いてきたか」 より）</span><br /><br /><span>戦争</span><br /><span>香月泰男 《青の太陽》 1969年 山口県立美術館蔵</span><br /><br /><span>自然災害</span><br /><span>野見山暁治（画家）</span><br /><span>悲しいとか何とかとか、なんか違う。人間に限らず生物というものははかないもの。大きな中でただうごめいているだけ なす術がない。（2014年3月9日放送 「行き暮れてひとり ～画家 野見山暁治のアトリエ日記～」 より）</span><br /><span>――</span><br /><span>第５章 作家の生き様と美 ～アトリエ＆創作の現場</span><br /><span>作家のアトリエは、歓喜や苦悩、葛藤、孤独といったあらゆる感情が交錯する、美の舞台裏です。日曜美術館では1980年から「アトリエ訪問」シリーズを通して、多くの作家の創作現場を紹介してきました。散乱した空間もあれば道場のように整然とした場もあり、そこには作家それぞれの生き様と個性が刻まれています。作品がまさに誕生する瞬間に立ち会うことは、創造の核心に触れる特別な体験です。</span><br /><br /><span>岡本太郎、柚木沙弥郎、志村ふくみ、加山又造、李禹煥、舟越桂、諏訪敦、山口晃など、放送時の映像とともに制作の過程で作家が語る言葉に耳を傾けながら、創造という行為の深淵を。</span><br /><br /><span>柚木沙弥郎 《いのちの樹》 2018年 松本市美術館蔵</span><br /><span>李禹煥（現代美術家）</span><br /><span>ほんの最小限の行為が最大限の大きな世界との響きあいになることに望みをかけるわけです。（2005年12月4日放送「出会いの芸術を求めて ～李禹煥 半世紀の挑戦～」 より）</span><br /><span>岡本太郎 《遭遇》 1981年 川崎市岡本太郎美術館蔵</span><br /><span>山口晃 《ショッピングモール》 2015年～ 桐生市（大川美術館寄託）</span><br /><span>山口晃（画家）</span><br /><span>シャッター商店街問題になっているけれど、これ描いて何になるんだっていうわけじゃないが、ふるさとの絵を一枚描いておこうかしら、描く時にそこは画題をぴりっと利かせたいというのもありまして。</span><br /><span>ショッピングモールっていうのは、巨大さをみると街が一つできちゃったような。あそこまで大きいと街でいいんじゃないかしらと。普通の商店街に壁作って屋根をかけて、「あれ？新しいショッピングモールだわ」とか言ってね。ショッピングも出来るじゃないかしらとまちがった人がきて流行りやしないかと。空想は空想ですけど、そういうしたたかな生き残り戦略じゃないですけど。（2015年4月19日放送 「画伯！ あなたの正体は？ ドキュメント・山口晃」 より）</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>「NHK日曜美術館50年展」・・・語り継ぐ美 ～時を超えて美を語る言葉、日本美の再発見、超絶技巧、作家の生き様と美</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-da8f56.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-da8f56<wbr />.html</a> <br /><span>「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」・・・孤高の画家、人生の光芒、彼岸への旅</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2024/09/post-236a16.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2024/<wbr />09/post<wbr />-236a16<wbr />.html</a><span></span><br /><span>「没後50年　髙島野十郎展」・・・空海の密教思想への傾倒</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-fc2837.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />08/post<wbr />-fc2837<wbr />.html</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>ＮＨＫ日曜美術館５０年展</span><br /><span>会場：東京藝術大学大学美術館（東京・上野）</span><br /><span>会期：2026年3月28日（土）～6月21日（日）</span><br /><span>休館日：月曜日（ただし5月4日は開館）</span><br /><span>公式サイト：</span><a href="https://nichibiten50.jp/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/nichib<wbr />iten50.<wbr />jp/</a><span></span><br /><span>巡回先：静岡県立美術館2026年7月18日（土）～9月27日（日）／大阪中之島美術館2026年10月10日(土)～12月20日(日)</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>現代美術</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-05-04T02:21:28+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-f6ed6f.html">
<title>島薗進、宗教学講演会「宮沢賢治・ゴッホ・菩薩道」5月31日上智大学1号館202教室、14時～16時、参加費1000円。他大学も可。ソフィア文化芸術ネットワーク　上智大学ソフィア会、03-3238-3041</title>
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<description>島薗進、宗教学講演会「宮沢賢治・ゴッホ・菩薩道」5月31日上智大学1号館202教...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span>島薗進、宗教学講演会「宮沢賢治・ゴッホ・菩薩道」5月31日上智大学1号館202教室、14時～16時、参加費1000円。他大学も可。ソフィア文化芸術ネットワーク　上智大学ソフィア会、03-3238-3041</span></p>
<p><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/miyazawa-shinchobunko-1989-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Miyazawa-shinchobunko-1989-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/miyazawa-shinchobunko-1989-2026.jpg" alt="Miyazawa-shinchobunko-1989-2026" width="300" height="421" border="0" /></a></p>
<p><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gogh-starry_night-moma-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gogh-starry_night-moma-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gogh-starry_night-moma-2026.jpg" alt="Gogh-starry_night-moma-2026" width="300" height="237" border="0" /></a></p>
<p><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/shimazono-2017-asf.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Shimazono-2017-asf" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/shimazono-2017-asf.jpg" alt="Shimazono-2017-asf" width="300" height="180" border="0" /></a> <br /><span>【質疑応答：島薗進×大久保正雄】『ことばによる戦いの歴史としての哲学史」理想社、哲学、美術評論。</span><br /><span>宮澤賢治（1896-1933）明治29年、岩手県花巻生れ。盛岡高等農林学校卒。富商の長男。日蓮宗徒。1921（大正10）年から5年間、花巻農学校教諭。中学時代からの山野跋渉が、彼の文学の礎となった。教え子との交流を通じ岩手県農民の現実を知り、羅須地人協会を設立、農業技術指導、レコードコンサートの開催など、農民の生活向上をめざし粉骨砕身するが、理想かなわぬまま過労で肺結核が悪化、最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行った。生前刊行されたのは、詩集『春と修羅』童話集『注文の多い料理店』（1924）のみ。</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>島薗進×大久保正雄『死生学　ファンタジーと魂の物語』2019</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-9dce13.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2019/<wbr />08/post<wbr />-9dce13<wbr />.html</a><span></span><br /><span>1、宮澤賢治『雁の童子』、『インドラの網』について</span><br /><span>2、天正、織田信長、改元の目的は何か。</span><br /><span>3、密教真言について</span><br /><span>4、【藝術と魔術】</span><br /><span>5、学問の不可欠な要素について</span><br /><span>【解説】　質疑応答『死生学　ファンタジーと魂の物語』2019</span><br /><span>大久保正雄</span></p>
<p><span>質疑応答、島薗進×大久保正雄『死生学　宗教の名著』2018</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-6c7b.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2018/<wbr />07/post<wbr />-6c7b.h<wbr />tml</a><span></span><br /><span>１、宗教にある「遊戯人」の要素について　</span><br /><span>２、宗教における「現世の階級社会、価値観の否定」について</span><br /><span>３、織田信長と禅僧、沢彦宗恩、禅の老荘思想について</span><br /><span>４、空海の密教とプラトン哲学の世界観について</span><br /><span>５、宗教、学問、藝術は、運命と環境との戦い</span><br /><span>６、3つの時間論。自分が生きたい時間論を選ぶならば、何を選びますか</span><br /><span>７、『銀河鉄道の夜』の主題。</span><br /><span>８、若き日にもっていた純粋さ、心の美しさを多くの人は失う。純粋さ、心の美しさを持ちつづけるために必要な精神、美質とは何か。島薗先生のご意見をお聞きします。</span><br /><br /><span>島薗進×大久保正雄「死生学　ファンタジーと宗教」2017</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-8f05.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2017/<wbr />07/post<wbr />-8f05.h<wbr />tml</a><span></span><br /><span>1、宗教とは何か</span><br /><span>大久保正雄</span><br /><span>宗教の本質は何か。信仰。祈り。儀礼。幻想。癒し。救い。神殿。聖なる空間。宗教の定義は何か。例えば、*ソクラテスの祈り(プラトン『パイドロス』)*「當麻寺、中将姫の聖衆来迎練供養会式」</span><br /><span>2、宗教が生まれる原因は何か</span><br /><span>3、世界観の選択。世界の様々な宗教の世界観(Weltanschauung)の選択、その根底にあるものは何か。</span><br /><span>4、藝術家と宗教について。孤高の藝術家、壮絶な人生を生きる藝術家。藝術家は、苦悩の人生、壮絶な人生を生きる時、思想、宗教を心の支えとする。例えば、李白、葛飾北斎</span><br /><span>5、ファンタジーには、天から降りてきた人のテーマがある。純粋な魂が、天から降りてきて、地上で苦の修行をして、天に還る。例えば、『星の王子さま』、宮澤賢治『雁の童子』、プラトン『パイドロス』魂のミュートス。*</span><br /><span>6、織田信長と天の思想。織田信長は、天の思想をもっていて、自らの仕事を天命と考えていたといわれる。安土城天主閣は、5層7階の天主閣、儒教、道教、仏教の世界観の屏風絵があった。天正の暦を天皇に採用させた。織田信長は、ローマから西洋の考えを輸入しようと考えた。宗教弾圧、藝術弾圧したのは、秀吉、家康である。(*大久保正雄『メディチ家と織田信長』)</span><br /><span>7、『秘密曼陀羅十住心論』。空海『秘密曼陀羅十住心論』『秘蔵宝鑰』『聾瞽指帰』。</span><br /><span>8、父殺しのテーマと宗教の誕生はどうかかわるのか。</span><br /><span>9、人の痛みを知る心をもつことは極めて難しい。どのようにすれば、人の痛みを知る心を持つことができるのか。</span><br /><span>10、理念の崩壊は『純粋理性批判』から始まった。『純粋理性批判』によって形而上学が否定された。「形而上学の崩壊」によって宗教の理想、プラトンの理念の崩壊が始まった。</span><br /><span>島薗進×大久保正雄「死生学　人の心の痛み」2016</span><br /><span>１、他界からの訪問者。「他界からの訪問者」の物語、「他界憧憬」について。(宮澤賢治『風の又三郎』。「純粋な魂が、天界からやってきて、この世で苦難を経験し、天界へ帰って行く」という世界観がある。</span><br /><span>２、輪廻転生。「世界の宗教の中で、輪廻転生の思想をもつ人々がいる。他方もたない人々がいる。宗教学からみると、世界観はどのように違うのか。</span><br /><span>３、「人は、どのようにして、他の人の痛みを感じることができるようになるか。」</span><br /><span>日本人は、人に痛みに共感することができない、といわれる。日本人は、英国人、中国人よりはるかに下位。OECDのある調査で世界最下位。「自力で生きていけない人たちを助けるべきだとは思わない人、日本38％、</span><br /><span>４、【ギリシア人の死生観】</span><br /><span>大久保正雄「ギリシア人の死生観は「人間にとっては、この世に生まれてこないことが幸せであり、生まれてきたら早く死ぬことが幸せである。」。「宮澤賢治『よだかの星』に似ている。これは、現代人の考えと違うと思われる。宗教学者として、どのように考えますか。」「ギリシア悲劇、ソフォクレス『コロノスのオイディプース』（1224-1227）、ソフォクレスに先立つ前6世紀のエレゲイア詩人テオグニス『エレゲイア詩集』」</span><br /><span>５、幸せとは何か。「宗教学者が考える「幸せとは何か」。例えば「幸せとは何か。」ホセ・ムヒカの考えは、幸せとは生きることに喜びを見出すこと。情熱を傾ける何かが必要。歩きつづけることが幸せ。目標に向かって戦う者は幸せ。希望があるから。貧しい人とは少ししか持っていない人ではない、もっともっといくらあっても満足しない人である。『知足』が大切。若い人でも、心が老いた人がいる。我々は発展するために地球にやってきたのではありません。幸せになるために地球にやってきたのです。2016年4月8日。ホセ・ムヒカ「4つの教訓」　1. 消費主義に支配されるな　2. 歩き続けよ　 3. 同じ志を持つ仲間を見つけて闘争せよ　4. 自分の利己主義を抑えよ　</span><br /><span>６、仏教の根本前提。「『仏教の根本前提』は、何であるか。プラトン哲学の根本前提は、『魂の不死不滅、輪廻転生、イデアの存在、想起説』。この4つの思想である。プラトン『パイドロス』魂のミュートスは、4つの前提の上に成り立つ。魂は、一組の馬とその手綱を取る馭者からなり、翼をもち宇宙をかけめぐる。魂が神の行進について行けなくなると、地上に落ち肉体のうちに誕生する。何かを認識することは、かつて魂が見たイデアを思い出す（想起する）ことである。</span><br /><span>*注　縁起説「原因に縁って結果が起きる」。</span><br /><span>*注　十二縁起。無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死→(無明に繋がる)。</span><br /><span>*仏陀は、人生を苦とみた。苦の原因は、十二縁起。</span><br /><span>７、空海のことば『答叡山澄法師求理趣釈経書』。「古の人は道の為に道を求め、今の人は名利の為に求む。」空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』。(真理の道を究めるために道を探求したが、現代の人は、地位名誉と利益のために道を探求する。) 空海の言葉は、現代の学問の世界にも当てはまる。地位と名誉と利益のために行動する御用学者が極めて多い、例えば原子力安全委員長、斑目春樹氏。宗教学者として、どう思われますか。</span><br /><span>*古の人は道の為に道を求め、今の人は名利の為に求む。名の為に求むるは、道を求むる志にあらず。</span><br /><span>空海『答叡山澄法師求理趣釈経書』（叡山の澄法師、理趣釈経を求めたるに答うるの書）</span><br /><span>島薗進「その通りです。日本人は、狭い道、専門家の道を考える、茶道、書道など。中国の道はより根源的。本質的な人間の道がある。」</span><br /><span>８、比叡山焼き討ち。【織田信長、比叡山延暦寺、焼き討ち(元亀二、1571年 】根本中堂焼き討ちはなかった、と戦国史研究者、小和田哲男が分析している。比叡山延暦寺は、現在どのような見解ですか。最澄空海の時代から7百年後、比叡山は利権団体化した。信長の「天下布武」は、臨済宗妙心寺派の僧沢彦宗恩(たくげんそうおん)の教示による。公家寺家の利権を攻撃することが目的である。浅井朝倉に与する比叡山を明智光秀が攻撃。(*比叡山焼き討ちに関する考古学的調査、滋賀県による、小和田哲男『集中講義　織田信長』)</span><br /><span>島薗進　「織田信長は、一向宗（浄土真宗）を徹底的に攻撃した。世俗権力と合体して大衆を動かしたからである。比叡山焼き討ちは、大規模ではなかったと思う」</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2016/<wbr />08/post<wbr />-8607.h<wbr />tml</a><span></span><br /><span></span></p>
<p><span>島薗進×大久保正雄『死生学　人の心の痛み』2016<br />1、他界からの訪問者、2、輪廻転生、3、人はどのようにして他の人の痛みを感じることができるようになるか、4、ギリシア人の死生観、5.幸せとは何か、6、仏教の根本前提、7、空海のことば『答叡山澄法師求理趣釈経書』、8、比叡山焼き討ち<br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-8607.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2016/<wbr />08/post<wbr />-8607.h<wbr />tml</a> <br />――</span><br /><span>島薗進、宗教学講演会「宮沢賢治・ゴッホ・菩薩道」5月31日上智大学1号館202教室、14時〜16時<br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-f6ed6f.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-f6ed6f<wbr />.html</a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第431回</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>死生学</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-05-03T12:26:32+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-26552f.html">
<title>「アンドリュー・ワイエス展」・・・ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、海からの風、オルソンハウス</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-26552f.html</link>
<description>        大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第430回躑躅咲く、新緑の森...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrew-wyeth-tobi-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrew-wyeth-tobi-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrew-wyeth-tobi-2026.jpg" alt="Andrew-wyeth-tobi-2026" width="299" height="424" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrew-wyeth1948-moma-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrew-wyeth1948-moma-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrew-wyeth1948-moma-2026.jpg" alt="Andrew-wyeth1948-moma-2026" width="300" height="173" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrew-wyeth-1945-635762cm-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrew-wyeth-1945-635762cm-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrew-wyeth-1945-635762cm-2026.jpg" alt="Andrew-wyeth-1945-635762cm-2026" width="300" height="251" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrewwyethdormer-window1947-2017.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrewwyethdormer-window1947-2017" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrewwyethdormer-window1947-2017.jpg" alt="Andrewwyethdormer-window1947-2017" width="300" height="405" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrewwyeth-1969-465495cm.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrewwyeth-1969-465495cm" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrewwyeth-1969-465495cm.jpg" alt="Andrewwyeth-1969-465495cm" width="300" height="285" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrew-wyeth-1991-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrew-wyeth-1991-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrew-wyeth-1991-2026.jpg" alt="Andrew-wyeth-1991-2026" width="299" height="407" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrewwyeth2038-2017.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrewwyeth2038-2017" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrewwyeth2038-2017.jpg" alt="Andrewwyeth2038-2017" width="300" height="213" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/andrew-grave_of_andrew_wyeth_with_the_ol.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Andrew-grave_of_andrew_wyeth_with_the_ol" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/andrew-grave_of_andrew_wyeth_with_the_ol.jpg" alt="Andrew-grave_of_andrew_wyeth_with_the_ol" width="300" height="199" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第430回</span><br /><span>躑躅咲く、新緑の森を歩いて、美術館に行く。</span><br /><span>アンドリュー・ワイエス（1917-2009）の絵画は、ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、オルソン・ハウスとの出会いによって生まれた。《クリスティーナの世界》1948年は、クリスティーナが丘を這ってオルソン・ハウスに上って行く、貧しく障害を負って次第に体が不自由になっていくクリスティーナ。</span><br /><span>【アンドリュー・ワイエスのリアリズムとは何か】</span><br /><span>【20世紀アメリカ美術】</span><br /><span>アンドリュー・ワアンドリュー・ワイエス《クリスティーナの世界》（1948）、《海からの風》（1947）は、20世紀アメリカ美術を代表する絵画である。</span><br /><span>20世紀アメリカ美術は、サルヴァドール・ダリとパブロ・ピカソの影響を強く受けている。</span><br /><span>アンドリュー・ワイエスとジョージア・オキーフは、アメリカの僻地の画家で、日本人には、人気が高い。</span><br /><span>だが、現代アメリカ美術、NY等で高く評価されているのは、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタイン、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、デビッド・ホックニー、である。と、藤田一人氏は分析する。私はデビッド・ホックニー『ナイトホークス』（Nighthawks）が好きだ。*</span><br /><span>*デビッド・ホックニー『ナイトホークス』（Nighthawks）は、アメリカ合衆国の画家エドワード・ホッパーが1942年に描いた油絵である。</span><br /><span>深夜のダウンタウンのダイナーの大きなガラス窓越しに、その中にいる3人の客と1人の店員を描いている。ダイナーから漏れた光が、さびれた都会の暗い街並みを照らしている。タイトルは、直接的にはヨタカのことだが、「夜遊びする人」「夜型人間」という意味もある。 完成から数か月でシカゴ美術館が3,000ドルで購入し、今なお同館の所蔵品となっている。この作品は、ホッパーの作品の中で最も有名なものと評されており、アメリカ美術において最も認知されている絵画の一つ。</span><br /><span>――</span><br /><span>【アンドリュー・ワイエス（1917-2009）】</span><br /><span>アンドリュー・ワイエスは第一次大戦下1917年、ペンシルベニア州チャズフォードに生まれた。父親のニューウェル・コンヴァース・ワイエスは人気の挿絵画家で、地域の名士。ワイエス家の裕福で文化的な環境に育った。ワイエスは5人兄姉の末っ子で、長女・ヘンリエット、次女・キャロラインは画家、三女アンは作曲家。芸術一家だった。アンドリュー・ワイエスの息子も画家。裕福な極めて恵まれた環境を生きる芸術家一族である。</span><br /><span>鉛筆素描、水彩画、ドライブラッシュ、テンペラ画、4つの技法を用いた。*P208</span><br /><span>【ベッツィ・ジェイムズとの出会い、クリスティーナ・オルソンとの出会い】</span><br /><span>1939年、出会ったばかりのベッツィ・ジェイムズに連れて行かれオルソン・ハウスで、クリスティーナ・オルソンに会った。ベッツィは、富裕階級で恵まれて育ったアンドリュー・ワイエスが、貧しく障害を持つクリスティーナにどのように反応するか試した。【魂が試される時】ワイエスは、クリスティーナと弟アルヴァロと良い関係を築き、30年間、オルソン家を描き続けた。30「オルソンの家」1939＊</span><br /><span>23歳の頃に父の反対を押し切って結婚した妻のベッツィは、生涯の大きな支えとなった。1945年、父親ニューウェル・コンヴァース・ワイエス（N.C.ワイエス）は、アンドリュー・ワイエスが28歳の頃に踏切事故で急逝。父の死はワイエスの生涯に影を残した。</span><br /><span>《クリスティーナの世界》（1948）、12月NY近代美術館が購入。《海からの風》（1947）、</span><br /><span>1951年、33歳、自身も肺の病気で片肺の半分を切除する大手術を受け、臨死体験をする。「生と死」に敏感になったと言われている。</span><br /><span>【1943年NYニューヨーク近代美術館「アメリカンズ、1943：リアリストとマジック・リアリスト展、にアンドリュー・ワイエスは選ばれる】アルフレッド・H・バー・ジュニアは、マジック・リアリズムを「写実技法によって、夢幻的、幻想的な視覚世界を表現する」と定義する。*カタログ1ワイエスという画家。</span><br /><span>1963年、JF・ケネディ大統領より「メダル・オブ・フリーダム大統領自由勲章」授与が決定。</span><br /><span>子供時代から近くにリトル・アフリカと呼ばれたコミュニティがあり、深い親交があった。存命中には「親友たち」と題してアフリカ系アメリカ人を描いた絵を集めた展覧会も開催した。</span><br /><span>ワイエス自身の家系もスイス系やイギリス系、生家の隣人で絵のモデルになったカール・カーナーはドイツからの入植者。</span><br /><span>代表作《クリスティーナの世界》（1948）に描かれたクリスティーナ・オルソンの父は、スウェーデンからの船員、オルソン・ハウスの娘と結婚、家を引き継いだ。移民国アメリカ、多様なルーツの人と交流した。</span><br /><span>【アンドリュー・ワイエスのリアリズムとは何か】</span><br /><span>アンドリュー・ワイエスの写実主義を円山応挙の写実主義と比較すると、まったく描いている世界が違う。【円山応挙1733～1796】の世界は、風景、水、動物、人間を描く、代表作は、「孔雀図」国宝「雪松図」「松に孔雀図」「美人画」「山水画」「水墨画」「竹林七賢図屛風」「聖賢図」「仔犬図」。円山応挙は、自然の本質を描く。</span><br /><span>アンドリュー・ワイエスの写実主義は、自分の出会った風景、人々、一言でいうと「私小説」絵画である。アンドリュー・ワイエス《クリスマスの朝》 1944年は、友人の死を描いている、死を主題とするシュールレアリスムに通じる世界である。傑作である。《クリスティーナの世界》1948年は、クリスティーナが丘を這ってオルソン・ハウスに上っていく姿、貧しく障害を負って次第に体が不自由になっていくクリスティーナ。妻となるベッツィの友人である。</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>展示作品の一部</span><br /><span>アンドリュー・ワイエス《クリスマスの朝》 1944年 テンペラ、パネル、マイロン・ケニン・コレクション、ミネアポリス</span><br /><span>《自画像》 1945年 テンペラ、パネル 63.5×76.2cm ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images. </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>スケッチブックを脇に抱え、怒ったような表情を浮かべる自画像です。ワイエスは自らの心に響く何かを求めて日々自宅の近隣を散策しながらスケッチを重ねた。高名な挿絵画家である偉大な父が、踏切事故により突然この世を去ってしまった時期に描かれた。</span><br /><span>《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、バネル 83.8×63.5cm マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc. </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>200点以上のワイエス作品でモデルを務めたクリスティーナ・オルソンを描いた作品。病気により足が不自由であった彼女は自由に歩き回ることが出来なかった。彼女は、陽の光あふれる外と暗い室内のちょうど境に腰を下ろし、内と外をつなぐ役目を与えられている。風になびく彼女の髪は、室内の静的な暗さと対照的に、明るく生命感のある外の空気の動きも表現しているようである。</span><br /><span>《屋根窓Dormer Window》1947、丸沼芸術の森</span><br /><span>《海からの風》（1947）丸沼芸術の森</span><br /><span>《オルソン家の終焉》 1969年 テンペラ、パネル 46.5×49.5cm クリーブランド美術館</span><br /><span>The Cleveland Museum of Art, Promised Gift of Nancy F. and Joseph P. Keithley </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>1967年から68年にかけての冬、オルソン姉弟が相次いで亡くなる。姉弟が亡くなって最初の夏、ワイエスはオルソン姉弟の家（オルソンハウス）を訪れて本作を描いた。複雑な海岸線が特徴的なメイン州。その入江の一つに今でもオルソンハウスはひっそりと建っている。</span><br /><span>《オルソン家の終焉》1969年、水彩、丸沼芸術の森</span><br /><span>《花びら》 1991年 水彩、紙 75.5×56cm ボストン美術館 Museum of Fine Arts, Boston, Bequest of Sandra Sheppard Rodgers </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>《薄氷》1969年 テンペラ、パネル 110.2×121.9cm 株式会社三井住友銀行 </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>クリスティーナ・オルソンの亡くなった次の冬に描かれた作品で、氷の下に枯れ葉が沈んでいます。氷の下は死の世界を表すかのようですが、ワイエスはその枯れ葉が自身の重ねた経験や出会った人々であり、死そのものではないと語っています。</span><br /><span>《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art/ARS, New York/JASPAR, Tokyo</span><br /><span>《粉挽き場》 1962年 テンペラ、パネル 77.5×130.8cm フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art: Gift of the Honorable Walter H. Annenberg and Leonore Annenberg and the Annenberg Foundation, 2007-13-3 </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo</span><br /><span>描かれているのは独立戦争時代からの歴史ある粉挽き場と職人の家。この建物は後にワイエスが入手して増改築を行い、夫妻の新居とした。建物の間の二羽の鳩は、ここが夫婦二人の世界となることを暗示している。</span><br /><span>アンドリュー・ワイエス《鷹の木》1973年ドライブラッシュ、成田ゴルフ俱楽部</span><br /><span>《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ </span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>2026 Wyeth Foundation for American Art/ARS, New York/JASPAR, Tokyo</span><br /><span>灯台の内部を描いた作品、開かれたドアの手前に犬が座り、ドアの奥には階段が見える。</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>「アンドリュー・ワイエス展」・・・ベッツィとの出会い、クリスティーナとの出会い、海からの風、オルソン・ハウス</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/05/post-26552f.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />05/post<wbr />-26552f<wbr />.html</a> <br /><span>生誕120 周年サルバドール・ダリ―天才の秘密―・・・魔術的写実主義、ヴィーナスの夢</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/03/post-0c6967.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />03/post<wbr />-0c6967<wbr />.html</a><span></span><br /><span>「ルイーズ・ブルジョワ展:、地獄から帰ってきたところ　言っとくけど、素晴らしかったわ」・・・毒親との戦い、悪魔祓い</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2024/10/post-90e3d1.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2024/<wbr />10/post<wbr />-90e3d1<wbr />.html</a><span></span><br /><span>ピカソとその時代・・・藝術の探検家、7人の恋人、7つの時代</span><br /><a href="https://bit.ly/3D8mYir" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/3D8mYi<wbr />r</a><span></span><br /><span>ABSTRACTION　抽象絵画の覚醒と展開　セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/06/post-00e373.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2023/<wbr />06/post<wbr />-00e373<wbr />.html</a><span></span><br /><span>キュビスム展─美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ・・・美の根拠はどこにある</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/10/post-8e9885.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2023/<wbr />10/post<wbr />-8e9885<wbr />.html</a><span></span><br /><span>円山応挙　革新者から巨匠へ、・・・雪の中の老松と若松、瀧を昇る鯉、牡丹と孔雀、竹林の抵抗派竹林七賢</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/10/post-13cd31.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />10/post<wbr />-13cd31<wbr />.html</a><span></span><br />「アンドリュー・ワイエス展」図録、東京新聞、2026<br /><span>――</span><br /><span>東京都美術館</span><br /><span>20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス（1917-2009）。第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。境界は、西洋絵画史のなかで古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。</span><br /><span>1. ワイエスの没後、日本初となる待望の回顧展</span><br /><span>1974年に東京と京都で33万人を集めた日本で最初の個展以来、1995年、そして2008～9年にもワイエスの展覧会が開催され、日本でのワイエス人気は不動のものになりました。本展はワイエス没後はじめてとなる、国内待望の展覧会となります。</span><br /><span>2. テーマは「境界」。アンドリュー・ワイエスの精神世界へ</span><br /><span>ワイエスの作品には窓や扉など、「境界」を示すモティーフがたびたび表れます。それらはワイエスにとって生と死、画家自身の精神世界と外の世界をつなぐものだったと考えられます。本展では「境界」に着目し、彼の作品を見つめ直します。</span><br /><span>3. 日本初公開となる作品多数</span><br /><span>ホイットニー美術館（ニューヨーク）の《冬の野》（1942年）、フィラデルフィア美術館の《冷却小屋》（1953年）、フィルブルック美術館の《乗船の一行》（1984年）をはじめ、10点以上が日本初公開。あらためてワイエスの魅力にふれる機会となるでしょう。</span><br /><a href="https://www.tobikan.jp/exhibition/2026_wyeth.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.to<wbr />bikan.j<wbr />p/exhib<wbr />ition/2<wbr />026_wye<wbr />th.html</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>アンドリュー・ワイエス プロフィール</span><br /><span>1917年7月12日、アンドリュー・ワイエスは、高名な挿絵画家だったニューウェル・コンヴァース・ワイエス（N.C.ワイエス）の5番目の子としてペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれました。幼い時から父の手ほどきを受けて画家の道へ進み、1937年の個展では全作品が完売するなど、若くして頭角を現します。同時代の前衛的な芸術からは距離を置き、生涯にわたり故郷のペンシルヴェニア州と夏を過ごしたメイン州を拠点に身近な世界を精緻に描き続けました。</span><br /><span>ワイエスの作品には、アメリカ合衆国の土地やそこに刻まれた歴史、反映されそこに生きる人々の姿が描き出されており、アメリカ国内で高く評価されました。2007年にはブッシュ大統領から芸術勲章を授与されています。日本での人気も高く、1974年の初の回顧展以降、度々展覧会が開催されてきました。2009年1月16日に老衰のため亡くなりますが、アメリカの国民的な画家として今なお高い人気を誇っています。</span><br /><span>――</span><br /><span>「アンドリュー・ワイエス展」東京都美術館4月28日(火)～7月5日(日)</span><br /><a href="https://www.tobikan.jp/exhibition/2026_wyeth.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.to<wbr />bikan.j<wbr />p/exhib<wbr />ition/2<wbr />026_wye<wbr />th.html</a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>現代美術</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-05-01T13:47:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-0a7135.html">
<title>生誕100年　森英恵 ヴァイタル・タイプ・・・蝶と花、世界に羽ばたくマダム・バタフライ、96歳で妥協を許さない</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-0a7135.html</link>
<description>  
    大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第429回マダム・バタフライの...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/mori-100-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Mori-100-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/mori-100-2026.jpg" alt="Mori-100-2026" width="300" height="168" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/mori-100-building-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Mori-100-building-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/mori-100-building-2026.jpg" alt="Mori-100-building-2026" width="300" height="236" border="0" /></a> </span></p>
<p><span> <a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/mori-100-2004-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Mori-100-2004-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/mori-100-2004-2026.jpg" alt="Mori-100-2004-2026" width="300" height="235" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/mori-100-2026_20260425230601.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Mori-100-2026_20260425230601" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/mori-100-2026_20260425230601.jpg" alt="Mori-100-2026_20260425230601" width="300" height="508" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/mori-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Mori-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/mori-2026.jpg" alt="Mori-2026" width="299" height="424" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第429回</span><br /><span>マダム・バタフライの愛称で人々を魅了した、森英恵(1926-2022)。美しい蝶はブランドのシンボルとして長きに渡って作品に用いられてきた。まるで蝶か世界に羽ばたくように、揺るぎない志と好奇心を持ち続け、服の力で女性のライフスタイルを牽引した森英恵(1926-2022)、1954年28歳、銀座にひよしやを開店、2004年、最後のファッションショーを行う。96歳で化粧を何度も塗りなおし、妥協を許さない。(森英恵の長男、森顕)</span><br /><span>1956年『狂った果実』、1967年『波止場の鷹』、同年に公開された『夜霧よ今夜も有難う』などの衣装を担当。日活映画の黄金期に大きく貢献した。</span><br /><span>森英恵展で展示されていたハナエ・モリビル。1978年竣工で、2010年に解体。設計は丹下健三で、真上から見ると蝶の形になっている。</span><br /><span>六道輪廻を救う、六観音菩薩、天道の使者、純粋な魂、美しい魂と美しい肉体を持つ者を如意輪観音が救う。</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>展示作品の一部</span><br /><span>「ひよしや」開店の頃　1950年代半ば　撮影：石井幸之助　写真提供：森英恵事務所</span><br /><span>森英恵 《イヴニングアンサンブル (ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス」)》1966 年　ハナヱ・モリ　島根県立石見美術館　撮影： 小川真輝</span><br /><span>設計：丹下健三、撮影：村井修　ハナヱ・モリビル　1978年　画像提供：村井久美（村井修 写真アーカイヴス）</span><br /><span>森英恵《イヴニングアンサンブル (ジャケット、ブラウス、スカート)》1977 年秋冬　ハナヱ・モリ　オートクチュール　撮影： 小川真輝</span><br /><span>奈良原一高 《森英恵》 提供：島根県立美術館</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>Narahara Ikko Archives</span><br /><span>アートディレクション：横尾忠則『流行通信』No.195、1980 年 4 月</span><br /><span>株式会社流行通信　島根県立石見美術館</span><br /><span>ハナヱ・モリ ファイナルオートクチュールコレクション　2004年7月7日　提供：森英恵事務所</span><br /><span>右近テキスタイル デザインハウス テキスタイル「晩夏に咲く」四季ファブリックハウス　1972 年　森英恵事務所</span><br /><span>森英恵 《ブランドラベル、帯地のコート》 1964年ハナヱ・モリ　島根県立石見美術館　撮影： 小川真輝</span><br /><span>森英恵《イヴニングアンサンブル》1968年　ハナヱ・モリ</span><br /><span>メトロポリタン美術館、ニューヨーク　1975年森英恵氏寄贈 (1975. 86. 1a-c)</span><img class="emoji" src="https://img.mixi.net/img/emoji/213.gif" alt="コピーライト" width="16" height="16" border="0" /><span>The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY</span><br /><span>アートディレクション：江島任　『森英恵流行通信』No.10　1966年9月3日号</span><br /><span>ファッションハウス 森英恵　島根県立石見美術館</span><br /><span>――</span><br /><span>生誕100年　森英恵 ヴァイタル・タイプ　プレスリリース</span><br /><span>ニューヨーク、パリを魅了した日本のオートクチュール</span><br /><span>圧巻の展示400点が語る森英恵のすべて</span><br /><span>国立新美術館では、アジア人で初めてパリ・オートクチュール正会員となり、日本のファッションを牽引した森もり英恵はなえの没後初となる回顧展を、生誕100年を迎えた2026年春に開催いたします。1950年代にキャリアを開始した森英恵は、当初、映画衣装の制作を通じて頭角を現すようになります。戦後の高度経済成長期の日本において、家庭を持ちながらデザイナーとして社会的にも大きな仕事を成し遂げる姿は、新しい女性像の先駆けとして注目されるようになりました。そのような中で森が1961年、雑誌『装苑』にて新たに提唱したのが「ヴァイタル・タイプ」という人物像です。快活で努力を惜しまないその姿は、森のその後の生き方とも大きく重なるものでした。1965年にはニューヨークコレクションにデビューして以降、日本のみならず晩年まで世界を股にかけて活動を続けました。</span><br /><span>本展はオートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点を通じて、森のものづくりの全貌を明らかにします。デザイナーとしての表現だけではなく、生き方とその創造の根幹にまで迫るまたとない機会となるでしょう。</span><br /><span>1章　日本の森英恵 ヴァイタル・タイプ</span><br /><span>「ヴァイタル・タイプ」とは、森が1961年1月号の雑誌『装苑』で提唱した人物像です。生き生きとして生命力に溢れ、敏捷げに目を光らせた女性。そして、一生懸命になれる仕事を持ち、努力を惜しまない活動家。それはまさに森英恵自身の姿とも重なるものでした。ここでは当時の取材記事を取り上げ、森自身が「アーティストであり、働く女性であり、妻であり母である」という新しい女性イメージを牽引する存在だったこと、そうした姿を洋服を作ることを通して創出していた様子を辿ります。また、森自身がこの時期に中心的に取り組み、その後の活動を軌道に乗せる大きなきっかけとなった映画衣装の仕事についても紹介します。</span><br /><span>――</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>生誕100年　森英恵 ヴァイタル・タイプ・・・蝶と花、世界に羽ばたくマダム・バタフライ、96歳で妥協を許さない</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-0a7135.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />04/post<wbr />-0a7135<wbr />.html</a> <br /><span>生誕100年　森英恵 ヴァイタル・タイプ</span><br /><a href="https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/hanaemori/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.na<wbr />ct.jp/e<wbr />xhibiti<wbr />on_spec<wbr />ial/202<wbr />6/hanae<wbr />mori/</a><span></span><br /><span>没後初、森英恵の大回顧展『ヴァイタル・タイプ』開催！ オートクチュールのドレスや資料約400点を展示</span><br /><a href="https://www.vogue.co.jp/article/hanae-mori-100-exhibition" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.vo<wbr />gue.co.<wbr />jp/arti<wbr />cle/han<wbr />ae-mori<wbr />-100-ex<wbr />hibitio<wbr />n</a><span></span><br /><span></span></p>
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<div dir="auto">イヴ・サンローラン展　時を超えるスタイル・・・ファッション・デザイナーは、なぜゲイなのか</div>
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<div class="x11i5rnm xat24cr x1mh8g0r x1vvkbs xtlvy1s"><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/10/post-2092fe.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2023/<wbr />10/post<wbr />-2092fe<wbr />.html</a></div>
<p><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>生誕100年　森英恵 ヴァイタル・タイプ</span><br /><span>HANAE MORI Vital Type: The 100th Anniversary of Birth</span><br /><span>2026年4月15日（水） ～ 2026年7月 6日（月）</span><br /><a href="https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/hanaemori/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.na<wbr />ct.jp/e<wbr />xhibiti<wbr />on_spec<wbr />ial/202<wbr />6/hanae<wbr />mori/</a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>ファッション・アクセサリ</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-04-25T23:08:49+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-3ba202.html">
<title>「スイス絵画の異才　カール・ヴァルザー　世紀末の昏き残照」・・・象徴主義の神秘と謎、隠者の森</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-3ba202.html</link>
<description>     大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第428回大紫躑躅咲く、風薫る、虹...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/karl-walser-18771943tsg-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Karl-walser-18771943tsg-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/karl-walser-18771943tsg-2026.jpg" alt="Karl-walser-18771943tsg-2026" width="300" height="419" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/karl-walser-1907-18771943tsg-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Karl-walser-1907-18771943tsg-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/karl-walser-1907-18771943tsg-2026.jpg" alt="Karl-walser-1907-18771943tsg-2026" width="300" height="236" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/karl-walser-tsg-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Karl-walser-tsg-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/karl-walser-tsg-2026.jpg" alt="Karl-walser-tsg-2026" width="299" height="504" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/karl-walser1905-tsg-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Karl-walser1905-tsg-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/karl-walser1905-tsg-2026.jpg" alt="Karl-walser1905-tsg-2026" width="300" height="228" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/karl-walser1900-tsg-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Karl-walser1900-tsg-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/karl-walser1900-tsg-2026.jpg" alt="Karl-walser1900-tsg-2026" width="300" height="230" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第428回</span><br /><span>大紫躑躅咲く、風薫る、虹始現れる、午後、東京ステーションギャラリーに行く。冨田章館長の報道内覧会、説明会を聞く。スイス新ビール美術館館長が来ている。</span><br /><span>カール・ヴァルザー（1877 - 1943）は、「美術史の中で見過ごされてきた、作品の価値は、その名が知られているかとは関係がない」冨田章・東京ステーションギャラリー館長。グスタフ・クリムト、ビアズリーらの象徴主義、世紀末の画家の仄暗さと、色彩に魅了される。カール・ヴァルザーはスイスのビールで生まれた、1903年にベルリン分離派に加わり、主導した。1908年半年ほど日本に滞在し、制作をしていた。</span><br /><span>カール・ヴァルザー《婦人の肖像》1902年、読書する婦人、背後にある森の中に羊が6頭遊んでいる、婦人は室内で大きな帽子を被っている。何かが変である。《隠者》1907年、隠者は庭に座って中世の写本を読んでいる。隠者の背後の木に白い花が咲いている家があり、森があり、地平線の彼方に雲が湧いている。《森》1902-1903年、夕暮れの断崖の上に森がある。《テラスからの眺め》1900年頃、《人形の乳母車と少女》1905年以前、樹々の上に不思議な少女がいる。グスタフ・クリムト、ビアズリーらの象徴主義、世紀末の仄暗さ。偉大な絵画は極大にしても極小にしても価値がある。不朽の名画。象徴主義の神秘と謎を讃える。</span><br /><span>森の隠者は、藝術家、思想家であり、詩人であり、著作家である。家と森を持ち、地平線の彼方に空を眺める。</span><br /><span>虹始見、幸運の扉が開く、幸運の女神、美の女神が現れる。美の使徒、天道の使者、純粋な魂、美しい魂と美しい肉体を持つ者を如意輪観音が救う。</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>展示作品の一部</span><br /><span>カール・ヴァルザー《テラスからの眺め》1900年頃　個人蔵</span><br /><span>カール・ヴァルザー《婦人の肖像》1902年　ゴットフリート・ケラー財団（新ビール美術館寄託）</span><br /><span>カール・ヴァルザー《森》1902-1903年、新ビール美術館</span><br /><span>カール・ヴァルザー《人形の乳母車と少女》1905年以前、新ビール美術館<br /></span>カール・ヴァルザー《テラスからの眺め》1900年頃　個人蔵<br /><span>カール・ヴァルザー《夜の散歩》1905年、個人蔵</span><br /><span>カール・ヴァルザー《隠者》hermit 1907年、チューリヒ美術館（H. E. マイエンフィッシュ博士コレクション、1946年収集）</span><br /><span>カール・ヴァルザー《ゲルハルト・ハウプトマン作『グリゼルダ』舞台美術のための下絵：第１幕　第２場、ガレリア》1909年、ゴットフリート・ケラー財団（新ビール美術館寄託）</span><br /><span>――</span><br /><span>カール・ヴァルザー（1877 - 1943）　略歴</span><br /><span>スイスのベルン近郊の町ビール（ビエンヌ）に生まれる。1899年にベルリンに移住。1903年にベルリン分離派に加わり、審査員も務める。舞台美術家としても人気を集め、主にベルリンで舞台装置や衣装をデザインし、その仕事は生涯で28件に及んだ。挿絵画家・装幀家として出版界でも活躍し、室内装飾も手がけた。恋人がいたが失恋、その女性は自殺。その年、1908年に小説家ベルンハルト・ケラーマンとともに日本を旅行し、ケラーマンによる旅行記に挿絵を描いた。1925年に活動拠点をチューリヒに移してからは、主に壁画や室内装飾で評価を高めた。一歳下の弟ローベルト・ヴァルザー（1878 – 1956）は著名な文筆家。</span><br /><span>――</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>「スイス絵画の異才　カール・ヴァルザー　世紀末の昏き残照」・・・象徴主義の神秘と謎、隠者の森</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-3ba202.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />04/post<wbr />-3ba202<wbr />.html</a> <br /><span>「クリムト展　ウィーンと日本 1900」・・・黄金の甲冑で武装した騎士、詩の女神に出会う、純粋な愛と理想</span><br /><a href="https://bit.ly/2ZM5pyR" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2ZM5py<wbr />R</a><span></span><br /><span>クリムト『ベートーベン・フリーズ』・・・理念を目ざす藝術家の戦い。黄金の甲冑で武装した騎士、詩の女神に出会う</span><br /><a href="https://bit.ly/2J1azBI" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2J1azB<wbr />I</a><span></span><br /><span>ウィーン・モダン　クリムト、シーレ 世紀末への道・・・装飾に覆われた運命の女、黄金様式と象徴派</span><br /><a href="https://bit.ly/2QbsUwT" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2QbsUw<wbr />T</a><span></span><br /><span>「ギュスターブ・モロー展　サロメと宿命の女たち」・・・夢を集める藝術家、パリの館の神秘家。幻の美女を求めて</span><br /><a href="https://bit.ly/2v5uxlY" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2v5uxl<wbr />Y</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>「スイス絵画の異才　カール・ヴァルザー　世紀末の昏き残照」プレスリリース</span><br /><span>全作品　日本初公開！</span><br /><span>20世紀前半のスイスで活躍した異才カール・ヴァルザー（1877–1943）は、ベルン近郊のビールに生まれました。1歳下の弟ローベルトは作家になり、のちにその著作にカールが挿絵を描いています。20代でベルリンに出たヴァルザーは、革新的な表現を目指したベルリン分離派に加わり、象徴主義的な絵画作品をいくつも残しています。そこはかとない昏（くら）さと精妙な色彩をあわせもつその作品群は、謎めいた神秘性を湛え、見る者を惹きつけてやみません。</span><br /><span>カール・ヴァルザーの生涯で特筆すべきことは、彼が日本を訪れて制作をしていたことでしょう。1908年にドイツの小説家ベルンハルト・ケラーマンとともに来日したヴァルザーは、東京や宮津（京都府）などに滞在して、熱心に日本の風景や風俗を描きました。これらの作品は当時の様子を伝える貴重な資料であると同時に、美術的にも非常に優れた見応えのあるものばかりです。その多くは水彩で描かれていますが、これまでほとんど公開されてこなかったために、驚くほど鮮やかで美しい色彩を残しています。本展は、これらの仕事に加えて、挿絵や舞台美術、壁画でも活躍したヴァルザーの全貌を伝える画期的な試みです。全作品約150点が日本初公開となります。</span><br /><span>謎めいた神秘性を湛える、初期の象徴主義的作品群</span><br /><span>知られざる画家</span><br /><span>カール・ヴァルザーの名を知る人は、美術業界においても決して多くはありません。母国スイスでは、近年その再評価が始まっていますが、知名度のかなり低い画家と言っていいでしょう。東京ステーションギャラリーでは、これまでも美術史の中で見過ごされてきたアーティストの展覧会を数多く開催してきました。＊1） 作品の価値や魅力は、その名が知られているかどうかとは関係がありません。最初に彼の作品を見たとき、わたしたちはその鮮烈さにすっかり魅了されました。そして多くの人とこの感動を分かち合いたいと思ったのです。会場に足を運んでいただければ、その魅力を理解いただけるはずです。</span><br /><span>初期ベルリン時代</span><br /><span>1877年に、スイスのベルン近郊にあるビールで生まれたカール・ヴァルザーは、シュトラスブルク＊2） の美術工芸学校で学んだあと、1899年からベルリンを中心に活動しました。1902年に、マックス・リーバーマンが会長を務めるベルリン分離派＊3） の展覧会に初出品し、翌年には会員になります。本の装幀や挿絵、舞台美術、壁画などの仕事をする一方で、この時期には象徴主義的な絵画にも取り組みました。鮮烈でありながら、世紀末の残照とでも言うべき昏（くら）さをともなう、寓意や含意を感じさせる神秘的な作品群は、観る者を強く惹きつける力をもっています。</span><br /><span>日本の風景と風俗、芸妓や歌舞伎を描いた美しい水彩画</span><br /><span>120年前の日本が鮮やかに甦る</span><br /><span>日本滞在</span><br /><span>1908年、ヴァルザーはドイツの出版社に依頼されて、小説家のケラーマン＊4） とともに日本を訪れます。ケラーマンが書く日本紀行のための挿絵を描くのが目的でした。＊5） 4月から約半年に及ぶ滞在期間中にふたりは日本各地を巡りますが、大いに気に入って長逗留したのが宮津（京都府）です。ヴァルザーはこの街で、芸妓や舞妓、歌舞伎役者や市井の人々の姿を、生き生きとした筆致と美しい水彩で描きとめています。これらの作品は、京都の風景や祭を描いた重厚な油彩画とともに、120年前の日本の姿を鮮やかに甦らせます。</span><br /><span>領域を超えた多彩な仕事</span><br /><span>挿絵と舞台</span><br /><span>ヴァルザーは生涯を通じて、挿絵や舞台美術、室内装飾や壁画の仕事で生計を立てていました。ドイツとスイスにはいくつもの壁画が現存していますし、舞台美術の分野ではシェイクスピアはじめ多くの作品でセットやコスチュームのデザインを担当しました。コスチュームのデザイン画は、まるでファッション画のような華やかさをまとっています。また、装幀や挿絵でも、ひとつ下の弟で詩人として名を馳せたローベルト＊6） の本をはじめ、少なくない仕事を残しました。多くはエッチングによるものですが、その巧みな線描表現も本展の見どころのひとつです。</span><br /><span>＊1　「大野麥風展」（2013年）、「幻の画家 不染鉄展」（2017年）、「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜」展（2021年）、「宮脇綾子の芸術」展（2025年）など</span><br /><span>＊2　現在のストラスブール（フランス）、当時はドイツ領だった</span><br /><span>＊3　アカデミックな伝統から離脱して、新しい造形芸術を志向した分離派は、最初ミュンヘンで創設され（1892年）、ウィーン（1897年）、ベルリン（1898年）へと波及した</span><br /><span>＊4　ベルンハルト・ケラーマン（1879-1951）、ドイツの作家。資本主義を批判した『トンネル』（邦訳は国書刊行会から出版）が有名</span><br /><span>＊5　『さっさよやっさ』（カッシーラー書店、1911年）</span><br /><span>＊6　ローベルト・ヴァルザー（1878-1956）、邦訳に『日々はひとつの響き ヴァルザー＝クレー詩画集』（平凡社、2018年）などがある</span><br /><a href="https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202604_karl.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.ej<wbr />rcf.or.<wbr />jp/gall<wbr />ery/exh<wbr />ibition<wbr />/202604<wbr />_karl.h<wbr />tml</a><span></span><br /><a href="https://www.artpr.jp/tsg/karlwalser26" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.ar<wbr />tpr.jp/<wbr />tsg/kar<wbr />lwalser<wbr />26</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>スイス絵画の異才　カール・ヴァルザー　世紀末の昏(くら)き残照</span><br /><span>2026年4月18日(土)～2026年6月21日(日)</span><br /><span>会場 東京ステーションギャラリー</span><br /><span>――</span><br /><span>「スイス絵画の異才　カール・ヴァルザー　世紀末の昏き残照」、東京ステーションギャラリー、4月18日（土）～6月21日（日）</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>象徴派</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-04-19T11:10:11+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-9f1e4f.html">
<title>チュルリョーニス展　内なる星図・・・生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる。</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-9f1e4f.html</link>
<description>    
  大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第427回虹始見（にじはじめて...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ciuurlinios-1-nmwa-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ciuurlinios-1-nmwa-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/ciuurlinios-1-nmwa-2026.jpg" alt="Ciuurlinios-1-nmwa-2026" width="299" height="424" border="0" /></a> <br /><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ciuurlinios-3-nmwa-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ciuurlinios-3-nmwa-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/ciuurlinios-3-nmwa-2026.jpg" alt="Ciuurlinios-3-nmwa-2026" width="300" height="304" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ciuurlinios-61908-nmwa-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ciuurlinios-61908-nmwa-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/ciuurlinios-61908-nmwa-2026.jpg" alt="Ciuurlinios-61908-nmwa-2026" width="299" height="349" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ciuurlinios-19090415-nmwa-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ciuurlinios-19090415-nmwa-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/ciuurlinios-19090415-nmwa-2026.jpg" alt="Ciuurlinios-19090415-nmwa-2026" width="300" height="274" border="0" /></a> </span></p>
<p><span> <a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/ciuurlinios-1908-nmwa-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Ciuurlinios-1908-nmwa-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/ciuurlinios-1908-nmwa-2026.jpg" alt="Ciuurlinios-1908-nmwa-2026" width="300" height="349" border="0" /></a> <br />大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第427回<br /></span><span>虹始見（にじはじめてあらわる）、七十二候の第十五候の季節（略本暦による呼び名）。清明の末候となり、「雨の後に虹が出始める」中国（宣言暦）七十二候。虹始見、幸運の扉が開く、幸運の女神、美の女神が現れる。美の使徒、天道の使者、純粋な魂、美しい魂と美しい肉体を持つ者を如意輪観音が救う。</span><br /><span>「僕たちの生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる」チュルリョーニス</span><br /><span>大国の影として属する人質国家、陽炎のように儚く、陽炎のように燃え尽きる。<br />チュルリョーニス《第五ソナタ（海のソナタ）：フィナーレ》1908年は、葛飾北斎「富嶽三十六景」神奈川沖浪裏、天保1–4年頃（1830–33年頃） の影響を受けた。</span><br /><span>ロシア帝国の支配下にあったリトアニアは、18世紀から20世紀、属国に甘んじ、国民を人質に、利権階級が私利私欲を貪る。</span><br /><span>紀元前15世紀、エジプト新王国、トトメス3世、ミタンニ王国と戦い、ヌビアのクシュ王国を保護することにより金(防衛費)を獲得。永禄12年（1569）、織田信長、豊臣秀吉を派遣、堺の会合衆に矢銭2千貫(防衛費)、要求。</span><br /><span>ペルシア帝国と戦い、帝国の奴隷になることを拒んだアテナイ、「ギリシア人は奴隷とならない」アイスキュロス『ペルサイ』。</span><br /><span>テーバイの人質フィリッポス2世は、アテナイが哲学者が理念を教えていたのを知り、アリストテレスをアレクサンドロスの師に迎える。【アレクサンドロス大王、東方遠征（紀元前334年～紀元前323年）】マケドニア軍3万8000の兵士を引き連れ、【グラニコス川の戦い（紀元前334年）】にてペルシアの小アジアの防衛軍を撃破。この勝利により、小アジア全域を征服する足がかり。【紀元前333年、イッソスの戦い】ペルシアの王ダレイオス3世と対峙。ダレイオス3世は10万の大軍を率いて対抗、アレクサンドロスは天才的な戦術によって勝利を収めた。ダレイオスは逃亡。ティルスやガザなどが反抗し、この地域を征服、エジプトに進出。エジプトではペルシア支配に対する不満が高まり、無血でエジプトを征服。</span><br /><span>*大久保 正雄『旅する哲学者　美への旅』より</span><br /><span>大久保正雄『永遠を旅する哲学者　イデアへの旅』</span><br /><span>――</span><br /><span>【属国、高市早苗首相、国民を人質、売国奴、詐欺師国家】オリバー・ストーン、日本はかつて持っていた主権を持っていない。帝国の衛星国家(Hostile State)、人質を取られた国である。主権の欠如: 日本は、かつて持っていたような真の主権を持っておらず、米国の「同盟国」ではなく、実質的に「衛星国」または「人質を取られた国」であると指摘。</span><br /><span>オリバー・ストーン監督は、日本がおかれた状況の最大の理解者。</span><br /><span>「偉大で素晴らしい文化を持つ日本には、ひとつだけ問題がある。日本は自らの国家主権を持たない国、アメリカの従属国、いわば人質なのです」（News23 2017年１月19日）</span><br /><a href="http://dailymotion.com/video/x58y7zi" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />dailymo<wbr />tion.co<wbr />m/video<wbr />/x58y7z<wbr />i</a><span></span><br /><a href="https://www.huffingtonpost.jp/foresight/snowden-movie-interview_b_14787326.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.hu<wbr />ffingto<wbr />npost.j<wbr />p/fores<wbr />ight/sn<wbr />owden-m<wbr />ovie-in<wbr />terview<wbr />_b_1478<wbr />7326.ht<wbr />ml</a><span></span><br /><span>【アメリカとイスラエルに対峙するイタリア】<br />イタリア首相・ジョルジャ・メローニ：私の知る限り、これまでに9カ国が核兵器を保有しており、そのうち実際に使用したのは1カ国だけです。それはアメリカ合衆国です。 <br />イタリアは、イスラエルと結んでいる防衛協定について自動更新を停止する旨も発表した。「世論はトランプとイスラエルに非常に厳しくなり <br />――</span><br /><span>リトアニアを代表する芸術家、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス（1875-1911）。祖国リトアニアにおける生誕150周年の祝賀ムードを引き継いで開催される本展は、日本では34年ぶりの回顧展。国立M. K. チュルリョーニス美術館が所蔵する主要な絵画やグラフィック作品、約80点を紹介します。人間の精神世界や宇宙の神秘を描いた幻想的な作品の数々のうち、謎に包まれた最大の代表作《レックス（王）》が日本で初公開。また、音楽形式を取り入れた連作や、自身の手になる楽譜、展示室に流れる旋律をとおして、優れた作曲家でもあった画家の個性と感性を体感していただきます。2000年以降、オルセー美術館（パリ）をはじめヨーロッパ各地で展覧会が開催されるなど再評価の機運が高まるチュルリョーニスの世界をぜひご堪能ください。</span><br /><span>Mikalojus Konstantinas Čiurlionis</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス</span><br /><span>絵画と音楽というふたつの領域で類まれな才能を示し、35歳の若さで亡くなるまでのわずか6年ほどの画業で、300点以上もの作品を手がけました。世紀末のアール・ヌーヴォーや象徴主義、ジャポニスムといった国際的な芸術動向に呼応しつつも、作曲家ならではの感性と、当時ロシア帝国の支配下にあったリトアニア固有のアイデンティティに根差した作品群は、唯一無二の個性を放っています。</span><br /><span>――</span><br /><span>【担当学芸員の解説、朝倉南】報道内覧会</span><br /><span>日本では34年ぶりの大回顧展となる本展は、祖国リトアニアにおけるチュルリョーニス生誕150周年（2025年）の祝賀ムードを引き継いで開催される。現存する作品の大部分を所蔵する国立M.K.チュルリョーニス美術館（カウナス、リトアニア）の全面協力のもと、厳選された約80点の絵画やグラフィック作品が来日した。謎に包まれた代表作《レックス（王）》をはじめ、日本初公開の作品が複数含まれる。担当学芸員は朝倉南（国立西洋美術館研究員）。</span><br /><span>朝倉南（国立西洋美術館研究員）</span><br /><span>ーー</span><br /><span>展示はテーマごとに区切った全3章とプロローグ、エピローグから構成されており、短くも濃密な画業の軌跡をたどることができる。プロローグではまず、画業の出発点を紹介する。</span><br /><span>オルガン奏者の父を持ち、幼い頃から音楽の才能を示したチュルリョーニスは、18歳のときに作曲を学ぶためポーランドのワルシャワ音楽院に入学。さらにドイツのライプツィヒの音楽院で学んだのち、1902年頃から絵画の道を本格的に志すようになる。絵画制作に集中的に取り組んだのは1903年頃～1909年の6年ほどのことだ。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　森の囁き　1904</span><br /><span>作家は、1904年の春に新たに開校したワルシャワ美術学校に入学した。初期作品の大部分は失われており、ここで展示されている《森の囁き》（1904）は数少ない現存する作品のひとつ。暗い森の中で立ち並ぶ木々の上に、かすんだ人の手が浮かび上がる。木立と竪琴の弦、森のざわめきと竪琴の音色を重ね合わせたこの作品には、絵画と音楽、視覚的なものと聴覚的なものの融合というテーマがすでに見てとれる。</span><br /><br /><span>第1章「自然のリズム」</span><br /><span>生命の本質、自然の動的な移ろいを描く</span><br /><span>第1章「自然のリズム」では、チュルリョーニスが描いた自然の表現を紹介している。</span><br /><span>ワルシャワを拠点にしながらも、祖国リトアニアの豊かな自然はチュルリョーニスにとって創造の源であり続けた。1905年のコーカサス地方への旅で壮大な山々に触れたことも、自然の力への眼をさらに開かせた。雪に覆われた山がひとつの塊のようにダイナミックに描かれた《山》（1906）は、その旅で得た印象をもとに制作された作品だ。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　山　1906</span><br /><span>本章ではエッチングの作品も展示。左から、《庭（噴水）》（1905/06）、《雪に埋もれた小屋（冬）》（1905）</span><br /><span>ただし、ここに並ぶ作品群は、いわゆる写実的な風景画とは異なっている。チュルリョーニスの絵画作品に地誌的な風景表現はほとんど存在せず、作家が関心を抱いたのは、自然の「動的な移ろい」だったという。担当学芸員の朝倉は、「自然の内部に流れるリズムや生命の循環そのものを、抽象的、時には擬人的にとらえて、そこに叙情性や象徴性を与えている」と説明する。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　春　1907</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　夏　1907</span><br /><span>雪解けの大地、芽吹く若葉など、春の自然を題材とした作品群や、連作《冬》（1907）は、そうした自然のリズムへの関心が結実したもの。</span><br /><span>8点から成る《冬》では、生命の象徴である樹木が様々なかたちで変奏され、雪が降りしきる情景から生と死の対比、燭台のように描かれた樹木を経て、雪片が幾何学的な星や矩形となった抽象的な風景へと変化していく。同時代の作家が冬の静謐でメランコリックな側面に着目したのに対し、チュルリョーニスは自然の内なる力を可視化したという。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《冬》（1907）の展示</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　冬VIII［8点の連作より］　1908</span><br /><span>また《閃光》（1906）では、光の群れの移ろいとともに「門」のモチーフが登場する。現実と幻想、此岸と彼岸を隔てながら結びつける通過点の象徴として、門はチュルリョーニスの絵画に繰り返し現れる。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《閃光》（1906）の展示</span><br /><br /><span>「交響する絵画」</span><br /><span>音楽の構造を絵画の構造に取り入れた《フーガ》《ソナタ》</span><br /><span>「交響する絵画」は、チュルリョーニスを近代美術史における独創的な作家に位置付ける特徴である「絵画と音楽の融合」に焦点を当てる。作家がこのテーマに集中的に取り組んだのは1907年から09年にかけて。当時は同時代の多くの芸術家が絵画と音楽の融合に取り組んだが、チュルリョーニスの最大の特徴は、音楽の構造を絵画の構造に取り入れようとしたこと。ここで紹介される作品は、フーガ、ソナタといった音楽用語を作品タイトルに冠している。</span><br /><span>《プレリュード》《フーガ》（1908）の2連画では、未完の《プレリュード》が導入となり、水面に映るモミの木の変奏が描かれた《フーガ》へとつながる。フーガは複数の声部で主旋律が展開される多声音楽の一形式だが、水平に分割された画面に描かれたモミの木の層は複数の声部に該当し、多声の共鳴を想起させる構図になっているという。離れて見てみると、線を成す木のシルエットが、音符の連なった楽譜のようにも感じられる。</span><br /><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス、二連画《プレリュード、フーガ》（1908）</span><br /><span>いっぽうのソナタは3、4つの複数の楽章から構成される音楽形式。チュルリョーニスはソナタ形式を取り入れた作品を7点制作しており、本展ではうち3点《第3ソナタ（蛇のソナタ）》《第5ソナタ（海のソナタ）》《第6ソナタ（星のソナタ）》（いずれも1908）を展示している。</span><br /><br /><span>薄い緑のモノトーンで統一された連作《蛇のソナタ》は、「アレグロ」「アンダンテ」「スケルツォ」「フィナーレ」の4楽章から成る。蛇はリトアニアの神話や民間信仰で神聖視される存在であり、家に豊穣をもたらすとして人々のあいだでも大切に飼われていたという。蛇の体が蛇行、水平、垂直とかたちを変え、フィナーレに向けて楽章は場面を展開させていく。</span><br /><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第3ソナタ（蛇のソナタ》（1908）、左から「アレグロ」「アンダンテ」「スケルツォ」「フィナーレ」</span><br /><span>《海のソナタ》は「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」の3点から構成。輝く泡の粒がリズムを作り出す「アレグロ」から、涙のように泡の粒が落ち、下から大きな手が伸びる神話的な「アンダンテ」へと移り、「フィナーレ」では葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を参照したとされる、大きな波で劇的に締めくくる。なお《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は、隣の展示室で同時開催されている「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」展で見ることができる。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ（海のソナタ》（1908）、左から「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第6ソナタ（星のソナタ》（1908）、左から「アレグロ」「アンダンテ」</span><br /><span>本章ではチュルリョーニス作曲の交響詩「海」が展示室に流れ、「絵画と音楽の融合」をより立体的に感じられる。</span><br /><br /><span>民族の記憶と精神世界の旅</span><br /><span>第3章「リトアニアに捧げるファンタジー」は、チュルリョーニスの作品において重要な要素であったリトアリアの民族性がテーマ。</span><br /><span>ロシア帝国支配下で民族解放運動が高まる1900年代のリトアニアで、チュルリョーニスは「リトアニア美術展」を組織した最初のメンバーになるなど、この運動に積極的に関わった。彼は祖国に息づく民話や民謡、民芸などの民衆文化の再評価こそがリトアニア固有の芸術様式の構築に不可欠であると考え、しばしばそれを作品の着想源とした。</span><br /><span>たとえば《リトアニアの墓地》（1909）に描かれた十字架はその象徴だ。リトアニアでは、自然崇拝を現す記念柱や祈りの場が古くから存在し、その伝統とキリスト教の象徴が融合して民間信仰となった。ロシア帝国支配下では十字架制作が伝統的な民族アイデンティティの象徴として弾圧の対象にもなったが、それゆえに民族独立の象徴的なイメージとしても広がった。本作では、緑の背景にリズミカルに浮かび上がる十字架のシルエットと上空の北斗七星が、民族的な記憶と結びついた精神的な風景を表している。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　リトアニアの墓地　1909</span><br /><span>また深い緑で故郷近くの谷間を描いた3連作《ライガルダス》は、完成されたチュルリョーニスの絵画作品としては唯一の地誌的な風景画だが、この地に古来から伝わる民間伝承に関係しているという。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　三連画《ライガルダス》（1907）</span><br /><span>本章では、「リトアニア美術展」のカタログ表紙や、活動家で作家の妻ソフィヤ・キマンタイテと共著したエッセイ集のための表紙デザイン、頭文字のヴィネット（本文を飾る装飾図案）など、チュルリョーニスが手がけたグラフィック作品の数々も見どころだ。リトアニアの自然や伝統、文化と結びついた装飾的なモチーフが緻密に描かれている。</span><br /><span>ソフィヤ・キマンタイテ＝チュルリョーニエネ著『リトアニアにて』（1910年出版）のための表紙デザイン（1909）</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　頭文字のヴィネット　1908</span><br /><span>オペラ「ユラーテ」の舞台背景のための下絵　1908</span><br /><span>チュルリョーニスはこの時代、神智学や天文学といった国際的な思想潮流にも関心を寄せており、人間の精神世界や宇宙の神秘をめぐる幻想的な作品を多数制作した。1907年以降は童話や民間伝承の語りの構造を主題とした「おとぎ話」をタイトルに含む独自の形式を確立し、魔法の世界や王、王女、騎士、旅、道といった典型的なモチーフを取り入れた物語性のある作品を手がけた。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　おとぎ話（城のおとぎ話）　1909</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　おとぎ話（王たちのおとぎ話）　1909</span><br /><span>オレンジの明るい色彩と、見下ろすような視点で描かれた階段状の祭壇が目を引く《祭壇》（1909）は、祭壇の壁面に8つの場面が描かれ、下から上へ物語が展開していく。下の段に小さく描かれた騎士の旅が、人間の精神の旅を表していると見られている。展覧会のメインヴィジュアルに採用されたこの作品は日本初公開。実際に見てみると想像よりも小型の作品で、だからこそ細部に込められた象徴性の密度に引き込まれる。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　祭壇　1909</span><br /><br /><span>火・水・大地・大気を描く、最大の野心作《レックス（王）》</span><br /><span>展覧会を締めくくるのは、こちらも日本初展示となる《レックス（王）》だ。大きなキャンバス作品を展覧会に出品すべく制作された本作は、チュルリョーニス作品のなかで唯一1mを超える最大の絵画作品にして、「最大の野心作」（朝倉研究員の説明）。</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス　レックス（王）　1909</span><br /><span>「王」は初期から一貫して取り組んだ主題のひとつだ。ここでも象徴的なモチーフが無数に描かれているが、最下部の水面から、炎をあげる祭壇、木々が立ち並ぶ地平線、天に浮かぶ太陽と月へと、画面は多層的な構造を重ねていく。火・水・大地・大気という四大元素が揃い、世界の構成要素がひとつの画面に凝縮されている。その中心に透明に浮かび上がる「王」の姿が、各層を貫くようにそびえ立っている。</span><br /><span>本作は、ロシア芸術界の重鎮アレクサンドル・ベヌアの絶賛を受けたが、チュルリョーニス自身はそれを知ることはなく、過酷な制作活動や伴わない名声に傷つき心身を病んでいった。そして1911年4月10日、35歳でその生涯を閉じた。</span><br /><br /><span>チュルリョーニス展会場</span><br /><span>音楽と絵画の融合を探究し、リトアニアのアイデンティティと精神的な象徴性に満ちた唯一無二の作品群を残したチュルリョーニス。生涯で手がけた作品数が300点超であることを考えると、そのうち約80点が一堂に会する本展は貴重である。</span><br /><span>――</span><br /><span>展示作品の一部</span><br /><span>ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《リトアニアの墓地》1909年、テンペラ/厚紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館（カウナス）所蔵</span><br /><span>《ライガルダスⅠ［三連画「ライガルダス」より］》、《ライガルダスⅡ［三連画「ライガルダス」より］》、《ライガルダスⅢ［三連画「ライガルダス」より］》 いずれもミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 1907年</span><br /><span>《フーガ［二連画「プレリュード、フーガ」より］》1908年</span><br /><span>《ライガルダスⅠ［三連画「ライガルダス」より］》、《ライガルダスⅡ［三連画「ライガルダス」より］》、《ライガルダスⅢ［三連画「ライガルダス」より］》 いずれもミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 1907</span><br /><span>《レックス（王）》1909年、テンペラ/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館（カウナス）所蔵<br /></span>《「第6ソナタ、星のソナタ、アレグロ」1908年》<br /><span>《第五ソナタ（海のソナタ）：フィナーレ》1908年</span><br /><span>《森の囁き》1904年</span><br /><span>おとぎ話（王たちのおとぎ話）》1909年</span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>チュルリョーニス展　内なる星図・・・生のすべては、芸術という永遠にして無限、そして全能なる祭壇の上で燃え尽きる。</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-9f1e4f.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />04/post<wbr />-9f1e4f<wbr />.html</a> <br /><span>「北斎　冨嶽三十六景　井内コレクションより」国立西洋美術館・・・神奈川沖浪裏、凱風快晴、赤富士、青富士、山下白雨<br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-4d1d99.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />04/post<wbr />-4d1d99<wbr />.html</a> <br />仏教美術の源流 ガンダーラ　1世紀から5世紀のガンダーラ美術、アレクサンドロス大王</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2025/04/post-388540.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2025/<wbr />04/post<wbr />-388540<wbr />.html</a><span></span><br /><span>仏教2500年の旅　仏陀入滅、アレクサンドロス大王、瑜伽行唯識学派、密教</span><br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2023/08/post-d241f1.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2023/<wbr />08/post<wbr />-d241f1<wbr />.html</a><span></span><br /><span>エジプト新王国、紀元前16世紀～紀元前11世紀</span><br /><a href="https://www.y-history.net/appendix/wh0101-041.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.y-<wbr />history<wbr />.net/ap<wbr />pendix/<wbr />wh0101-<wbr />041.htm<wbr />l</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>チュルリョーニス展　内なる星図</span><br /><span>2026年3月28日[土]－6月14日[日]</span><br /><span>国立西洋美術館 [東京・上野公園]　企画展示室B2F</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>北欧美術</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-04-15T12:06:28+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-bd4d5a.html">
<title>アポロン神殿の糸杉が庭にある家　完全自由設計の家</title>
<link>http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-bd4d5a.html</link>
<description>    シェーンブルン宮殿、マリア・テレジア・イエロー、Schoenbrunn ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/eoropean-architect-it-sangimignanomostbe.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Eoropean-architect-it-sangimignanomostbe" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/eoropean-architect-it-sangimignanomostbe.jpg" alt="Eoropean-architect-it-sangimignanomostbe" width="300" height="149" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/european-architect-venezia-rialto-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="European-architect-venezia-rialto-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/european-architect-venezia-rialto-2026.jpg" alt="European-architect-venezia-rialto-2026" width="300" height="168" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/european-architect-01-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="European-architect-01-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/european-architect-01-2026.jpg" alt="European-architect-01-2026" width="300" height="150" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/european-architect-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="European-architect-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/european-architect-2026.jpg" alt="European-architect-2026" width="300" height="168" border="0" /></a> <br />シェーンブルン宮殿、マリア・テレジア・イエロー、Schoenbrunn Schloss、MariaTeresiaYellow <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gr-delph-theather-2025.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gr-delph-theather-2025" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gr-delph-theather-2025.jpg" alt="Gr-delph-theather-2025" width="300" height="162" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/gr-delph-theather-0424-2025.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Gr-delph-theather-0424-2025" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/gr-delph-theather-0424-2025.jpg" alt="Gr-delph-theather-0424-2025" width="300" height="199" border="0" /></a> <br />デルフォイ、アポロン神殿の糸杉。ソクラテスが37歳の時神託を受けたアポロン神殿。 </span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/cypress-leonardodavinciannunciationdetai.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Cypress-leonardodavinciannunciationdetai" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/cypress-leonardodavinciannunciationdetai.jpg" alt="Cypress-leonardodavinciannunciationdetai" width="299" height="305" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/european-architect-bc438-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="European-architect-bc438-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/european-architect-bc438-2026.jpg" alt="European-architect-bc438-2026" width="299" height="351" border="0" /></a><br />紀元前447年に建設が始まり 438年完工【パルテノン神殿とエレクテイオン神殿の建設】アテナイのアクロポリスに立つ女神アテナの神殿。ペリクレスがデロス同盟の軍資金を賃金として下層市民に還流した公共事業。10m超の列柱が切妻屋根を支える前者はドーリア式、「少女の玄関」女人柱で知られる後者はイオニア式。 <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/european-architect-2026_20260409025201.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="European-architect-2026_20260409025201" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/european-architect-2026_20260409025201.jpg" alt="European-architect-2026_20260409025201" width="300" height="200" border="0" /></a> <br />自由学園、明日館、ロフティティンバーウィンドウ<br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/007-il8-19691970.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="007-il8-19691970" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/007-il8-19691970.jpg" alt="007-il8-19691970" width="300" height="300" border="0" /></a> <br />手塚治虫ＩＬ　1969-70<br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-kinoshita-koumuten-tvk-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-kinoshita-koumuten-tvk-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-kinoshita-koumuten-tvk-2026.jpg" alt="House-kinoshita-koumuten-tvk-2026" width="299" height="321" border="0" /></a> <br /></span></p>
<p><span>木下工務店、ドーマーのある家<br /></span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-door-0419-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-door-0419-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-door-0419-2026.jpg" alt="House-robins-japan-door-0419-2026" width="299" height="450" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、玄関、ドア、窓、1</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-entrance-0419-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-entrance-0419-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-entrance-0419-2026.jpg" alt="House-robins-japan-entrance-0419-2026" width="300" height="450" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-bed-room-0419-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-bed-room-0419-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-bed-room-0419-2026.jpg" alt="House-robins-japan-bed-room-0419-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、壁面</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-ldk-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-ldk-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-ldk-2026.jpg" alt="House-robins-japan-ldk-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-powfer-room-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-powfer-room-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-powfer-room-2026.jpg" alt="House-robins-japan-powfer-room-2026" width="300" height="450" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-robins-japan-1-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-robins-japan-1-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-robins-japan-1-2026.jpg" alt="House-robins-japan-1-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-swedenno1tvk-2-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-swedenno1tvk-2-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-swedenno1tvk-2-2026.jpg" alt="House-swedenno1tvk-2-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> </span></p>
<p><span>西洋建築、内装、</span></p>
<p><span><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/library-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Library-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/library-2026.jpg" alt="Library-2026" width="300" height="199" border="0" /></a> <br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/library-1-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Library-1-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/library-1-2026.jpg" alt="Library-1-2026" width="300" height="426" border="0" /></a> <br />京極夏彦「書庫は愛と執念」<br /><a href="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/house-kinoshita-koumuten-chaleur-2026.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="House-kinoshita-koumuten-chaleur-2026" src="https://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/images/house-kinoshita-koumuten-chaleur-2026.jpg" alt="House-kinoshita-koumuten-chaleur-2026" width="300" height="200" border="0" /></a> <br />木下工務店、シャルールカタログ<br />アポロン神殿の糸杉が庭にある家　完全自由設計の家</span><br /><span>大久保正雄『旅する哲学者　美への旅』第426回</span><br /><span>1、</span><br /><span>庭にギリシア、アポロン神殿で採集した種子から育てたイタリア糸杉(ItalianCypress)、樹高15メートル×3本あります。</span><br /><span>【「蘇り」と「不死」の象徴】糸杉は一年中緑を保つ常緑樹、その真っ直ぐに天へ伸びる姿から、死から再生への橋渡し、永遠の命（不死）のシンボルとされてきました。</span><br /><span>レオナルド・ダヴィンチ『受胎告知』（1472年?1475年）、木に話しかけると願いがかなう。ウィリアム・ブレイク「毒のある木」ウィリアム・ブレイク、寿学文章訳『有心の歌、無心の歌』角川文庫。美青年キパリッソス、オウィディウス『変身物語』。ソロモンは、レバノン杉の材でソロモン神殿の屋根や祭壇を造った『聖書』『列王記』6章。</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>辻邦夫は、小学生の時、本に囲まれて暮らしたいと書いた。54歳の時、自宅書斎で実現し、72歳で没した。書斎にデルフィのアポロン神殿の石を置いていた。『雲の上の永遠の太陽』2026学習院ミュージアム。</span><br /><span>私は、高校時代、本に囲まれて暮らしたいと書いた。1995年、梶が谷に引っ越し、蔵書を移転した。女子学生が2人、本の整理に来た。この書架には収納できない。といった。50個の段ボール箱が積み上げられた。友人が本を見たいといった。チベット寺院、サキャ族の密教寺院の図書館のようにカオスであると気づき、家を建て替えると言った。1998-2000年ギリシア旅行、トルコ周遊、イタリア12都市の旅に行き、デルフォイのアポロン神殿の糸杉とペルガモンのアスクレピオスの聖域の糸杉の種子を採集、庭で育てた。中欧、ドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリー、ハプスブルク家、世界遺産の旅、スペイン・ポルトガル漫遊記の旅に出た。17年前から美術館、取材活動を行い、美術書、哲学書、宗教書、美術展図録、膨大に積み重ね。</span><br /><span>1977年ミサワホーム、パネル工法でアパート建築、バウハウス建築、築49年、これも建て替えの時期を迎えた。1977年ミサワホームは南極基地を建築。</span><br /><span>庭のアポロン神殿のイタリア糸杉、樹高10メートル以上なので、根を5メートル以上、掘らねばならない</span><span>。東の断崖に、蜜柑の木、無花果の木もあり。これから50年以上、この糸杉を守ることができるか。</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>参考文献</span><br /><span>ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃</span><br /><a href="https://bit.ly/2Q14xnz" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2Q14xn<wbr />z</a><span></span><br /><span>ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国</span><br /><a href="https://bit.ly/2C7rE7K" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2C7rE7<wbr />K</a><span></span><br /><span>クラーナハ展、500年後の誘惑・・・透明なヴェールの女、女の策略</span><br /><a href="https://bit.ly/38PptVl" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/38PptV<wbr />l</a><span></span><br /><span>THEハプスブルク 華麗なる王家と美の巨匠たち・・・黄昏のウィーンの思い出</span><br /><a href="https://bit.ly/2obtPA4" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/bit.ly<wbr />/2obtPA<wbr />4</a><span></span><br /><span>アポロン神殿の糸杉が庭にある家　完全自由設計の家 <br /><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2026/04/post-bd4d5a.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/2026/<wbr />04/post<wbr />-bd4d5a<wbr />.html</a> <br />&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>ヨーロッパ文化への憧れ、地中海文化への憧れ、フランス文化はイタリア文化の模倣であり、ジャック・ルイ・ダヴィッドはローマに留学した。イタリア文化は古代ギリシア文化の模倣であり、ローマ皇帝ハドリアヌスはヴィラ・アドリアーナに地中海の旅の思い出を構築した。ハプスブルク帝国フェリペ4世の宮廷画家ベラスケスはルネサンスのティツィアーノに憧れた。ロシア皇帝はパリに憧れ、スウェーデンの画家はパリに憧れた。ニューヨークの自由の女神はアメリカ独立100年、パリから贈られた。アメリカ文化はパリに憧れた。<br /></span><span>デルフォイ、アポロン神殿の糸杉。ソクラテスが37歳の時神託を受けたアポロン神殿。</span><br /><span>ペルガモン、アスクレピオス神殿の聖域</span><br /><span>ペルガモン博物館のゼウス神殿、ベルリン博物館、エジプト博物館</span><br /><span>シェーンブルン宮殿、マリア・テレジア・イエロー</span><br /><span>Schoenbrunn Schloss、MariaTeresiaYellow</span><br /><span>明治大正時代、洋館に住んだ人々</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>美への旅、大久保正雄、『旅する哲学者』より</span><br /><a href="http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />platona<wbr />cademy.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/</a><span></span><br /><span>大久保正雄『地中海紀行　旅する哲学者　美への旅』</span><br /><span>地中海のほとりにて</span><br /><span>大久保正雄　旅する哲学者　地中海のほとり、美と知恵をめぐる旅。イタリア、ギリシア、スペイン、トルコ。知恵と美と藝術を愛する、心の旅路。</span><a href="http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />mediter<wbr />ranean.<wbr />cocolog<wbr />-nifty.<wbr />com/blo<wbr />g/</a><span></span><br /><span>地中海の旅は、美への旅、知恵の旅、時空の果てへの旅、魂への旅。旅する哲学者は、至高の美へ旅する。美しい魂は、輝く天の仕事をなし遂げる。</span><br /><a href="http://odyssey2000.cocolog-nifty.com/" target="_blank" rel="nofollow noopener">http://<wbr />odyssey<wbr />2000.co<wbr />colog-n<wbr />ifty.co<wbr />m/</a><span></span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>デルフィ、アポロン神殿の糸杉　ソクラテスが神託を受けた。</span><br /><span>ソクラテス(紀元前470-399年71歳)は、37歳の時、デルフォイのアポロン神殿の「ソクラテスより知恵のあるものはいない」という神託を受け、それを確かめるために当時知者と言われた人々と対話を重ね、「無知の知」の自覚に至った(『ソクラテスの弁明』)。彼はペロポネソス戦争において、アテナイの植民地における反乱鎮圧としてのポテイダイア攻囲戦、ボイオティア連邦との大会戦デリオンの戦いで重装歩兵として従軍した。青年期にはアナクサゴラスの自然学に興味を持った(『パイドン』)。</span><br /><span>哲学者の魂　ソクラテスの死</span><br /><a href="https://t.co/K1EiSrdg79" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/t.co/K<wbr />1EiSrdg<wbr />79</a><span></span><br /><span>大久保正雄『地中海紀行』第43回哲学者の魂　ソクラテスの死1 P2</span><br /><span>旅する哲学者、ソクラテスの戦い　ソクラテスの祈り</span><br /><a href="https://t.co/gW05rsb44i" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/t.co/g<wbr />W05rsb4<wbr />4i</a><span></span><br /><span>ソクラテスは、論理の達人に止まらず、夢と瞑想とダイモーン(守護霊)の声を聴く人。</span><br /><span>大久保正雄『地中海紀行』第44回ソクラテスの死2P7</span><br /><a href="https://www.y-history.net/appendix/wh0102-027_1.html#:~:text=%E5%89%8D%EF%BC%95%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E5%BE%8C%E5%8D%8A,%E3%82%82%E4%BE%8B%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/www.y-<wbr />history<wbr />.net/ap<wbr />pendix/<wbr />wh0102-<wbr />027_1.h<wbr />tml#:~:<wbr />text=%E<wbr />5%89%8D<wbr />%EF%BC%<wbr />95%E4%B<wbr />8%96%E7<wbr />%B4%80%<wbr />E3%81%A<wbr />E%E5%BE<wbr />%8C%E5%<wbr />8D%8A,%<wbr />E3%82%8<wbr />2%E4%BE<wbr />%8B%E3%<wbr />81%8C%E<wbr />3%81%82<wbr />%E3%81%<wbr />A3%E3%8<wbr />1%9F%E3<wbr />%80%82</a><span></span><br /><span>――</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;<br />注</span><br /><span>櫻の森の園に、大樹に寄り添う若い女。手塚治虫『IL』</span><br /><span>ブラックジャック、断崖の上の洋館</span><br /><span>手塚治虫、I.L　1969/08/10-1970/03/25</span><br /><span>2、</span><br /><span>W.M.ヴォーリズ設計事務所、大丸ヴィラ　チューダー様式、1932年、設計・佐藤久勝　シメオン黙想の家、40歳没。</span><br /><span>地中海の風を感じる家「南欧プロヴァンス・スタイル」の魅力</span><br /><a href="https://arch-p.com/column/7949/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/arch-p<wbr />.com/co<wbr />lumn/79<wbr />49/</a><span></span><br /><span>プロヴァンス家具、李朝箪笥、岩谷堂箪笥、カリモク、コスガ、カシワ</span><br /><span>アンティーク家具、ラフジェ工房</span><br /><a href="https://rafuju.jp/products/list.php?category_id=678" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/rafuju<wbr />.jp/pro<wbr />ducts/l<wbr />ist.php<wbr />?catego<wbr />ry_id=6<wbr />78</a><span></span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>3、</span><br /><span>大磯駅前、旧木下家別邸　大正元年1912木下建平氏が建てられた</span><br /><span>現存する日本最古のツーバイフォー住宅「旧木下家別邸」</span><br /><a href="https://2x4shikoku.com/tips/kyu-kinoshita-bettei.html" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/2x4shi<wbr />koku.co<wbr />m/tips/<wbr />kyu-kin<wbr />oshita-<wbr />bettei.<wbr />html</a><span></span><br /><span>切妻造の屋根にドーマー窓、正面にはベイウィンドウ（出窓）。内部には現在6つの洋室とサンルーム、それに近年になって増築された厨房やホールなどが設けられている。海が望めるサンルームのステンドグラスや、アカンサスという花の模様で装飾されたドアノブは、山口さんによれば竣工当時のものと考えられるという。また長い間に増改築を重ねてきたが、他の新しいステンドグラスや照明も大正ロマンの雰囲気に合わせたものが使われている。</span><br /><a href="https://shonan-journal.com/magazine/16541/" target="_blank" rel="nofollow noopener">https:/<wbr />/shonan<wbr />-journa<wbr />l.com/m<wbr />agazine<wbr />/16541/</a><span></span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>一、大和ハウス、都築店長から指摘あり。2月19日</span><br /><span>1、【2×４建築の問題点】、木材の質、白アリ対策の薬剤、パネル工法の施工時の工務店のホチキス釘止め、接着剤、【スウェーデンハウスの特異性】2×４、2×6、2×10の木材【輸入住宅】輸入住宅はデザイン性・ヨーロッパ建築重視。問題点はどこにあるか。</span><br /><span>2、【建築コスト】【各建築工法には一長一短あり】</span><br /><span>3、ハウスメーカー業界の衰退</span><br /><span>4、【ハウスメーカーの営業姿勢の違い】ヘーベルハウスが顧客から評判が悪い理由など、お教え頂き、考察致しました。</span><br /><span>二、</span><br /><span>2月20日、三越前・三井記念美術館、世田谷美術館、報道内覧会、取材、行きました。</span><br /><span>世田谷区砧公園の周辺の住宅環境を見ると、隣家との距離が2メートル、4メートル。住宅密集地、顧客満足度はどうなっているのか。</span><br /><span>梶が谷駅から銀座まで27分、三越前・三井記念美術館47分。用賀駅まで10分。</span><br /><span>20年前、三菱商事の女性社員がアパートを見に来られました。</span><br /><span>三、</span><br /><span>ヘーベルハウス営業は、家賃、資金力、だけが眼中ある。</span><br /><span>ミサワホーム営業マンは、売り飛ばすことを考えている。</span><br /><span>積水ハウスは、顧客重視の姿勢がある。</span><br /><span>色々、考察します。</span><br /><span>&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;&#x2605;</span><br /><span>3月17日　一条工務店たまプラーザ住宅展示場、藤田竜之介氏、佐藤凱風店長</span><br /><span>1、3重窓の樹脂窓枠、アルミサッシ廃止、発砲断熱材、全館全室床暖房システム、ヨーロッパ建築スペイン瓦屋根外観、完全バリアフリー、坪単価68万円(基礎工事、擁壁工事含め)、2×4 ・2×6、等々、素晴らしいです。</span><br /><span>2、スウェーデンハウスの木製3重窓は、日本の気候では湿度に弱い。北海道のスウェーデンハウスの丘は湿度が低い。スウェーデンハウスの木製3重窓は、毎年補修工事している。私は、北海道大学大学院博士後期課程修了なので、よく理解できる。</span><br /><span>3、たまプラーザ住宅展示場への往復途中、246号線にスウェーデンハウスの実例が建っているのは、初めて気づいた。スウェーデンハウス真理教の一例。鉄筋マンションは「夏暑く、冬寒い」。エアコン不要の木製3重窓枠。</span><br /><span>4、一条工務店の着工件数20000、ギネス記録5年連続1位。</span><br /><span>この品質で、この価格、驚異的。</span><br /><span>2×4、鉄骨住宅、輸入住宅、注文建築、輸入デザイン建築、集合賃貸住宅、競合犇めくハウスメーカー、tvk横浜展示場、杉並デザイン会社、各社のご助言、対策をうかがいました。</span><br /><span>大久保正雄</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>建築</dc:subject>

<dc:creator>leonardo</dc:creator>
<dc:date>2026-04-09T03:05:36+09:00</dc:date>
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